Giocato La Divina Commedia Doc Ju Mente 奏でよ、神曲を。謳え、汝の心を 作:天神神楽
ユフィンリーは驚愕していた。
フォロンが、行き倒れていたからと言って連れてきた男、カグヤ・ブライト。確かに、フォロンのように束ねている黒髪は女性のように艶やかだし、静かに寝息を立てている姿は、どこぞの絵画だ、と言いたくなったくらいだ。それに天上天下唯我独尊のコーティカルテが頭を下げたのだ。
この前代未聞な出来事を見て、ユフィンリーは急遽事務所を閉め、ブライトの話を聞くことにした。
「じゃあ、改めて自己紹介しましょう。私はカグヤ・ブライト。ついこの間第三公社に入った神曲楽士です。で、この2人は」
ブライトが促すと、最初にアルトヴァースが頭を下げた。
「私はアルトヴァース・ミラ・ストレアマーティと申します。ブライトの契約精霊です」
「私はヴィオリニスタ・パル・クラヴィア。アルトと同じ、ブライトの契約精霊よ」
アルトヴァースに続いて、もう一人の精霊――ヴィオリニスタも頭を下げた。
「私はツゲ・ユフィンリー。この事務所の所長をしています。それで、カグヤさんはここに就職したい、ということでしょうか?」
「ん、というよりも、そろそろ仕事を見つけないと生死に関わると言うか……。主に食糧事情で」
「は、はぁ……」
苦笑いしているブライトにユフィンリーは困惑してしまう。アルトヴァースとヴィオリニスタも恥ずかしそうに身を縮こまらせている。
「旅してきましたから、大抵のことは出来るんですが、仮にも神曲楽士ですからね。やはり、こういう事務所で働きたいですね。それにここにはアルトの知り合いも多いですし、何より社員の方々も優秀みたいですしね」
ユフィンリーは黙ってブライトの話を聞いていたが、よくこのブライトという人物のことを読むことは出来なかった。そんなユフィンリーの様子に気づいたヴィオリニスタは、クスクスと笑いながらユフィンリーに声をかけた。
「ツゲさん、やっぱりブライトの言うこと信じられないでしょ?」
「い、いえ。そんなことは……」
「いいんですよ。ほら、ブライト。そんな話し方じゃ、また怪しまれて追いだされてしまいますよ」
今度はアルトヴァースがブライトに突っ込んだ。ブライトは気まずそうに頬を掻いた。
「いや、これ、言わば面接だし」
「それで就職失敗率100%じゃ世話ないでしょ」
ヴィオリニスタに、ため息を吐かれ駄目だしされると、ブライトもため息をついた。
「それじゃあ……ツゲさん。真に失礼なのですが、普段通りに話してもいいですか?」
「は、はぁ……。どうぞ」
流石にユフィンリーでも、この展開には着いていけず、生返事しか返せなかった。
「ふぅ……。じゃあいつもどおりにこんな感じで。これでいいんだろ?」
ガラリと変わったブライトに、満足げに頷く精霊2人。
「じゃあ、ツゲさん。続けてください」
「あ、はい。……とは言っても、カグヤさんの神曲楽士としての実力は、上級精霊2人と契約しているのを見る限り、相当のものと思いますが……」
そこでユフィンリーが言い淀むと、ブライトの方から話を続けた。
「やはり、実際に聞いてみないとわからない?」
「はい」
ようやく調子を取り戻してきたユフィンリーは力強く頷く。やはり実際に神曲を聞いてみないと、ブライトという人物がどのようなかを見ることはできない。
「とはいっても、街中で勝手に神曲演奏するわけにもいかんし……」
「それなら大丈夫です」
「ん? なんかあるのかアルト?」
「はい。ここに来るまでにお金になりそうな仕事を探していたのですが、まぁ、色々ありまして、明日の朝一番に、トルバス神曲学院で演奏させていただけることになったんです」
にっこりと笑って言うアルトヴァースに、ブライトは嬉しそうに声をあげた。
「マジで!? よかった……なんとか生き延びられる……」
「あ、あの、カグヤさん?」
「あ、こりゃまた失礼。……というか俺がこんな区長で話してるから、ブライトって呼んでもらえると嬉しい」
「は、はぁ。……ではブライトさん。今、学院で演奏をすると仰いましたが、私たちも聞きに行ってもいいですか?」
「あぁ。思いっきり弾けるところもあんまり無いし、丁度いい。一応それで判断してほしい。他に審査が必要ならやるよ」
「分かりました。ではそれについては随時お伝えします」
そこで一段落つき、それを見計らうようにプリネシカが新しいお茶を持ってきた。
「ありがと……」
「あの……どうかしましたか?」
「あ、えーと……いきなりですまないんだが、君、上級精霊と契約とかしてる?」
「え? いえ。私は神曲楽士の資格を持っていませんが」
突拍子のない質問にプリネシカは首を傾げつつ答えた。
「そっか。いきなり変なこと聞いて悪かったな」
ブライトはそう言うと、誤魔化すように、プリネシカが持ってきたお茶を口にした。
それからいくらか話して、今回はお開きとなった。
「じゃあ、今日の所はこれで。また明日」
「はい。楽しみにしてますよ、ブライトさん」
ブライト達が去った後、ユフィンリーは皆を集めた。
「で……みんなはどう思う?」
「神曲の質で言えば、フォロンと同じレベルだと思いますよ俺は」
最初に答えたのはレンバルト。その言葉にユフィンリーも頷く。
「そうね。上級精霊2人と契約してるし、片方はコーティカルテと同じくらいの精霊なんでしょ?」
ユフィンリーは、コーティカルテに聞く。
「あぁ。アルトヴァースは強い。神曲楽士がいないとすると、昔の私が全力を出してようやく互角、と言ったところだ」
「コーティカルテと互角って……」
「もっとも、今のアルトヴァースがどんな状態かは分からんし、神曲楽士の実力にもよるがな。それよりも私はもう一人の精霊の方が気になったが」
「ヴィオリニスタ、って言ってたわよね。初めて聞いた名前だけど」
「そっちも相当な実力持ちだぜ」
突然ユフィンリーの後ろから声がしたかと思うと、そこから精霊が現れた。
彼の名はヤーディオ・ウォダ・ムナグール。普通は狼型のベルスト形態を選択することが多いセイロウ枝族において、「人の姿の方が色々な戦い方が出来る」と言った理由で、フヌマビック形態を取っている変わり種の精霊で、ユフィンリーの契約精霊である。
「どうしてわかるのよ? あの精霊、何したってわけでもないのに」
「あのヴィオリニスタって精霊、コーティカルテや消えてた俺に絶えず注意を払って隙の欠片も無かった。多分他の力も相当高いぜ。なぁ?」
ヤーディオの言葉に、コーティカルテも頷く。それを見たユフィンリーは呆気にとられたようにソファに寄りかかった。
「マジで? そりゃ相当だわね」
「でも事務所で雇う、となるとそれだけじゃだめじゃないですか?」
レンバルトの言うとおり、神曲楽士の仕事において、上級精霊が絶対、というわけではない。むしろ依頼の種類によっては下級精霊の方が役に立つ場合も多い。
「そりゃそうだけどね。まぁいい。明日になればブライトさんの実力も分かるし、今日のところはこれで終了。今日は残業はなしで、明日h学院に直接集合。いいわね?」
「所長。僕、明日学院で授業をする日なんですけど……」
フォロンは月一で母校のトルバス神曲学院で特別講師として授業をしているのだ。
「あ、そうだったわね。……もしかして」
「どうかしましたか?」
「もしかして、学院長。あんたにブライトさんの神曲を聞かせたかったんじゃないかと思ってね」