「クソッ……、クソックソックソォッ!」
帰ってくるなり癇癪を起こして周りの調度品を蹴り飛ばす提督を、金剛はただ見ていることしかできなかった。
「何なんだあいつは、少佐のくせに! たまたま提督の椅子が転がり込んだだけの落ちこぼれのくせに!」
柔らかそうなソファを何度も何度も踏みつける。穴が空いて中身が飛び出しているのに気付いた様子も無い。大本営に向かう前はもっと上機嫌だった筈だが、あちらで何かあったのだろうか。提督は自分の気に入らないことが起こるとすぐに周りへ当たり散らす。
この場に自分以外の艦娘が居なくて良かったと、金剛は心から感謝した。今、この提督のもとで一度でも出撃しているのは自分だけだ。他に居るのは今日、昨日に建造されたばかりの新米。提督とは顔を合わせたことくらいしか無いだろう。そんな彼女達が無謀にも提督を諌めようとしたならば、結果は火を見るよりも明らかだ。殴り付けられて蹴り飛ばされ、最悪の場合には解体を命じられるかもしれない。こうなってしまった提督は人の話を聞かないのだ。嵐と思って過ぎ去るのを待つ他ない。
「金剛!」
「はい、提督」
作り上げた礼儀正しい返事。着任当初、自分を隠さずに話しかけたら彼の拳の皮が剥けるまで殴りつけられた。人間の拳などたいした怪我にはなならないが、痛みは無くならない。何より、提督を怒らせたという事実が彼女を恐れさせた。だから矯正して、押し込めて、理想の兵器を演じ続ける。
「演習だ。演習をすることになった」
「了解しました。編成はどう致しましょう」
間髪入れずに聞き返す。実際には驚いていた。演習なんてしたことが無い。今の鎮守府では行ったことのある方が稀であろう。どうせ沈むまで突き進ませるのだから、演習など燃料と弾幕の無駄だと誰もが考えていたから。
「お前を旗艦にして大和、武蔵、伊勢、蒼龍、飛龍で行く」
「はっ」
今回の彼女達はいったいどんな性格だっただろうか。同じ方から作られるゆえに見た目こそ似ているが、性格はよくよく観察すると微妙な違いがある。全員の実力を引き出す采配は難しいだろう。そう進言することも諦めていた。
「あの生意気なガキ。絶対にぶち殺してやる。完膚なきまでに叩き潰すんだ!」
「提督の命令とあらば」
駄々をこねる子供のように怒り散らす壮年の男の後ろ姿を見て、なんとなく、負けるのだろうな、と金剛は何処かで思っていた。
*
「演習をすることになった」
「存じております」
はて、と山口は思う。演習の話は今初めてした筈なのだが、何故加賀は知っているのだろうか。
きっと、あの失敗作が告げ口でもしたのだろうと考えることを後回しにして、山口は言葉を続けた。
「それならば分かっていると思うが。今回の演習は見世物であり、真剣勝負である。私の主義が正しいものなのか、それとも間違ったものであるのか。それを決めるのは君達自身だ。事実として、采配においても君達は私に優っていることだろう。詳細は任せる。私が求めるのは唯一、圧倒的な勝利だ」
「我ら第一艦隊。拝命したネー。提督は大船に乗ったつもりで待っていると良いデース」
「それは中々、頼もしい言葉だ。私は少し休もう。日取りに関しては大本営から後々送られてくるだろうから、それを参考にしてくれ」
あれだけの大御所達の前で話すのは流石に堪えたようで、山口は少しふらつきながら彼の私室へと消えていく。執務室に残されたのは金剛と加賀。タイミングを見計らって第一艦隊最後の一人、扶桑が入ってくる。
「ある意味で、負けられない戦いは今回が初めて。気合入れて行きますヨー」
「しかし、相手の編成が分からないと作戦を立てるのも難しいですね」
「そこら辺は問題はナッシングね。扶桑!」
「はい」
名前を呼ばれた扶桑が取り出したのは何枚かの写真と、この鎮守府とは異なる建造記録。こうなることが分かってから慌ててかき集めた資料だ。
「中将の艦隊だけあって大物ばかりですが、出撃未経験の艦ばかりなのでそこまで気にする必要はないでしょう」
普段は山口が使っている執務机の上に広げると、金剛達もそれを輪になって眺める。大和や武蔵などビッグネームがこれでもかという程に並んでいる。対するこちら側では、戦艦は金剛と扶桑の二人だけ。正規空母は加賀一人だけ。カタログスペックだけではどうしても見劣りするのだが、金剛達には慢心とはまた異なった自信があった。戦場を知らない艦娘に負ける程、
「ただ、一つ心配なのが」
「この
金剛は資料の一箇所を指差す。唯一、三回もの出撃を経験している高速戦艦。イレギュラーである彼女達を除けば、海軍が保有する全ての艦娘で最も経験豊富な艦娘だろう。非効率的な出撃環境の中で生き残っている。それは彼女自身が並々ならぬ実力の持ち主であること。そして尋常ではない幸運の持ち主だということ。彼女においてのみ、自分達と同格であると考えた方が良い。
「この娘が居なければ、経験の少ない重巡を中心にして叩きのめす策もあったのだけれど」
戦艦と重巡では根本的なパワーが違う。加賀の言葉はつまり、わざとらしくハンデを背負って勝つことで有用性を高めようというものだ。
「負ける可能性がある以上、その作戦はバイバイデース」
チャンスは一度だけ。ただでさえハイリスクが過ぎるというのに、敵方の金剛という危険因子が存在する。全戦力を使い果たすつもりで、絶対に勝ちに行かなければならない。
「凝った編成は好まない方のようですし、負けるとは微塵も思ってないでしょう。戦艦と正規空母で固めてくると思います」
「少なくとも二人は正規空母を入れてくるでしょうね」
「赤城、加賀は居ないネ。翔鶴も居ないし。ってことは飛龍と蒼龍カナー?」
「大和と武蔵は必ず入ってくると考えて、それから旗艦であろう金剛さんも含めると、これで五人ですね」
金剛、大和、武蔵、飛龍、蒼龍。最後の一人は戦艦か、正規空母か、それともまた別の艦種から引っ張ってくるのだろうか。
改めて建造記録を見直す。資材の項を見ると、明らかに戦艦ばかりを気にした建造の仕方だ。先ず間違いなく相手の提督は大艦巨砲主義を引きずっているのだろうと推測できる。
「加賀。航空戦、どこまでなら持ちこたえられルー?」
「二航戦、五航戦の娘と一緒にしないで。と言いたいところだけれど、三人目が来たら少し厳しいかもしれない」
「飛鷹を編成に加えますか?」
「でも飛鷹はまだ三回しか戦場に出てないからネー」
たった三回。つい先程、相手の金剛が三回出撃経験を持っているという話を危険に感じたばかりなのに、今度は味方の出撃回数を少ないと断じた。
金剛達は回数で言えばもはや五十や六十に届こうかというところだ。しかし、自分達の出撃と、毎日の死ぬつもりで生きている艦娘達の出撃は天秤で釣り合わないことも分かっている。相手方の出撃はこちらの十回分に相当すると考えて困ることは無い。
「うーん、変に考えてドツボにはまるよりは、開き直ってフルパワーの方が良い気がするネー」
「空母よりも戦艦を入れてくる確率の方が高いでしょうし、そっちの方が良いわね。たとえ三人相手でも均衡までは持っていってみせるわ」
「戦艦三人だったら砲撃戦で巻き返せますから、私も賛成です」
編成は決まった。後で戻ってくる天竜と龍田、川内にも伝えて、それから本格的な作戦会議だ。
「日程が決まってないとのことでしたが、それまでに相手が経験を積んでくる可能性もありますね」
「ンー、可能性としてはちょっと低いデース」
「そんなことを考えられるのなら、そもそもあんな無駄なことはしないわ」
艦娘は兵器だ。ラジオのように喋ることはあっても成長することは無い。それが大本営の基本方針であるし、対戦相手である伊能中将は典型的な
資料を一纏めにして金剛が笑う。
「寝ぼけた大本営に、目にもの見せてやりまショー」