ホヤホヤ笑顔の幽々子に迎えられて妖夢が大広間に入ると、彼女とちょうど指し向かう形で、お遣いに出る前には見られなかった人影があった。
「あ、いらしてたんですね。紫さん」
「……ええ、そうね。お邪魔しているわよ、妖夢」
紫は自分を一瞥だけすると返事を返してくる、その声色は彼女にしては妙に元気のない声だった。妖夢は少しばかり様子がおかしい様な気がして、幽々子に視線で問う。何かあったんですか?と。
それに対して幽々子は眉を下げた笑みを浮かべると、唇だけを動かして、大した事じゃないわ、とだけ言った。
妖夢は少し気に掛かったが、紫は自分よりもずっと上の立場な上に主人である幽々子にそう言われてしまっては、わざわざ踏み込もうとは思わない。新しくお茶を用意してあげようと思いながら視線を動かす、すると目に入ってきたのはテーブルの上で、ごっそりと中身の減った煎餅の桐箱だった。
「幽々子様、お煎餅も決して安くないんですから、せめてほんの少しでもいいですから食べる量を減らして――って!ちょっと聞いてるんですか!?」
「はいはい聞いてる、聞いてる」
幽々子はそう何度も頷きながら、妖夢の買ってきた食材が入っていた饅頭の箱を引っ張り出して包装を解きに掛かろうとした。
「ちょ、ちょっと幽々子様!?言っている傍から開けようとしないで下さい!全然聞いてなんかいないじゃないですか!!」
「違うわよ妖夢、――聞いた上で開けようとしてるのよ」
「………」
主人の言動にどう返すべきだろうか妖夢が一瞬迷ったその隙に、幽々子は慣れた手つきで包装を解き中から饅頭を五つ取り出す。そして瞬く間にその中の一つが彼女の口の中に消えていった。
「あ〜ん、やっぱりお饅頭は美味しいわぁ〜♪」
気づいて止めようとしても、もはや手遅れ、饅頭一つすら守ることが出来ない己の無力さがなんとやるせないことか。妖夢はせめて他の買ってきたものだけでも煎餅や饅頭などが入った桐箱達を幽々子からササッと素早く遠ざける、その一方で、自分も幽々子が開けた箱の中から饅頭を一つ手に取った。
「あら、妖夢も食べるの?」
「私だって饅頭は好きなんですよ。いつも幽々子様に取られていますけどね」
「ふぅん、そうなの」
「そうです」
それに今は、精神的な疲れもあるからだろうか、無性に甘い物を食べたい気分なのだ。体重の方がやや気になってくるけれど、お遣いに行って充分運動したから大丈夫だろうと自慰的に解釈する。頬張った途端に口の中いっぱいに広がるであろう餡の甘味を頭に思い浮かべながら妖夢は笑みとともにそれを口に――
「紫も食べる?美味しいわよ?」
「……ねぇ幽々子。あなた私に喧嘩売ってる?」
運ぼうとした瞬間、幽々子が紫に放ったその一言で周囲の温度が急に冷たくなった。紫がほのかに黒いオーラを纏い始めているように見えるのは、恐らく目の錯覚では無いのだろう。妖夢の全身からドッと冷や汗が吹き出した。――そういえば彼女は今、ダイエット中だとか前に言っていたような。
何してるんですか幽々子様!?と妖夢は幽々子を見やるものの、彼女は全く気に止めてない様子で肩を竦めており、
「酷いわ紫ったら。私はただ、大切な親友の為に善意でお裾分けをしてあげようと思っただけなのに―――外の世界でケーキを食べるだけ食べておいて親友にはケーキは一つもあげないどこかの薄情な誰かさんと違って」
「なんだ、そうだったの―――よし表に出なさい、幽々子」
「お、おおお落ち着いてください紫さんー!?」
ゆらり、ゆらりとまるで幽鬼のように立ち上がった紫を、妖夢は慌てて両腕で引き止めた。喧嘩をするほど仲がいいなんて言葉があるけれど、この二人が喧嘩したら間違いなくこの白玉楼は崩壊するだろう。その上、修理はこちらの仕事になってしまうのだ。妖夢からしたら迷惑以外の何物でもないないので、何としても思いとどまっていただきたかった。
「放しなさい妖夢!太る苦しみを知らない奴には制裁が必要なのよっ!!」
「わ、私には分かります!分かりますよ!!嫌ですよね、苦しいですよね、ほ、ほら私なんか怖くて怖くて体重計恐怖症になっちゃったんですよ!!」
「あら、あなたはいい子ねぇ。私はとても嬉s」
「太る苦しみ?何それ食べられるの?」
「さぁ、幽々子早く表に出なさい!今ここで袂を分かってあげるわあああああ!!」
「幽々子様ぁぁぁぁ!?」
殺伐と荒れ狂う大広間の空気、抑え切れず溢れる紫の妖力。白玉楼を泣きながら修理している己の未来を幻視した妖夢。そんな中、しかし元凶たる幽々子はポヤポヤ〜と笑いながら「ん〜美味しい〜」と饅頭を頬張るのみ。完全に遊んでいる。もうやだ何この主人、と妖夢はその場に泣き崩れそうになった。
しかし、例え涙を流してでも、この白玉楼が破壊される未来だけは回避しなくてはならない。ここには祖父から受け継いだ大切な大切な日本庭園があるのだ、このまま運命に任せて全てを投げ捨てることなどどうして出来よう。意を決し、紫に最後の説得を試みる。
「ゆ、紫さんお願いですからおちt」
「どきなさい、スキマ送りにするわよ」
「ひ――――!?」
けれども紫の感情は抑えがきかない所まで昂ってきており、説得の余地など存在しなかった。ギロリと睨みを利かされ、妖夢は恐れをなしてその場に頭に抱えてしゃがみ込んだ。
「さあ幽々子?覚悟は出来てるわよねぇ……?」
「仕方ないわね〜。じゃあ私も、ケーキの恨みを晴らさせてもらおうかしら」
(ぎゃあああああ!?)
遂には幽々子が紫に応じて腰をあげて妖夢はいよいよ血の気を失った。頭を体を右往左往、なんとかしないとなんとかしないと、と焦りに焦った。しかしその状態ではとてもではないが正常な判断などできるはずもなく、
「あ、あー!!そ、そういえばお遣いにの帰りに変な人間にあったんですよー!!」
気がついたらそんなことを叫びながら二人の間に割って入っていた。「変な人間?饅頭とか煎餅の被り物でもしていたのかしら?」「幽々子様は黙ってくださいっ!!」余計な事を言う主人をいい加減に黙らせて、紫の気を少しでも逸らすために身振り手振りであれこれ、必死にまくし立てる。
「凄い特徴的というかおかしな方だったんですけど私は全然見たことがない方だったのでもしかしたら外の世界から来たかもしれませんねそれで紫さんなら知っているかもしれないんですよだからもしご存知だったら教えて欲しいなぁとか思いましてだからお願いですから喧嘩は止めてください本当にお願いしますお屋敷を壊さないでくださいぃぃぃぃぃ!!」
この時もはや妖夢に、己の外聞を気にかけている余裕などありはしなかった。大事な庭を守りたくて、というか今ですら幽々子の世話だけでもいっぱいいっぱいなんだからこれ以上余計な仕事を増やさないでくださいと、ただただその気持ちだけを以て泣きながら紫にしがみついていた。
紫は暫く不快げに顔をしかめていたが、やがて妖夢の気持ちを汲んだのか、それともただ単純に興醒めしたのかため息を一つつくと溢れさせていた妖力を鎮めた。
「わかった、わかったわよもう」
「うわああああ!ありがとうございますぅううう!!」
「はいはい……。それで?どんな奴なのその変な人間っていうのは?」
「あ、はい。綺麗な白髪の男性で白と黒の珍しい柄の袴を」
紫の妖力が再び溢れ出す
「ひいいいいい!?ごめんなさいこんなこともうどうでもいいですよねこんな話をしてすいませんごめんなさいもうしわけあr」
「―――妖夢、その男はどこに行ったの?」
「すいませんほんとにこんなことはしませんからって………へ?」
しゃがみガードをしている妖夢の頭上から降ってきたその声色には先ほどのように怒りの色はなく、溢れ出ている妖力とは対照的にひどく落ち着いた語りかけるような声だった。
恐る恐る顔を上げると、紫だけでなく幽々子までもが張り詰めた表情でこちらを見つめ、答えを待っていた。妖夢は答えようとして言葉につかえた。彼女達がどうしてこんな顔をするのかわからなかったのだ。
「お願い、教えてちょうだい」
紫の二度目の問い掛けに妖夢はハッと背筋を伸ばし、それに答えた。
「よ、妖怪の山の方に歩いて行きましたけど……」
「そう。………ありがとう」
そう短い返事をした時には紫はすでにこちらを見てはいなかった。白玉楼の外ここからかなり遠くにある妖怪の山の方向を一途に見据えて、驚くほどにあっさりとスキマの中に消えていってしまった。
「…………」
唐突に訪れた静寂に、妖夢はただ、一体何が起きたのかと目を丸くすることしか出来なかった。
それに答えを送ったのは、背後で静かに悔しげなため息をついた幽々子であった。
「ふぅ、居ても立っても居られないっていうのは、きっとああいう状態の事を言うんでしょうねぇ」
「……幽々子様」
「でかした、と言うべきなんでしょうね、妖夢。あなたが戻ってくる直前まで、あの人の話をしていたのよ。やっぱり噂をすれば影がさすのね」
「は、はぁ………」
どうやらあの男、紫や幽々子の知り合いらしい。しかも紫があそこまで張り詰めた表情をしたのだ、恐らくただの顔見知り程度ではないだろう。
「何者なんですか?そのお方は?」
問うと、幽々子はゆったりと頬を紅く染めながら「んー」と口元に人差し指を添え
「話してなかったかしら?私と紫の想い人の事」
「へーそうなんですか………って、おっ想い人ぉ!?」
予想外の言葉に妖夢は思わず叫んでしまった。今の今まで幽々子の従者として過ごしてきたが、そんな話は全く聞いた事がなかった。ましてや相手は人間の男である。ということはここ数年の話だろうが、妖夢は先程あった男にはなんの見覚えもなかったのだ。
その反応に幽々子は不思議そうに首を傾げながら、
「そういえば言ってなかったかしら?」
「いやいや幽々子様!?いつの間に外の世界に行ってたんですか!?」
「ん?何を言っているの妖夢、私が外の世界に行ったのはもう何十年も前よ?」
「い、いやだってさっきそのお方を好いているって…」
妖夢のその言葉を聞くと幽々子は納得がいったようにクスクスと笑いながら
「そういう事ね。妖夢、あなたあの人のことを人間って思ったのね」
「え、違うんですか?」
「そうねぇ、少なくとも人間ではないわね。私も紫も詳しいあの人の種族を知っているわけじゃないんだけど、あの人は紫よりも長生きらしいから」
「えっ!そうなんですか?」
「紫自身がそう言ってたから間違いないと思うわよ」
「あ、あのう人違いってことはないんですか?」
「それはないでしょうね、今どき幻想郷でもあなたが言ったような柄の袴を着ている人なんていないでしょうし。十中八九あの人でしょうね」
「そ、それもそうですね………」
その話を聞いて妖夢は思う。やってしまったと、と。紫よりも長生きならばかなり格の高い存在ではないか。そんな方に向かって自分はなんてことを言ってしまったのだろうか。もはや半人前を通り越して無礼者である。
頭を抱えて自責の念に駆られながらブツブツと謝罪の言葉を吐き続けている自らの従者を尻目に幽々子は頬に手を添えて一息。
「なんの前ぶれもなく戻ってくるなんて、あの人らしいわねぇ」
つぶやくその声色はどこか嬉しそうだった。そして紫が向かった妖怪の山の方向を見据えながら呟く。
「今回ばかりは紫、あなたに譲ってあげる。けど次は覚悟しときなさいよ」
幽々子の呟きながらぼんやりとしていると、自身の行いを後悔し続けていた妖夢が少し青ざめた顔で幽々子の元へやって来た。
「幽々子様、その方のことについて、教えて貰えませんか?」
「あらどうしたの?あの人を狙ってるのなら容赦しないわよ?」
意味深な横目を向けてきた幽々子にそんなんじゃないですよと苦笑いを返す。
妖夢としてはこれ以上そのお方に無礼を働かないためにその方のことを知っておきたいだけなのだ。
「ふぅん……ならいいわ」
それじゃあ話しましょうか、―そう言いながら、幽々子はその場に腰を降ろした。
お茶を一口すすり、吐息。
「それじゃあまずは、あの人の名前からかしら?」
「はい、お願いします」
頷き、妖夢も幽々子の向かいに座る。そしてお互いに指し向かう形の中、幽々子は懐かしむように目を細め、語り出す。
「いい?妖夢。あの人の名前はね―――」
無数の瞳が、彼女を見ていた。
瞳以外に体はない。延々と赤黒い空間に無数の瞳が植え付けられた、ただ、それだけの『スキマ』と呼ばれる空間で――瞳たちが瞬きもせずに滔々と追う先を、八雲紫は飛んでいる。
その心には、もはや"彼"以外の何者もありはしなかった。彼以外の全てをはじき出し、ただ彼の隣にいるためだけに、がむしゃらに飛んでいく。
いつ戻ってくるんだろうと、ずっとずっと心配だった。自分たちを捨ててしまったんだじゃないかと不安に思う事があった。もしかして死んでしまったのではないかと、怖くなったこともあった。
けれども彼は、あれから何百年も経ってしまったけれど、ここにやって来てくれた。
だから、だから八雲紫は飛ぶ。このスキマの中を飛ぶことすら煩わしいと、スキマを抜けるまでの数十秒がどうしてここまで長いのだろうかと、体を震わせて。
「待ってて……!!」
抑えきれない感情は、やがて一つの名を呼ぶ叫びを生む。
それは彼の名
奇しくもその叫びは、スキマと白玉楼。場所は違えど幽々子が妖夢に彼の名を伝えたのと同時であった。
互いに溢れ出る愛しさを込めて彼の名を呼ぶ。
紡ぐその音は等しく四つ
――
どうも皆様奇想天神です。
今回のお話はいかがでしたか?羨ましいですねぇ、私もあんな風にモテてみたいです………。
…………まぁ書いてるのは私なんですけどね(苦笑)
今回は投稿が遅くなってしまい誠に申し訳ございませんでした。いないとは思いますが、楽しみにしてくれていた読者様。申し訳ございませんでした((*_ _)
これからも暇な時にでもいいので読んでいただけると嬉しいです。
それでは皆様次のお話でお会いしましょう。
(*´∇`)ノ ではでは~