Giocato La Divina Commedia Doc Ju Mente 奏でよ、神曲を。謳え、汝の心を 作:天神神楽
「――――つーことで、神曲っていうのは確固とした形、ってのはない」
ブライトは教壇に立って講義を進める。
場所は大講堂。普段は空席が目立つ教室だが、今日に限っては満席で立ち見まで出ている。皆ノートやメモを取っており、居眠りはおろか私語を交わす者すらいない。
専門課程だけでなく、メディアやルーミア達基礎課程の学生も多くおり、講師も沢山いる。
「クラシックでもいいしジャズでもいい。ロックもあるし民謡なんてのもありだな。テンポもそうだし、楽器もそうだ。でもな、一番大切なのは、何に向けて神曲を奏でているか、だな」
ブライトはマイクを取ると、教壇から降りて歩きながら講義を続ける。
「君たちは何故神曲を奏でる? 何に向けて奏でる? まぁ、そんなのは人それぞれだから詳しいことは省くが、これがはっきりしていないと、どんなに演奏が上手かろうと、それは神曲には成り得ない。逆にいえば、演奏が拙くても、その答えをしっかり持っていれば神曲には成りうる。ま、これは常識だ」
そこまで言うとブライトは一端立ち止まった。
「だが、常識であるが故に意識がしにくい。そうだな……例えば基礎課程。君たちは自分が何のために神曲を奏でているのか、しっかり考えているか?」
この質問には、専門課程の生徒や講師の面々は得心したように頷いていた。彼らはその壁を乗り越えたメンバーなのだ。逆にその答えを得ていない基礎課程の学生の大部分は、首を傾げている。
「まぁ、これは他人から教えてもらうもんじゃないからな。自分で気付くしかない。だから今から言うことは答えではなくヒントだ。もちろんこのことを心得ている奴にとっても大切なことだから、しっかりと聞いてくれ」
ブライトは再び歩き始め、説明を始めた。
「みんなは精霊のことを見ているか? 彼らの姿や能力だけじゃなくて、その時の調子や機嫌の良し悪し。それに会話をしているか? そりゃ予習復習課題云々で忙しいのは分かる。でもな、時間を作ってでも彼らと会話をしろ。精霊は俺達神曲楽士にとって最高の教師だ。神曲を奏でるのに、精霊のことを知らないんじゃ仕方ないだろ? 当然ながら神曲を奏でるときは色々なことを考えないといけない。相手が何を見ているか、何を聞いているか、何を考えているか、何を欲しているか。はたまた、周りの雑音についても考慮しなくちゃいけない。ま、よく見ろ、ってのはこういうことだ。というか、これは精霊に限らず、人間同士のコミュニケーションにだって必要なことだけどな。……そうだな、一度例を見せた方がいいかな」
するとブライトは誰かを探すかのように辺りを窺う。そして真ん中のあたりに座っていたある生徒を見つけた。
「お、いたいた。メディア、キサラ・メディア。前に出てきてくれ」
いきなり指名されたメディアは、驚きで動転していたが、隣のルーミアに押されて逃げ場なしと観念したのか、恐る恐る前に出てきた。
「よし来たな。アルトとヴィーラもこっちに来てくれ」
後ろの方に座っていたアルトヴァースとヴィオリニスタも前に来た。朝の演奏もあってか、二人の美しさに皆息を呑む。
「はい、というわけでメディアには二人にある指示を出してもらいたい。もちろんさ神曲でな。メディア、単身楽団は俺のを使ってもらうけど、ピアノで大丈夫だったか?」
「は、はひ!? だ、大丈夫でふっ!?」
メディアは緊張のあまり思いっきり舌を噛む。会場から笑いが起こってしまい、メディアは縮こまってしまったが、ブライトはマイクのスイッチを切ってメディアに話しかけた。
「緊張しすぎじゃないか?」
「だ、だってぇ……私こんな大勢の前で演奏なんて……。それに神曲なんて弾けませんよぉ……」
メディアはまだ基礎課程の一年生。まだまだ神曲を奏でるどころか単身楽団の展開もままならない。
「いいか、メディア。神曲ってのは思いの力だ。お前は精霊が好きなんだろ?」
「はい……大好きです」
「ならその思いを音楽に込めろ。神曲っていうのは精霊を操るものじゃない。精霊と心を通わせることが出来る音楽を神曲と呼ぶんだ」
「え?」
ポカンとするメディアを見てブライトも笑う。
「ははっ。簡単に言えば音楽を楽しめ、てことだ。そして精霊も楽しませろ。精霊のこと、好きなんだろ?」
「あ……はい!」
「よし。なら早く準備しろ。なんだかんだで待たせてるからな」
はい、と返事をするメディアの顔は先ほどまでとは違った顔つきになっていた。
「さてと、待たせて悪かったな。メディア、準備はいいか?」
「えぇ!? いくらなんでも早すぎですよぉ」
キリッとした表情から一転、フニャリと情けない顔となってしまった。会場から再び笑いがおこり、今度はルーミアまで笑っていた。恥ずかしくなって顔を真っ赤にしつつ、単身楽団の用意を終えた。
「今度こそ終わったな。んじゃ、これがお題な」
ブライトは紙を渡すと後ろに下がった。
メディアは紙を確認するとアルトヴァースとヴィオリニスタのことを見つめる。そして何かを確かめるかのように一度だけ頷くと、鍵盤に指を置いた。
――――彼女の弾く神曲はとても楽しく、聞いているだけで気分が盛り上がる。まだまだ未熟なところもあるが、それもまた可愛らしい。
アルトヴァースとヴィオリニスタは頬笑みを浮かべ、お互いに頷きあうと、メディアの音楽に合わせて踊り始める。
テンポに合わせて、楽しそうに、可憐に踊る。
ブライトとの演奏の時のような、見る者全てを魅了するような踊りではないが、二人はとても楽しそうに踊っていた。
「ふぅ……」
演奏を終えたメディアが鍵盤から手を離すと、教室のあちこちから大きな拍手が起こった。
「わゎ!? ブライトさーん!?」
あまりの拍手の大きさに驚いて、メディアはブライトに泣きついた。
「なに泣いてんだよ。いい演奏だったぞ。ありがとな、席に戻ってくれ」
頭をポンポン撫でられながらメディアは単身楽団を下ろすと自分の席に戻って行った。
「というわけでどうだった? メディアは基礎科の一年だが、今のは神曲となっていたな。そうだろ、アルト、ヴィーラ」
その言葉にアルトヴァースとヴィオリニスタも頷く。これには見ていた学生たちはどよめいた。
「みんな驚いてるな。でも考えてみろ。神曲というのは専門課程には入れないと奏でられないものなのか?」
ブライトの問いに、多くの学生が首を傾げる。ツゲ神曲楽士派遣事務所のメンバーは理解していたが、学生にとっては少々難しいようだ。
「これは俺からは言えない。自分で気付かないと意味がないからな」
そこまで言うとブライトは会場に向けた視線を強めた。
「目的と手段を間違えるな。これを間違えてしまえば決して神曲楽士にはなれないし、もし、なれたとしても大成しない」
ブライトの力のこもった言葉に会場一同息をのむ。するとそこに、この緊迫した空気を断ち切るかのように、チャイムが鳴った。ブライトは眼元から力を抜く。
「おっと、もう時間みたいだな。んじゃ、今日はこれで終わりにするが、最後に行ったことについてはしっかり考えてくれ。皆が立派な神曲楽士になれることを願っている」
ブライトがマイクを置くと、会場から盛大な拍手が起こった。
拍手も鳴りやみ、学生達も次々と講堂を出ていく。もう七時なので残る学生はいなかった。
「あれ、学院長は?」
「あ、学院長なら先に戻っている、って言ってましたよ」
「そっか。あ、それとありがとな、わざわざ見に来てくれて」
「いいのよ。私達としても社員となる人物の考え方を知っておきたかったしね」
そう言うユフィンリーにブライトはにやりと笑う。
「お、ということは期待してもいいのかな?」
「えぇ。合格よ。これからはあなたもツゲ神曲楽士派遣事務所の一員よ」
「なら、俺も所長、って呼ばないといけないな」
二人は話している内におかしくなってきて、クスクス笑い出してしまった。
「じゃ所長、俺は学院長に行って報酬貰ってきますね。じゃなきゃ夕飯にもありつけん」
するとユフィンリーは突然にやにやしだした。
「それなら、今日は私が奢ってあげるわ。というかね、あなたの歓迎パーティをしようってペルセルテが言うからもう場所をセットしちゃったのよね」
ペルセルテを見ると、恥ずかしそうにえへへと笑っていた。
「ほほぅ、なら喜んで参加しよう。なら急いで金をねだってくる。みんな校門で待っててくれ」
そう言うとブライトは出て行ってしまった。
「じゃあ私達は校門で待ってましょうか。あなた達も来るわよね?」
「よろしいのですか?」
「もちろんよ。あなた達は契約精霊でしょ。他の四人も来るわよね?」
その言葉にアウラ達は喜んだ。
「ありがとうございますユフィンリーさん」
「いいのよ。でもそんなに高い所には行けないけどね」
「そんな、連れて行ってくれるだけで嬉しいです」
そうして、ユフィンリー達は一足先に校門へと向かったのであった。
「それでは、ブライトさんの入社を祝って、カンパーイ!!」
「「カンパーイ!!」」
ペルセルテの音頭によってブライトの歓迎会はスタートした。
「ップハー!! うまい!!」
「おっ、ブライトさんいい飲みっぷり」
「いやいやレンバルト。こんなんまだまだ序の口だぞ。やる気になればこの店の酒をなくすくらいは出来る」
「そんな金はないからやるなら自腹でやりなさい」
「んならやらん。また無一文になる」
「ははは……」
ブライト達のやり取りに、フォロンやペルセルテ達は苦笑気味である。
「ほらアウラ。もっと落ち着いて食べなさい。食べ物は逃げないんだから」
「むぐむぐ……分かった」
「ねぇエリー。そこのから揚げ取って」
「分かった分かった……ほら」
「ありがと―」
アルトヴァース達も楽しく食事をしていた。
みんな私服を着ており、アルトヴァースとヴィオリニスタは前に来ていた服と同じ服装を、エリミエスタはノンスリーブのシャツとパンツスタイル、ルルカソルトワは可愛らしいゴスロリ服、アウラも意外と可愛らしい白い服を着ていた。皆それぞれ美人だったりかわいかったり、アウラは九本の尻尾を出していたりしていたので、周りからは注目の的である。
そんな様子をペルセルテは珍しそうに見ていた。
「ん? どうかしたかペルセルテ」
「いえ、精霊達がこんなに食事をしているのもあんまり見ないものですから」
「あぁ、そういやそうかもな。しっかしこいつらは食うのが好きなんだよ、特にアウラが」
チラリと見るとアウラは表情を変えないでもぐもぐと食べていた。その隣ではアルトヴァースがアウラの口を拭いてあげたりと何かと忙しそうだ。そんな二人のどこか微笑ましい様子にみんな微笑んでしまった。
「ハハ。これでは《幻想姫》が型なしだな」
コーティカルテが何気なしに言ったこの一言に、ユフィンリーが食いついた。
「《幻想姫》って、それ本当!?」
「む? 違うのか?」
「ムグ……ううん、合ってるよ」
アウラは食事を続けながら頷いた。
「おいおい、マジかよ」
「え? レンバルト知ってるの?」
「えっ!? フォロン先輩知らないんですか!?」
「う、うん」
フォロンは困ったように頷く。
「《幻想姫》って言うのは、とある精霊の二つ名なんです。少し前にスピリットマガジンの特別号が出たんですけど、そこに《最高の精霊達》っていう特集が組まれていたんです。それで、その中に名前や姿を出したくない、っていう精霊もいて、二つ名だけしか出していない精霊が何人かいたんです」
「でそれ以来《幻想姫》は《神曲楽士が契約したい精霊》のランキング上位にいるってわけ」
「へぇー」
ペルセルテとレンバルトの説明に、感心したように頷くフォロン。
「そういえば前にそんなの来たな」
「うん。貰ったお菓子、おいしかった」
「あ、そうだ。それならみんなで自己紹介しましょうか。ね、ブライト」
「そうだな。じゃあ俺から。名前はカグヤ・ブライト。楽器はヴィオラとピアノ。契約精霊はアルトとヴィーラ。これからよろしくな」
「私はアルトヴァース・ミラ・ストレアマーティです。皆さん、これからよろしくお願いしますね」
「次は私ね。私はヴィオリニスタ・パル・クラヴィア、みんなヴィーラって呼んで。これからよろしくね」
「因みに、アルトが《不滅の女帝》で、ヴィーラが《黄昏の芸術家》な」
「ト、トワイライトアーティスト……」
「なんつー大物よ……」
ヴィオリニスタの二つ名にユフィンリーとレンバルトは絶句してしまう。
「む、次は私か。私の名はエリミエスタ・ルイゼ・フェリオン。《花咲く闇夜》とも呼ばれているが、気軽にエリート呼んでくれ」
「私はルルカソルトワ・サージ・オルタート。ちょっと長いからルルカって呼んでね。それで二つ名は《無邪気な我が儘娘》。みんなよろしくね」
「……ん、私?」
「そうよ。まずはお箸を置いてからよ」
アルトヴァースに言われたとおりに箸を置くアウラ。
「んと……名前はアウラ・ムス・クライスザード。狐のリカントラで、自慢なのは九本の尻尾。二つ名は……《幻想姫》……よろしくね」
自分の自己紹介を終えるとすぐに食べるのを再開するアウラ。あんなアウラの様子にブライトが苦笑いしていると、ブライトの肩に白い猫が飛び乗った。
「おっと、お前の紹介もしないとな。こいつはポーレネイト・テオ・ピグマート。俺たちはポーって呼んでる。二つ名は《道化の王様》だ。見ての通りベルストだが、一応喋れる。まぁ、俺達にも滅多に話しかけないけどな。ほら、頭下げろ」
ブライトに言われ、ニャーと鳴いてからぺこりと頭を下げるポーレネイト。その可愛らしい仕草に、ペルセルテが目を輝かせた。
「キャー! ポーちゃん可愛いです! 抱っこしてもいいですか?」
「もちろん。ほい」
肩に乗るポーレネイトをヒョイと持ち上げると、そのままペルセルテに渡す。
「キャー!! フカフカで可愛いです!!」
ポーレネイトのことを思いっきり抱きしめるペルセルテ。ポーレネイトは苦しいらしく、ブライトに向かって助けを求めていたが、あえて無視していた。
「それにしても、《幻想姫》だけじゃなくて、《黄昏の芸術家》に《花咲く闇夜》、《無邪気な我が儘娘》に加えて《道化の王様》までいるなんて……」
「それに、アルトヴァース、《不滅の女帝》もいるぞ。皆、相当の古参の精霊だな」
層々たる顔触れに、ユフィンリーは絶句してしまった。
「ま、みんな俺には勿体ない奴らだよ」
「そんなことを言うものではない。何度も言うが、お前はアルトヴァースと契約しているのだぞ。それだけで十分実力が分かる」
謙遜するブライトにコーティカルテが苦言を呈す。
ブライトは困ったというように酒を飲んでいたのだが……。
「そうよ~ぶらいろは~この~わたひと~け~やく~したんら~か~ら~」
酒に酔ったヴィオリニスタが後ろからブライトに抱きついた。
「ヴィーラ!? お前、酒飲んだな!!」
「らって~おいし~んだも~ん」
ヴィオリニスタは顔を真っ赤にしてケラケラ笑っていた。
「ヴィーラさん、どうしちゃったんですか」
ヴィオリニスタのあまりの変貌っぷりに、ペルセルテは目をパチクリとさせた。
「ヴィーラの奴、酒が全く飲めないくせに、少し目を離すとすぐ飲もうとするんだ。で、すぐにこうなる」
ヴィオリニスタはやけに嬉しそうにブライトの腕に抱きつくと、そこに頬ずりまでし始めた。今までのお姉さんのような雰囲気は一切消え、ブライトに甘えるただの女の子のようになっていた。
「愛されてるわねー」
ニヤニヤ顔でブライトをからかうユフィンリー。しかしブライトは全くうろたえずヴィオリニスタの頭を撫でていた。撫でられているヴィオリニスタもまるで猫のようにゴロゴロしながら気持ちよさそうにしていた。
「まぁ、かれこれ長い付き合いだからな……」
優しい瞳でヴィオリニスタの頭を撫で続けるブライト。
ヴィオリニスタはよっぽど気持ちよかったのか、スースーと寝息をたててしまった。
「あらら、寝ちゃったわね」
「ちょっとすれば起きるからこのままで大丈夫だよ」
このままというのは、ヴィオリニスタをこのまま腕に抱きつかせたままにしておく、ということで。かと言って照れる様子もなく、ブライトは平然と空いている方の手で、ヴィオリニスタを起こさないようにして酒を飲んでいた。それをどこか羨ましそうに見つめるコーティカルテ。
「コーティ、どうかした」
話しかけられたコーティカルテはフォロンのことをじーっと見る。
「な、なに?」
「少しはあいつを見習え」
「いたっ!?」