自分の両腕に大量の食材を入れ限界まで膨らんだ袋を下げながら、半人半霊の少女―魂魄妖夢はため息をついた。思い出すのは朝っぱらから「春よ!!春が来たのよ!!春は食欲の春。お腹いっぱい食べないといけないわ!!……だから妖夢?いつもより沢山のご飯、よろしくね♪」―それを言うなら食欲の秋ではないのですか?―と突っ込む気も失せる様なことを言う主人の頭は、間違いなく年中春なのだろう。
春の朝。陽春の朗らかな朝日が満点の青空から注ぎ、巡ってくる涼しい風に乗って、花たちの甘い香りが漂ってくる。そんなありふれた春の景色は、自分の荒んだ心を慰めようとしてくれるかのように穏やかで心地がいい。この天気の下を歩けるなら、主人からのお遣いも悪くはなかったのかもしれない。
とは言っても、それで彼女の機嫌が回復することはなく、人里での食材の買い出しを終えた帰り道、彼女の進める足取りはどんよりと重かった。
「はぁ……これで一週間は……いや、もたないか。おそらく五日……いや、ニ、三日かなぁ。……いや、最悪明日には買い出しに行かされるかも……」
空が幾ら晴れ晴れとした青空を広げていようが、自身の口からこぼれてくるのは空色とは正反対の暗く沈んだため息ばかり。そんな自分の頭を悩ます種は、今まさに全身全霊で春を謳歌している自由奔放な主人だった。
妖夢の主人である西行寺幽々子は、この幻想郷に名を知らしめる健啖家で、その食べっぷりは見る者に感嘆を通り越して恐怖を感じさせるのではないかと言う程だ、朝に少ししか食べないと言っておきながら、茶碗に盛りに盛ったご飯を五杯、魚の味噌煮を八つ、味噌汁を十杯、野菜の浅漬け、肉じゃが――、その後のことは思い出すだけで億劫になるので思い出したくない。とにかく話を簡潔にまとめると彼女は見ているこっちが胃もたれを起こすぐらい食べるのだ。
それでも彼女は太りもしないし病気にもならない、何故ならないのかは彼女の体質なのか、それとも亡霊だからか。ともかくそんな余計なものを神が与えてしまったばかりに、妖夢のストレスは一年間三百六十五日の間ずっと治まることを知らないままである。
「さすがにどうにかしないといけないですよね……。でもそんなことを言ってどうにかなるものじゃないからなぁ……」
もしもどうにか出来ているのなら祖父がとっくの昔にしていただろう。幽々子の大食い癖が今なお健在なのは、祖父の腕を以てしても止めることはできなかったからだ。
ならばどうして、未だに庭師として、幽々子の目付役としても半人前の自分に止めることが出来るだろうか。
結局、今の自分に出来ることは、幽々子のいない所で、愚痴を漏らす程度だった。
………だから彼女は目の前から近づいてくる人物の問いかけに気づくことが出来なかった。
「――なぁ、そこの半人半霊の少女。そろそろ止まってくれないかな?」
その時、妖夢は聞きなれない声を聞いた。静かで、だがよく響く声だ。
ハッとして傾けていた視線を上げると、自分の視界に、手を伸ばせば届くほどの至近距離に男が立っていた。――自らの主人の事ばかり考えていて完全に気づかなかった。
「す、すいません!」
咄嗟に二、三歩後ろに下がると、視界に男の全身が映る、瞬間妖夢の目に飛び込んで来たのは―白。
白髪の男だ。人里の守護者の様に青みがかっているのではなく、香霖堂の店主の様に灰色がかっているのでもない、真珠の様な光沢すら感じる白色。自分のよりもずっと綺麗だなぁと妖夢は惚けた。
そしてそれから数秒、その髪の色に魅入っていると、
「なぁ、少しいいかな?」
「ハッ!?」
どうやら知らず知らずの内に男の髪を見つめていたみたいだった。見ると男は苦笑いを浮かべている。
「も、申し訳ありません」
恥ずかしさで自分の頬が熱を持っていくのを感じる。こんなんだから自分は半人前と言われるんだと、妖夢は反省した。
ともあれ、知らない相手だ。妖夢は自分の頬が紅く染まって無いことを祈りつつ頭を上げると、改めて相手の男の相貌を見る
若い男だ。妖怪の様な身体的特徴がないので人間だろうか、左右で色の違う白黒の袴を着ていて年齢は二十代前半から中頃くらいだろう。背は六十四・五寸くらいはあるだろう、元々自分の背が低いこともあって、この距離からでも見上げないと顔が見えないくらい高い。温厚の色に濃く染まった黄金色の瞳は暖かく、細面なのも相まって、外見以上に大人びた印象を受ける。
「ええと、それで何か御用ですか?」
まさか軟派の類ではないだろうが、念のために妖夢は距離を保ったまま男に問い掛ける。男は柔和な笑みを崩さずに、いや、と顎に手を当てながら。
「幾つか尋ねたいことがあってね」
「何でしょうか?」
「ええと…まず一つ目、此処は幻想郷という場所で間違いないかな?」
「はい……その通りですけど」
「そうか、なら良かった」
ということは外の世界からやって来た外来人だろうか。しかし幻想郷という単語を知っている事、そして此処が幻想郷だと分かった時の「良かった」という言葉からして偶然ここに迷い込んだという訳ではなさそうだ。
「それじゃあ二つ目の質問だが、妖怪の山はこの先であっているのかな?」
「あ、はい。この先を右に曲がって真っ直ぐ行くと妖怪の山ですが……そんなのを聞いてどうするんですか?」
「いやね、少し用事があってね」
「用事……ですか。失礼ですが貴方では危険ですよ?」
「…………ほぅ」
その言葉を発した途端、男の目が細くなる。
「何故、危険だと分かるんだい?」
「それは……貴方は人間ですよね?貴方からは妖力が感じられませんし、妖怪の身体的特徴もありません。そしてその足運びも武術の物ではないので……」
それを聞くと男は面白そうに笑いを堪えながら、言葉を発する。
「そうか、そうか。……まぁ確かに私は人間だよ"一応"ね」
「それならば余計に行くのはやめておいた方が良いですよ。山に勝手に入ると追い返されますし、最悪死んでしまいますよ?」
このまま見送っても別に良かったのだが、外から来た為であろう、妖怪の山の危険さを知らないようだ。死なれても目覚めが悪いので妖夢は男に脅迫じみた忠告をする。
「そうは言ってもねぇ。忠告は嬉しいけど用事があるから行かせてもらうよ」
「そうですか……そこまで言うなら止めはしませんが…気をつけて下さいね」
「ああ、ありがとう、気をつけるよ」
しかし男は、苦笑いすると妖夢の忠告など無かったかのように歩を進めた。そこまでして行く気ならば妖夢は別に止める気は無かった。だが、話した感じでは悪い人物では無さそうだったので、念のためにもう一度だけ注意をしておいた。その言葉を聞いて男は嬉しそうに笑うと、妖怪の山へと歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら妖夢は思う。なんだかよく分からない男だった。外の世界の人間にしては珍しい袴姿で、何故、幻想郷を知っていたのかのも謎のまま。だけど。
「………変な人」
思わずそう呟いてしまうほど、変な男だった。
けれど妖夢は、すぐにこの男の事を意識から外した。今自分がしなければいけないのは幽々子のお遣いを終えること、あまりに帰りが遅くなってしまうと、機嫌を損ねられてしまい、色々と面倒な事になってしまうのですぐに白玉楼に向けて飛翔した。
……この時妖夢は疑問に思うべきだった。
何故、人間であるはずの男が結界を超えて此処へ来れたのか。
何故、半人半霊の自分を見て何も言わなかったのか。
この後、妖夢はこの男が何者かを知り、今日の事を猛省することになるのだが………………
…………それはもう少しばかり、後のお話。
どうも皆様、奇想天神です。
今回の幻想道楽求聞史記第2話いかがでしたか?面白いと思っていただけたら嬉しいです。
さて余談ですが神無君の身長で64・5寸くらいと書いてありましたが、これは大体195cmが64・35寸です。つまり神無君は195cm以上ということになります。……………羨ましいですね(笑)
そして投稿スペースですが自分の体が新しい環境にやっとこさ慣れ始めてきたので出来れば1・2週間に一つのお話を投稿をして行きたいと思います。
それでは次のお話でお会いしたいと思います。
皆様、お身体に気をつけて下さいね。
(*´∇`)ノ ではでは~。