あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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狼は群れで生きる、はこれで一先ず終わりでございます


狼は群れで生きる/5

 暗い部屋の中、灯りも点けずに少年は報告書にペンを走らせる。

 

「まさか原因が提督の職務怠慢などと、とてもではないが書けないでありますなあ」

 

 仕方が無いので代わりに英雄譚にしてしまおう。孤立無援の豪華客船で僅かな生存者を命がけで守りきった英雄達。広報もそちらの方がよっぽと扱いやすいだろう。

 

 乗客乗員、千六百名のうち生存者は二十三人。護衛の一艦隊は玉砕するも、知らせを聞きつけた艦隊の決死の救助活動により生存者の救出に成功。

 

「こんなところでありますか」

 

 報告書を書き終えて、少年はゴールデンバットに火をつける。

 

 煙が密室にこもって霧のように立ち込めていた。

 

 

 ダイアモンド・クルーズ号の悲劇。

 

 朝刊の一面には、昨日の出来事が大きな見出しでそう書かれた。艦娘の英雄的な活躍は喧伝されていても、肝心の事故原因については一切書かれていない。もちろん軍の御用新聞だ。

 艦娘に批判的な民間の新聞社やゴシップ雑誌なんかは誰かがリークした事実を叫んで国民感情を煽っている。

 

 軍人の怠慢、腐敗した組織構造、艦娘という兵器の限界。真相の中に民衆が喜びそうな添加物を加えて売り捌いている。だが、マスメディアの言う「戦時下最大の人災」という文句は、まったくもって正しいものだろう。千人以上の犠牲者を出したのだ。深海棲艦による被害としてはここ十年の合計をゆうに超える。

 

「どうした、足柄?」

 

 偏向され尽くした記事を一通り読み終えて、ゴミ箱に放り投げる。机に向かって唸っていた足柄に声をかけると、明らかに疲れ切った表情で「なんでもないわ」と返された。

 

「でも、秘書艦の仕事って忙しいのね」

「そりゃ二人分の仕事を一人でやろうとすればそうなる。だけど、お前がやりたいって言い出したんだろう」

 

 出撃と鍛錬以外は興味無しの足柄が、急に秘書艦としての本分を果たさなければと意気込んでやってきたのだ。提督と明石は驚いて顔を見合わせたものだ。

 それどころか、普段二人でやっている雑務含めて自分がやると言い始めた。明石は喜び勇んで工廠に籠もり始め、手持ち無沙汰になった提督はこうして執務室で暇なひとときを過ごしていたというわけだ。一応、業務が滞った時に助け舟を出すつもりでもあるが、何より一番は足柄が心配だったからだろう。

 

「にしたって何だって急にこんなこと言い出したんだ。まだ休んでいたっていいのに」

「動いてないのは性に合わないのよ」

 

 全身に傷を負っていた足柄は無理が祟り、しばらくの出撃制限を命じられていた。明石によると、活動限界をほとんど超えるところだったらしい。それが嘘か本当かはともかく、奮闘した彼女には休息が与えられて然るべきだ。というよりも、今日は、主力艦隊は全員が非番に設定されていた。

 

「それに私も反省することがあって」

「なんだ命令違反のことか」

「それも、かしらね」

「随分歯切れが悪いな」

 

 今まで足柄が反省なんて言葉を使ったのは、例えばあの時ああ動けば良かったと、戦闘に関することばかりだ。いつも彼女は目を輝かせて、次への展望に未来を馳せる。そうならないということは、珍しいことにもっと重大な反省らしい。

 

「……お茶にしましょう」

「おい」

 

 誤魔化したのはすぐに分かる。

 ティータイムなんて洒落たことをするのは一部の金剛型だけだ。それも、艦娘専用の紅茶なんてものをむりやり開発させた、実際には茶葉とは一切関係のない謎飲料。当然のことながら人間には毒であるし、他の艦娘には支給されない。それなのに、何故か彼女は得意げな顔でティーパックを取り出して見せつけている。大方金剛から譲ってもらったのだろう。

 

「まあ、休憩は別に構わないけどな」

 

 提督は諦めて、自分用のインスタントコーヒーのある棚を開けた。

 

 

「私は、皆に謝らなければならないわ」

「何だ藪から棒に」

 

 提督が自分のコーヒーに砂糖を入れていると、足柄が急にそんな事を言い始めた。それがきっと反省の内容なのだろうと、提督は耳を傾ける。

 

「皆私の事を大事に思ってくれていたのに、私はそんなことに気付きもしなかったんだもの」

 

 今にも死にそうな顔をしているから、いったい何事かと思えば。

 

「なんだ、そんなことか」

「そんなことって」

 

 あっさりとした提督の返事に顔をしかめる。ついでに初めて飲む紅茶もどきは、少し苦い。

 

「私は凄く悩んで申し訳なくなったのに」

「お前はそうかもしれないけどな」

 

 提督は平静な顔でコーヒーを飲む。

 

「あいつ達はお前が皆の事を思ってるって分かってたからな。まったく気にしてなかったと思うぞ」

 

 そうでなきゃあんなに懐いている筈がないだろと、言われてみればその通りだ。自分でもうまく言葉に出来なかったものを、周りはとうに知っていたということか。

 

「ま、これに懲りたら、今度からはちゃんと引き際を見極めろよ」

「言われなくたって分かってるわよ」

 

 軽い調子の言葉に、ぶーたれたように返す。今日の説教は身に沁みるのか、不貞腐れた顔でカップの中身を飲み干した。

 カップの底を見る。嫌いではないが、わざわざ金剛から頂く程でもなかったなと思った。

 

「飲み終わったんなら仕事に戻るぞ」

 

 提督の言葉に彼女は顔を上げた。

 

 あれ、と提督の視線が気になった。見かけは穏やかだが、どこかそわそわとしている。どうしたのだろう、と訝しんでいると、先に提督の方から口を開いた。

 

「なあ足柄。左薬指の意味って知ってるか」

 

 馬鹿にされたような気がしてむっとした。同時に提督が落ち着かない原因が分かった。今は白手袋をしていない。紅茶をこぼすといけないから外していた。だから、指を嵌めている足柄を見るのは今回が初めてだった。

 

 明石にむりやり嵌めさせられたものだが、不思議と外そうという気は起きない。

 

「分かってて着けてるのよ」

 

 こういうときはどうすれば良いのか、金剛だったか明石だったか誰かがこんなことを言っていた気がする。

 

 机越しに身を乗り出した。むぐ、と提督の驚いたような声がする。触れるだけ、それだけに少しだけ長く、二人の唇が一つになる。遠くからでも、提督の心臓がバクバクと脈打っているのが分かった。この先は分からない。だからもう少しだけ。

 

 すぐ目の前に提督の目があった。見つめ合うと、如何に彼が驚いて、反応できてないのかよく分かる。普段は強そうにしているくせに意外と()()な人だ。自分のことは棚に上げて、そんなことを思う。

 

 がらん。

 

 大きな音で二人共我に返る。執務室のドアでは普段から持ち歩いているスパナを落とした明石の姿があった。間違いなく今の姿は見られてしまっただろう。

 

「あ、あかし……?」

 

 提督が震え声で呼びかけると明石はすぐさま通信機を取り出して。

 

「もしもし青葉ですか」

「ちょっと待ちなさい明石ィ!?」

「よりにもよって青葉はねえだろう!?」

「二人の声が聞こえるでしょ! 大スクープよ青葉!」

 

 この場にいる三人と、通話越しに食いつく一人、それからどんどんと増えていっているらしいオーディエンス。

 

 わあわあきゃあきゃあと、二人の、皆の愛する鎮守府は変わらぬ姿でそこにあった。

 

 

 艤装である白手袋を着けない艦娘が居る。

 

 そのことに別段利点がある筈もない。他の艦娘と区別しやすいとか、そのくらいか。しかし、彼女の姿はいつか、全ての艦娘の憧れへとなった。

 

 彼女は誰よりも強く、誰よりも冷静で、誰よりも心優しかった。

 重巡洋艦でありながら戦艦と肩を並べる姿は異様にして、そうでありながらまったく自然な姿。彼女の技術を学ぶために演習を申し込む鎮守府まで現れる程だった。

 

 古傷だらけの身体で戦う姿。見るものを安心させる笑顔。

 

 そして。その左薬指に光る銀色の指輪を見て、「ああなりたい」と艦娘達は胸に刻む。

 

 

 

 ケッコンカッコカリという制度が作られたのは、それからもう少し後の話だった。

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