Giocato La Divina Commedia Doc Ju Mente 奏でよ、神曲を。謳え、汝の心を   作:天神神楽

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ACT1 HUNGRY(1)

 

 

 空は蒼く晴々と。鳥たちはさえずり、暖かな日差しが降り注ぐ。

 ここは将都トルバス。人口は200万人で、帝都メイナードを取り囲む衛星都市である。経済と交通の要所で治安も良く、ケセラテ自然公園のような自然も多い。

 そして第三公社・第六公社、そしてトルバス神曲学院を有し、「神曲の都」とも呼ばれている。

 そんなトルバスの街中にある人物がいた。

「はい……、はい。それでは今から帰ります」

 彼――タタラ・フォロンは電話を切ると、後ろを振り返った。そして、大きな《ハーメルン》の上に座っている赤い髪の少女の元に向かった。

 「お、終わったかフォロン」

 彼女はコーティカルテ・アパ・ラグランジェス。フォロンと精霊契約を結んでいる上級精霊である。彼女の凛とした姿は少女の形をしているものの、とても優美である。

 「うん。それじゃあ帰ろうか」

 フォロンはヘルメットをかぶって《ハーメルン》にまたがる。ついでコーティカルテも後ろに乗った。彼らは依頼された、老朽化した建物の解体作業の帰りである。

終了の報告を終えたフォロンが事務所に向かっていると、何の前触れもなくコーティカルテがフォロンの背中を叩いた。

 「む? フォロン、ちょっと止まれ」

 「え? どうしたの?」

 「いいから。早く止まれ」

 相変わらずなコーティカルテの物言いに、首を傾げながらも彼女の言うとおりにする。

 コーティカルテはバイクから降りると、キョロキョロしながら路地の奥に入って行ってしまった。

 「ちょっと、コーティ待ってよ」

 フォロンは慌てて彼女のあとを追った。フォロンが追い付いてもまだコーティカルテはキョロキョロしていた。

 「どうしたのいきなり?」

 フォロンが尋ねると、コーティカルテは首を傾げた。

 「いや……覚えのある気配がしたんだが……。もう少し奥に行ってみるか……」

 「ちょっとコーティ!? あぁ、もう!!」

 フォロンの制止にも構わず、コーティカルテは奥の方へ行ってしまった。ほっておくわけにもいかないので、フォロンもコーティカルテを追いかけた。すると彼女は案外近い所で立ち止まっていた。

 「もう、どうしたの……って、うわっ!?」

 コーティカルテにばかり気がいっていたフォロンは、コーティカルテの足元に人が倒れているのに気付くのが遅れた。

 見たところ息はしているので気絶しているだけのようだ。しかし治安の良いトルバスにおいて、人がぶっ倒れていることなんてそうそうあるものではない。

 しばらく呆然としていたフォロンだったが、気を取り戻すと、急いでこの人物の安否を調べた。見たところ怪我はないようだ。顔色もそこまで悪くないし、うめき声をあげているわけではないので、持病の発作というわけでもないだろう。

 フォロンはひとまずこの人物を事務所に連れて行こうとしたのだが、あいにく彼はハーメルンに乗ってきている。気絶している人間を後ろに乗せて走る、というのは――しかも交通量が多い中で――フォロンには無理だった。

 フォロンは少し考えたあとコーティカルテに何か言おうとすると、その前にコーティカルの方から口を開いた。

 「分かっている。ハーメルンは私が持って行くから、フォロンはその男を連れていけ」

 普段、コーティカルテがこのように厄介事はあまり好きではない。契約者であるフォロンが優しいため、しぶしぶながらも手伝うことはあっても、自分から手を出そうとはしない。

 しかし、今回は自分からハーメルンを運ぶと言ったのである。

 フォロンが驚いているのに気付いたコーティカルテは少し不機嫌そうな顔をした。

 「何だその顔は。……まぁ私らしくないのは分かっているが、こいつに聞きたい事があるのでな」

 コーティカルテは何かを考えるように男を見ていたが、顔をあげてフォロンをキッと睨んだ。

 「ほら、フォロン。早く運べ」

 「わ、分かったよ」

 フォロンは男を背負うと、コーティカルテと一緒に路地から出た。

 「じゃあコーティ、よろしくね」

 「うむ。任せろ」

 ハーメルンをコーティカルテに任せると、フォロンは事務所へと急いだ。

 

 

 

ツゲ神曲楽士派遣事務所。十年に一度の逸材と称された天才ツゲ・ユフィンリーが経営する事務所で、彼女を始め、若手が多いが腕の立つ者ばかり。更には個々人が粒ぞろいで、色々な意味でも有名である。プロ意識も高く、仕事中は気を抜くことはないのだが――今回ばかり流石のユフィンリーも呆れていた。

「で、あんたはこの人を連れてきた、と」

フォロンから事の次第を聞いたユフィンリーは確認するように尋ねた。

「はい……」

フォロンは申し訳なさそうに頷く。ちなみにコーティカルテも帰ってきている。

 ユフィンリーは再びため息をつくと、自分の席に座った。

 「ま、今更気絶した人をほっぽり出すわけにもいけないし、今回は許すけど、今度からはせめて連絡しなさい。いいわね?」

 「はい。すみませんでした」

 「ん、よし。……にしても、ずいぶんイケメンねぇ。レンバルト以上じゃない?」

 ユフィンリーはソファで眠る男を見て、自分の席に座っているレンバルトに話を振った。

 彼はフォロンと同級生で、ユフィンリーの後輩で、天才と呼ばれた人物である。容姿も端正で学生時代は女子に追いまわされており、現在もそれは進行中である。

 で、話を振られた当の本人は苦笑いをしていた。

 「返答しにくいんですけど、その質問」

 「冗談よ冗談。しっかしコーティカルテが興味を示すなんて珍しいね。どんな風の吹きまわし?」

 コーティカルテは、男が寝っ転がっているソファの向かいに座っていた。

 「気にするな」

 男を見ながら短く返事をするコーティカルテを見てユフィンリーとレンバルトは顔を見合わせた。

 「所長、タオルの水取り換えてきました」

 奥から来たのは二人の少女。金髪の方をユギリ・ペルセルテ、銀髪の方はユギリ・プリネシカ。双子の姉妹である。2人とも学生時代からバイトとしてこの事務所に勤めており、学院を卒業して晴れてこのツゲ神曲楽士派遣事務所に就職したのである。

 プリネシカは男の額に乗せてあるタオルを交換すると、コーティカルテの横に座った。ペルセルテも奥から持ってきたのか、お菓子の入った皿をテーブルの上に置くと、プリネシカの横に座った。

 「ま、依頼された仕事もないし、他のもひと段落したことだし、少し休憩しましょうか。ペルセルテがお菓子持ってきてくれたし」

 ユフィンリーはそう言うと、空いている席に座った。

 「じゃあ、お茶を淹れてきますね」

 プリネシカがお茶を淹れに奥へと戻る。ユフィンリーはお菓子を一つ取って食べようとすると、男の体がピクリと動いた。

 「……食べ物?」

 いきなり男が目を開けたので、全員――コーティカルテを含めて――ビクっと驚いた。

 「あ……、って呆けてる場合じゃない!! 大丈夫ですか!!」

 真っ先に正気を取り戻したユフィンリーは、男に声をかけた。だが男はユフィンリーの言葉には反応せず、フラフラと視線を巡らすと、ユフィンリーが持っているお菓子に焦点を定めた。

「お……お……」

「だ……大丈夫ですか?」

断片的にしか言葉を発しない男に、ペルセルテも心配になって声をかけたのだが、やはり男は反応しない。

 「お……おな……」

 「え? 今なんて」

 ユフィンリーが男の口元に耳を寄せると、男は小さく呟いた。

 「お……おなかが……すいた」

 「はい?」

 ユフィンリーが思わず気の抜けたような声をあげると、同時に男の腹から盛大な音が鳴り響いた。

 

 

 「いやー、助かりましたよ。水以外のものを口にするのは久しぶりです」

 男は口直しにお茶を飲みながら言った。ちなみに皿の上のおかしは既に空っぽである。

 「で、一応自己紹介をしておきますね。私はカグヤ・ブライト。神曲楽士やりながら旅をしていました」

 「旅?」

 向かいに座るユフィンリーは訝しげな顔をした。

 「はい。10年ちょっと旅しています。あ、免許は持ってますよ。モグリじゃありません」

 「では、ここにも旅の途中で?」

 「はい。でもここで最後にしようと思っています。ですから就職先を探していたのですが……先に路銀が尽きてしまって……今食べたのが4日振りの食べ物です」

 ブライトは妙に遠い目をしたので、ユフィンリーは苦笑した。

 「それで、やはり就職先となると……」

 「はい。神曲楽士派遣事務所ですね。まさか神曲楽士に助けられるとは思いませんでしたが。ありがとうございます」

 ブライトはフォロンに頭を下げた。

 「あ、いや。そんなことは」

 「いえ。言わばあなたは命の恩人。出来ることならなんなりと」

 「ですからそんなこと……」

 「ならば私の質問に答えてもらおう」

 今まで黙っていたコーティカルテが突然割り込んできた。

 「ちょっとコーティ!?」

 「こいつを初めに見つけたのは私だ。ならば私も命の恩人だろう」

 「いや、でもね……」

 「ふむ、確かにそうですね」

 「カグヤさん……」

 呑気なブライトにフォロンは思わずため息をついてしまった。

 「ならば聞く。お前は、アルトヴァース・ミラ・ストレアマーティという精霊を知っているな?」

 コーティカルテの質問は実に簡単なものだった。しかし彼女が口にした『アルトヴァース』という名前は、他の皆にとっては初耳だった。

 「そういう君はコーティカルテ・アパ・ラグランジェスさんかな? 『紅の女王』の」

 この言葉に皆びっくりした。なぜならコーティカルテが『紅の女王』だというのを知っているのは、一部の者たちしかいないからだ。

 だが、コーティカルテ自身は予想していたのか、さして驚いた様子はなかった。

 「ではやはり……」

 「えぇ。アルトヴァース・ミラ・ストレアマーティは私の契約精霊です。あなたのことはよく聞いていますよ、コーティカルテさん」

 ブライトはコーティカルテの睨みにも怯まず、しっかりと答えた。しばらく2人は何も喋らなかったが、それを破ったのは意外にもコーティカルテの方だった。

 「頼む。アルトヴァースを呼んでくれ。この通りだ」

 コーティカルテは頭を下げた。あの、自身に満ち溢れ、他人に媚びることもなく、屈することも決してない、あのコーティカルテが、だ。しかも、先ほど会ったばかりの初対面の相手に頭を下げたところなど見たことはない。

 「頭を上げてください、コーティカルテさん。そんなことをしなくても呼びますよ。向こうも探してるだろうしね」

 ブライトはコーティカルテに優しく声をかけた。コーティカルテは頭を上げると、ありがとうと礼を言った。

 「じゃあ呼びますか。悪いですが、単身楽団貸してくれませんか? 自前のは今無いので……」

 皆呆然としている中、いち早く気を取り戻したユフィンリーが、一台の単身楽団を持ってきた。

 「ちょっと旧式ですが、手入れはしているので大丈夫だと思います」

 「ありがとうございます。えーっと、大丈夫です」

 ブライトはその単身楽団を背負うと、一瞬で展開した。そして一息つくと、事務所の中の空気が一変した。

 緊張感のある、しかし嫌な気はしない、神曲楽士が神曲を演奏するのには最高な空気である。そんな空気がこの事務所の中には満ちていた。

 ――――ろぉ~~~~~~ん……。

 ブライトは鍵盤を力強く叩いた。静かに、しかし力強く鳴り響くCの音。

 ――――ろぉ~~~~ん。

 続いて響いた音はE。このたった2音でフォロンは鐘の音を思い浮かべた。

 その後も朗々と鳴り響き続ける、たった2音の3度の音楽。

 たった2音。

 それしか鳴っていないのに、フォロンは、レンバルトは、ユフィンリーは、ペルセルテにプリネシカは、そして精霊であるコーティカルテは、この音楽が神曲であると感じた。まるで、神代に存在するような鐘楼の鐘が、遥か彼方から響いてくるような。

 そして、その音の中には、確かに2人の精霊の姿が見えた。

 永遠に続くかと思える神曲は、実際には数十秒ほどで静かに終わる。夢の中にでもいたかのような気分になっていたフォロン達は、ハッとすると、慌ててブライトのことを見た。だが、ブライトとコーティカルテは扉の方を見ていた。

 「来たか、アルトヴァース……」

 コーティカルテがポツリと呟くと同時に、バンと勢いよく扉が開き、一人の女性が飛び込んできた。

 「ブライト!! いきなりいなくならないで! 心配したんだから!!」

 飛び込んできた女性は精霊。まっすぐに伸びた美しい金色の髪。清楚で、彼女の肢体を更に美しく見せるような長衣。そして背中に燦々と輝く黄金の六枚羽根。

 上級精霊である。

 しかし、コーティカルテは目を点にしていた。

 「ア、アルトヴァースではない?」

 するとコーティカルテの声に気付いたその精霊は、コーティカルテの方に顔を向けた。

 「アルト? アルトならすぐに来るわよ。ほら」

 彼女が入口を指差すと、彼女の言うとおりもう一人が事務所に入ってきた。

 「ブライト、探しましたよ。まさかコーティカルテと一緒にいるとは思いませんでしたが」

 彼女は苦笑しながら事務所に入ってきた。

 彼女の着る服の色は青。大海のように深い青色で、先ほど入ってきた精霊と同じように長衣を纏っていたが、彼女の服はもう少しどこか儀式を行うときに使うようなものに見える。髪の毛は砂浜に打ち上げる波のように静かに波打ち、見る人全てに優しい印象を与える。

 そして彼女の背中にも羽根が六枚。その羽根はことさら美しく、人の手が及ぶことのない海の、紺碧と言うに相応しい青の輝きを放っていた。

 「アルトヴァース……アルトヴァース・ミラ・ストレアマーティ、なのか」

 コーティカルテはアルトヴァースにゆっくりと近づいて行く。そして彼女の前で立ち止まると改めてアルトヴァースのことを見た。

 「この感じ……確かにアルトヴァースだ……。生きて……いたのだな」

 「えぇ。ブライトに助けてもらいました。久しぶりですね、コーティカルテ」

 「あぁ、本当に久しぶりだな、アルトヴァース。あの時は本当にすまなかった」

 「いいのですよ。もう時は過ぎました。あなたが罪を感じることはありません」

 そう言うアルトヴァースの姿は、正に女神のようだった

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