恋色駆けるセピア色   作:Miyahara

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プロローグ

 窓から覗ける風景の大半を緑色が占めた状態が続いて、だいたい二時間ってところだろう。

 止まることなく走り続けていた電車が、ここにきてようやく減速しはじめた。

 

俺「大丈夫か、この電車」

 

 車体か車輪だかが、きぃきぃと悲鳴をあげている。おまけに縦揺れがひどく、もう数時間これに乗り続けろと言われても御免被りたい。

 

俺「みしろ…ここだな」

 

 駅名を読み上げるアナウンスも無ければ、駅員も居ない。

 目的地に到着したことを自力で確認して、人気のない、寂れたホームへ一歩踏み出す。

 

俺「ええと…『いま、着いた、これから、婆ちゃんちに、むかう』」

 

 スマホでチャットを立ち上げ、保護者である母にメッセージを送る。

 

母『了解』

 

 すぐに既読のマークが付き、素っ気ない感じのメッセージと、愛嬌の無いウサギみたいなスタンプが送られてくる。

 

 親の転勤で決まった引越し。

 子供にとってはなんとも理不尽すぎる事件だろうが、生憎うちの両親は転勤と縁のある職種らしく、引越し自体今回で二回目だ。

 確かに準備やら移動やら手続きやらで面倒なところはあるものの、引越しそのものに対しては不思議と不満は無かった。…というのも。

 

俺「…緑、田んぼ、無人駅」

 

 スマホをしまい、リュックを背負いなおしながら周囲を見渡す。

 さすがに街から数時間かけて移動してきただけあって、辺りにはビルはおろか自販機の姿さえ見当たらない。

 

俺「………………」

 

 胸いっぱいに空気を吸い込む。

 蔓延したタバコの煙や、排気ガス、口の臭いおっさん達のため息吐息なんか一切感じられない空気。

 

俺「ああ、良い…」

 

 そう、俺は田舎暮らしに憧れていた。

 満員電車とは無縁で、空気が綺麗で、夜になると星が綺麗で。

 

俺「ビバ、田舎…!何時間も電車に揺られた甲斐があったな」

 

 これで乗り物酔いなんかしていたらさぞ勿体無かっただろう。

 

俺「さて、とにかく目的地を目指そう」

 

 次の目的地は、この田舎に住んで居るらしい婆ちゃんの家だ。小さい頃一度会ったことがあるらしいが、悪いけど全然覚えていない。

 仕事の都合で、親とは夜に合流することになっているが、今日から揃って婆ちゃんの家に厄介になるとのこと。

 

???「…………(じーーー)」

 

俺「あーっと……うおっ、GPSに道がねえ!どんだけ田舎なんだよここ」

 

???「…………(じーーー)」

 

俺「……うん?」

 

 とりあえず道沿いに歩いて行こうと、駅を出たところで、不意に視線を感じ振り返る。

 

???「………………」

 

 女の子がいた。栗色の髪がお人形さんみたいで、横で結ってあるツーサイドアップ。背丈がやや低めなので、同い年か一つ下くらいかな。

 引越しが決まった直後で、母から「田舎には美人が多いぞ」と聞いてそれなりに楽しみにしていたが。この子も相当可愛いぞ。

 

???「あなた、他所からきた人?」

 

 俺「え?そうだけど」

 

???「ふーん…物好きね」

 

 俺「親の転勤で引っ越す事になってな。今日から婆ちゃんちにお世話になる」

 

???「えっ、引っ越し!? なんでよりにもよってこんなド田舎に!?」

 

 突然、女の子が信じられないといった顔で声をあげる。

 というか、地元民がド田舎言うな。

 

???「荷物が少ないから、てっきり観光にでも来た人かと思って」

 

俺「観光って、ここに観光スポットでもあるのか?」

 

???「いいえ、無いわ」

 

 無いのかよ。

 というか、随分とナチュラルに話しかけてくれるな、この子。田舎の子ってみんなこうなのか?

 

???「強いて言うなら温泉ね。古い旅館があるんだけど、そこに大きな露天風呂があるの」

 

俺「へえ、温泉か」

 

???「でも、今の時期って別に旅行シーズンとかでも無いでしょ?それに、見たところ私と同じくらいの学生っぽかったから、すこし気になって。好奇心ってやつね」

 

俺「なるほど」

 

 五月。引っ越しにしては微妙な時期だし、確かにそんなタイミングで学生がひとりリュック背負ってたら、家出なんかを警戒するかもしれない。

 

???「私は瀬尾 百華(せお ももか)。みしろ高等学園の三年。といっても、ここには学園なんて一箇所しか無いけど」

 

 そういって自己紹介してくる瀬尾…いや、瀬尾先輩か。最初年下だと思ったことは黙っておこう。

 俺が入る学園の名前もみしろだった気がするから、学園が一つしかないというのは本当だろう。俺も軽い自己紹介をしながら、握手を交わす。

 

俺「小学校とかは?」

 

百華「…あるわよ。小等部と中等部が一緒になってるわ」

 

 なるほど、聞けば聞くほど田舎っぽい。

 

百華「それで?察するに、これからそのお婆ちゃんのお家に行くんでしょう?場所はわかるの?」

 

 言われて、自分がここの地理を全く知らないことを思い出す。スマホの地図もアテにならなければ、よそ者としては目的地を探すのはかなりハードかもしれない。

 

俺「余裕だ」

 

 しかし俺のほんのちょっぴりのプライドのため、強がってみせる。

 可愛い女の子の前では強がって見せたいのが、男の心理。

 

百華「あら、意外。ここに来た人だいたい道に迷って、町にすら到達できないのに」

 

俺「そんなに複雑なのか?」

 

百華「ええ。下手したらその辺で野垂れ死に、翌朝には野犬やカラスの餌になるわ」

 

 怖すぎだろ、田舎。

 

俺「俺が今まで培って来た方向感覚スキルを侮るなかれ。俺くらいになると目を瞑っていても目的地に到着できるんだ」

 

 そう言ってそっと目を閉じ、おもむろに歩き始める。

 

百華「…ねえ、本当に平気なの?思いっきり腰がひけてるけど」

 

俺「しっ!今は集中しているんだ、話しかけないでくれ」

 

 ………。

 

百華「あ、犬のフン」

 

俺「……………」

 

 ごめん、やっぱり無理。

 

 

 

 

 

 

 半べそで草むらに入り、靴の裏をゴリゴリ押し付けて。

 

俺「案内してもらおうか」

 

百華「なんで急に強気なのよ…最初から言ってくれれば良かったのに」

 

俺「プライドを着た悪魔が…」

 

 結局、瀬尾先輩に案内してもらうことに。婆ちゃんの名前と住所を教えたら、あああそこね、と、すぐに場所がわかったらしい。

 

俺「先輩はいいのか?」

 

百華「…え?」

 

俺「何か用事があって駅に居たわけじゃないのか?」

 

百華「ああ…。別にいいのよ、ただ散歩していただけだから」

 

 マジかよ。今時の若い女の子なのに、散歩…?

 

俺「あの、ここってコンビニとかは」

 

百華「無いわ」

 

俺「ゲーセンとか」

 

百華「あるわけないじゃない」

 

 俺が思っていた以上に田舎らしい。田舎暮らしに憧れてはいたが、これは多少不便するかもしれない。まあ、今時インターネットさえあれば欲しいものは買えるし、ゲーセンは無くても困らないか。

 

百華「あなたがどのくらい都会に居たのか知らないけど、少なくともここにはそういった娯楽施設やお店なんかは無いわね。行きたければ、一つ隣の街に行くしかないわ」

 

俺「え?たった一つ隣に行けばいいのか。なら楽だな」

 

百華「何いってるの。一つ隣っていっても、電車で二時間はかかるわよ」

 

 コンビニ行くのに二時間かかるのか。

 

俺「ふふふ…」

 

百華「何よ、急に」

 

俺「いや、俺田舎暮らしに憧れててさ。これこそ俺が夢見た環境だなって」

 

百華「変わってるのね…」

 

俺「いいじゃん、自然が豊かでさ。俺ってけっこうインドア派なんだけど、こういった環境で暮らしたこと無くて」

 

百華「ふうん。今時珍しいわね」

 

俺「あと、熊を素手で倒してみたい」

 

百華「あなた、早死にするわよ」

 

 

 

 

 

 

 坂道に差し掛かっても、瀬尾先輩は疲れた様子をみせることなく淡々と前を歩いている。

 比較的小柄なので歩幅は狭いはずなんだが、そこは持久力と歩行速度でカバーしているのだろう。

 

俺「………………」

 

百華「──それで、そこを下ったところが港よ。……って、ねえ、聞いてる?」

 

目の前で揺れる栗色の髪と、小柄な体に似合ったフリルのスカートから覗くおみ足が…

 

百華「ねえ、ねえってば」

 

俺「聞いてるぞ」

 

 気付けば瀬尾先輩がこちらを向いて、すこしプンスカしているように見える。坂道なので目線が並んだ。

 

百華「嘘。じゃあ何話してたか言ってみて」

 

俺「ファストフード店のドリンクに氷は必要か否か」

 

百華「全然聞いてないじゃない」

 

 ちなみに俺は氷は要らない派だ。店によっては氷を抜くとドリンクの比率が増えてお得になったりするからな、あんなものカサ増しに過ぎん。

 

百華「もうそろそろ着くわよ、あなたのお婆ちゃんのお家」

 

俺「駅から結構歩いたな、三十分くらい?」

 

百華「十分よ。あなたの体内時計どうなってるのよ」

 

 結構歩いたように感じたが、俺にはまだまだ田舎で暮らして行くための経験が足りないようだった。

 

 

 

 

 

 

 坂道を登り終えると、ようやくちらほらと屋根が見え始めた。

 

俺「へえ、意外と普通じゃん」

 

百華「普通って?」

 

俺「もっとこう、発展途上的なイメージがあった」

 

百華「あなたが田舎を舐めてるのはよくわかったわ…」

 

 ここがどうやらメインの町らしいが、俺が思っていた以上に建物があって、ここだけ見ると引っ越し前と変わらない。自販機もあるし。

 

俺「あそこは?」

 

百華「商店街…といっても、あるのは八百屋とお肉屋さんとお魚屋さんくらいね」

 

俺「なんだ、全然普通だな」

 

百華「だから、あなたの思う田舎像って……いや、聞かないことにするわ」

 

おじさん「おや、百華ちゃん。男連れでなにやってんだい」

 

百華「八百屋のおじさん。こんにちは」

 

おばさん「あの百華ちゃんが男連れなんて、珍しいこともあるもんだね」

 

百華「お肉屋さんのおばさんも。こんにちは」

 

 商店街の横を素通りしかけたところで、前方から歩いてきた二人組に声をかけられる。

 すげえ、田舎ってやっぱりみんな仲がいいんだな。

 

百華「彼は引っ越してきたばかりで。今は案内しているところなんです」

 

おばさん「はー!引っ越し!」

 

おじさん「若いのに珍しいねえ…おや?あんた…」

 

百華「石井お婆ちゃんのお孫さんみたいですよ」

 

 そういって、こちらを振り返る瀬尾先輩。

 

俺「どうも」

 

おばさん「ああ、石井さんの!なるほどねえ」

 

 何がなるほどなのか、肉屋のおばさんはニヤニヤと口元にやつかせながら、俺と瀬尾先輩を交互に眺める。

 

おばさん「少年、頑張るんだよ」

 

おじさん「百華ちゃん、こう見えてまだフリーだからね。他の男にとられないうちに、さっさとやっちまいな」

 

 瀬尾先輩に聞こえないように、ひそひそと小声で俺に情報を漏らしてくる八百屋のおじさん。

 

百華「あの、聞こえてますけど」

 

おじさん「おっと失礼、それじゃああとは若いのに任せて、俺たちはこのへんで」

 

おばさん「少年!頑張るんだよ!」

 

 何故か応援されてしまったが、瀬尾先輩がやれやれといった表情で二人に手を振っているところを見ると、二人はいつもあんな感じらしい。

 

百華「ごめんなさい。見ての通り田舎だから、みんなそういった話に飢えてるの」

 

俺「別にいいけど」

 

百華「とくにお肉屋さんのおばさんがね…噂の発信源みたいなものだから、明日には噂されてるかもしれないわね」

 

俺「噂って?」

 

百華「私が男の子と、その、二人で歩いて…」

 

俺「ああ…なんか、ごめん」

 

 ただ案内していただけなのに、変な噂をされてしまっては瀬尾先輩もいい気はしないだろう。

 

百華「いいのよ、いつものことだから」

 

 その口ぶりだといつも男連れだということにならなくもないが、あえてそこは突っ込まないことにした。

 

 

 

 

 

 

 

俺「ここか」

 

百華「そう。石井お婆ちゃんのお家」

 

 無駄に広い庭と、妙にデカい平屋を前に、側の石垣に腰を下ろす瀬尾先輩。さすがに歩き疲れたらしく、浮いた足をぷらぷらと揺らして遊んでいる。

 

俺「よかったら上がってお茶でも…って言いたいところだけど」

 

百華「ふふ。あなただって初めて来るんでしょう?さすがにそれは、ね」

 

俺「いや、それが、すっげー小さい頃に一度来たことがあるらしくて。全然覚えてないんだけど」

 

百華「…ふーん。だったらちょっと緊張してるんじゃない?」

 

俺「ただいまー」

 

百華「…あなたって本当によくわからない人ね」

 

 緊張なんてするだけ無駄だ。

 

 

 

 

 

 ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、ちょっとした民宿のようなひらけた玄関に迎えられる。木彫りの熊のオプションもあって、線香みたいな香りもするし、ああ、婆ちゃんの家だな、っていう実感が噛み締められた。

 

俺「留守かな」

 

 勢いよく挨拶したつもりだったが、すこし待っても返事がない。

 

百華「石井お婆ちゃん、ほとんど家に居ないからね」

 

 いつの間にか後ろから顔を覗かせていた瀬尾先輩が、そんなことを口にした。

 

俺「瀬尾先輩って、婆ちゃんと親しいの?」

 

百華「ええ、よくお裾分けなんかいただくわ」

 

 だから住所と名前で分かったのか。

 

百華「多分、この時間は港の方にある公民館に居るんじゃないかしら」

 

俺「なんでまたそんなところに」

 

百華「今日は、ご年配の方々はだいたいそこに居るわよ。皆で集まって──」

 

 爺さん婆さんが一堂に会して何をやろうってんだ。ゲートボールとかだろうか。

 

百華「ドッヂボールをしてるらしいわ」

 

俺「マジかよ…」

 

 めちゃくちゃアクティブだな、ここの爺さん婆さん達は。足腰どうなってるんだ?

 

俺「しかしどうしたもんか…勝手に上がり込むのも気がひけるし」

 

百華「一応そういった常識は持ち合わせてるのね…」

 

 玄関まで入り込んでおいてなんだが、さすがに帰ってきたとき孫がいきなり居間で寛いでたら、婆ちゃんも卒倒しかねないだろう。ご老体は敬わねばならん。

 

百華「何かすごく失礼なこと考えてそうね」

 

俺「先輩ってエスパーだったりする?」

 

百華「あなたが顔に出してるのよ」

 

俺「ごめん、もう一回同じセリフを」

 

百華「……?あなたが顔に出してるのよ…?」

 

俺「後ろの方だけ」

 

百華「顔に出して…?…なによ、意味がよくわからないのだけど」

 

 すいません。

 

 

 

 

 

 

百華「乗りかかった船だし、ちゃんと最後まで案内させてもらうわ」

 

 そんな律儀なことを言ってくれる瀬尾先輩。田舎には親切な人が多いという話を聞くけど、先輩も例外ではないらしい。一応断りはしたものの、引き下がる様子は無さそうだ。

 せっかくの休日に、見知らぬ男の土地勘をフォローしてくれるなんて。今度なにかお礼しよう。

 

俺「それで、公民館は港の方にあるんだっけ?」

 

百華「ええ。だから、また少しだけ引き返すかたちになるわね」

 

俺「仕方ないな」

 

 にしても、婆ちゃんは俺が来ることを知っていたはずなんだけどな。瀬尾先輩が居なかったらどうなっていたことか。

 

俺「でも、先輩もさすがに歩き疲れたんじゃないか」

 

百華「あら、心配してくれてるの?」

 

俺「当たり前だろ」

 

 全体にちっこい感じがするのに、その女の子らしく細い脚がムキムキになったらどうするんだ。

 

百華「でも大丈夫よ。伊達に普段から歩いてないから」

 

 そういって、すこし張り切ったように小さく拳を握ってみせる瀬尾先輩。可愛い。

 

俺「それじゃあ、その公民館とやらに───」

 

???「………!」

 

 いざ出発せんと玄関を出たところで、一人の女の子が居た。

 

???「で……」

 

俺「で?」

 

???「出たわね空き巣ーーっ!」

 

 言うなり、手にしていた手提げバッグから大根とネギを取り出して身構える女の子。

 

俺「は?空き巣って……」

 

???「田舎だからって舐められちゃ困るんだから!こっちだってやるときはやるのよ!」

 

俺「はっ、ちょい、待っ……」

 

 ブォン!と音を立てて耳元をかすめるネギ。

 

俺「ちょっと待て!それ本当にネギかよ!」

 

???「無農薬栽培を甘くみないことね!」

 

 無農薬栽培すげえ。じゃなくて。

 

俺「ちょっと、先輩、黙ってないで助け──」

 

百華「………すぅ」

 

 ええ!?何!?なんでこの状況で立ったまま眠っていられるの!?

 

???「くっ、百華先輩の誘拐まで企んでいるのね…!」

 

俺「待て!お前は被害妄想というか、いろいろ妄想が過ぎる!」

 

???「悪の栄えた試し無し…!」

 

 だめだこいつ、話が通じない…!

 

???「食らえ!」

 

 上に構えたネギを勢いよく振り下ろす女の子。間合いは短いが、この距離なら確実に──

 

百華「…………」

 

 俺が避けたばかりに、瀬尾先輩の脳天にクリーンヒットするネギ。

 

百華「……………」

 

 あ、怒ってる。

 

 

 

 

 

 

???「ごめんなさい」

 

俺「なんで俺まで」

 

 婆ちゃん家の玄関先に正座させられる俺と謎の女の子。

 

百華「食べ物を粗末にした罰よ」

 

???「うう…だってこいつが」

 

 そう言って、俺を指差す。

 

俺「初対面でこいつ呼ばわりかよ…」

 

百華「彼は石井お婆ちゃんのお孫さんなのよ。空き巣じゃないわ」

 

???「え、そうなの?」

 

 本当に空き巣と疑われていたのか、俺は。

 

???「だってこいつ、目付き怪しいし挙動が気持ち悪いし」

 

俺「ああん!?」

 

???「ひっ!ほら!すぐキレる!」

 

俺「自業自得だろうが」

 

百華「こら、あなたも威嚇しないの」

 

俺「すみません」

 

???「ふんっ」

 

 可愛くないヤツだ。

 

百華「この子は三嶺 伊織(みつみね いおり)。あなたと同じ学年になるはずよ」

 

 次いで、三嶺に俺の紹介をする瀬尾先輩。すっかり先輩のペースだ。ありがたいんだけど。

 

伊織「こんな田舎に引っ越し…?」

 

俺「悪いかよ」

 

伊織「やっぱりあんた…何か悪さを企んでいるわね!」

 

 どうしてそうなるんだ。こいつの頭は大丈夫か?

 

伊織「都会から来た男だからって、ほいほい田舎の女がなびくと思ったら大間違いよ」

 

百華「こら伊織、いちいち突っかからないの」

 

 初対面でネギぶつけてくるマジキチ女なんてこっちから願い下げだ。

 

百華「それで伊織?石井のお婆ちゃんがいつ戻ってくるか知らない?」

 

伊織「うーん…多分四時くらいになると思います」

 

百華「四時か…今が二時ちょっとすぎたところだから、もう少しかかるわね」

 

俺「やっぱり直接公民館に行った方がいいのかな」

 

伊織「公民館?」

 

 そう言うと、すこし考えるような素振りを見せて、

 

伊織「ああ、いつもは公民館に居るけど、今回は別。三丁目の柊さんのところに行ってるから」

 

俺「そうなのか」

 

 突っかかってくると思ったら、案外普通に教えてくれた。なんだ、話せばわかるヤツなのかもしれない。

 

百華「あら、無駄足にならなくてよかったわね」

 

俺「でも、そうなると逆に為す術がないっていうか」

 

伊織「あんた、石井さんのお孫さんなんでしょ?だったら普通に上がってたらいいじゃん」

 

俺「だってさ、婆ちゃんの顔も覚えてないんだぜ。向こうだって覚えてるかわからないのに、そんなのが家に上がり込んでたらビビるだろ」

 

百華「……本当に何も覚えてないの?」

 

 どこか探るような声色で問う瀬尾先輩。

 

俺「覚えてない。少なくとも、小さい頃にここに来たことは事実らしいけど」

 

百華「ふうん」

 

伊織「薄情なヤツね」

 

俺「言ってろ」

 

 

 

 

 

 

 瀬尾先輩の提案で、近くを案内してもらうことに。何故かネギ女も同伴だ。

 

伊織「だって、あんたと百華先輩を二人きりにしておくと何するかわからないじゃん」

 

俺「どんだけ信用ないんだよ俺……先輩も何か言ってやってくれよ」

 

百華「…そうね、確かに何されるか分かったもんじゃないわね」

 

伊織「ほら」

 

 何だろう、さっきから妙に瀬尾先輩のキレが悪いような気がする。機嫌が悪いわけではなさそうだが。

 

伊織「………ねえ、ちょっと」

 

俺「あ?」

 

伊織「あんた、本当に百華先輩に何もしてないの?」

 

俺「どうしてそうなるんだよ」

 

 先を歩く瀬尾先輩に聞こえないように、ひそひそと耳打ちする三嶺。

 

伊織「だって、見るからに元気無くなってるじゃない」

 

俺「お前もそう思うか」

 

 どうやら違和感を覚えたのは俺だけじゃないらしい。新参者の俺でさえ気付く瀬尾先輩の異変なんて、どこかで地雷でも踏んだか?

 

伊織「…そのお前っていうのやめてくれない?」

 

俺「ネギ女」

 

伊織「うっ…それに関しては悪かったと思ってるわよ」

 

 反省しているらしい。

 

伊織「普通に名前で呼びなさいよ。どうせ同級生なんだし」

 

 ダサいあだ名の一つ二つは考えてやりたかったところだが、どうやら名前で呼べとのことらしい。

 

俺「い、伊織」

 

伊織「なんで吃るのよ、気持ち悪い」

 

俺「うるせえ、女子を名前で呼んだことなんて無いんだよ」

 

伊織「うっわ、なんかゴメン、非モテ男には難易度高かったかー」

 

俺「やかましい、こちとら生まれてこのかたピュアなんだ」

 

伊織「はいはい」

 

 ニヤニヤとしながら笑いを堪えきれてない伊織は、ぷぷぷと漏らしながら隣を歩く。

 西日に照らされたポニーテールが、ふわりと揺れた。

 

 

 

 

 

 

百華「着いたわよ。ここがこの町唯一の駄菓子屋さん」

 

俺「おお……って、なんで駄菓子屋?」

 

伊織「ちょうどおやつ時だし、いいですね」

 

百華「いいじゃない、何か食べたい気分なの」

 

 言うより早く、駄菓子屋ののれんをくぐる瀬尾先輩。入らない理由も無いので、俺と伊織もつづいて入店した。

 

男の子A「何これめっちゃ美味しい!」

 

女の子A「そう?わたしがパパに頼んで取り寄せてもらったミツボシパティシエが監修したマカロンのほうが絶対美味しいと思う。一個二千円だけど」

 

男の子A「はあ?お前その年で何食ってんの?将来が心配だよ」

 

女の子A「だからいまから食べに来ない?」

 

男の子A「いいの!?」

 

 なんかすごい会話をしているちびっ子とすれ違ったが、なるほど、唯一の駄菓子屋というだけあって、割と需要があるようだ。品揃えも多く見える。

 

百華「…………」

 

 瀬尾先輩が、先ほどの二人組の後ろ姿を微笑ましげに眺めていた。

 

百華「いいなあ…」

 

俺「え?マカロン?」

 

百華「違うわよ」

 

 一個二千円もするマカロンだったら食べてみたい気もするが、多分俺の舌で違いはわからないだろう。

 

伊織「ねえねえ、これ超懐かしくない?」

 

 そう言って、一センチ角の小さなピンク色をしたものがパックされたものを持ってくる伊織。

 

俺「ああ、爪楊枝に何個も突き刺して食べるやつだ」

 

伊織「そうそう。途中で爪楊枝が折れたりするの」

 

百華「…そ、それより、ほら、これは?」

 

 不覚にも伊織と駄菓子で盛り上がってしまっていたところで、瀬尾先輩がくいくいと裾を引っ張ってくる。何だ何だ、俺を萌え殺す気か。

 

俺「ああ、あたり色が出たらもう一個貰えるやつ?」

 

百華「そうそう」

 

 店の婆ちゃんにお金を渡して、箱の上についたボタンを押すと丸いガムが転がってくるというギミックだ。あたりの色が出たら、もう一回サービスしてもらえるというシステムで、一回十円という安さでちょっとしたギャンブルが出来る。

 

俺「次に何色が出るか友達と賭けあったりしてた」

 

百華「………それだけ?」

 

俺「えっ」

 

 何故かしゅんとしてしまった瀬尾先輩。どうしたんだろう、さっきから先輩の様子が変だ。なにかまずいことでも言ってしまったか?

 

伊織「あっ、ほら、これ。食べると舌の色が変わるやつ!」

 

 なんなんだ、こっちはこっちで妙にテンションが高い。

 

伊織「こっそり食べても色が変わるから、お母さんに怒られて怒られて」

 

百華「……………」

 

伊織「…百華先輩?」

 

百華「え?なに?」

 

 心ここにあらずといった様子で、どこかぼーっとしている瀬尾先輩を見兼ねてか、不安そうにこちらに視線を寄越す伊織。

 

俺「何か適当に買って、どっかで休憩するか」

 

百華「うん…」

 

伊織「そ、そうね、賛成」

 

 

 

 

 

 

 

俺「いやあ、驚いた。まさか駄菓子屋のレジがタブレットなんて」

 

 ああいう小さな駄菓子屋は、婆さんが暗算して会計するのがデフォルトだと思っていたが、まさかタブレット端末を駆使する婆さんが存在したとは。おまけにレシート付きだ。

 

伊織「コンピュー◯ーお婆ちゃん」

 

俺「やめろ」

 

 持ち合わせはあまり多いほうではなかったが、駄菓子屋なのでそれなりの量を購入出来た俺たちは、瀬尾先輩の案内ですぐ近くの公園まで足を運んだ。

 

伊織「駄菓子屋があるのは知ってたけど、今まで行ったことなかったわ」

 

俺「まあ、そういうもんだろ」

 

百華「…………」

 

 ぽりぽりと、黙ってサラダせんべいをかじる瀬尾先輩。

 

俺「なあ、先輩、本当に平気か?疲れてるんじゃないか」

 

百華「…ううん、平気よ」

 

伊織「あんたの相手をするのに疲れたんじゃないの」

 

俺「………」

 

 確かに、会ったばかりの男に道案内なんかしてたら、それだけでかなり神経使ってるんじゃないだろうか。かなりの距離を歩いた気もするし、そろそろ潮時かもしれない。

 

俺「あのさ、もうそろそろ婆ちゃん家に戻ってくるかもしれないし、先輩、今日はもうこの辺で…」

 

百華「お断りよ」

 

 反応はやっ。なんだよ、案外元気そうじゃん。

 

百華「さっきも言ったでしょ、乗りかかった船、毒を食らわば皿まで、よ」

 

俺「そ、そうか。ならいいんだけど」

 

伊織「ちょっと、なに折れてるのよ」

 

俺「だって、先輩けっこう頑固なんだもん…」

 

伊織「何で急に弱気になってんのよ」

 

 こうなったら、とことん付き合ってもらって、本人に納得してもらうしかなさそうだ。

 

伊織「あ、私はこれから図書館に行かなきゃだから、この辺で」

 

俺「図書館?」

 

 へえ、田舎にも図書館があるのか…って言ったら殴られそうなので、そっと胸の内に留めておこう。

 

伊織「そ。わたしん家が管理してるの。だからその手伝いで」

 

俺「へえ、意外だな」

 

伊織「意外は余計よ。……それじゃあ、あんた、しっかりなんとかしなさいよ。じゃあね」

 

 用事があるのは本当なんだろうが、どうやら気を遣ってくれたらしい。片手をひらひらと振りながら、駆け足で公園を後にする伊織。釣られて手を振り返してしまった。

 

百華「……………」

 

俺「そういえば」

 

百華「え?」

 

俺「この公園には見覚えあるかも。ガキの頃に比べて視点が変わったから気付かなかったけど」

 

 よく見ると、公園の隅っこにある砂場なんかは、子供の頃一度遊んだ記憶があるかもしれない。ジャングルジムや滑り台なんかは撤去されて無くなった様子だが、埋め立てられた名残だけはしっかりと残っている。

 

俺「まあ、確信はないけどな…それじゃ、そろそろ戻ろうぜ」

 

百華「え、ええ」

 

 未だどこかふんわりとした反応を返す先輩を連れて、再び婆ちゃんの家へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

俺「お」

 

 玄関の灯りが点いている。どうやら婆ちゃんが戻って来たらしい。それに、さっきまで無かったはずの軽自動車が一台停まっている。

 

俺「母ちゃんも着いたのか。メールくれたらよかったのに」

 

百華「そういえば、あなたのお母さんも後から合流するんだったわね」

 

 県外ナンバーを珍しそうに眺めながら、瀬尾先輩が言う。

 

俺「せっかくだし、先輩も上がって休んで行きなよ」

 

百華「そうさせていただくわ」

 

 と、玄関の引き戸に手をかけたところで。

 

婆ちゃん「ふ、ふぉお……!こんなにおっきゅうなって…!」

 

 俺が開けるより先に開いた引き戸から、ミイラが襲いかかってきた。

 

俺「ぎゃあああああああ!!!」

 

婆ちゃん「ほうれ!その顔をよく見せとくれ!」

 

 なんだこの怪力は!妖怪か!?

 

俺「やめっ、離してくれよ!婆ちゃん!?」

 

婆ちゃん「おおおぉ!わしが婆ちゃんだとよく分かったねえ…!」

 

 この状況で婆ちゃんじゃなかったら、あるいは本当にミイラだろう。

 

母ちゃん「あんた、どこほっつき歩いてたんだい。連絡もよこさないで」

 

 婆ちゃんに頭をこねくり回されている俺を助けようともせず、奥からでてきた母ちゃんが冷静に言う。

 

俺「いや、そっちこそ連絡くれれば良かったのに…婆ちゃんそろそろはなして!」

 

婆ちゃん「ひっひっひ。この十数年間のブランクは埋めさせていただくよ…!」

 

 と、言ったところで、意外にもあっさりと手を止めた婆ちゃんは、瀬尾先輩の存在に気付いて、

 

婆ちゃん「なんだいあんた、もう百華ちゃんと会ったのかい」

 

俺「は?」

 

母ちゃん「あら、ウチの息子も案外隅に置けないわね」

 

百華「おばさん、お久しぶりです」

 

母ちゃん「百華ちゃん、綺麗になったわね〜。どう?うちの息子、久しぶりに会ってみて」

 

百華「想像していた通りでした。何も覚えてないみたいなのが、ちょっと癪ですけど」

 

俺「は?なんで先輩と母ちゃんが親しげに会話してるわけ」

 

母ちゃん「何言ってんだいあんた」

 

 ああ、俺はこの時うまれてはじめて、

 

母ちゃん「あんた、小さい頃に何度も百華ちゃんと会ってるんだよ」

 

 自分の記憶力の乏しさについて、自分自身を呪いたくなってしまった。

 

俺「え、いや、そんなの全然…」

 

 当の先輩はというと、それはそれは涼しげな笑顔を浮かべて、

 

百華「ふふ。会えて嬉しいわ」

 

 と、無邪気に笑ってみせたのだった。

 

 

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