Giocato La Divina Commedia Doc Ju Mente 奏でよ、神曲を。謳え、汝の心を 作:天神神楽
翌日、フォロン達が学院の前に来ていた。
人気のあるツゲ神曲楽士派遣事務所の面々が正門の前に集まっているので、学院の学生たちは何事かと気にしていた。
「すみませーん!! 遅くなりましたー!!」
ペルセルテがはぁはぁと言いながら走ってやってきた。プリネシカも後から遅れてやってきた。
「すみません、最後になっちゃいました」
「いやいや、時間通りだから大丈夫よ。それじゃ、行きましょうか」
ユフィンリーを先頭に一行は学院の敷地内に入って行った。
「そう言えばどこでやるんですか?」
「大型実習室よ。ほとんどの生徒入れるじゃない?」
「それにしても、楽しみですねフォロン先輩」
「うん。一流の神曲楽士の演奏なんて中々見られないからね」
フォロンもその《一流の神曲楽士》の一人なのだが、本人はあまり自覚していない。
「たった二音で神曲奏でるのだ。あの男、相当な楽士だぞ」
フォロンの隣を歩くコーティカルテがそうブライトのことを褒めた。
「珍しいわね。コーティがそんな風に言うなんて」
「馬鹿。私だって褒めることくらいあるわ。それにアルトヴァースと契約しているんだ。良くも悪くも普通の神曲楽士なわけがない。アルトヴァースはそれくらいの精霊なんだ」
そんなことを話しているうちに、一行は実習室についた。その中は生徒でいっぱいになっていた。中には講師もちらほらいた。そんな中に、後ろの方の席に、ある人物と精霊がいて、片方の男が、フォロン達を手招きしていた。
「みなさん、席を取っておきましたよ」
このニコニコ顔の男性はシダラ・レイトス。このトルバス神曲学院の学園長にして、《四楽聖》の一人である。どう見ても20代の優男にしか見えないのだが事実である。
そしてレイトスの隣にいるのは、エレインドゥース・オル・タイトランテル。レイトスの契約精霊で、コーティカルテと同じ始祖精霊の一柱、《翠の精霊》である。落ち着いた、美しい女性の姿をしており、このような大勢がいる中で姿を見せるのは珍しい。現に生徒達はチラチラこちらの方を見ている。
「どうも、学院長」
ユフィンリーに続いて、フォロン達も頭を下げて挨拶する。
「そんなに畏まらないで下さい。ほら、座ってください」
レイトスに促され、皆席に着いた。
「それにしても、すごい人を見つけましいたね」
「見つけたのはフォロンですよ。ねぇフォロン?」
「え!? あ、はい」
いきなり話を振られたので、少し大きな声で返事をしてしまうフォロン。
「ほぅ。やはり君には何かあるようだねぇ」
「そ、そんなことは……」
「はは。まぁ、今回は聞くことに専念しましょうか。ちらほら精霊たちも集まって来ているみたいですし」
レイトスはどこか面白げに空中を見ていた。フォロン達には見えないが、レイトスにはしっかりと分かるのだろう。
「彼らはレイトスのファンよ。いつも来てくれているわ」
後ろから声がしたので振り向くと、ヴィオリニスタとアルトヴァースが来ていた。2人とも昨日のような長衣ではなく、私服姿である。
因みに、ヴィオリニスタは黒のYシャツにパンツスタイルと、彼女の美しいスタイルを更に際立たせている。
アルトヴァースは柔らかな白のニット生地の服にスカートと、彼女の優しげな雰囲気にとてもよくマッチしている。
「おや? 彼はどうしたのですか?」
「ブライトならトイレよ。始まる前に行っておくんですって」
「なので、私たちは先に来たんですよ」
そう言うとアルトヴァースはユフィンリーに頭を下げた。
「ツゲさん。今日は来てくださりありがとうございます」
「いいのよ。聞きたいって言ったのは私だしね。それより昨日の宿は大丈夫だったの?」
「はい。昨晩は一晩中レイ……コホン。学院長と一晩中飲んでましたから」
「え?」
「お二人とも、本当に一晩中飲み明かしていたんです。……全く、止めても止めてもやめようとしないんですから……」
珍しくエレインドゥースが疲れたように頭を押さえる。
「気があったからと言って、さっきまでずっと飲んでいたんですよ。まったく……ブライトさんも一向にやめようとしないですし・・・・・こんなに疲れたのは久しぶりです」
「ははは。あんなに楽しい夜は久しぶりですよ」
全く反省していないレイトスを見て、エレインドゥースは再び頭を押さえた。それを見たコーティカルテが珍しそうにエレインドゥースのことを見る。
「ほぅ。《歩く氷河期》と言われたお前が珍しい。もしやブライトとかいう男のことを認めたのか?」
「あなたも、メリディアのようなことを言わないでください。……それに彼はアルトヴァースと契約した人物ですよ?」
「まぁそうだな:
ここでコーティカルテはアルトヴァースのことを見る。
「それでどうなんだ? お前の神曲楽士の腕前は?」
「ふふふ……それはお楽しみです。ちょうどブライトも来たようですし」
アルトヴァースの言うとおり、自前の単身楽団を持ったブライトがやってきた。
「お、来てくれたんだな。ありがとう」
「そんな。むしろ楽しみにしてましたよ」
その後一言二言交わすと、今度はレイトスに声をかけた。
「じゃあ、始めてもいいか?」
学院長に向かってもため口のブライト。だが本人も隣のエレインドゥースに至っても、咎める様子は無い。
「はい。あ、それとこれがお題です。誰にも見せないで下さいね」
「お題って?」
レイトスに渡された紙を受け取りながら尋ねた。
「授業などでよくやるんですよ。きちんと精霊に指示出来るかを見るためにね」
「ふーん。分かった。一応聞くけど、大丈夫なんだよな?」
紙に目を通すとすぐにポケットに入れた。
「はい。そのために広い所を用意したんですからね」
「なら安心だ。アルト、ヴィーラ。行くぞ」
「はい。では皆さん、失礼しますね」
「楽しんでみてね」
ブライトは2人を連れて前の演奏スペースへ向かった。
すると、それに気付いた生徒達が少しざわついた。
「学院長、あの紙になんて書いたんです?」
「秘密です」
楽しそうに言うレイトスを見て、ユフィンリーは諦めてブライトの方を見るのだった。
演奏スペースに入ると、ブライトは単身楽団をセットした。
「にしても、見られてるなー」
ブライトの言うとおり、生徒達はブライト達のことを凝視している。
――ブライト達は知らなかったが、レイトスは《超一流の神曲楽士の聞ける》と生徒達に言っていたのだ。
だがブライト達はそんな視線におじけることなく、むしろブライトはそれすらも楽しんでいるようだった。アルトヴァースとヴィオリニスタも同様である。
「まぁ、それだけ注目されていると思えばいいんじゃない?」
「それもそうか。んじゃ、2人とも、準備はいいか?」
「えぇ」
「はい」
2人が頷くのを見ると、ブライトは一度息を吐いた。それを見た生徒達は始まるのを察したのか、静かになった。
ブライトは静かに鍵盤の上に指の乗せた。ポーンと高い音が鳴り響く。
それだけでこの部屋の空気が一変した。
――――今日はパーティ。
準備するのも心が躍る。
でも、パーティに行くのにそんな服ではいただけない。
もっと綺麗なドレスを。
楽しそうにリズムよく。だんだんと色を増していく。
イメージされるのは黒と青。
オーダーメイトのドレスを仕立てるとき、一流の職人が選ぶように、その人に最も似合う色を見つける。
決して暗くなく、着る者を更に高貴に、美しく見せる艶やかな黒の色。
空よりも、海よりも、大自然の広大な青色にも負けない、実に見事な美しい紺碧。
そんな色が音楽に混ざると、静かに聞いていた二柱の精霊が片や漆黒の。片や紺碧の光に包まれる。
彼女達の影から服が消え、美しい裸体は新たな服に包まれる。
やがて光が収まると2人の姿が現れる。
アルトヴァースは青色の長衣を。
ヴィオリニスタは黒色の長衣を。
どちらも肩や胸元に切り込みが入っているが、淫蘼さよりも、荘厳さを感じる。
そして彼女達の背中には、金色の羽根と紺碧の羽根が出現する。共に優美で、壮大で、華麗で、精緻な文様を描いている。
この光景に、部屋にいる者全てが感嘆の息を吐いた。
――――さぁ、着替え終わったらパーティ会場へ。
会場ではダンスを。ワルツのリズムで三拍子。優雅にゆっくり流れるように。
服の裾をも体の一部に。
たなびく裾はひらひらと。
たなびく髪はさらさらと。
少し光が心もとなく。ライトアップの手続きを。
ひと際目立つAの音。それを合図に、ブライトが奏でる円舞曲に合わせて、部屋に光が溢れる。
「わぁ……」
ペルセルテが目を輝かせる。
ボウライ達下級精霊がアルトヴァースとヴィオリニスタの周りに集まり、2人の舞に合わせて踊っている。
だんだんとブライトのピアノを弾くスピードが上がってくる。
初めはゆっくりと穏やかな曲調だったが、精霊が増えていくにつれて、だんだんとテンポの速い、楽しげな曲に変わっていった。
――――さぁ、そろそろラストダンス。
テンポを上げて、みんなで踊ろう。
まだ、これでも足りないと言うなら。
「みんな出てこい!!」
ブライトの叫びと同時に、待ってましたと言わんばかりに、一斉に精霊達が出現した。部屋中にボウライ達下級精霊や中級精霊、中には上級精霊もいる。皆それぞれ、ブライトの神曲に、アルトヴァースとヴィオリニスタの
踊りに合わせるように、そしてとても楽しそうに踊っている。
そんな楽しいパーティのラストダンスの曲も終わりに近づき、曲も最後に向けて駆けていく。そして――高々と鳴り響く音が室内に余韻を残し、音楽は終幕を迎えた。
室内から音が消え、精霊達も踊りを止める。静寂の中、ブライトが一息吐くと、室内中から万感の拍手が送られた。ブライトも、精霊達に祝福されるように囲まれていた。
「みんなありがとな。アルトとヴィーラもお疲れ様」
「どういたしまして。こんなに楽しいのも久しぶりね」
「私も楽しかったです。少し緊張してしまいましたが」
ブライト達が笑い合っている間も場内は拍手喝采となっていた。
生徒達が退出した後、実習室の中には、ブライト達とレイトスとエレインドゥース、ツゲ神曲楽士派遣事務所のメンバー。そして、先ほどの演奏で来た上級精霊四柱が残っていた。
「いやー、実に素晴らしい演奏でしたよ」
「いや、こちらとしても久しぶりに思いっきり弾けたよ。こっちこそありがとな」
「いえいえ、こちらこそ。生徒達にとってもとてもよい勉強となったでしょう。それにしても、こちらの精霊さん達はあなたのファンなんですか?」
レイトスはブライトの傍にいる上級精霊をチラリと見る。
フヌマビックが二柱、リカントラが一柱、ベルストが一柱。フヌマビックはどちらも女性で、 片方は、アルトヴァースやヴィオリニスタのような20代の女性のような姿をとっており、その切れ長の瞳が、少し冷たい印象を与える。銀色のポニーテールは彼女にとてもマッチしていて、着物のような服装は彼女をどこかエキゾチックに魅せる。
そしてもう一人は、小柄で身長はコーティカルテくらい。薄紫色の髪が腰辺りまで伸びて波打っている。フリフリがたくさんついたゴスロリの服が彼女の可愛らしげな雰囲気にとてもよく似合っている。
リカントラの精霊も女性で、こちらは身長も高くスタイルもよい。褐色の体を窮屈そうに包む衣装は、シンプルなドレスのようで優雅。その周りには白い羽衣のようなヴェールが浮いている。肩のあたりで切り揃えられた、彼女の褐色の肌とは対照的な真っ白な髪は、彼女がリカントラである証である、九本の尻尾と狐の耳と相まって、どこか神秘的な、幻想的な雰囲気が漂っていた。
そしてベルストの精霊の外見は、まさに白猫である。しかし背中にあるのは確かに上級精霊の証たる六枚羽根である。
他の三柱の精霊達にも六枚羽根が輝いている。彼女らから感じる力は並みのものではなかった。それを感じたレイトスは、興味深そうに笑みを浮かべる。
「なるほど……残っている精霊が彼女達だけなのは、それこそ彼女達がいるからなんですね」
「あぁ。まぁ、契約は出来ないって言ってるんだけどな。ずっと着いて来てくれてるんだ」
「ほぅ……それは珍しいですね。それに皆が強力な精霊のようですし」
「そうだな。フヌマビックの大きい方がエリミエスタ。小さい方がルルカソルトワ。リカントラのがアウラで猫がポーレネイト。みんな結構昔からいる精霊らしいな」
「やはりそうでしたか。……それではもう一曲お願いしますよ。今度は彼女達がいますし、生徒達もいませんしね」
レイトスの言葉にブライトは気まずそうに頭を掻いた。
「やっぱし気付いた?」
「えぇ。先ほどの神曲はとても素晴らしい物でしたけど、彼女達の為の神曲とは思えませんでしたから。やはり私としては、そちらも聞いてみたいんですよ」
食えない笑顔でいるレイトスに、ブライトはため息をつきながら単身楽団を置いた。
「分かったよ。でも少し休憩させてくれ。ちょっと外の空気吸ってくる」
そう言うと今度はユフィンリーに向かってい言う。
「なんかそういうことになっちゃったから、勝手で悪いんだが、ちょっと待っててくれるか? 合否云々はその後で頼む。……アルトとヴィーラは待っててくれ。後、ポー。一緒に来てくれるか?」
ポーと呼ばれたポーレネイトがピョンとブライトの肩に乗ると、ブライトは実習室から出て行ってしまった。
バタンと扉が閉まると、ユフィンリーは我に返った。そしてレイトスに詰め寄る。
「ちょっと学院長!! 今のはどういうことなんですか!?」
「おやおや? どうと言われましてもねぇ。さっき私が頼んだのは『生徒達に一流の演奏を見せてください』というものでしたからね。大量の精霊を操ってください、とお願いしたんですよ。だから次は君の、ツゲ神曲楽士派遣事務所の採用試験ということと聞いていたので、彼には本当の神曲を奏でてもらおうとしたんです」
「ですから、その本当の神曲というのは」
「そればかりは聞いてみないとわかりませんねぇ。どうなんですか皆さん?」
そう言ってアルト達に尋ねると、一番に答えたのはエリミエスタだった。
「そうだな。主様の神曲は、それはそれは素晴らしいぞ。本当に契約したいと思う」
「そうだよね。アルトヴァースとヴィオリニスタが羨ましいよ」
「契約するまで、着いてく」
続けてルルカソルトワとアウラもブライトのことを称賛する。
「10年間、ずっと追いかけてきたんが、未だに契約してくれないのだ。主様の神曲はアルトヴァースとヴィオリニスタに向けられた神曲だが、それでもその神曲の傍にいたい。そんな風に思える神曲なんだ」
付け加えるように話すエリミエスタの表情は、まるで恋する乙女のようにうっとりとしていた。それを見たユフィンリーは更に驚いた。
契約した精霊ならば、その神曲楽士の神曲を求めるのは分かるし当然である。現にコーティカルテはフォロンの神曲を敬愛している。
だが彼女達3人やブライトについて行ったポーレネイトという精霊は違う。ブライトと契約していないのにも拘らず、10年もの長い間、彼の神曲を追い求めてきたというのだ。それに彼女達の様子を見る限り、彼女達はブライトの神曲に心底惚れている。それこそコーティカルテがフォロンの神曲に惚れているように。
しかし、フォロンはコーティカルテにしか神曲を奏でない。本当はフォロンと契約したいという精霊は沢山いるのだが。ともかく、ブライトはコーティカルテと並ぶ精霊二柱と契約し、それと同等の精霊達四柱を歓喜させる神曲を奏でるのだ。
そんな神曲とはどれほどまでのものなのだろうか。
聞きたい。
神曲楽士として。ツゲ・ユフィンリーとして。
真の天才が奏でる神曲というものを。
ユフィンリーは普段の彼女らしからぬ興奮を感じている。
しばらく待っていると、ブライトは帰ってきた。
ペルセルテはブライトが準備しているのを見てわくわくしていた。
彼女の周りには多くの『天才』と呼ばれる神曲楽士がいる。ユフィンリーやレンバルト、フォロン、そして今は亡き父――ユギリ・パルテシオ。
そんな彼らに引けを取らない、それどころかそれ以上かもしれない演奏を聴くことが出来た。それだけでも感動したのに、まだ本当の神曲を奏でたというのではないというのだ。
「ねぇプリネ。さっきのカグヤさんの演奏凄かったね」
ペルセルテは小さな声で隣のプリネシカに話しかけた。
「うん。とても楽しくて、心に響く演奏だったわ」
「ブライトの神曲、気にいった?」
ペルセルテとプリネシカが話していると、アウラが2人の隣に来ていた。
「あ、えっと……」
「アウラ。アウラ・ムス・クライスザード。2人はペルセとプリネ?」
「あ、はい。私がユギリ・ペルセルテで、こっちがプリネシカです」
「うん、分かった。それで、ブライトの神曲気にいったの?」
「はい!! とっても素敵な神曲でした!!」
ペルセルテの元気な返答に、アウラは嬉しそうに笑った。
「そう。そう言ってもらえると嬉しい。ブライトも喜ぶ」
アウラはそう言いつつも、自分が褒められているかのように微笑んでいた。それを見たペルセルテは少し驚いた。
「あの……」
「ん、なに?」
「どうしてアウラさん達はカグヤさんと契約していないんですか?」
ペルセルテは自然に聞いてしまったが、アウラが少し寂しそうな顔したのを見て、しまったと思った。
「ご、ごめんなさい!! 失礼なこと聞いちゃって!!」
「ん、大丈夫。気にしないで」
アウラが優しく言ったので、ペルセルテは安心した。
「でも、ブライトの演奏を聴いてみて。あれは2人の為の神曲だけど、とっても心地いいよ」
見ると、ブライトの準備も終わっていた。
「みんな、前に来たらどうだ。遠いとなんか寂しい」
そう言うブライトが持っているのはヴィオラ。先ほどのピアノではない。
「あれ、ピアノじゃないの?」
ペルセルテは皆と一緒に移動しながら首を傾げた。それに隣にいたアウラが答えてくれる。
「ブライトは元々ヴィオラ奏者」
「え!? ピアノじゃないんですか!?」
これにはペルセルテだけではなく、レイトスやエリミエスタ達以外、皆が驚いていた。
普通神曲楽士は一つの楽器しか使わない。レンバルトのようにギターからサックスに持ち替える者もいるが、少数派だし、レンバルトも今はサックスを使っている。それは天才と呼ばれるユフィンリーもそうだし、コーティカルテと契約しているフォロンもそうである。彼らは一つの楽器を極め、素晴らしい神曲を奏で、精霊を呼ぶ。
ブライトも素晴らしい神曲を奏で、数え切れないほど多くの精霊を呼び、彼らに的確に指示をした。ツゲ神曲楽士派遣事務所も才能豊か若手が集まっていると言われるが、ブライトのはそれらをも凌駕する。
フォロンはコーティカルテという強力な精霊を心底惚れさせるような神曲を奏でるし、レンバルトは下級精霊を何百何千と集めるような神曲を奏でる。だが彼らは極端であるが故に、逆のことは出来ない。フォロンはコーティカルテ以外の精霊を呼ぶことは出来ないし、レンバルトは中級以上の精霊を呼び出すことは出来ない。どちらが優れているというのではない。ただ種類が違うだけだ。
だが、どちらも兼ね備えた人物とはどれほどの者か。
レンバルトのように何百何千といも言える精霊達を集め、フォロンのように超級も上級精霊と契約している。
しかし、レンバルトとは違い、下級精霊だけでなく中級・上級精霊も呼び集め、フォロンとは違い、アルトヴァースというコーティカルテに並ぶ精霊に加え、それに劣らぬヴィオリニスタという上級精霊とも契約し、他にも四柱の上級精霊から契約を申し込まれている。
それに今の神曲も素晴らしかった。自分達が及ばないくらいに。
しかしそれすらも凌ぐ神曲とは一体どんなものなのだろうか。
《四楽聖》のクダラ・エリミアでさえも、契約しているのは中級精霊が六柱。数だけ見れば同等。質を見れば、中級と上級という大きな差。
ということは、カグヤ・ブライトという男は《四楽聖》とも並ぶ実力の持ち主なのではないか。
最高の神曲楽士と名高い彼らと同等の神曲楽士なんて聞いたことない。
皆それぞれのことを考えている内に、ブライトは弓を弦に置く。やはりそれだけで会場の空気を変えた。
だがその空気は全体に向けたものではなく、むしろ範囲は狭く、アルトヴァースとヴィオリニスタだけに向けられていた。
三人が目で合図するとブライトは神曲を演奏し始めた。
――――愛。
心から通じ合う愛情。
それはとても心地よく、温かい。
互いが信頼しあい、身を寄せ合い、心を通い合わせる。
喜び、歓喜し、感動し、ずっと一緒と言わんばかりに体を抱きしめる。
共にいることこそが幸せ。
共に過ごすことこそが幸せ。
これ以上の幸せなんて、ない。
最後の音が、止んだ。だが誰も言葉を発さない。
――――ポトッ
そんな中、小さな音がした。それは涙を流した音。
「あ、あれ……?」
涙を流していたのはペルセルテ。ようやく涙を流しているのに気がついたペルセルテは、困惑してしまった。
そんなペルセルテにブライトはペルセルテにハンカチを渡した。
「気にいってくれたみたいだな。ありがとう」
「あ、いえ。こ、こちらこそ!!」
ペルセルテの慌てた様子に少し笑うと、ブライトはユフィンリーの方に行った。
「まぁ、こんなところだ。どうだった?」
「えぇ、とても素晴らしい神曲でした。採用については……今日の夜に」
「分かった。じゃあ、その頃になったら、行くわ。楽しみにしてる」
そう言うと、ブライトは単身楽団の片づけを始めた。
「じゃあ、私たちは帰りましょうか。フォロンはこの後の講義頑張ってね」
そこでユフィンリーの話を聞いていたブライトが近寄ってきた。
「あれ? タタラも講義するの?」
「はい。今日の午後から」
「そっか。なら俺も見学させてもらおうかな。教え方とか参考にさせてもらいたいし」
「教え方って、カグヤさん、何か教えるんですか?」
「あぁ。それがな……未だに宿なしなもんで、今日もここに止めさせてもらうんだよ。んで、その代わりに放課後講義をしてくれって頼まれたの。な、学院長?」
ブライトはレイトスに話を振る。
「えぇ。働かざる者食うべからず、ですしね。そうだ、皆さんも見てはいかかがでしょうか? 席を取っておきますよ」
「そう、ですね。では……六人分、お願いできますか?」
「はい。了解しました」
レイトスはなぜか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ユフィンリー達が帰った後、大講堂に残ったのは、ブライトとアルトヴァースとアウラ、レイトスとエレインドゥースだった。ヴィオリニスタ達他の精霊はトルバスの町の見学しに行った。
「どうでしたか、彼らは?」
「どうもこうもねぇ……俺が改めて教えることなんてないと思うけどな。あいつらはみんな分かってるだろ。大切なことはな」
「えぇ、それは私も保証します」
「そうか。ま、あいつらには感謝してるけどな」
ブライトの雰囲気が変わる。どこか悲しく、後悔しているような。それに伴いレイトスの表情も曇る。
「……あれは、あなたの責任ではありませんよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけどな。でもやっぱり、あの時あいつのことを止めてたらって思うとな」
ブライトの自嘲的な呟きに、レイトスは口意を閉じる。しばらく誰も声を出さない状態が続いたが、ブライトが立ち上がった。
「おや? どちらへ」
「ん? ちょっと昼寝もとい朝寝でもしようかと思ってな。なんだかんだで徹夜明けは疲れる。中庭にいると思うから、何かあったら、呼んでくれ」
ブライトはそう言うとアルトヴァースとアウラと一緒に講堂を出た。
残されたのはレイトスとエレインドゥースの2人だけ。レイトスはふぅ、とため息を吐くのだった。
中庭に到着したブライトは、丁度良木を見つけた。
「お、良さげな木陰発見、っと」
ブライトは早速と言わんばかりにその木の下に座りこんだ。
「ふわぁ……流石に徹夜で飲み明かした後に神曲やるのはきついな」
「あら、やっぱり疲れてたんですね。はい、どうぞ」
アルトヴァースはブライトの隣に腰かけると、ブライトを寝かせて自分の膝にブライトの頭を乗せた。
「お、ありがと。アルト」
「はい」
アルトヴァースはにっこりと笑みを返す。アウラはその光景をじーっと見ていたかと思うと、ブライトの隣にころりと寝ころんだ。
「仲間外れ……いや」
アウラはブライトの腕にギュッと抱きついた。
「ははっ、ごめんなアウラ」
「ん、許す」
アウラはそのまま自分の尻尾をブライトの体に乗せた。アウラの尻尾は見るからにフカフカで、気持ちよかったのかブライトはすぐに寝息をたてて眠ってしまった。
「ふふふ、ここは本当に心地が良い」
アルトヴァースはブライトの額を撫でながら、風の感触に目を細める。
「ねぇアルト」
そこに、まだ眠っていなかったアウラがアルトヴァースに声をかける。
「何かしら?」
「やっと、旅、終わったね」
「……えぇ、そうね」
アルトヴァースはどこか哀しそうな笑みを浮かべながら答えた。
「これでこの方の心も癒えてくれれば良いのですが……」
「違う」
「え?」
アウラの予想外の返答にアルトヴァースは声を上げた。
「癒えるんじゃなくて、癒す。私が……ううん、ヴィーラも、エリーも、ルルカも、ポーも、そしてアルト、あなたも。みんなでブライトを癒す」
「アウラ……」
アルトヴァースはアウラの顔を見つめる。やはり眠そうだが、その目はしっかりとアルトヴァースのことを見つめていた。
アルトヴァースは笑みを零すとアウラの頭を撫でた。
「そうね。あなたの言うとおり」
「うにゅ……」
「ふふっ、あなたも休みなさい。疲れてるでしょう?」
「ん……そうする」
アウラは気持ちよさそうに息を吐くと、そのまま静かに寝息をたて始めた。
とても気持ちよさそうに眠る2人を見て、アルトヴァースは喜びを感じた。
「ブライト。これからは私が、私達があなたを救います……」
アルトヴァースはブライトの額に口づけすると、暖かな風に、アルトヴァース自身も眠りに着いてしまったのだった。
頼まれていた講義をするために、フォロンは学院に戻って来ていた。コーティカルテの提案で昼食を中庭で取ることにしたので、食堂で昼食を買って中庭に来たのだが。
「何だあの女子たちは?」
「さぁ?」
コーティカルテの視線の先には、中庭にある木を中心に女子生徒達が集まってキャーキャーしていたのだった。男子生徒もいるにはいるが、女子たちの熱気を前にしては無力であった。
「ん……アルトヴァース?」
「アルトヴァースって、カグヤさんの精霊の?」
「あぁ。とは言っても、アルトヴァースはこうやって大勢の前に出るような奴ではないと思ってたが……」
「じゃあ行ってみる?」
「うむ、そうだな」
2人は女子生徒達に謝りながら(これはフォロンだけだが)人垣を抜け、中心に出た。
するとそこには気持ちよさそうに仲良く眠る、ブライトとアルトヴァースとアウラの姿があった。
「何をしてるんだ、こいつらは?」
「寝てるんだろうけど……起こした方がいいのかな?」
フォロンが悩んでいると、周りが騒がしいのに気がついたのか、アルトヴァースが目を覚ました。眼ぼけ眼であたりを見渡すと、周りの状況に気が付き、小さな声で、あら、と言うと、ブライトの頭をトントンと叩いた。
「ブライト、起きてください」
「ん……? ……おぉ、すっかり寝入ってた。ほら、アウラも起きてくれ。じゃないと起き上がれん」
ブライトは自分の横ですやすや眠るアウラの頭を優しく揺らして起こした。アウラはムーと呻きながらも目を覚ました。
その光景は実にほのぼのとしており、周りの女子生徒達も顔を赤らめて見ていた。が、コーティカルテは呆れたように見ていた。
「なーにをしとるんだお前達」
「あら? コーティカルテ。どうしたのですか?」
「あのな……それはこっちのセリフだ。よくもまぁ、こんな場所で眠れるな」
「コーティもたまに寝てるけどアイタッ!?」
ボソリと呟いたフォロンの足を思いっきり踏みつけるコーティカルテ。
「余計なことは言わんでいい」
「はい……」
フォロンがため息を吐いていると、起き上がったブライトがフォロンの手元の時計を見た。
「あ、もうお昼か」
「はい。コーティがここで食べたいと言ったので来たんですけど……」
フォロンは言葉を濁しながら周りを見回した。
周りを見れば人、人、人。決して落ち着いて食事が出来るような状況ではない。これにはブライトも苦笑気味。
「あら、なんか人ばっかだな。仕方ない、確か食堂があったよな。そこで食べようぜ」
ブライトは立ち上がると、アルトヴァースとアウラを連れて食堂に向かいだした。
因みに周りにいた生徒達は、ブライトが起きた辺りから離れていた。
「ん? どうした2人とも。早くしないと席がなくなるぞ」
呑気なブライトの様子に、フォロンとコーティカルテはそろってため息を吐いたのであった。
「じゃあブライトさんは特別講師なんですね」
食事を終えたブライト達は、フォロンが講義を行う教室に向かっていた。ブライトも見学したいと言うので、同行しているのである。
「そ。宿代としてな。前金は貰ってるけど」
「そう言えばブライトさん、今日も学院に泊るんですか?」
「そのつもり。色々あってホテルは使えないんだよ」
ブライトは苦笑いしながら言った。これにはフォロンも首を傾げたが、ブライトもアルトヴァースも苦笑いをするだけだった。
「ま、そんな深刻な理由ってわけじゃないから気にしなくていいぞ。ほら着いた。俺は後ろの方の席にいるから」
そう言うとブライトは後ろのドアから入ってしまった。
「……じゃあ、僕らも入ろうか」
フォロンとコーティカルテが教室に入ると、やはり、と言うべきか、中の生徒達は一番後ろの席に座るブライト達のことを気にしていた。しかしそれでは授業にならないので、フォロンは教壇に立つと注目させるために手を叩いた。
「みんなおはよう。授業を始めるので前を向いてください」
フォロンの呼びかけに流石に生徒達は前を向いた。
「うん、今日も全員居るね。と、授業を始める前に、今日はカグヤ・ブライトさんがこの授業を見学しに来ています。とは言っても普段通りの授業だけどね。ブライトさんも放課後に特別講義をするそうなのでそっちにも行ってみてくださいね。じゃあ今日はこの間の復習から……」
授業が始まると、コーティカルテは早々にブライトの隣に向かった。
ブライトは生徒達のようにノートを取っているだけでもなし、ただ楽しそうにフォロンが説明している様子や生徒達がフォロンの話を聞いている様子を眺めているだけだ。
「楽しそうだな」
「まぁ、楽しい。というよりも珍しい、かもな。俺は独学で神曲勉強したクチだからな。学校みたいなのには通ったことがないんだよ」
「やはりか。お前の神曲は独自性が強いからな」
「でもまぁ、ヴィーラに色々教えてもらってんだけどな」
「ヴィーラ、というのは、ヴィオリニスタ・パル・クラヴィアだな。《黄昏の芸術家(トワイライト・アーティスト)》の」
それを聞いたブライトは驚いた顔でコーティカルテを見つめた。
「知ってたのか? ヴィーラのこと」
「当たり前だろうが。あんな大物、すこし古い精霊なら誰でも知っている。それにな、他の四人だって知っている。《花咲く闇夜(フラワリング・ナイト)》《無邪気な我儘娘(イノセント・スポイルトガール)》《幻想姫(ドリーミング・ビューティー)》《道化の王様(クラウン・クラウン)》とくればあの神曲を聞いた精霊達が帰ってしまったのもよく分かる。というか、どうして契約しないのだ。普通なら一流の神曲楽士が土下座をしても顔色一つ変えずに吹き飛ばしてしまうような奴らだぞ」
「まぁ……色々あるんだよ。色々」
複雑そう言うブライトに、コーティカルテはそれ以上言えなくなってしまった。
「ま……先は長いのだ。ゆっくりと考えればいいさ」
「はいはい、どうも」
チャイムが鳴り、フォロンの授業も終わる。生徒達も片付けるなり、フォロンに質問するなりしていた。ブライトはその様子をボーっと見ていたのだが、二人の女子生徒がブライトに近づいてきた。
「あ、あの……」
「ん、何かな?」
話しかけたのはいいが、二人は緊張しているようでもじもじしていたが、意を決したのか片方の女の子がブライトに話しかけた。
「あ、あの!!」
「うゎぉ? 何事?」
「えっと……カグヤさんは上級精霊と契約していると聞きました」
「それで、その……お願いしいたい事があるんです」
「お願い? 何かな?」
「えっと……羽根を見せて頂きたいんです」
「羽根って、アルトのか?」
女の子はコクコクと頷いた。
「上級精霊の羽根はとても綺麗だって聞きました。でも私達一年生だからあまり見たことがなくて……。それに、さっきのカグヤさんの演奏も行けなくて……。だから……」
女子生徒は不安そうにブライトの様子をうかがっていた。
「んー……どうするアルト?」
「別にかまいませんよ。そうだ、アウラも見せてあげたらどう?」
「ん? ん……」
相変わらず眠そうなアウラは、目をこするとパッと羽根を広げた。続けてアルトヴァースも羽根を広げる。
「わぁ……!!」
女の子二人は、アルトヴァースとアウラの羽根を見て、子どものように顔を綻ばせて喜んだ。
「すごいすごい!! とても綺麗です!!」
「あの……触ってみてもいいですか?」
片方の女の子が恐る恐る尋ねたが、アルトヴァースは首を横に振った。
「ごめんなさい。触っていいのはブライトだけと決めてるの」
「私も」
「そうですか……ごめんなさい。失礼なことを聞いてしまって」
二人がしゅんとなってしまったので、アルトヴァースは優しく二人に微笑みかけた。
「いいのですよ。そうですね、あなた達も精霊と契約してみてください。きっとあなた達と契約した精霊は触らせてくれると思いますし、他のどんな精霊の羽根よりも美しく見えると思いますよ」
「は、はい!!」
二人は嬉しそうに返事をした。そこにブライトが声をかけた。
「なぁ。君たちは精霊は好きか?」
「え? あ、はい!! 大好きです!!」
「私達、精霊さん達に喜んでもらいたくてここに入学したんです!!」
笑顔で語る女の子達の表情は純粋で輝いて見えた。
「君達、名前は?」
「はい! キサラ・メディアです」
「私はシシノキ・ルーミアです」
「メディアとルーミアね。俺のことはブライトって呼んでくれ」
名前で呼んでいいと言われ喜ぶ二人。その様子を見て、ブライトやアルトヴァースはニコニコしていた。見られていることに気付いたメディアとルーミアは顔を赤らめた。
「す、すみません。はしゃいじゃって」
「いいっていいって。それより時間は大丈夫か?」
いつの間にか教室には他の生徒がおらずガランとしていた。
「あー!! やっばい、遅れちゃう!!」
「ごめんなさいブライトさん!! 失礼します!!」
大慌ての二人は嵐のように去って行った。
メディアとルーミアがいなくなり静かになった教室。フォロンもブライトの傍に来た。
「賑やかな子たちですね」
「おう、お疲れさん。んじゃ、俺も準備しなきゃいかんから、学院長のとこに行ってくるわ。またあとでな」
そう言うとブライトは教室を出て行ってしまった。
「あ、はい。ねぇ、コーティはブライトさんと何を話していたの? なんだか嬉しそうな顔してるけど」
「ん、いやな。将来が楽しみな者を見つけたのでな。ふふ、あそこまで素直なのはペルセルテ以来だ」
コーティカルテがやけに嬉しそうに語るのを見て、フォロンはいまいち理由が分からなかったが、何だかんだ言ってコーティカルテが嬉しそうなので、フォロンも嬉しく思うのだった。