あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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不発弾ども/3

 夕方は凪のせいで暑苦しい。艦娘である以上、多少の暑さではものともしないが、今日だけは心に来るものがあった。

 

 鎮守府のバルコニーへ差す夕日は眩しく、水平線はぼやけて、とても勝利を刻めそうにはない。

 

「私達、どうなっちゃうのかなあ」

 

 欄干に頬杖をついて海を眺めていた酒匂が呟いた。それが軍艦だった頃の姿と重なって、心臓が締め付けられる。そう言えば、私がこの二人に目を掛けていたのは、同じ作戦(クロスロード)で沈んだからだ。長門はこれからのことに思いを馳せる。

 

 自分達が所属していた鎮守府は壊滅した。提督が使用した薬物の類は、海軍内でも使用を忌避される代物であったことから、何をどうしようとあの男の破滅は避けられなかったという。

 

────艦娘を意のままに操ろうとしても破綻すると、大本営の研究室が匙を投げたのでありますから。ついでに、他の士気が下がるのですよ。

 

 薬漬けにされた艦娘はどうなるのか、そう聞くと分からないと白い軍服の少年は答えた。薬物投与(ドーピング)と一口に言っても使われるクスリは様々。すぐに抜けるものもあれば、一生治らず已む無く解体処分される艦娘も居る。詳しいことは調べてからでしょうな、と秋津は言っていた。

 

 長門達に残された選択肢は二つ。一つは解体処分を受けること。だが、この選択だけは絶対にない。諦めたくはないから抗ったのだ。全て忘れてはいサヨナラとはいかない。

 もう一つは、何処か別の鎮守府へ異動することだ。こちらの方が明らかに現実的な選択であった。もしかしたら三人はバラバラになってしまうかもしれないが、艦娘としての本分は真っ当できるだろう。

 

 しかし、それも今は気乗りしなかった。プリンツや酒匂はどうだか分からないが、長門にはもう、提督というものに勝利を捧げるつもりにはなれなかった。

 

 ハ、と笑いが漏れる。自分はすっかり艦娘というものに幻滅してしまったらしい。たとえ深海棲艦をこの手で討ち滅ぼそうと、満足な喜びはもう得られないのだろう。死ぬことも出来ず、戦うことも虚しさが勝ってしまう。

 

「三人揃ってこんな所に居たのでありますか」

 

 若干疲れた顔の秋津が声を掛けた。少人数の組織では実行部隊ですら後処理を手伝わされる。今回特に暴れ過ぎたようで、中佐と秋津の二人が説教を受けている姿も見ていた。

 

「この鎮守府は、どうなるんだ」

「提督は更迭の後に軍法会議。後続の提督もしばらくすれば着任するでしょう」

 

 要所で無くて幸いでしたな、と秋津は言う。それは同時に不幸でもあった。深海棲艦の攻勢が薄いからこそ、落ち着いた対応が出来る。しかし、深海棲艦が少なく、戦果を上げにくいからこそ提督は凶行に走ったのだとも言える。

 

「皆は」

「クスリは抜くでしょうが、正直、解体した方が早いかもしれませんな」

「……そうか」

「約三十名の役立たずを置いておく奇特な鎮守府などありませんからなあ」

 

 長門は悲しげに目を伏せた。分かってはいても、納得できる話ではない。出来ることなら自分達で皆を引き取りたいが、そんな余裕がないことも分かっている。

 貴方達はどうするので。問いに対してプリンツは首を横に振り、酒匂は長門を見た。長門も目を瞑る。

 

「どうしたものかな。どうも深海棲艦と戦う気勢は削がれてしまったよ」

 

 言外に新しい鎮守府への着任を拒否する。

 

 それならば、と秋津が言った。

 

「取引をしませんか」

「取引だと?」

 

 長門が怪訝な顔をする。お互い取引出来るカードなど持ち合わせてはいない。

 

「ええ、憲兵隊も人手不足でありまして。特に艦娘なんかは殆ど居ないと言っても良いくらいであります」

「つまり、どういうことだ」

「ウチに来ないか、ということでありますよ」

 

 秋津が提示してきた条件は、長門が憲兵隊に配置転換する代わりに、他の艦娘を保護するというものであった。保護とは言うものの、先程自分で言ったように役立たずを大量に抱え込むということである。貴官にはそれだけの価値がある。そう言われて悪い気はしない。だが、良い気になったからといっておいそれと承諾するわけではない。

 

「捨て駒はゴメンだ」

「それは貴官の働き次第であります」

 

 甘い言葉で誘いはしない。ここで「そんなことはない」と言おうものなら即座に断るつもりだった。

 あの提督のようなものを罰することができる。自分達のような者を救うことができる。仲間を守ることができる。悪い話ではない。どうせ行くあても無いのだ。蜘蛛の糸にもう少しぶら下がっても良いかもしれない。

 

「こいつらは」

 

 長門が親指で二人を指差す。

 

「艦娘は幾ら居ても困ることはないでありますよ」

「そうか」

 

 長門はプリンツと酒匂に視線を向ける。言葉は無くとも、二人は頷いた。進むも退くも三人で一緒と心に決めていた。長門は思う。この三人ならばきっと大丈夫だと。

 

「それならば、応じることとしよう」

「良い契約が出来たものだと思いますよ」

 

 長門と秋津は固く握手を組みかわした。

 

 

 

 

 

 

「それが、秋津隊発足秘話なんですね!」

 

 食い入るように話を聞いていた少年が楽しそうに叫んだ。今まで他の誰かに話すことも無かったからか、話し終えた長門も、傍で聞いていたプリンツも懐かしげな顔をしている。

 

「今から三年前の話だな」

「意外と最近なんですね」

「まあそうだな。だから遠藤、お前も秋津隊では古株になるかもしれんぞ?」

「おおお! 俺大先輩っすか」

 

 一人で盛り上がる、遠藤と呼ばれた少年。見た目は秋津とそう変わらない歳に見える。つまり、本当ならば憲兵隊としてこの場所に居ること事態がおかしいような年齢だ。だが、彼は確かに丈の合わない白い軍服を着ている。目を爛々と輝かせながら。

 

「ところが、この話にはオチが有ってな」

 

 長門が一度は終わった話を続けた。はしゃいでいた遠藤の動きが止まり、何ですか、と尋ねる。

 

「私の前の仲間達の面倒見てくれると言っただろう」

「そうですね」

「実は、副作用の軽いクスリで一年もしない間に全員復活していったんだ」

「え」

 

 今はかつて鎮守府があった場所で後任の提督と仲良くやっているらしい。噂に聞くものでも、陸奥から聞いた世間話でも特に問題はなさそうだ。すっかり元気を取り戻したことは素直に嬉しいが、二度と戻らないかもしれないと腹を括っていた身としては若干肩透かしにあった気分だった。

 

「それって、隊長知ってたんですか」

「知ってたんだよ」

 

 さらに、活動していない艦娘ならば資源の消費は物凄く軽くなるんだ。思い切り騙されたよ。そう言いながらも長門は楽しそうだ。今の生活に満足しているということの裏返しだろう。

 

 それに秋津は脅しただけで嘘を吐いたわけではない。

 確かに働かない艦娘にかかる燃料は普段の五分の一程度にまで減少するが、それでもおおよそ六人分。一年の間、六人ものタダ飯食らいを置いておける鎮守府がほとんど無いのもまた事実であったからだ。

 

 最後まで話を聞くと、遠藤はうわあ、と感嘆とも幻滅とも取れるような声を上げた。

 

「あの煙に巻いたやり方は昔からなんですね」

「昔と言ってもたかだか三年前だ。もっと昔からやってるだろうがな」

「俺に取っちゃ三年は昔ですぅ」

「おっと喧嘩を売るつもりか? 艦娘に時間の話をしても無駄だぞ」

 

 だが腹が立つ。

 ギャー。

 

 生意気な小僧を捕まえて、こめかみをゴリゴリといじめてやると遠藤はすぐさま悲鳴を上げる。遠藤は必死に逃げようとするが長門側についたプリンツがそれを許さない。

 

「ぴゃー! 何やってるの楽しそう」

 

 仕事から戻ってきた酒匂も混ざって全員で遠藤をイジり倒す。立ち寄った秋津が何をやっているのでありますか、と止めに入った頃には遠藤はぜえぜえと肩で息をしているような状態だった。

 

「生意気言う新入りには礼儀を教え込まなければならないと思った」

「遊んでいたわけでありましょう……まあいい。長門。出動であります」

「あいわかった」

 

 秋津の命令に従った長門は立ち上がる。

 

 秋津隊と呼ばれ、後に憲兵隊の中でももっとも武闘派で危険だと恐れられた部隊の原型は、こうも和やかなものだった。

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