妖精の時間   作:bui

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さくらとゆきとかぜのおはなし

ポーカーフェイスの羽鳥は俺とリツのことを詮索することはなかった。おそらくこのまま仕事の話に入るのだろう。

 

これが木佐あたりだったら『なになに?』と根堀葉堀聞かれていただろうと思うと、今日の同行が羽鳥で良かったと心から思った。

 

俺自身、まだなにがどうなったのか分からないのに説明を求められても返答できない・・・。

 

あのあとリツは俺たちが約束の時間に到着したにもかかわらず不在にしていたことを丁寧に詫び、部屋に通されソフアーを勧められ、現在ふかふかのそこに座ってリツを待っている。

 

 

リツは、ワンルームの広い部屋の隅にある台所スペースで、お湯を沸かしてお茶を入れてくれようとしているらしくすぐにはソフアーの方には来なかった。

 

背筋をシヤンと伸ばして落ち着いた様子の羽鳥と違って、身の置き所のなかった俺は、ソファーからすぐの手の届くところにある背丈の低いラックからウチで出版したリツの絵本を引き出していた。

 

「これがウチから出ている本ですね。」と中身をパラパラと見ると「雪の子が別れ別れになった桜の若木と再会するまでの3冊があります。」とリツは後ろ向きのまま言った。

 

 

 

 

 

今年はもう出番がないのかなと思っていた雪の子が、空からちらちらと下界に降りたのは少しだけ寒いお日様がいなくなった夜だった。

 

雲の上で出番を待っていたときに風が嬉しそうに「もうすぐ桜の花が咲く。それはそれは見事に吹雪のように花びらを散らして咲き誇る。」とつぶやいたことを思いだして、自分が溶けて消える前に桜の花を見ることが出来るのかなとわくわくとしていた。

 

本当は、雪の子は自分たち雪がお花とか芽吹きとは仲良しではないことを知っていた。

でも風の言った言葉がいつだって気になっていた。

 

 

みそっかすの雪の子は小さすぎて真冬に下界に降ることができなかった。

 

立派な兄さんたちは将軍様と冷たい季節に大群でもって立派にその役目を果たした。大勢で勢い良く飛び出して行って世界中を真っ白に雪で覆って将軍様の御代を作り上げたのだ。

 

たけど自分は少し残った他のぼったりとした雪の子たちとだいぶ温かくなってきた今日、ボツリポツリと残り物のように寂しく下に降りて行った。

 

多くの雪の子たちは本当はそれにちょっと不満だった。

 

もっともっと積もるぐらい大勢で降りたかったと思っていた。

 

 

でも桜の花が見えるかもしれないと思った雪の子は少しも悲しくはなかった。

 

途中ではらりと消えてしまう仲間の中で、自分はどうにか一本の木の上にたどり着いた。

 

でも・・・、お花はどこにも咲いていなかった。

 

「桜のお花はまだかな・・・。」

 

そうつぶやくとその木が「冬将軍の子どものくせに変な雪の子だな。」と笑った。

 

「俺は桜だ。桜はみんな天帝の命で一斉に咲くことが決まりだ。まだ寒いから咲くのはもう少しあとになる。だからもう少し待つことだな。」

 

桜の木は自分の膨らみ始めたつぼみを誇らしげに揺らした。

 

 

雪の子はちよっと寂しくなった。

「きっと明日お日様が昇ったら僕は消えてしまいます。だからあなたの咲かせるお花を見ることは出来ないんです。」

 

雪の子がそう言うと桜は

「俺は今年初めて花を咲かす若木だ。誰よりも綺麗な花を咲かすつもりだからもう少し頑張ったらどうだ?」

と言った。

 

雪の子は桜の若木が自分を励ますのがうれしくて「分かりました。頑張ります。」

とほほ笑みながら答えて、桜の若木と色々な楽しいお話をした。

 

雪の子は下界は初めてだったけどお空の上のことはいっばい知っていた。

お日様がお空の上でどんな風に寝ているかとか、雲は自分たちのベッドでどれほどふかふかなのかとか。

 

桜の若木は雪の子の言うことに一つ一つ感心して、ヒヨドリやメジロの噂する街の話を雪の子に聞かせてくれた。

 

お互いの違った世界のことは、二人にとってそれはそれは楽しいお話だった。

 

 

そしてだんだんと明るくなって、朝が近づいてくるとお日様に温められた地面から夜とは違う熱が感じられた。

 

桜の若木は気持ちよさそうに枝を震わせお日様をいっばい浴びたけど、雪の子はその熱に締め付けられるように身が縮むのを感じていた。

 

「頑張るお約束でしたが、やっばりお日様にはかないそうにありません。」

 

雪の子が弱々しく言う声に桜の若木は驚いたようにまた枝を振るわせる。

 

「俺の初めての花を見るんだろ?」

「見たいです。」

「じやあ頑張らなきゃ。」

「そうですね。」

 

しかしどんどん弱くなる雪の子の声に、桜の若木は耐えられずとうとうその身についていた堅いつぼみを思い切り開かせてしまったのだった。

 

雪の子はそのすばらしさに息を飲み、どんどん身体が解けていく苦しさも忘れて美しい桜の花が揺れるさまをうっとりと見つめ続けたのだった。

 

桜達はみんな一斉に咲く決まりになっている。それは天帝がお決めになった桜が絶対に守らなければいけない決まりだった。

 

怒った天帝は桜をお空の月の牢屋に送って幽閉して、雪の子は溶けて無くなることを赦されず、六角の結晶のままその桜の森に暑い真夏も風の強い秋も囚われる罰をうけることになった。

 

そして・・・。

 

 

 

 

 

今日来るにあたって、俺が読んだのはこの始めの一冊だけで残りは丸川の書庫になかった。

 

きっと誰かが借りてしまったのだろうと残念に思いながらも、深く探すこともなく今日ここに来ている。

 

ただそれを読んだだけでも雪の子は風花(ゆき)そのものの話だったのだろうと思った。

 

だから風花(ゆき)を知っているあのブログの読者は、あのブログがレクイエムだと思ったのだろう。

 

桜の若木と雪の子は最後はどうなったのだろう・・・。

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、銀のトレイに乗せられた湯気の立つお茶をリツが運んできた。

 

俺はそれを見て複雑な気持ちだった。

 

昔のリツは食事さえ介助がなければ出来ない事だってあった。

立って歩いてお茶を入れるなんて・・・。不思議だ・・・。

 

俺たちの前に、香りの良いお茶がコトリと置かれる。

 

釉薬の変化のきれいな貫入の桃色の器が、葉の形の茶たくに乗ってかわいらしく少し揺れた。

 

そして、「このあたりで評判の水菓子です。どうぞ。」とあらかじめカットしてあったメロンのような果物もそっと置く。

 

やっとリツは、にこりと微笑んで俺たちの座るソファーとは素材の違う籐の椅子に腰掛けた。

 

「先日は弊社井坂がお電話で失礼しました。丸川書店のエメラルド編集部 編集長の高野です。」

俺があらためてと名刺を差し出し名乗ると、隣の羽鳥もそれに次いで「副編集長の羽鳥です。」と同じく名刺を差し出した。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私は名刺を持っていないので・・・。小野寺律です。」と名刺を受け取りながらリツは頭を下げた。

 

昔と変わらない茶色い髪がさらりと類を撫でるように落ちた。うつむき加減の控えめな視線は宝石のような瞳を長い睫毛で隠す。

 

「実は・・・。」 ここからはと、主担当の羽鳥が説明を始めるとリツは穏やかな顔でその話を聞いていた。

 

しかし俺はそんな話をしたいのではないと心で思っていた。平静な顔を装いながらも俺の中では『なんで』『どうして』が押し寄せていた。

 

羽鳥の説明にリツが少し困った顔で「どうでしよう・・・。匿名で済む程度の内容ならわざわざここまで来たりはしませんよね?」と、やはり俯き加減で言った。

 

きっと井坂さんの仲介でなければそもそもの訪問さえも断っていたのだろう。リツの表情は晴れない。

 

「できれば文そのものを使わせていただきたいのです。その・・・。やり取りを・・・。」 そう言われて曇っていた表情が余計に鈍る。

 

表に出たくないという気持ちの裏には俺たちの過去があるからだと分かる。

 

「私の一存では・・・。相手のあることですから。」それは吹花擘柳(かぜ)のことを言っているのだろう。羽鳥は俺たちの会話を使いたいと言っていた。

 

「もし小野寺さんがよければお相手の方の許諾はこちらで。」 羽鳥が段取り良く話を進める。

あ?相手の方ってさ、俺か?

 

急に当事者であることを思い出した俺が「いや、不要だ。」と言葉を発したので、二人は同時にハッとした顔をした。

 

今更許諾だとか許可とかまどろっこしい。さっさとこの話を終えて俺はリツと話をしたいのだ。

 

「でも吹花擘柳(かぜ)さんが・・・。」リツがそう言って口を挟みかけたところで「あれ、俺だから不要だ。」と告げると、リツと羽鳥がまた息を飲んで目を見開いた。

 

「偶然だ。見つけたのは。リツだとはもちろん思いもしなかったけど、リツのようだと感じてつい話かけてしまった。」 そう言うと羽鳥はホッとした顔をしてリツはなんとも言いがたい複雑な表情をしたのだった。

 

 

「あのやり取りは・・・。」リツが言葉を詰まらせる。

 

自分の心情の説明がうまく出来ないようで、俺たちは続きを少し待ったが、それでも続く言葉は出てこなかった。

 

羽鳥が俺とリツの顔を交互に見てから話もまとまっていないのに「俺はそろそろ失礼します。じゃあ高野さん後はきちんと許可を得てください。」と言う。

 

リツがあわてて「食事でも。」と引き止めようとしたのだけど羽鳥はにっこりと笑って「馬にけられたくないので。」と言った。

 

 

 

 

 

羽鳥がいなくなり二人っきりになった俺は何を話をしていいのか分からず途方に暮れていた。

静かな部屋にいると急に不安が襲う。これが夢だったらどうしようか。

 

リツを抱きしめようとして目が覚めて全部夢だった、そんなことが今までも何度もあった。

 

そしてこれが本当に夢だったら今度こそ立ち直れない。

 

グルグルとそんなことを考えていたら目の前にコトリとカップが置かれた。

 

青磁のような透明感のある、青磁より少し濃い青色の安定のよさそうなカップには香りの良いコーヒーが注がれていた。

 

リツはもう一つの白色の丸い厚手のカップに白い液体、おそらくホットミルク、を入れてあり、コーヒーの横にこつんと置いて、俺が座っているソファーの横にチョコリと腰掛けた。

 

そしてもたれかかるように俺に体重をかけて「高野さん・・・。か・・・。なんだか別の人みたい。」と言いながらフフフと笑った。

 

「このところ吹花擘柳(かぜ)さんが気になって楽しくて、自分だけこんな風に幸せな気持ちになるなんて雪見草(さくら)に申し訳なくて・・・。でも結局いつも高野さんなんですね。」

 

リツの笑う顔が昔のリツと変わらなくて、緊張した自分が馬鹿みたいで、どうして?なんで?と聞きたいことがいっばいあったはずなのに、なんだかそんなことはどうでもよくなった。

 

夢ではない重みと、息遣いに浸る。

 

「楽しい話を聞かせてください。10年分。」

 

リツがホウっと息を吐きながらそう言う。

 

そうだな。辛かったこととか悲しかったことより楽しいことが聞きたい。

 

探さないといけないくらい少ないかもしれないけど、それでも楽しかったことをリツに話したい。

 

「リツは?」

 

そうですね・・・。

 

 

やはりリツも探さないとないらしいけど、それでもポツリポツリと好きな食べ物や読んだ本の話を始めたのだった。

 

 

 

 

 

長い旅を終えた雪の子は、天帝の許しを得た桜の若木と月のお城の庭で末永く幸せに暮らしましたとさ。

 

 

リツの作った絵本の最後はこんな風に終わっていた。

 

 

俺たちもこうやって、暮らすのだ。

 

二人の魂が消えるその日まで。

 

 

 

 

そう、俺たちの物語の最後も同じ、

 

 

末永く幸せに暮らしましたとさ。

 

 

おしまい。

 

 

 




持病の心臓は良くなったとはいえ、律は相変わらず弱かった。

そもそも移植した心臓だっていつまで持つかは分からない…。

頻繁に熱を出して寝込む。

そのたびに命の木が削られていくようだった。

そう言えばブログでも体調が悪いことをにおわせることが多かった。


普通の会社員なのに不規則な俺の都内での仕事では律に寄り添って暮らすことは難しく、律は環境の悪い都会での暮らしにはなじめそうになかった。

そんな中で俺と律のブログでのやり取りを題材にした漫画は思いの他評判を呼びなんと映画化にまでされた。

当然俺たちのなれそめやその後の話も(羽鳥によって詳細に取材されて…。)美談のように称賛されたり心中のように二人で自殺を図ったことをバッシングされたりもしたが、出来上がった物語は二人の子どものように思えてうれしかった。

単身赴任の夫婦のように週末のみ二人で過ごし、俺たちは少ないながらも濃い時間を過ごしたある年の冬、ちょっとした風邪がもとで律は今度こそ本当に手の届かないところに行ってしまった。

でももう俺は嘆くことはしない。

もう後を追うこともしない。


律は必ずそこで待っていてくれていると信じているから。

律が先に永遠を手に入れた。

そして俺もいつか永遠を手に入れる。

妖精の時間はそこから始まる。


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