あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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前回よりは秋津の出番多い


不発弾ども/1

 長門は激怒した。必ず邪知暴虐の提督を止めなければならないと思った。

 

 ギリシャ神話をモチーフにし、かの文豪が書いた名作をオマージュして表現したところで、彼女の怒り狂った有様は到底形容できるものではなかった。

 味方である筈のプリンツ・オイゲンも、酒匂すらも命の危険を感じた。ただ、彼女が怒りを顕にしているだけで、鬼や姫クラスの深海棲艦を相手にしているかのような錯覚を覚えた。或いは、プリンツには想像もつかず、酒匂ですら想像するしかない八百万の神の怒り。大地を割り、海を荒らし、天を穿つ。自然を呑む程の怒り。

 

 その原因は、この鎮守府の提督による一種の背任行為だ。背任と呼ぶことすら烏滸がましい、常軌を逸した行為だ。ある意味で、あの男は艦娘を殺したのだと言っても過言ではない。だが、許せないと憤る気持ちとは裏腹に、奴の行ったことは正しいのではないか、そんな考えが長門の脳裏をチラついて離れない。

 

 艦娘の存在意義を考えれば、そして海軍の艦娘に対する態度を考えれば、間違っているのはむしろ自分達の方なのではないだろうか、と。

 

 外道なる提督が何を犯したのか。それは少し時間を遡る。

 

 長門、プリンツ、酒匂の三人は太平洋打通のために連合艦隊の一員として鎮守府とは別行動を取っていた。本来は長門一人の要請であったのだが、彼女が無理を言って他二人を同行させたのだ。重巡洋艦と軽巡洋艦であるが、練度は十分。提督も悩みつつ、最終的には許可を出した。今にして思えば、これこそがおかしいことだと気付くべきだったのだ。意味も無く自分の戦力を外へ放出することの意義を考えるべきであった。

 

 太平洋方面の前線をほんの少しばかり押し上げるという、成功とも失敗ともつかない戦果を引っ提げて戻ってきた三人がまず目にしたのは、焦点の合わない目で出撃する潜水艦の姿だった。酒匂はその時点で何かおかしいことに気付いていたようだが、長門は気にしなかった。潜水艦が疲れ切った顔でオリョール海へ向かうことは、この鎮守府ではさほど珍しい光景ではなかったからだ。自分達の居ない間に酷使されたのだろうと楽観視していた。

 

 長門が異変に気付いたのは、姉妹感である筈の陸奥と廊下ですれ違った時だった。彼女達は仲が良く、いつも顔を合わせれば軽口を叩き合っていた。

 それが潜水艦と同じように光の見えない眼差しで長門の隣を通り過ぎて行った。一言すら無く、そもそもすれ違ったことすら、目の前の光景すら理解できていないような目で。咄嗟に長門は陸奥の肩を掴んだ。どうした、大丈夫か。そう声を掛けるつもりだった。

 

 その手は、いつもなら絶対に有り得ないような力で振りほどかれた。まるで障害物を排除するかのように、淡々と。顔色一つ変えず。長門はすぐに察した。ビッグセブンであり、かつての戦争を生き残った長門型としての直感だったのかもしれないし、今までずっと抱いていた疑念だったのかもしれない。どちらにせよ、彼女は、提督の仕業であると確信していた。

 

 執務室へと走る。ドアを乱暴に開ける。息を切らした長門の前で、いけ好かない提督は、椅子に座っていた。長門を待ち構えていたのか。傍らには生気を失った姿のまま仕えている秘書艦の大和と、その妹である武蔵。一航戦の加賀、赤城も部屋で長門達を待っていた。第一艦隊であり、長門を除く最高戦力。正確には一人だけ足りない。駆逐艦でありながら、持ち前の豪運で幾度となく窮地を救ってきた雪風が居ない。

 

 何をやった。長門は言った。疑問ではなく詰問だった。いけ好かないわりに信用していたのだ。それが裏切られた。背中で隠したハンドサインでプリンツと酒匂に廊下を警戒させる。自分はわざわざ提督に聞こえるように艤装の安全装置を下ろした。艦娘達は何もしない。ただ、()()()()()()立ち尽くしているだけだ。

 

 何をやった。もう一度長門は言った。

 

 提督は答えた。君達を軍艦にしてあげたのだと。無駄な感情など要らない。何も考えず自分の命だけを忠実に守る兵器にしてやったのだと。ご丁寧に型の古い注射器まで取り出して、自分が如何なる薬物を用いたか高らかに自供し始める。

 曰く、一度では効果は薄く、何度も繰り返し使うことで洗脳していくのだと。今居る艦娘には既に五、六回は射ち込んだと彼は言った。それだけで長門の意識は飛びそうになった。だが、提督殺しは大罪だ。自分ならばともかく、絶対にプリンツと酒匂にさえ被害が及ぶ。それだけは避けなければならない。

 

 唇を噛みながらもう一つ尋ねる。

 

 雪風は何処へ行った。

 

 提督はあっさりと答える。

 

 口答えして逃げようとしたから沈めたよ。

 

 怒髪天を突くとはまさにこの事か。救われざる男の言葉に不思議と長門は冷静になっていた。世界がスローに映る。酒匂が自分の名前を叫んだのが聞こえた。コマ送りの世界の中、迷わず主砲に火を着け、プリンツと酒匂を抱え上げる。提督の罵声と、無機質な了承の声が聞こえた。背後からの轟音、轟音、轟音。長門は必死に逃げた。放送が流れる。死人が如く歩いていた、味方であった筈の艦娘がぎょろりとこちらを向き、徐に安全装置を外す。

 

 酒匂が腰に抱えた煙玉を投げた。もくもくと廊下を白煙に染める。長門は二人を抱えたまま、走り、外を目指そうとするが、すぐに警戒の厚さを察して諦める。その代わりに長くこの鎮守府に居た者でも知らない、物置代わりの空き部屋に飛び込む。ひと先ずは追撃を追い払い、一息吐いた所で状況は追い付くのであった。

 

「どうすれば良い」

 

 長門が一人呟いた。入口は完全に封鎖されてしまっただろう。この場所が見つかるのも時間の問題だ。正面から突破するにも、第一艦隊の四人を相手にしては殆ど不可能に近い。鎮守府全員を敵に回したのならば勝ち目は無いと言い切れる。外に助けを呼ぼうにも、通信は繋がらない。

 

 悪魔のような顔をした提督の姿が思い起こされる。壁を殴りつけたい衝動に駆られ、すんでの所で止まった。大きな音を出せば場所が割れる。代わりに自らの腿を掴んで怒りを押し込める。

 

「Admiral、たぶんもう話も出来ませんよね」

 

 プリンツが嘆いた。けして人間として好きになれる相手では無かったが、それなりの男ではあると思っていた。だが、あの表情を見ては、もう手遅れなのだと理解するのは容易かった。

 

「アレは自分の行いを聖人君子のそれだと思っているようだからな。何を言っても無駄だろう」

 

 提督の役目は艦娘を指揮し、深海棲艦を撃沈すること。クセの強い艦娘をまとめ上げるのは生半可な人望では成り立たない。海軍として規律で締め付ければ一定の戦力にはなるだろうが、信頼関係を築けていないのならば、絶対に超えられないラインがある。確かに、提督のやり方はその境界線を容易に超えられるようにするにはうってつけだったのかもしれない。指揮官の命令しか聞かない、文句一つ言わない自律兵器。どれだけの提督が欲するものだろうか。

 

「ぴゃー……私達、これからどうすれば良いんだろう」

「万に一つの可能性にかけて、入口を突破するしか無いだろうな。あの艦娘の惨状を白日の下に晒せば」

「でも、軍の人はあっちの方が都合が良いんじゃ……」

 

 長門は酒匂の手を握る。痛い、と酒匂が小さく悲鳴を上げた。慌てて手を離すと、酒匂が手をふるふると振る。

 

「すまん」

「いや、大丈夫だけど……」

「……軍人がどう思おうと、私達がああならないためにはそれしか方法は無い」

「それも分かってる」

「でも、ここから逃げるってどうやって」

 

 プリンツが横から口を挟んだ。もっともな言葉であった。第一艦隊との衝突を回避したところで、この鎮守府には三十人近い艦娘が居た。全てを潜り抜けるなんて神業は到底出来そうにない。

 

「その作戦を今から練らなければ……」

 

 長門の言葉が止まる。耳をすませば足音。おそらく一人だろう。偶然通りかかっただけなのか、それとも探しているのか。或いは、とっくに当たりを付けられているのか。

 

 手で二人に指示を出す。内開きのドアだ。開けたときに死角になる蝶番の近くへ隠れさせ、長門自身は物陰に隠れながらも即座に対応できるよう息を吐く。どうか、このまま通り過ぎてくれますように。

 

 ギィ、と音を立ててドアが開く。飛び出すべきか。単に確認しているだけかもしれない。ここで姿を表せば、自ら居場所を晒したことになる。長門の中に迷いが生まれる。

 

「ふむ、一人隠れて、他にも居そうでありますな」

 

 大和か武蔵か、それとも陸奥か。長門の予想とは見当違いの方向へ、その声は聞こえた。若い男の声だった。提督ではない。艦娘でもなければ、提督でもない、外部の人間。

 

 言葉から、自分の存在はバレているのだろう。敵か味方かすら分からないが、長門は出ていくことにした。

 

「貴方は、何者だ」

「おや、言葉が通じるとは。ふむ、まだ()()()()が居たということでありますな」

 

 白い軍服に身を包んだ少年が、人の良さそうな笑みでそこに立っていた。

 

「ご安心を、私はただの憲兵でありますから」

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