少子高齢化と核家族化が進む今の時代、祖父母やその他の家族の手を借りることもままならい共稼ぎ家族の家の子は、放課後は何らかの校外学習へ行かされるのが常だ。
しかし、公営の放課学童などは低学年が対象で、時間稼ぎにと入れた私塾も長い時間をつぶすことはままならない。
当然と言えば当然な成り行きで、特に金に困っていないらしいウチの場合は、大手企業が母体の自習塾に小さいころから放り込まれていた。
小さい頃、
その私塾は同じビルに同じ企業が有料の会員制の私設図書館を併設していて、俺はその図書館に行くのが好きだった。
塾生は無料でその施設を使うことができるため、俺は入った頃から塾のない日でもその図書館に通い詰めていて、高校生の今、自宅より長い時間をそこで過ごしていた。
一番奥の隅の小さい自習スペースはいつの間にか俺の指定席のようになっている。
まあ…、もともと賑わっているとは言えない図書館で、俺が行く時にそこに誰かがいるということはなかった。
日が暮れる。
都会のビルの隙間からでも日は等しく落ちて、ネオンで照らされ暮れることなど無いように見える空にもまた等しく暗闇は訪れる。
さすがに小さい頃は遅くまではいられなかったけど、中学、そして高校生になると閉館となる時間までは何時間でもそこにいることが可能になっていた。
それにしても私設の図書館は儲かっているのかどうか疑問だ。あまり人の出入りはないので無くなってしまわないかが心配になる。
別ビルにある漫画やメディアを使ったネットカフェのような所は賑わっているようだから帳尻があっているのだろうか?
さすがに教育を担う会社の系列なので、普通の漫画喫茶やネットカフェのようなモノではないらしいが、本当にそちらの収益のおかげだとしたら図書館がなくならないのはありがたいことだ。
と…、どこかの母親が噂話をしていたのを聞いたことがあった。
俺としても居場所が無くなるのは寂しい。
一生ここにこもっていられるわけでもないけど今だけモラトリアムは許される。
筈だ…。
▽
それは、珍しく空がきれいに澄んだ日だった。
隣のビルはこちらビルより高さが低く、最上階が視線の少し上に見えていた。俺はいつもの場所に座らず反対側の窓際に座ったから見えた景色で、その席に座ったのは…、本当に意味などない、まさにでき心だった。
しばらく読書に没頭していたのだけどふと顔を上げると目の端に白い物が見えた。
夕方と夜の境目ぐらいの曖昧な時間だった。
いつもと違う窓から見える色彩の落ち始めたくすんだ空には、すでに大きな三日月が吊られたように浮かんでいる。
隣のビルの屋上にある柵からつながっている螺旋の非常階段のてっぺんで、その子は俺に背を向けたまま月を眺めているようだった。
月の弧の真ん中にいるその子が、まるで月を抱いているように見えて、ひどく幻想的に思えて、その童話の表紙のような映像に俺は見とれてしまった。
ビル風にあおられてその子の白い服が、髪が、ストールがふわりと舞い上がる。
螺旋階段の薄い鉄板は霞んで見えなくて、細い脚はそこを踏みしめているとは思えないほど重力を感じられなくて、今にも飛びそうで…。
『落ちる!?』
その瞬間背中を冷たい金属でさすりあげられるようなひやりとした感触に襲われた。
発熱の兆候のような鳥肌が背中から腕までゾクゾクとドミノのように順に立って行って、恐ろしさに目がくらみそうになった。
目の前のはめ殺しの窓は開くことはなく、慌ててどんどんと強く叩くとその人物がクルリと後ろを振り向いた。
ビルとビルの間は5メートルもないだろう。
月明かりに対して逆光になっているために風に揺れる色素の薄い髪が逆立って透けて光り、中性的な顔立ちは女子にも男子にも見えた。
あわてて手元にあるノートいっばいに『落ちるぞ!』と殴り書きをして掲げて見せると、その子はにっこりと笑ってバイバイというように手を振って消えたのだ。
何だったんだろう?
不快そうな顔はしていなかった。
なのにいなくなった。
ひょっとして妖精?
いい年をした自分がそんな思いにとらわれるのが可笑しかったのだけど、それでもいいかもしれないと思い、緊張していたのかホッと肩の力を抜くと再びその子は手に大きなスケッチブックを抱えて現れたのだった。
『落ちたら死ぬだけだから大丈夫』
笑顔とは裏腹に物騒なことを書いてあってあわてて
『大丈夫じゃないだろ』
と書いて見せると
『そうかな?』
と返事を書いて見せた。
『痛いぞ』
ニコニコしたまま表情を崩さないその子に心配したのだという気持ちを込めて書いて見せると
『死ぬほど痛いね』
とまたふざけた返事が来たのだった。
『用心しろ、こっちが気になる』
そう返すと
『気をつける』
と今度は目を少しだけ月形に細めて返事を見せてよこしたのだった。
変な子だ。
年齢はいくつぐらいなんだろう?
見た目からは自分よりは年下に見え、サラサラの髪の毛と光の加減で緑に見える瞳は対面してからも印象的だった。
服も白いけど肌もひどい白く、唇は少し紫に見える。
その子は続けて
『何の本読んでるの?』
とスケッチブックに書いて見せるので本の表紙を掲げて見せると嬉しそうに『オレもファン』と書いて見せた。
『名前は?』
『リツ。君は?』
『サガ。そこ家?』
『yes』
そんな他愛もないやり取りは、リツが
『もうじきお手伝いさんが来る。外にいると叱られる』
と部屋に入るまで20分程続いた。
季節は春になったばかり、外は寒かったんじゃないかとその時初めて思い当たり、同時にリツはコートを着てなかったリツが心配になった。
そして、纏ったストールのようなものがずっとひらひらと舞っていたのを脳裏に思い出していた。
変な奴だった。
そう思いながらも短い間のやり取りを思い出すと少し頬が緩むのがわかりまた一層変な気持ちになったのだった。
遅い時間に外に出ると、俺を待っていたのは名残雪だった。
冷たい黄昏時の出来事は、あの子が雪の妖精だったのではないかと思ってしまうほど薄ぼんやりとした印象で、そしてその子は俺の胸にハラハラと何かを積もるほど散らした。
▽
次にリツにあったのはあの日からずいぶん日が過ぎた週末だった。
リツは今度ははじめからスケッチブックを持っていた。
『こんにちは。サガ』
リツはスケッチブックにあらかじめ書いてあったらしい文字を早速とばかりに俺に見せた。
『こんにちは』
その妙に改まった挨拶に俺もつられてそう返した。
あれから姿が見られなかったからどうしたのかと聞いてみたかったけど、筆談ではなかなか思うように会話は進まない。
いままで姿を見たことが無かったということは、リツは新たに引越しをしてきたのだろうか?
そんなことを聞いてみたかったけど、まだ面識のない律にそこまで聞くのもためらわれ、結局その日もあまり意味を持たない話に終始したのだ。
『寒くない?』
『寒いよ』
『部屋に入らなくていいの?』
『サガと話がしたい』
『こっち来ればいいのに?』
『家から出られない』
『過保護な親?』
『そうかも』
そして窓越しに30分ほど話をしているとリツはまたあっけなくサヨナラと部屋に戻って行く。
名残惜しい…。
そう思うのは俺だけなんだろうか。
心臓が痛む。
上と下から大きな手でギュッと握られて、真ん中では行き場の無くなった血がたまり続けて膨張して風船のようにはじけそうな気がする。
こんな気持ちは初めてだ。
動悸が止まらなくて顔が熱くなる。
そんな不安定なままに、その後もリツはたまに外に出て来て俺と文字だけのやり取りをつづけた。
決定的なことを聞きたいと思うけどなぜかリツの瞳を見ていると踏み込んだことは聞いてはいけないような気がして、結局季節の話題や本の感想程度の事しか聞けない。
意を決して携帯電話を持ってないのか?と聞いたことがあったが、持っていないとあっさりと言われてしまった。
もうリツとのやり取りはかれこれ1ヶ月以上になる…。この間にあるガラスが鬱陶しい。傍に寄れないのがもどかしい。
リツはどう思っているんだろうか。
もう少しリツと近づきたい。
声を聞いて話をしたい。
その華奢な身体に触れて腕の中に収めてしまいたい。
そんな風に思う自分が変だった。
オレと言っているからには目の前の子は男なのだろう。
だけど自分はこの子を友人とは思えない。
家族でもないし、ましてや単なる隣人扱いはしたくないしされたくない。
もう少し距離を近づけたいと思い始めてしまった俺は、何とかリツとの接触を試みようとし始めていた。
リツは今は学校には行っていないがもうすぐ行く予定だそうだ。
学校に行くようになれば外で会うこともできるだろうか?
口頭で聞けば何でもないことも筆談はもどかしい。お互いのことを語り切れない。
俺がリツのことが気になってもっと親密になりたいと告げたら、リツはどう答えるのだろうか。
▽
寒かった外気が緩み、少し過ごしやすくなったある日、
『そっちの非常階段を降りられる?』
と俺は必死で考えた計画をノートに書いて見せた。
外に出ることは禁止されているいうリツと直接言葉を交わしたい。
俺だけが思ってるの?という気持ちを込めて、俺は見開きいっぱいに書いた文字を広げていた。
『わからない。降りたことない』
返事を書いたスケッチブックを見せながらリツが困った顔をした。
このビルは通りに面していて、回りにも雑居ビルが多い。
しかし隣のリツの住んでいるビルは住居用のようで、螺旋階段はセキュリティの関係か、何階かごとに途切れていて下からずっとは上がれない。
しかし、その螺旋階段の途中とこのビルの非常口のせり出したところが隣接している部分があって、リツがそこまで来れれば直接話をすることができることに来た継いだのだ。
『リツが下りて来てくれれば俺も行く』
そう書いて告げるとリツが口を一文字に結んだまま頭をこくりと一回上下させたのだった。
浮足立つ自分を何とか収めながら、一足先に図書館のある階から二階分を降りたそこにたどり着いた俺が、非常口のドアを開けると外はやはりかなり風が吹き上げていた。
ビルとビルの間はトンネルのように強い風が通り抜けていく。
このドアが外からはあかないけど内側からは開くことは知っている。
非常口だから、いざという時に開かなければそれは何のための防壁かわからないからという原理だという事も。
一旦出てしまえば入れなくてもいい。
ちょっと大変だけど俺はそのまま階段を下まで降りればいいだけだ。
10階分は結構大変だけど決して無理な事でもない。
▽
風に吹かれながら螺旋階段を見上げると、リツが手すりにつかまりながらポツポツとまるで数でも数えるように行くりと一段一段を踏みしめるように降りて来ていた。
相変わらず風が吹き上げていて白いストールがビラビラとフラッグ競技の旗のように横に流れている。
「リツ!大丈夫か!?」
大声を上げると強張って青ざめて見えたリツだったけど、すぐにニコリと笑ってコクンとうなづいた。
たったの二周の螺旋なのにゆっくりとした動きはそれがどこまでも果てしなく続いているような錯覚さえ起こさせる。
誰かに邪魔されないうちに、見つかって連れ戻されないうちに、
待ち時間は今まで生きて来た中で一番長く感じたのだった。
階段同士は一番近い所では50センチもない距離だった。
胸の位置ほどの高い柵があるけどこちらから飛び越えてそちらへ行ってしまいたいとさえ思うほど気持ちが逸った。
やっと手の届くところに来たリツは相変わらず青ざめた顔色をしていたけどすぐに手を俺の方に差し出した。
なに?と思ってみると、その手の中にはひもで編んだらしいミサンガが握られていた。
「サガに会ったらあげようと思って、教えてもらって作ったんだ。」
リツの初めての肉声は俺の名だった。
リツの腕にも色違いでお揃いのミサンガが結わえてあった。
何だかくすぐったいような照れくさいような気持が湧いてまっすつにリツの顔が見れない。
「じゃあさ…。」
やっと言葉を発することができて、
「つけてよ。」
とそのまま腕を差し出すとリツは冷えた細い指でゆっくりと俺の腕にそのミサンガを結んだ。
夕日に透けてキラキラと編み込まれている緑と黒の石が光って綺麗だだった。
「願いが叶うと切れるんだって。」
りつが小さい小さい声でそう言った。
そうだな、俺もそれは聞いたことがある。
だけどそんなことは言わずに俺は
「なにをお願いするの?」
とそう聞いた。
そしてリツは少しだけ首をかしげて
「これから考える。」
と言う。
そしてりつが何か言いにくそうに
「本当は…、」
というので
「何?」
と促す意味で手を伸ばして頬を摩ると
「サガに会った日、落ちてもいいかもって本当に思ってた。」
と驚くようなことを言った。
「自分から死んだりするのは無理だと思ってたんだけど、うっかり落っこちたならだれも俺を責めないかなって…。」
「死にたいのか?」
「死にたくない。」
「ならなんで?」
「ふふ、そういうことってない?」
リツが言うことがわかるようなわからないような、そんなちょっと困った状況になって、でも俺は「次に死にたくなったら言って。」とリツに言った。
「止めてくれるの?」
「わかんない。一緒に死にたくなるかもしれない。」
その時のことなんてその時にならないと分からない。
今までの人生で死ぬなんてこと自体を考えたことも無かったから。
でも俺が知らないところでいつの間にかリツがこの世界から居なくなるのは嫌だ。そう言いたかった。
「わかった。」
せっかく会ったのに、もっといろいろ喋りたいのに、そう思うのに案外言葉は出てこなくて、柵を挟んで二人で座り込んで結局そのあと俺たちはあまり喋りもせずに残りの時間をぼんやりと手だけは繋いだままで過ごした。
でも、リツに会えてよかった。
直接声を聞けてよかった。
そして…。
その日俺たちは足元の見えるうちにさよならをした。
「サガが落ちないように最後まで見ててあげるから。だからまっすぐ降りてね。」
リツがそう言うから俺は後ろを振り返ることなく下まで一気に降りた。
最後の階段をダンっと踏みしめて、アスファルトの地面に足をつけるとすぐに後ろを振り返り見上げるとリツはまだそこにいた。
暗くて表情まではわからなかったけどパラパラと手を降ってくれているのが見えた。
きっとまたいつものようにニコニコ笑っているんだろう。
俺はもう一度大きく手を振ってそのままその場を離れそのまま家に戻ったのだった。
▽
めんどくさいな・・・。
3年生に課せられている職場体験の実習要領を見て俺はため息をついた。
これはある種の学校行事のようなもので、この私立の学校では勉強ばかりではだめだというアピールなのか、主に福祉関係の団体に毎年それぞれの学年が季節を変えて3日程行くことが決まっていて、3年生は受験がひっ迫してくる前に行われる。
一応そういう項目のある学校は願書にも書けるらしく、保護者からは案外好意的に受け入れられているようだ。
希望も取るけど人気のある団体に集中してしまうので俺は白紙で出した。
学校が適当に振り分けた先は場所的は学校からはそれほど遠くない国立の病院だった。
ちょっとした散歩の補助や軽作業、セラピーの助手とのことだ。
散歩の補助か、男手は欲しい所だろうな・・・。
俺が振り分けられたことにちょっと納得した。
▽
このところリツの顔を見ていない。
家政婦さんの来る日は叱られるからここには出られないと言っていた。
たまに家政婦さんの交代の隙がある日があって、その時だけ少しテラスに出られる。
螺旋階段はテラスの端にあるのだそうだ。
テラスにも出ちゃいけないってさ、ガキでもないのになと思わなくもないけど、この間の死んでもいい発言は少しだけ衝撃で、ひょっとしたらそういう部分をリツは孕んでいるために親が配慮しているのかもしれない思い当たったりした。
そして、螺旋階段で会えたことで油断していたのかもしれないけどリツは2週間ぐらい前から姿を見せなくなった。
この職場体験は午後の早い時間に終わるから、長い時間図書館にこもっていられる。そうすればよりリツが出てくる可能性が増えるかもしれないと期待をしているのだ。
▽
「嵯峨君って循環器外科の嵯峨先生の息子さんよね?」
今日お手伝いをするために振り分けられた場所で看護師長さんがが俺にそう声をかけてきた。
何年か前に一度やはり学校のボランティアで来たことを覚えていたようで、知らん顔を決め込みたかったのにちょっとバツが悪い。
「はい。でも今日は学校の授業のようなものですから父は関係ありません。」
あくまでもあまり折り合いのいいとは言えない父とは関係ないと牽制のつもりで言うと「以前来てくれた時に本を読んであげた子いたでしょ。今日はあの子のお散歩をお願いできないかしら?年も近いし話も合うと思うの。」と言った。
以前ここに来たのは今と桜がきれいな時期だった。今年は少し桜が遅れていたから葉桜がまだ少し残っている。
学校が勝手に保護者のところがいいだろうって振ったんだ。
今回だってそんなところだとは思ったけどここだけは嫌だと言うのもまたかっこ悪い気がして空欄で出したんだ。
「別にそれでいいです。」
「よかった。きっと喜ぶわ。ずっとあの時の事楽しそうに話をしてたから。」
師長さんはそう言って去って行った。
俺はとりあえず一度集まることになっている場所に移動することにした。
同年代か・・・。
軽く了承をしたものの、健康な俺が散歩の間何を話せばいいのだろうかと、少し戸惑いを感じた。
▽
「ごめんなさい。さっきお願いした件だけど・・。」
師長さんが申し訳なさそうに振り分けられた集合場所の俺に声をかけてきた。
「何だか今日はお散歩したくないって言うから・・・。ごめんなさいね。」
「具合が悪くなったとか?」
「う、ん・・・。あんまりわがままを言う子じゃないんだけど。以前本を読んでくれた人って言ったら急に恥ずかしくなったみたいで・・・。」
要するに俺が嫌だってこと?
何だかちょっと面白くない。
さっきは自分も戸惑ったくせに・・・。
あの日、本を読んでやった時のことはうっすらと覚えている。
お兄さんお兄さんと可愛く慕ってくれていたようだったのに。そう思うと急に昔の自分全部を否定されたような気がして「一度お話できますか?」とらしくなく言ってしまったのだ。
普段だったらこんな面倒なことなどしない俺なのに・・・。
「このところ小野寺君ちょっと調子が悪かったから気持ちが落ちてたのかも。」
師長さんがリフレッシュスペースでソファーに座る人物を指さしてそう言った。
「リツ君、さっき言っていた嵯峨君が少しお話をしたいって。」
その言葉にハッとしたのは俺だけではなくその人物もだったようだ。
「り・・・、つ?」
あのビルで妖精のように白い服をなびかせていたその姿と同じリツがそこに居た。
「なんで!嫌だって言ったのに!」
リツが叫ぶようにそう言って勢いよく立ち上がると、顔についていたチューブがパシリと外れ、キッとした瞳が次の瞬間にはグラリと揺れて身体ごと崩れるようにしゃがみこんだ。
肩が激しく上下しているのが見えて師長さんが慌ててその身体を支えて背をさする。
「ごめん嵯峨君、またにして。」
バタバタと人が集まってきてはじき出された俺は結局理由も分からず終いで早々に立ち去ることになったのだった。
何年か前に本を読んだ子がリツ?
俺はにわかには信じられなかった。
あの時に本を読んだ子は重度の心臓病で、何度も手術を繰り返しているけど根治的な治療はできていないと言っていた。
螺旋階段のリツは病気だなんて思えないほどいつもにこにこしていたじゃないか・・・。
しかし。
はじめに見たときのことを話した時に落ちてもいいと思っていたと言っていた。
あれは本当に本音だったんだろうか。
遊歩道の立て看板をつける手伝いをしながら俺はずっとグルグルとそんなことばかりを考え続けていた。
「嵯峨君。ごめんね。本当は絶対安静なんだけどリツ君が少し話をしたいって言うのだけど、時間ある?」
師長さんが時間が終わった俺にそう声をかけてきた。
もとより俺はリツと話をしたいと思っていたので了承の意を伝え師長さんに連れられてリツのいるという部屋に行った。
リツの部屋はその階のナースステーション近くの個室で、ドアから中に入ると部屋の中は衣服同様白かった。