ここはサバンナ。見渡す限りの砂色の草、その中にちらほらと緑色が見える場所。
「ウッ……」
男が頭を押さえている。赤いスカーフを巻いた複雑な髪形の男。コートで身体を隠している。……控えめに見ても不審者と言っていいだろう。
「どーしたの? あたま、いたい? だいじょうぶ?」
獣耳を頭に付け、しっぽまでつけた少女が心配そうに彼の顔を覗き込んでいる。その瞳は純粋に心配しているだけ。悪意のひとかけらもない。
「……君は」
なぜか――とまどう。子供のような純真な瞳……それは久しく見た気がしなくて。また、頭が痛む。
「サーバルちゃん。いきなり走って、どうしたの? ……あ」
もう一人、少女が走ってきた。大きなバッグを背中にしょっている。
「……サー……バル? 聞いたことがない名だ」
「あ。初めまして、僕はかばんと言います。あなたは何のフレンズさんですか?」
「フレ……ンズ……何のことだ?」
「かばんちゃん。きっと、この人はさいきん生まれたフレンズだよ。でも、こまったな。なんのどうぶつか分からないと、なまえがよべないよ」
「う~ん。あ、それ――カードですか?」
男は腕にセットされた機械を見る。デュエルディスクの中にデッキが収まっている。もっとも、どう使うのかまではわからない。
「これは……ああ。なぜか分からないが、大切なものだった気がする」
「じゃ、カードだね! わあ、身体おっきいね。きっと、フレンズになる前はすっごく体の大きなどうぶつさんだったんだよ」
「そうかもね。カードさん、立てますか?」
「ああ」
カードはかばんの手を掴んで立ち上がる。
「ところで、ここはどこだ? アカデミアは?」
「「アカデミア?」」
二人そろって首をかしげる。
「ウッ……。そうだ、俺は守らなければ。そして、取り戻す――瑠璃を。……瑠璃?」
男も自分が何を言っているのかわかっていない。口癖が飛び出ただけ。
「うーん。カードさんはその瑠璃? ってフレンズを探してるの?」
「わからない。なにも……わからない」
首をふる。途方に暮れていた。大切だったはずなのに、何も思い出せない。声も、顔も……なぜ彼女を大切に思っているのかさえ。けれど、取り戻さなくては。そんな感情が心を焦がす。
「それなら、図書かんに行こっか。わたしがあんないしてあげる!」
「ハジメマシテ、“カード”。ボクハ“ラッキービースト”ダヨ。ヨロシクネ。“トショカン”ニ、イクナラ“ジャパリバス”ガ、オススメダヨ」
かばんの左腕にある緑色のレンズがしゃべった。
「うわあああああ! ボスがしゃべったァァ」
「え? でも、ラッキーさんはヒトにしかしゃべらないんじゃなかったかな。じゃあ、カードさんもヒトのフレンズなのかな」
「え~。でも、カードはかばんちゃんとはすっごくちがうよ? 本当に人間のフレンズ?」
「“ヒト”ニハ“アシュ”ハイナイヨ。ゲンダイの“ヒト”シュ、ハ“ホモ・サピエンス”ダケナンダ。ムカシ、ハ“ネアンデルタールジン”ナドモイタヨ」
「ううん。でも、昔の人のフレンズならカードを持ってるのっておかしくないですか?」
少女は緑色と話をする。疑問に思っている様子もない。
「……かばん。君の持ってる、その丸いものは?」
「あ、これはラッキーさんです。不思議ですよね、どこから声が出てるんだろう」
「……そうか。そういう機械か」
カードは元々機械を知っている。人工知能と呼ばれるものだろうと当たりを付ける。
「知ってるんですか?」
「知っている? ……ッウ」
また、頭を押さえる。知識はある。だが、特定のものを思い出そうとすると頭に激痛が走る。
「カード、だいじょうぶ?」
「ああ。ところで話を戻すが――ここはどこだ」
「ココハ“サバンナチホウ”ト、イウンダ。マワリニハ“ソウゲン”ガ、ヒロガッテイルヨ。ソシテ、ヒダリニハ“セルリアン”ガイルネ」
「……セルリアン?」
言われた方を見ると――青いきのこのような形をした何かがいた。
「わあああ! セルリアンだ。食べないでくださいー!」
かばんが両手を掲げるように頭を守って、その場から逃げ出す。
「……ッ敵か。ならば、俺が相手だ、アカデミア!」
体が勝手に臨戦態勢を取った。だが、何をしていいのかはまだ思い出せない。取りあえず殴ろうと思った時。
「わたしがやるよ! うみゃみゃみゃみゃみゃみゃ! みゃあ!」
サーバルが爪を叩きつけた。
「……ッ!」
セルリアンはバラバラのキューブ状になって砕け散った。
「これは……」
「セルリアンだよ。食べられるとフレンズじゃなくなっちゃうの。しゃべれなくなっちゃうんだよ。だから、気を付けて」
「……そうか。アカデミア、忘れてしまったが――やはり、貴様らは……ここでも、人々を――ッ!」
「どうしたんですか、カードさん。様子がおかしいですよ」
「戦場。そうだ、俺のいる場所こそが戦場。……アカデミア、必ず見つけ出してせん滅する」
「あの、危ないからセルリアンに近づかない方がいいですよ」
「そうだよ。わたしだって、危ないから近づいちゃダメ―、とか言われるし」
「……サーバル、奴らはどこにいる?」
カードは警告を無視する。ただひたすらに突っ走ることしか知らんとばかりに。
「ええっと……そこらへんに見かける日もあれば、見かけない日もあるかな」
「カードさんは武器か何か持ってるんですか?」
「武器……そうだ、こいつだ。俺はこいつで戦っていた。何かわかるか?」
デュエルディスクを見せる。
「ええっと、シロサイさんの鎧みたいなものでしょうか」
「鎧ではない。俺にとっては……っぐ。思い出せん」
「図書かんに行けば何でもわかるよ。だから、きっとそれについてもわかるんじゃないかな」
「そうですね。きっと、カードさんにもその方がいいと思います」
「そうか。……なら、案内してもらおうか」
そういうことになって、三人と一体は図書館へ向かう。……徒歩で。
「あ、木がある。カード、木登りできる? かばんちゃんも最近できるようになったんだよ」
「うん、サーバルちゃんが教えてくれたから」
「うみゃ。うみゃみゃ!」
出し抜けに木登りする。まるで子供。
「かばんちゃんもおいでよ!」
「ええ~。ええ、と。じゃ、えい。……うみゃみゃみゃみゃ! ――みゃ」
少しカードの方を見て、けれど仕方ないなと木登りに向かう。最後はサーバルの手を借りて枝に移る。
「カードも! ほら」
「……ふ。と、は!」
しゅばしゅば、と木を駆け上がる。……はっきり言って、サーバルよりも早かった。そもそも登っていない。脚力で無理やり跳んで、腕力で身体を引き上げたのだ。
「わあ! カード、すごい! こんなに木登りが得意な子、見たことないよ!」
「すごいですね。まるで、羽が生えているみたい」
「羽? 翼、俺にも翼があったような……」
「あまり考えすぎるのはよくないですよ。頭が痛くなっちゃいます」
「う~。わたし、考えるのはにがて~」
「そうか。……影が見えるな。フレンズとか言うやつらか」
「うん。あそこにいるのはトムソンガゼルちゃん。他にも、えっと~」
「ええ~。どこにいるの、サーバルちゃん。全然見えないよ」
「あそこだよ、あそこ! ほら」
「ええー」
そうやってはしゃぐ二人を、カードはほほえましげに見る。遠い昔にも、こんな光景があったような。
「のどがかわいてきちゃった。ちょうどお日様もてっぺんからいなくなったし、とっておきの水場をしょうかいしてあげる」
「そうか。お前たち、十分休めたか?」
「大丈夫だよ。友達もしょうかいしてあげるね」
「あ、カバさんのこと?」
「そう。元気にしてるかな」
「ついこの間会ったばかりじゃない」
「そうだったね。えへへ」
水場に到着すると、カードが厳しい目を水中に向ける。
「……出てこい、何者だ」
「あら、お客さん? 別に何もしないわよ。サーバルみたいに騒がしくするなら話は別だけど」
雰囲気はまるでお姉さんと言った感じだ。もっとも、それを言うならカードはまさに怖いお兄さんだが。
「カバ、ひどい! わたしはそんなにうるさくないよ!」
「そんなに、ってことは、少しはうるさいのを自覚しているのかしら?」
「うぐっ。わたし、そんなにうるさい子じゃないよね。かばんちゃん」
「え? あはは、そうだね。ボクはサーバルちゃんとお話しするの、好きだよ」
「えへへ。わたしもかばんちゃんと話すの大好き! ……あれ、ごまかされてる気がする」
うーん、と頭に手をやって体全体で首をひねる。
「ああ、大丈夫よ、サーバル。みんな、あなたのそういうところが大好きだから」
「え、ほんとに? わあ、みんなわたしのことが大好きなんてうれしいな!」
機嫌が直ってぴょんぴょんはねる。
「うふふ。サーバルはかわいいわね」
「ありがと!」
「……ちょろかわいい」
「なにか言った? カバ」
「何も言ってないわよ。そう言えば、そちらのフレンズはどなた? 見たことないわね」
「カードだよ。かばんちゃんといっしょで何もおぼえてないの。でも、思い出そうとするとあたまが痛くなっちゃうみたいだから、ちょっと心配かな」
「へぇ。大変なのね。でも、ジャパリパークの掟は弱肉強食。頼りっぱなしでは駄目よ。ねえ、あなた泳げる?」
「……泳げん」
「走るのは早い?」
「早い……気がする」
「木は登れる?」
「脚力で無理やり駆け上がるのでいいならば」
「あら、これは――サーバルよりずっと強そう」
「えー、ひどい! カードも強そうだけど、わたしだってすっごく強いんだから! セルリアンだって倒したんだよ」
「どうせ小さいやつでしょう? かばんといっしょだからって、調子に乗って大きいのとは戦っちゃだめよ」
「う……それはわかってるよ。かばんちゃんが消えちゃうかもなんて、もうそんなのは二度といやだからね」
「サーバルちゃん。うん、それはボクだって同じだよ」
「ま、さすがにサーバルもあの件でこりたでしょうし。で、どこに行くの?」
「としょかんだよ。そこならカードのこと、なにかわかるかなって」
「そう。なら、行ってらっしゃい。あ、ちゃんと水分はとっておかなきゃだめよ」
「わかってるよ」
「休憩はちゃんと取るのよ」
………………
「わかってるってー。カバ、またねー」
あれからいくつもの注意を受けながら出発した一行。完全に世話焼きお姉さんのカバだった。そこで、進んでいくと――悲鳴が聞こえた。
「この声……アライさん!?」
「きっと、セルリアンだよ。助けなきゃ!」
「……アカデミアか! ならば、俺が倒す!」
カードはすさまじいスピードで走って行ってしまう。
「はやーい! わたしたちも行こう。かばんちゃん」
「うん、いくらなんでも記憶が分からない状態なんて危険だよ」
「つかまって、かばんちゃん」
「うん、ありがと」
そして、橋にたどり着いた2人が見たものは――
「っふ! っとう!」
セルリアンの攻撃をかわし続けているカードだった。巨大セルリアンは二体。大きさにして2m。触手のようなものをゲートにくっつけて、ボールのように体当たりを仕掛けてきては時折触手での攻撃を行う厄介なセルリアン。協力しているわけではないだろうが、2体いることによって互いをカバーしあう形になっている。
「あの人、すごいね~」
転がされて動かなくなった、籠のようなものの中にフェネックがぐったりとした様子で倒れていた。……いつも、無気力な様子ではあるが、籠ごと地面に叩きつけられてダメージを受けているのが見てわかる。
「フェネック、だいじょうぶ?」
「わたしはね~。でも、アライさんが~」
「そういえば、アライさんは!?」
「食べられちゃった~」
「食べられた!? 大丈夫なの?」
「今、あのフレンズが助けようとしてくれてるけど~」
「そんな!? はやく助けなきゃ!」
「見て。カードさんが」
すべての攻撃をかわしたカードが懐に潜り込み、急所――青い宝石めがけて腕に着けた機械でハンマーのように殴りつけた。
「やった!?」
ぶるぶると震えて――
「……ッ!?」
ぐんと伸ばした触手を縮め、カードを体当たりで吹き飛ばした。
「そんな、カードさん! アライさん!」
一歩、かばんが不用意に踏み出してしまった。
「……かばんちゃん!」
サーバルが手を伸ばす。セルリアンは二体いる。カードを体当たりで吹き飛ばしたのとは別の個体。
「あ!」
触手――迫ってくるのに気づかなかった。そしてかばんのとっさの反射神経は決して高くはない。
「うわああああ」
びたりとくっついた触手に引きずられて――
「かばんちゃん! かばんちゃん!」
喰われた。
「そんな……かばんさんまで」
フェネックもまた絶望的な顔をする。この場にはサーバル一人。アレと同じセルリアンはサーバルも遭遇したことがある。しかし、その時は二人で倒した。今は、サーバルと傷ついたフェネックだけ。
「……そんなのヤダよ! かばんちゃぁん! 返事してよ、ねえ。かばんちゃん!」
セルリアンはサーバルを見る。……新たな獲物を。
「セルリアンなんて――」
後ろから爆発音がする。
「貴様らは、また俺から仲間を奪おうというのか、アカデミア! だが、覚えておけ。俺たちレジスタンスは必ず這い上がる! そして敵を殲滅する!」
カード。吹き飛ばされて満身創痍の中、力強く立っている。セルリアンはぐるりとカードの方を向き、無我夢中に突進する。
「俺のターン! ドロー」
一枚のカードをデッキから引き抜く。光の軌跡、突風を巻き起こした。
「来い!
カードの前に機械の鳥が現れる。何よりも力強く、そして――その瞳にはカードと同じ黒い復讐の炎が宿っている。
「消え去れ、アカデミア! 仲間は返してもらう!」
一体を爪で本体ごと切り裂いた。だが、もう一体のセルリアンがカードの方に向かってくる。
「ふん。哀れなほどに薄っぺらなデュエルだな。ドロー。トラップカード、
風が受け止めてスピードを殺す。
「貴様も地獄へ行け! 『バニシングクロー』」
残り一体も切り裂いた。
「……ぐ」
カードが膝をつく。機械の鳥も光の粒となって消え去った。……流石に体力を使い過ぎた。
「あ……ああ……あ!」
セルリアンから二人が零れ落ちる。
「かばんちゃん!」
「かばんさん! あと、アライさんも」
駆けよって、抱き起こす。
「あれ? サーバルちゃん。ごめんね、心配かけちゃった、みたい」
「むふふ。もう食べられないのだ~」
サーバルとフェネックは顔を見合わせて。
「「えへへ」」
安心して、笑いあった。
「いや~助かったのだ。ありがとうなのだ!」
「うん、ダメかと思ったよ。またかばんさんに助けられるなんて、なんてお礼を言ったらいいのやら」
「あはは。アライさんを助けたのはボクじゃなくてカードさんですから。ボクも助けてもらっちゃいましたし」
「だが、アライさんにはまだやらねばならぬことがある! アライさんは颯爽と去るのだ! また会おうなのだ~」
「じゃあね~」
自転車をつなげた籠をこいでどこかに行ってしまった。
「はぁ、疲れちゃいました」
「そうだね。かばんちゃんはねむくなる時間だね。そう言えば、カードは夜行性? それとも昼行性?」
「……数時間の睡眠は必要だが、基本的にはいつでも動ける。必要になれば何日も寝ずに潜伏していたこともあった……ような」
「へー。すごいね! 寝なくてもだいじょうぶなんて。でも、ホントにカードってどんな動物なんだろう。かばんちゃんともぜんぜんちがうし」
「そうですね。ボクとは大違いで、カードさんはほんとにすごいです」
「……寝ろ」
純粋な視線を受けて照れたのか、そっぽを向いて寝てしまった。
「じゃ、ボクたちも寝ようか。サーバルちゃん」
「そうだね。わたしも今ねとかないとお昼にねむくなっちゃうからね」
「おやすみ、サーバルちゃん」
「おやすみ、かばんちゃん」
「……瑠璃ィィィィィィィィィィィィィィ!」
カードが跳ね起きた。
「ハァ……ハァ……ハァ……今のは――?」
頭を押さえる。大切な記憶だった気がする。だが、肝心の記憶はもやがかかって思い出せない。
「……ぐ。瑠璃。瑠璃。瑠璃。……ルリ?」
思い出そうとすると頭が痛くなる。
「……カードさん?」
「すまないな、起こしてしまったか」
「いえ、大丈夫ですから。そのルリって人……」
「わからん。それが誰かも、俺にとってどんな存在だったかも」
「なら、ボクのことルリって呼んでもいいですよ」
「……なに」
「カードさん。寂しそうです」
「俺が、寂しいだと?」
「手、震えています」
そ、と手を取った。
「……ルリ」
「はい」
「ルリ」
「はい」
「いいのか?」
「はい。それで、カードさんが寂しくなくなるのなら」
「……ルリ。ありがとう」
カードはかばんの手を握り返した。
……続く?