時刻が既に正午を過ぎる頃、交番から出てくる怪しげなマントをつけた二人組が出てきた。そう、この二人は早朝に、一人の少女に拾われた元魔族、現人間の二人組。魔王サタンと悪魔大元帥アルシエルだ。
二人が何故、交番から出てきたのか?
それは、二人を拾った少女、川神一子の一言が原因だった。
川神一子が言った言葉、「困ったときには近くの交番に行くといい」。その言葉を受けた二人は、この世界の情勢を知るために交番へ向かったのだ。
だが、いきなり交番にこのような怪しげな二人組が現れたら不審に思うだろう。二人は、直ぐさま事情を聞くために警察署に送られた。
そして、警察署にいて二人の取り調べをすることになった佐々木巡査部長を魔王は催眠魔術を用いてこの世界について聞くのだった。
その人間曰く、この世界には神も魔の者も空想上に存在する
曰く、魔力という概念はない
曰く、それらは信じられていない
僅かな間であったが、二人が必要最低限の情報を得るには十分であった。
警察署から出てきた二人は、あらかじめ聞いておいた情報から、この国・日本で生きていくためには戸籍と住民票が必要と知り、市役所でそれらを作りに行った。
もちろん、身元不確かな二人が戸籍も住民票を作りたいといっても、また警察署に連れられるだけだ。そこで、魔王はまたも催眠魔術を使い、戸籍と住民票を作らせるのだった。
そして、できた住民票と戸籍。名前は、先程川神一子に名乗った真央貞夫と芦屋四郎となった。
次に向かったのは銀行だった。
銀行で口座を作らなければ、通貨が手に入らないと聞き、佐々木巡査部長から拝借した一万円を使い、真央名義の口座を作った。
二人は、ここまでは順調だった。だが、問題が起こってしまった。
それは、住居である。
不動産と呼ばれる店で住居を借りられるのだが、身元不確かな二人に住居を貸してくれるもの好きは存在せず、結局住居が借りられずにいるのだ。
「はぁ…どうする、アルシエル…このままでは野宿だぞ」
「ですが、魔王さま。私たちのような身元不確かな者に住居を貸すものがいない限り、解決しません…これ以上、魔王さまの貴重な魔力を無駄にするわけにも行きませんし…」
「だよなぁ~…」
近くにあった公園のベンチに腰掛けながら、流暢な日本語で会話する魔王とアルシエル。
二人は、この僅かな時間で日本語を完璧に話せるようになったのだった。
住居を得たくても、得られない。魔力を無駄にできないから、催眠魔術を使用することもできない。すでに、二人は手詰まりの状況だった。
このままでは、住居を得られず野宿になる。雨風にうたれるイメージをしてしまう二人は同時にため息を漏らした。
そんな二人に近づく一人の人間がいるのであった。
「少し、よろしいかしら?」
「…なんでしょう、か!?」
「なっ、なな!?人間、なのか?!」
近づいてきたのは一人の女性。
だが、その容姿は悪魔である二人の感性からでも異様だと感じていた。
天高く盛り上がった紫と銀のマーブルに染め上げられた髪。色鮮やかな紫陽花のヘッドドレスを載せ、薄紫色のストールをショッキングパープルのサマードレスの肩に羽織り、全ての手の指には大粒のアメジストの指輪。曇りない紫のエメラルのピンヒール。紫のルージュのアイシャドー。叩けば割るのではないかというほど分厚い真っ白なファンデーションに、わずかに入ったチークが眩しい。
ところどころ、皮を剥かれた巨大な紫芋を彷彿させる容姿だった。
「あなたが、真央貞夫さんでよろしいでしょうか?」
「なっ…魔王さま!ここは一旦引きましょう!」
「ま、待ってくれアルシエル!腰が抜けて動けん…」
人間離れした容姿を持つ女性に、アルシエルは直ぐさま逃亡を図ろうとする。だが、肝心の主である魔王は腰が抜けて動けなくなってしまっていた。
弱体化しているとは言え、魔王であるサタンの腰を抜かし、悪魔大元帥であるアルシエルのプライドを破壊し逃走を直ぐさま図らせる女性の容姿は、事情を知るものから見れば凄まじいものであった。
「フフフ、そんなに遠慮なさらずに。住居を探してる貴方方には悪くない話ですわよ?」
「そ、その話とは、なんなのだ?」
「それは、真央さん。あなたが私の知り合いが学園長を勤める学園に通い、芦屋さんがそこで用務員をするのであれば私が所有するアパートに住める、というお話ですわ」
「な、何故俺が学生になど…」
「おや?戸籍では、あなたはまだ15歳ではありませんか?さすがに、中卒ではいい職に就けませんわよ?私はただ、あなたのような将来有望な子をほっとけないだけですの。断る理由、ありますかしら?」
「い、い、いや…ない…」
「なら、決定ですわね。ああ、申し遅れました。私は
「「は、はぁ…」」
志波美輝に圧倒される形で、なし崩しに契約を進められるのであった。
その後、志波美輝に連れられて着いたのは【ヴィラ・ローザ川神】と呼ばれる六畳一間のオンボロアパートであったのだった。
その一室、二階にある201号室に居を構えた魔王とアルシエル。大家である志波美輝は、これから真央が通うことになる学園のパンフレットと、一式の勉強道具を置いていき、隣にある自身の自宅へと戻っていった。
「…圧倒される形でこの部屋と契約してしまったが、今思えば学生とも言える年齢で戸籍を作ってしまったがために、怪しまれたのだろう。そして、学生になれば怪しまれることはなさそうだな……」
「ですが!魔王さまが、人間の中で勉学を学ぶなど!」
「待て、アルシエル。これも必要なことだ。これで、俺たちは世間から怪しまれずにこの世界を行動できる。お前は用務員という職をしながら、俺は学生に紛れながら怪しまれずに魔力を回復する方法を探すのに最適ではないか」
「そうか。この世界にも悪魔や魔力の概念は存在する…ならばその根源を探すというわけですね!」
「そうだ!そして、力を蓄え、再びエンテ・イスラに攻め込もうではないか!」
「かしこまりました!魔王さま!このアルシエル、魔王さまの覇道への道、しかと付いて行きます!」
テンションが上がっていく魔王とアルシエル。再び、エンテ・イスラ侵略の誓をたてるのであった。
魔王は、これから自身が通うことになる学び舎にパンフレットを眺める。
そのパンフレットには、『川神学園』と書かれているのであった。