あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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かなり昔の話


帰ろう、帰ればまた来られるから/1

「さあ作れ作れ。産めよ増やせよ艦娘は宝」

 

 薄暗いで、若い男が大仰な口調で喋っている。白い軍服を身にまとい、高価そうな机に足を上げて、壊れた蓄音機のようにもう一度叫んでみせる。

 向かいに座ってそれを聞いているのは、巫女、と呼ぶには些か異様な格好をした少女。例えるなら、日本の文化を勘違いしながら学びに来た異人か、見た目のきらびやかさばかりに目を向ける服飾デザイナーが作り上げるような、滑稽とまで言える変哲な袴衣装。

 

 少女は顔色一つ変えないまま、黙っている。呆れて声が出ないということではなさそうだ。聞かれるのを待っている、それも期待しているのではなく、ただただ機械的に男の次の言葉を待っている。男もそれを分かっているから、次の台詞を中々言わないでいるのだ。万が一にも彼女が何か返事をすることを期待して。

 

 はあ、と男は残念そうに首を振った。

 

「馬鹿らしいとは思わんかね」

「私達は兵器。意見を求められても困るネー」

「やれやれ、金剛はまたそれか。君達は考える脳があるのだからもう少し思索に耽ることを覚えた方が良い」

 

 もっとも、石頭の組織の中に居ればそうもなってしまうものか。男はグラスに注がれたブランデーをぐいと飲み干した。喉が焼ける感覚を目を閉じて余すことなく感じながら、金剛への興味をなくして部屋の扉を見る。近付いてくる足音。

 ノックの音がした。

 

「私のことを気にする必要など無いだろうに」

 

 扉の向こうへと乾いた笑いを投げかける。聞こえている筈だというのに、返事は無い。扉が開かれることもなく、足音の主は男の言葉を待ち続けている。

 

 男は机に乗せていた足を下ろした。金剛は椅子の部屋の隅へと移動させ、自身も邪魔にならない所へ移動する。

 

「仕方が無いな。入り給え」

 

 ドアノブが捻られる音がする。入ってきたのは、まだ年端もいかぬ少年に見えた。淀んだ目付きが彼がひとかどの軍人であることを証明していたが、それを差し引いても不釣り合いに思える。

 

「君が案内してくれるのかね」

「私はただの護衛であります。山口少佐で宜しいですね」

 

 少年の確認に男は頷いた。

 

「ああ。しかし、大本営も回りくどいことをする。私に出向を命じればそれで終わるというのに」

「そうもいかない、ということなのでしょうな」

「ふむ。まあ私としてはどうだって構わないさ。お偉方の前で私の主張をするだけだ」

 

 山口は立ち上がる。秘書艦の金剛へ、彼が居ない間の指揮を書類にまとめて受け渡すと、少年に従って部屋を出て行く。

 

 見慣れた廊下を歩きながら、山口は先導して歩く少年に話しかけた。

 

「君は、私がどうしてこんな扱いを受けているのか知っているかね」

「さあ。私の仕事は貴官を守ることだけでありますので」

「それはそれはつまらない仕事人間だ。まるで命令を実行する機械みたいじゃないか」

「そう思って頂いて結構」

 

 会話には意外と応じてくれるが、踏み込んで心を開いてはくれない。山口にとっては話していて一番つまらないタイプだ。どうしてこんな少年を遣いに寄越したのか。大本営のセンスを疑うな、と心の中で呟く。ストップ安の信頼がさらに下がりそうとすら思えた。

 だけどまあ、彼自身の性格はともかく、彼という存在については山口の興味をそそる。一目見ただけで分かる。この大手柄は大本営ではなく、もっと面白くも厄介な男の仕業だろう。

 

「全く、君のような()()()が迎えに来るとはね」

 

 少年の足の動きが一瞬だけ止まった。すぐに何事もなかったかのように歩き出すが、その姿は何処かぎこちない。ふわふわと宙に舞うバルーンが、今にも割れそうに風に揺られている。不安定で崩れそうな足場を進んでいるみたいだ。

 

 少年は何も言わない、山口は明らかに気分を害する、侮蔑としか取れぬ言葉を使ったというのに、振り返ることさえしない。それがむしろ機械より人間に近い動きに彼には思えた。

 

 建物を出ると、迎えの黒いセダンが待ち構えていた。少年が扉を開けて山口に入るよう促す。彼も従って、後部座席に二人が並ぶと、運転手がアクセルを踏んだ。律儀にシートベルトを締める。暇を潰すのに使えそうなものは見当たらず、運転手は隣の少年よりもとっつきにくそうだ。

 

「こうやって自動車に乗るのは久しぶりだ。気分が悪くなってしまったらどうしようか」

「紙袋なら目の前にありますでしょう」

「ほう、確かにそうだ。気が利くものだね。これで話し相手が居てくれるのなら文句無しなのだが」

 

 少年からの返事は無い。世間話に興じるつもりは無いのだ、と無言のまま圧力をかけてくる。聞かれればつい答えてしまうのは、本人の性なのだろう。

 逆に、世間話でないのであればもしかしたらまともに答えてくれるかもしれないと思い付く。山口は重ねて少年に問い掛けた。

 

「そうそう、私はここ数日の戦況には少し疎いのだが、何か目覚ましい活躍はあったのかい」

 

 少年は訝しげに山口を睨みつけた。話すべきか、無視するべきか逡巡し、静かに語り出す。

 

「昨日の報告では、大和が一隻、武蔵が二隻、長門、陸奥、扶桑、日向がそれぞれ三隻。空母では赤城、加賀が」

「ああいや、そこまで詳しくなくても良い。沈めて沈んで、つまりはいつも通りだということだろう」

 

 少年が呪文のように唱え上げたのは、昨日一日の出撃で沈んだ艦娘の数だ。一週間や一ヶ月の単位ではない。たった一日、主力となる戦艦の被害だけでこれ程になってしまっている。空母から巡洋艦、駆逐艦まで含めればどれだけの損失になっていることだろうか。

 

「南西諸島においても進歩は無かったと見える」

「……現在、戦況は膠着状態でありますな」

 

 少年の言葉は、必死に安心材料を探し求めた結果だった。つまり、前述の被害を出しておきながら、仔細変わりなし、ということである。建造されたばかりの艦娘を逐次投入しては、いたずらに戦力を消耗しているだけだ。

 

「艦娘が出て来たときにはこれで戦争は終わりに向かうと言われていたのに、とんだ体たらくを晒しているものだよ」

 

 これは自分の心の中に向かって呟いた言葉だった。

 

 赤信号で乗っているセダンがブレーキをかける。軽い振動が山口の体を通り抜けていった。大本営まではそこまで遠くない。これ以上信号に捕まらなければ、あと十分と経たずに辿り着くだろう。

 

 ごくり、と喉を鳴らした。緊張から来るものだったのか、それとも高揚していたからなのか山口本人にも判別がつかない。

 

「何処で、知っていたのでありますか」

 

 か細い声で、運転手に届かないよう聞いてきたのは、ずっと剣呑な態度を取っていた少年だった。はて、なんの事だっただろうか。山口が首を捻ると、少年はもっと強い語気で何故、と言い直した。ようやく、山口も彼の言葉の先に思い至る。

 

「別に、親しいところにいれば噂くらいは幾らでも手に入るものさ。それに、彼とは浅からぬ因縁があってね。いつ如何なる時でも手を抜いたことは無い」

「そうで、ありますか」

 

 それからは無言が続いた。窓ガラス越しに見える街の風景は、ターミナルの患者が横になって死を待っているような、淀んだ空気に晒され続けている。かつては活気があった街並みは、救いの無い現実で摩耗してしまっていた。

 

 ブレーキが掛かる。馬鹿の一つ覚えのように巨大な建物が目に入った。もう目的地に着いたのか、山口はシートベルトを外す。

 

「では、私はここまでであります」

「おや、最後まで来てくれるものだと思っていたが」

「生憎、忙しい身の上でありますゆえ」

 

 敬礼をして、少年は山口とは反対の道を行く。山口も自分の向かうべき場所へ歩を進めようとした時、少年が何か言ったのが聞こえた。

 

「私は貴官の考え、嫌いではないでありますよ」

 

 一度振り返る。少年は既に遠く離れていた。

 

 口元が緩んでいる。

 

「皆がそう思ってくれれば重畳だがね」

 

 そして、山口もまた歩きだした。

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