って、なんで王国編ルールやねん   作:ファラオ(猫)

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ページ1:って、なんで死んどんねん

 

 

 “あの女”に代わり、これを綴らせてもらおう。

 俺、白尾京葉(しらおけいよう)にとって、“遊戯王”とは所詮は遊びでしかない、ただのカードゲームだったのである。

 

「……なっ……」

 

 俺の住んでいた世界にとってこの“遊戯王”というものは一定の客層を集める“おもちゃ”でしかなく、市民権を得るほどに世間に定着しているというわけでもなかった。

 当然それで生計を立てられるわけもない、むしろ大人になってまでそれに執着していたら周囲から距離をとられるほどにそのカーストは弱い。

 いい年齢して固執するなんて変、その程度のものだった。

 

「……なんで……」

 

 しかしあろうことか“この”世界は違ったのだ。

 この世界におけるカードとは“資産”であり、“ステイタス”であり、絶対なる“力”だ。

 カードを自在に操る“決闘者”は羨望の眼差しで喝采を受け、大きな評価を受ける。プロの存在まであるほどだ。

 

「どうして……!」

 

 ──そう、そこまでは俺も知っていた。

 諸事情から“既視感”を持つこの世界は俺の考えていた通り進んでいて、決闘者はやはりというべきか大きな枠組みとなっていた。

 “一応”遊戯王カードの経験はある、ある程度遊戯王への造詣の深さもある。

 

 きっとこの世界なら上手にやっていけるだろう。そう考えていた。

 

「──どうして!」

 

 しかし実は、自分の知る既視感とはまたひとつ、違っていたところがあったのだ。

 それは、

 

「──どうしてレベル8の、最上級モンスターである“古代の機械巨人”が、“生け贄”なしで召喚できるんだよぉぉ!!」

 

 俺はデュエルアカデミアのコートの中心でそう哀愁をさけび、滾りゆく思いを心の中で盛大にさけんだ。

 

 

 なんで“遊戯王GX”の世界で、いまだに“王国編ルール”が続いとるねんと。

 

 

 

 ──1──

 

 

 

 そもそも俺がこちらの世界にやってきたのは、ひとつの“手違い”が原因だったのである。

 

「はぁ……」

 

 子供の頃に想像するよりずっと辛く、豪雨の荒波の上を船で漕ぐような社会の厳しさに揉まれ辟易としていた俺は、真夜中のバス停の前でひとり、溜息をついていた。

 大学を卒業してすぐ、辺鄙な中流企業に入社したものの、もともと突出してなにか長けた能力を持っていなかった俺はあれよあれよと窓際席へと追い詰められていった。

 あぁ……つらい。もう人気のない暗闇の中、くたびれた体をベンチに預けてウトウトと空を見上げた。

 

「めずらしい……星がみえる……」

 

 普段人工的な都市明かりに潰される夜空の星が今日はめずらしく、くっきりと見えていた。

 たしかに今の時刻は深夜過ぎ。

 残業がえりの光景としては珍しくないのかもしれない。

 

「……ん……」

 

 項垂れてほうべをついている折、向こうからやってくるバスの音に気付いた。

 よくまだ走ってくれていたものだ、魂の底から疲れ果てた身としてこれ以上ないぐらいに助かる。

 さっさと乗り込もう、車内の明かりだけを目指し、開かれたバス扉をくぐった。

 うつらうつらとしながら座席に鞄を置く、そのままどさりと椅子に飛び込むように背中をあずけた。

 

「……」

 

 しかしふとそのとき、いま自分の置かれている異様な状況に気が付いた。

 

「なんでバスが……?」

 

 どうかしていた。どうしてバス停に釣られてベンチに座ったりしたのだろう。

 そう、本来今の時刻にバスなんて走っていないはずなのだ。

 

「え……あ……?」

 

 誘われるように乗り込んだバスの車内を見回す、よくみれば普通のバスじゃない。

 木目の見える板張りの床に、紺色の柔毛の座席。車内を照らし、怪しげに炎を揺らす古風なカンテラ。

 現代社会においてはどう考えても存在感の浮いている、童話にでも出てきそうな運行バスだった。

 

 次に運転席の方へと目をやる。

 目を向けた先には赤毛を二つに結んだ幼い顔立ちの添乗員と──ハンドルを操作する豚の化け物が物珍しそうにこちらを見ていた。

 

「──うわわわっ!?」

 

 奇怪な生き物を見た衝撃で、まくように心臓が跳ねた。

 衝撃に浮き上がる体に退いていくような血液の感覚、すぐさま鞄を持って先程くぐった入り口へと一目退散した。

 しかし入り口はすでに封鎖、なんど拳で叩いても閉ざされた扉が開くことはない。

 

 ふと小突かれた肩に反応して振り向く。振り返った先ではさっきの化け物の隣に立っていた赤毛の添乗員がつぶらな瞳でこちらを不思議そうに見つめていた。

 

「うわ、うわ!」

 

 あんな化け物の隣で平然と佇んでいたあたりこの子も只者ではあるまい。どう考えても化け物の仲間。

 密閉された空間で壁際に追い詰められた恐怖がこちらの身を固めて支配する。

 金縛りの如く固まり尻もちついたこちらに沿うようにその視線を下ろし、赤毛の添乗員も膝を折り畳んで目線を合わせてきた。

 

 すると彼女はにっこりと微笑みを浮かべて、状況に怖気づくこちらに配慮を見せてきた。

 

「ご安心ください、取って食べたりしませんよ。わたしはあなた様を“冥界”にお送りするためにサポートをさせていただくバスガイド……もとい」

 

 ひとこと訂正し、次の言葉を少女は告げた。

 

「“デスガイド”にございます」

 

 ──一瞬過った沈黙の中で、しばらく両者の視線が交差しあった。

 

「“冥界”……?」

 

 愛らしい微笑みを絶やさない添乗員を尋ねるように見つめる。

 

「“デスガイド”……?」

 

 わけもわからずつぶやいたのち、やさしく差し出された添乗員の手をつかみ抜けていた腰を上げた。

 白い手袋に包まれた小さな手に引きずられ、座席にもう一度戻されたそのあと、まるでツアーガイドが観光スポットを案内するが如くとなりの窓辺にその手で視線を促した。

 

「順を追ってお話ししましょう。まずお客様が立たされている状況について」

 

 手に誘われるまま窓辺の向こうを覗く。

 

「……うわっ!」

 

 一瞬にして、今まで抱いていた常識が崩れた。

 空だ。ただの夜陰かと思えば、夜空をバスが飛んでいる。いや、走っている。

 さきほどまでベンチで見上げていた、はてしなく遠かったはずの夜空を今、このバスが走っている。

 

 理解不能で思考が追い付かない。困惑の末に迷い果てそうな俺を置いていくように赤毛の添乗員──もとい“デスガイド”は説明をつづけた。

 

「お分かりいただけるように、このバスは普通のバスではありません。“この世ならざる者”を冥府の園まで運ぶ、現世と魔界、そして冥界を往来するバスなのです」

 

 当たり前のように述べられたが、さっぱりわからない。

 

「は……?」

 

 それではまるで俺がすでに死人であるかのような言い方だ。

 そんなはずはない、俺はちゃんと今日も仕事を終えくたびれながら帰路についていまここに……。

 ……。

 

 ──本当にそうだろうか、なにか腑に落ちないものがある。

 

 そもそも、自分はどうやってこのバス停に辿り着いたのだろう。普段バスなんて利用しないのに。

 

「ふふっ、ようやくお気づきになられましたか?」

 

 不安の胸中におちた俺を追い打つように、デスガイドの言葉が背中をおした。

 

「お客様、もとい──“白尾京葉”さまは今日、勤務地のビル屋上から飛び降り自殺を図ったのですよ」

 

 

 

 ──2──

 

 

 

 そういえばそうだった、気がする。

 うん、いや、そうだ、たしかに俺はこの世に疲れ果てて身を投げた。

 業績も上がらない、うだつもあがらない、“とりえ”もなく意中の人に罵り振られた俺はせめて最後に誰かの記憶に残ってくれればと命を捨てた。

 

「ちゃーんと、このレポートに記録されてますよ。名前は“白尾京葉”、学業や運動において目立った点はなし。中学、高校と部活動には精を出さず大学でもまさかの“トランプ活動部”というさして魅力も磨けないサークルに所属してすべての学校生活において青春を棒に振って今に至る」

「……」

「今まで褒められたのはせいぜい珍しい“名前”ぐらいと、“屁理屈”のうまさ。それにあとは──」

 

 開かれたレポートの最後の紙を、デスガイドがめくりあげて告げる。

 

「──“遊戯王カード”。……たしか結構な腕前なんでしたよね?」

「……」

 

 そっと俺は、落ち着いてきた心に問いかけるように溜息をついた。

 

「……そうだよ、大体中学の終わりぐらいまでやってた」

 

 決して優秀ではない俺だったが、ひとつだけ他人に誇れたものがあった。

 遊戯王カードである。正式名称“遊戯王デュエルモンスターズ”。

 小学生の頃にどっぷりと浸かるようにはまったカードゲームで、俺はこのカードゲームにおいて“それなり”の実力を誇っていた。

 まあ所詮それなり程度で、大会で優勝できるとかそんな実力でなく、せいぜい“ちょっとつよいあんちゃん”程度で終わっていた。

 

 というか実際、すぐにブームは終わった。中学に上がればそんな“おもちゃ”はほとんどの知り合いが卒業した。

 

「……」

 

 いまはどうなっているんだろう。

 ブームの終焉に引きずられるように俺もやめてしばらく経つが、現在でもそのカードゲームは続いている、らしい。

 というか未だにネットで調べてカードを閲覧することもある。すべてのカードを把握するとまではいかないが。

 

 なにより──。

 

「俺が……もうこの世の人間じゃない……?」

 

 説明されるまで思い出せなかった。

 “死”というものの実感がなかった。

 “死”とは遠いようで、すぐ近くにあるものだった。

 ちょっと足を踏み外すだけで逝けたんだから。

 もう数少ない友人に会うこともできない。

 好きだった人が俺のことを思い出すこともきっとない。

 

 みなの記憶から、きっと俺は消えていく。

 

「……」

 

 実家を出るときまで、最後まで愛してくれた母親も──。

 

「うあ……!」

 

 懸命に育ててくれた母親の姿を思い出したとき、とめどない後悔が喉元にあふれてきた。

 “とりえ”もなく、“長所”もない、そんな子供も母にとってはやはり我が子だった。

 いま、どうしているんだろう。子の訃報を聞いたとき、唯一の肉親を失った母はどうおもうのだろう。

 

 どうして、そういった繋がりをすべて捨てて、身を投げてしまったのだろう。

 

「母さん……!」

 

 抑えきれなくなった情緒がふと、自分の頬を伝うのがわかった。

 暖かい感触が頬を撫でて涙をすくう。

 つむった目を開いてみれば、添乗員“デスガイド”の指が気配りするように慈愛のまなざしを向けて涙をすくってくれていた。

 

 聖母のような慈しみを浮かべながら赤毛のツインテールを揺らし、デスガイドがにっこりとほほえみかけて──こう告げた。

 

「うーん、60点といったところでしょうか」

「……」

 

 別の意味で戦慄が走った。

 

「はっ?」

「あっ、いえ、その……おひとりで盛り上がってるところ申し訳ないんですけども、何度もそういった後悔をグチグチと述べる死人の方たちを多く案内してきたので、今更新鮮味もないどころか聞いてて飽き飽きするぐらいなんですよね、お客様のエピソード。むしろ手垢ついてるレベルといいますか」

「……」

「なんにせよお客様はもうすでに死人なわけで、後悔をいくら垂れても現世には帰れませんので、はい。そこはどうかご承知くださいね。まあ、敢えてその感想を述べさせてもらうなら……」

 

 そしてデスガイドが立ち上がり、踵を返して去る際にとどめの一撃を俺に放ちかかった。

 

「“才能”もなければ、“人生”も“平凡”なものなんですねぇ。ほほほほ……」

 

 ──いま、なにが起こったのだろう? 優しく配慮してくれていた添乗員さんが突然手の平をかえしてきた。

 一気に“地獄”をみた気分だ。死してなおこんな思いをするものなのか。

 それに、

 

「“才能”もなければ“人生”も“平凡”……!?」

 

 流石に聞き捨てならない発言であった。

 たしかに普通より劣っていた人生だったかもしれないが、それでも必死に進んできた道だったのだ。

 

「まてよ!」

 

 最初はあの世から使わされた天使なのかもしれないと思っていた。

 だが目の前のこの少女は違う、間違いなく“悪魔”だ。

 そんな悪魔に好き勝手言われて黙っている性分でもない、突き動かされるように立ち上がって憎たらしいデスガイドに向かって身を乗り出した。

 

「取り消せ、訂正しろ、あやまれ! いくらお前がなんだろうが言っていいことと悪いことが!」

「ですから……そういうところが周囲に受け入れられないところなんですよ、白尾様。そういうくだらないプライドを捨てきれないところが」

「なん、だっ、てえぇ……!!」

 

 もう我慢ならない、意識するより前に手が出た。

 突きだされた両手が少女の胸倉をつかみにいく。

 

 だが気づけば俺の体は宙を舞い、視界は激しく揺れ動いていた。

 

「んな……!」

 

 車内後部まで吹き飛ばされ、天井であやしく揺れるカンテラを目に捉えたのが意識をはっきりさせるきっかけだった。

 デスガイドが始末を終えたように手をはたく音が聞こえてくる。理解はしたが理解したくなかった。

 

 俺はあの華奢で細腕な少女に敢え無く、赤子の手を捻るように弾き飛ばされたのだ。

 

「人間程度が悪魔にかなうわけないじゃないですか……比較的ヒトガタの“格闘戦士アルティメーター”様でも“攻撃力700”がやっとなのに……」

「けほっ……げほっ……」

 

 体を起こそうとするところに間髪いれず足音が近づき、のたうつ俺を構わずデスガイドの細脚が踏みにじってきた。

 彼女の足敷が頬にめり込んでゆく、抵抗がきかない。どこにこんな強い力を持ち合わせているのかまったくわからない。

 踏みにじりながらもなお、ほくそ笑みを絶やさないデスガイドが責め句をぶつけてくる。

 

「おもしろいですよね、現世で虐げられてた人って死んでも虐められるんですよ。お客様のような方は死のうが生きようが虐められる」

「ぐっ……がっ……」

 

 無様に抑えられた口を必死に開け、苦我の思いを吐き出す。

 

「たの、む……元の場所に帰してくれ……」

「へぇ、おもしろい……自分から死を選んでおいて今更帰りたい、ですか」

 

 わがままなのは分かっている。だがあれは早まった結果だったのだ。

 少なくとも俺は家族のために、持っていた命を守り通す責任があった。

 それを放棄したのは間違いなく、“間違い”だった。

 

「ふーん……まあ」

 

 踏みつける足の力が少しだけ、弱まった。

 

「手段がないこともないですけど」

「……!?」

 

 己自身でも、自分の目が希望に照ったのがわかった。

 すがるようにデスガイドの顔を目で見上げる。

 さきほどまで天使の如き優しさを湛えていたその微笑みは、悪魔の妖しさを醸し出していた。

 

「き……」

「聞きたいですか?」

「聞かせてくれ!」

 

 言葉を受け入れたデスガイドがようやくその脚をどけ、こちらの身を放してくれた。

 脇に抱えていた黒革のファイルをデスガイドがひらく。開いた先からなにか、書類のようなものをまじまじと見つめながら取り出した。

 そして倒れ伏している俺に見せつけるようにその書類を顔のそばへと近づけ、こう告げた。

 

「ではこれに“サイン”をしてください」

 

 “契約書”。書面の上部にはそう、大きな字で記されている。

 

「おはなしはそれから……まずはあなたのすべてを、このわたしにあずけてもらいます」

 

 “契約者はすべての権利を契約元に帰属し、すべての尊厳を契約元に従い放棄することを誓います”。

 

 その内容に記載された旨はつまり──目の前でほくそ笑む、憎たらしい少女“デスガイド”の奴隷になれというものであった。

 

 

 

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