あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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帰ろう、帰ればまた来られるから/2

「私は君達を沈めるつもりがないのだ」

 

 我らが提督は、着任したその日にこう言った。いつもと同じような、嘘か真か分からなくなるような気味の悪い笑顔だった。

 

 金剛は敬愛する提督から手渡された指示書の内容を目で追いながら、記憶の中にある鮮やかな世界を思い出す。

 

 艦娘とは兵器だ。偶然、人の形をしているだけで、その本質は今なお海を行く大船や、人を殺すピストルと変わらない。死ぬまで戦い、死んでなお戦う。産声を上げたその日に墓を建てられる運命。

 それゆえに、提督の言葉は新鮮で、異常で、侮蔑的だった。実際、彼に刃を突き立てようとした艦娘も居た。戦うことが、沈むことが役目の艦娘に、沈めるつもりがないとは何事だ。私達の存在意義を否定するつもりか。

 

 金剛もその艦娘に同調するつもりだった。見た目は人間の少女かもしれないが、そんな同情で自分の生き様を否定される訳にはいかない。提督殺しは大罪だろうが構わなかった。

 

 喉元に刃が触れている中、提督は変わらぬ様子で、調子外れに思えることを言い出した。

 

「君達は、人工知能を知っているかね」

 

 何の話だ、と誰かが聞いた。今にして思えば迂闊な言葉だったと思う。饒舌過ぎるあの口車を自由にさせてしまったのだから。

 

「人工知能。人のように学ぶ機械だ。例えば、将棋や碁、チェス。初めはバグだらけでまともに指すことも困難だったソレが今においては既に人を超えるとも言われている。何故、人間が作り出したものが人間より優れているのだろう」

「訳の分からんご高説で煙に巻く前に、撤回した方が良いんじゃねえか」

「撤回をするつもりは無いが、誤解は解いておかなければならないと思ってね」

 

 刃が薄皮を切った。押し当てられて、血が滲んでいく。提督は痛みに顔を歪めた。死に対する恐怖も見える。声は震えていた。しかし、言を食むつもりは毛頭ないようだった。

 提督の命を握っていた艦娘が刃を離した。脅したところで効果が無いと悟ったのか、提督の言葉に興味を持ったのか、そのときは定かではないが、結果としては正しかったのだろう。

 

「私は君達を人工知能になぞらえている。何せ人と同じ知性があるのだから。一度の失敗に二度目は無い。二度目の失敗に三度目は無い。分かるかね。私は君達に強くなってほしいのだ」

 

 それは、今までの海軍には確実に存在しない思考であった。

 

「今は作っては最前線に送り出し、沈むまで酷使している。だがね、物量という意味で考えれば、資源の限られている我々人間と、底の見えない深海棲艦では勝負は既についているようなものだ。艦娘は兵器だと言えど、言葉も喋れぬ白痴ではない。量で勝てぬのなら質を上げるしか無い訳だ」

 

 だから、沈めない。提督はもう一度はっきりとそう言った。

 

「君達は経験によって成長する。成長することによって兵器としてさらに上の段階へと進むだろう。その為には志半ばで沈んでもらっては困る。見苦しく生き伸びてこそ、次が活きる。それでもまだ、私の方針は間違っていると言うかい?」

 

 ふざけるな、と切って捨てるのは簡単だった。詭弁だ、と一笑に付すことも難しくなかった。しかし、上の段階へと進むという彼の言葉に惹かれた。

 

 結論としてこの三ヶ月間、周りが細胞の周期のように移り変わっていく中、この鎮守府だけは誰一人として沈むことが無かった。強くなったのか、は分からない。その代わりに一つだけ分かることは、きっと提督ですら予想していなかった一つの感情。

 

「提督を更迭なんて絶対させないネー」

 

 自分達の主への敬愛。たとえ身を賭してでも提督を守ろうとする気概が、金剛や、着任当初から共に戦ってきた仲間達には芽生えていた。

 

 提督は艦娘を沈めないよう早い段階で常に撤退させていた。それが敗戦行為として大本営に目を付けられたのだ。艦娘の動向は拒否された為に、彼を側で守ることはできなかった。きっと監査においても彼は同様の主張を繰り返すのだろう。

 

「加賀、準備はOKデスか?」

「ええ、合図さえあれば、いつでも爆撃は出来るわ。天龍と龍田も準備しているし、川内も忍び込んでる。助け出すのも問題は無い」

「もう大本営に恩も何も無いからネー」

 

 提督が何か不利益を被るようなことがあれば、全戦力を持って奪回する。敬愛というよりもはや狂信と呼ぶべき感情が彼女達を突き動かす。それこそ、世界を敵に回しても構わないと思う程の強い信頼が。

 

「後は、待つだけ」

「何事も無ければ、それで良いのだけれど」

 

 彼女達はそれでも待つだけだ。命令ではなく、彼の助けを乞う声を。きっと向こう側でも自分を貫いているだろうと信じながら。

 

 

 

 

 

 

「戦わせてみれば良い」

 

 山口の言葉にニヤニヤと悪質な笑みを浮かべていた男達の顔色が変わる。いったい如何なる命乞いをするものかと楽しみにしていたというのに、この生意気で夢見がちな男は未だ覚めない夢の中を揺蕩っているのだろうか。

 

「今、何と言ったのだ」

「戦わせてみれば良いと申し上げたのです」

 

 その中心、一人だけずっと神妙な表情を続けていた翁が躊躇うことなく言葉を発した。

 

「それは君の主張を実証する為かね」

「ええ、そうです。元帥閣下」

 

 山口の階級は少佐だ。そして彼を取り囲んでいる男達は元帥を筆頭に全員が将官以上。若輩の毛虫が何を言っているのかと表情を歪ませる。

 

「私はけして戦いから逃げようとしているのではありません。経験を積むことで艦娘が強くなる。それが証明されるならば、敗戦を望むのは私ではなく、むしろ私を糾弾する方々ということになりはしないでしょうか」

 

 どよめきが起こる。軟弱者だと馬鹿にしていた男が、逆にこちらを糾弾し始めたのだ。それも、まだ若く階級も低い。プライドを傷つけられた者も多かっただろう。更迭どころか、首を刎ねても良いくらいの不遜な態度。

 

 翁がカカカと笑った。

 

「それに命を捧げるつもりはあるかね」

「もちろんですとも」

「大層な自信だ」

 

 まさか、と誰かが言った。

 

「それなら一度だけチャンスをやろう。貴官の主義が正しいと言うのなら、結果で黙らせてくれたまえ」

「元帥! その必要はございません!」

 

 慌てて翁に食って掛かる男がいる。階級は中将。昨日の出撃で大和型と無駄死にさせた男だ。

 

「こやつはそれらしい言葉で逃げ果せようとしているだけのこと。口車に乗る必要はございません」

「ほう、では尚更、叩きのめす必要があるのではないのかね」

「は……?」

「山口少佐が()()()()を言っているのならば、現実を知らしめてやらねばなるまいな。彼のような愚か者が二度と現れないように」

 

 言葉の上では山口を軽蔑しているが、元帥が彼のことを気に入ったのは明白だった。

 

「伊能中将。采配は君に任せよう。詳しい日程は追って知らせる。今日は一度戻り給え」

「二、三日は覚悟していたのですが」

「あわよくば首を掻っ切ろうと考える艦娘のもとに他人はやれんよ」

 

 元帥の言葉に山口は眉を顰める。首を切る、とは何かの比喩だろうか。苦々しそうな上官の視線を一身に浴びながら、山口は敬礼して部屋を立ち去る。

 

「首の皮一枚繋がったでありますな」

 

 扉の横で、少年が彼を待っていた。こっそりと話を聞いていたのだろう。そして、山口に合わせて歩き出す。護衛は鎮守府に戻るまで続きそうだ。

 

「君が一枚噛んだのかね」

「まさか。私のような半端者には何もできませぬよ」

「そうか。今村元帥の御子息、その懐刀である君ならば何かしらの手を打っているやもと思ったのだがね」

「私は上からの指示に従うだけでありますから」

 

 扉を開く。行きにも使われたセダンがそのまま残っていた。運転手も同じ人物のようだ。

 

「それより、アレは仕込みだったのでありますかな」

「何のことかな?」

 

 少年はじっと山口を見た。しかし、山口には皆目検討もつかない。

 

「元帥の前での大言壮語でありますよ」

 

 少年は嘘を吐いた。山口が気が付いていないのだと分かったからだ。

 屋根裏に潜んでいた艦娘が、いつでも動けるように待機していたことに。

 

「なんだ、そんなことか」

 

 山口はいつものように大仰な口調で話しながらセダンで乗り込んでいく。少年は行きと同じように固い話には応じながら、空に浮かぶ飛行機のような姿をした物体が消えていくのを窓越しに眺めていた。

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