あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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あきつの空/2

 件の鎮守府は森の中に隠れるようにぽつりと建っていた。新しい軍服をぴっしりと着こなした秋津は何処か初々しい様子を演出しながらドアをノックする。正面から、特に隠れる様子もない。しばらくしてドアが開き、姿を表したのは無精髭を生やした三十路くらいの男だ。よれた白衣を身に纏い、軽薄そうな笑みを浮かべている。

 

 秋津は胸ポケットから軍隊手帳を取り出す。新兵に見えるようにわざわざ新しく発行してもらったものだ。旧日本軍のものとはやや異なる形式の手帳。その表紙には金字で「憲兵」という文字が刻まれている。

 

「いわゆる定期監査というやつですな。ご了承頂きたい。何分、最近は良くない噂も聞きますので」

 

 口調すらもそれとなく変えながら、中に入れるよう促す。男は意外にも嫌な顔一つすることなく秋津を施設の中へ招き入れた。生活感の薄い埃被った灰色の廊下を男に先導される形で歩く。

 

 辿り着いたのはソファとテーブルが置かれた、それまでに比べれば幾分か人間味のある部屋。応接間、というよりは男が私的に用いているのだろう。

 

「丁度、クッキーを焼いたところだったんだ。良かったら一つどうだね」

「いえ、お構いなく」

「そうか、それは残念だ」

 

 君のために焼いておいたのだがなあ、と男は悲しそうに呟いた。肩をすくめ残念に思っていることを過剰にアピールしている。

 

「自分のために、ですか」

 

 その言葉が引っ掛かった。男は事も無げに言ったが、本日の監査は抜き打ちの筈である。見張られているのがバレていたか、内部情報が抜かれていたか。

 それとも、最初から仕組まれていたか。男の答えを待つ。

 

「ああ、そろそろ定期監査の時期だと思っていたからね。今までは信頼出来る部下なんだなあ、と思って受け入れてきたが、今回君のような新しい子が来るというのは予想外だ」

「つまり、これまでも監査は来ていたと」

「もちろんだとも」

 

 男は深く頷いた。嘘を吐いている様子は無い。喋り方から奇天烈な性格をしていることは容易に伺えるが、腹に一物持ったまま振る舞うのが得意そうには見えなかった。この手のタイプははったりをかますよりも、確固たる証拠を武器にして交渉に立つ。

 

 秋津は完全に理解した。薄々予想はしていたことだが。

 

「一本取られたでありますなあ」

 

 秘密を抱えた無名の探求者。その目論見に対する交渉ごとが自分の仕事だと思っていたが大間違いだった。交渉などずっと前に、自分が知らされるよりも昔に終わっていたのだ。自分はそれを確認し、黙認するために遣わされただけに過ぎない。

 

 そうとなればもはや外面を取り繕う必要もない。

 

「これでも少将の懐刀であると自負しているでありますよ」

「まだ若いのに懐刀とは。随分な自信家のようだね。大言壮語の通りであるならば良いのだが」

「それはご自分でお確かめになってください」

 

 帽子を取り、大きく溜め息を吐いた。全く少将も人が悪い。初めから全部説明してくれれば良かったのに。

 

「それで、私は何も聞かされておりませんが、貴官は何を研究しておられるのか、お聞かせ願えますかな」

「懐刀と言ったり、何も知らぬと言ったり。いやいい、自身を持つことは何よりも大事なことだ。これは監査なのだから私は聞かれたことにだけ答えるとしようか」

 

 いちいち長々と口を滑らせる男に秋津は一つ舌打ちをした。別に腹を立てているわけではないが、こういうポーズを取ることは、相手から要点だけを聞き出すのに必要だ。おお怖い怖いと男は大袈裟に恐れて見せた後、声のトーンを落として話し始める。

 

「お答えにする前に先ず私の方から大前提の質問をさせてもらおう。君は艦娘についてどこまで知っているかね?」

「人間の知り得るおおよそ全てのことは」

 

 艦娘には謎が多い。作っているのが人間ではなく、妖精などと呼ばれる得体の知れない存在であるのだから、ブラックボックスも致し方のない事だ。むしろ知らない方が良い可能性まである。

 それでも研究と経験から、幾つかのことは知られている。

 

「一つ、艦娘は深海棲艦を基にして作られ、人の法則から乖離した存在である」

 ゆえに深海棲艦への唯一の対抗策となる。

 

「一つ、艦娘と呼ばれる通り女性の姿で生み出される」

 理由は不明だが、海が命の源であるのが原因だと言われている。

 

「一つ、艦娘にはそれぞれ基となった艦の記憶があり、同じ艦は同じ姿をしている」

 生まれ落ちた後によって変わることもあるが、同じ艦娘は性格ですらほとんど変わらないという。

 

「一つ、彼女達には寿命が無く、怪我すらも専用の設備ですぐに治してしまう」

 これは艦娘よりも入渠ドックの仕組みだと主張する研究者も居る。

 

「一つ、彼女は食物を必要としない。代わりに弾薬や燃料で命を繋ぐ」

 彼女達が人間と同じものを食べれば、死ぬ。

 

 五つある艦娘の特徴。秋津は丁寧に左手で指折り数えてみせた。

 

「これでもまだ、と言うのなら続けますが」

「いや結構。それだけ博識ならば充分だ。なかなか良く勉強している」

 

 男は満足げに首を縦に振った。ちょっと待っていてくれ、と言い残し、別の部屋へと消える。研究資料でも持ってくるのかと秋津は身構えるが、男はクッキーの詰まったバスケットと湯気の立ったティーポット、一つだけのカップを盆に載せて戻ってきた。来る途中でつまみ食いしたのかカスが口元に付いている。

 

「さて、では博識な新人君に簡潔に私の研究を説明するとだね」

 

 クッキーを一口で飲み込み、男は天井を仰ぎ見る。つられて秋津も視線だけを上に向けた。何も無い。

 

「私はね、()()()()()()()()研究を行っているんだ」

「艦娘を、人間に? 自分はもしかして揶揄われているのでありますかな?」

「荒唐無稽な話だと思うかもしれないがね、私は真実をありのままに口にしたつもりだよ。確かに信じるか信じないかは君次第だが、私は君が理解したと仮定して話を進めよう。質問なら全て終わったあとで聞いてくれたまえ。

 私はね、戦争が終わった後のことを考えているんだ。艦娘は兵器だ。どれだけ見た目が人に似ていようとも根本からして人と違う。それが戦争が終わって平和な世の中になればどうなるか。先ず有り得るのは全員解体って末路だ。解体と言えばそれらしいがね、つまりは功労者を軒並み縛り首にするってえことだよ。革命じゃあるまいし、そんな未来を私は受け入れたくないね」

 

 堰を切ったように男は話し続ける。

 

「じゃあ保有したまま、保留したまま。これもまた困る。なんてたって艦娘は兵器だからね。存在意義を無くしてしまえば明日を生きることすら難しいだろう。人ならば生きること自体が生きる理由だ。矛盾しているようでしていない。動物だってそう、生きている限り生きている理由を失わないのさ。なんてったって、()()()()()()()()が出来る連中だからね。でも艦娘は戦うのが仕事。生きることを必要とされていない。いいかい、無意味は人を殺すのさ。人じゃなくて艦娘だがそこは今どうでもいい。それにもう一つ、食料の問題がある」

 

 クッキーを齧り、まだ熱い紅茶で注ぎ込む。

 

「そう食料だ。君もさっき言ったね。艦娘は人間の食物を必要としない、むしろ毒であると。まさしくそうだ。彼女達はこのクッキーも、淹れるのに失敗した紅茶も、酒だって飲めないのだ。いや、酒は工業用のガソリンなんかを代わりにしてるんだったかな。まあそんなことはどちらでも良いか。兎に角だ。人間社会に溶け込むとしたときに、同じものが食べられないというのはストレスがある。一部の食品に対するアレルギーなんて甘いものじゃない、全部全部が駄目なわけだからね。これは相当心にクる筈だつまり総合的に考えて、艦娘と人は共存できないという結論に至る」

 

 ところがだ。男は語気を荒らげた。

 

「戦争が終わったとき、艦娘もはいサヨナラとはいかない。何故なら彼女達は歳を取らないからね。必ず艦娘をどうするか、という問題に私達は立たされることになる。もしかしたら、戦争が終わるのがもう何百年も後で、その時には私がやらなくても平和的な解決方法が見つかっているのかもしれないがね、それは私がやらなくていい理由にはならない。艦娘は兵器だと私は何度も主張しているが、それ以上に私は最前線と命を張っている艦娘を人間だと思っている」

 

 そこで話は終わりだった。男は紅茶を飲み干していた。喉が渇いていたらしい。あれだけ喋れば当たり前だろうと秋津は気にも留めない。

 

「さて、何か質問があれば聞こうじゃないか」

「ふむ、そうでありますな」

 

 秋津は顎を手で撫でた。聞きたいことは幾つかある。答えが予想できるものも幾つかある。脳内で取捨選択を繰り返し、彼は一つだけ質問をすることにした。

 

「貴官は今までの実験で少なくとも三百の艦娘を無為に犠牲にしてきたわけでありますが」

「ああ成る程、現行活躍している艦娘はおおよそ千といったところ。解体されたもの、轟沈したもの、数えればキリがない。私の行為も手順自体は解体だ。問題は無いと思うが」

「いえ、そうではなく」

 

  男の言葉を途中で遮る。話が別の方向に向かいそうになっていた。

 

「艦娘を人間だと思っている、その言葉と反しているよう思いまして」

「なんだ、そんなことか」

 

 男はフンと鼻を鳴らした。

 

「私はね、人が人たるために必要なものは、それだけではない、生物が生物であるためには、経験というものが必要だと思っている。何を思い生き、何を為したのか。三文小説のクサい台詞だと笑わないでくれたまえ。人間であればこんなことを考えずとも生きていられるのだから、分からないかもしれない。しかしだね、艦娘を見給えよ。嗚呼確かに彼女達は生まれつきの性格を持っている。記憶もある。それは大人として、この場合の大人とは物心付いていることを指しているのだがね、初めから作られたものだ。さらに 性質(たち)の悪いことに、均一なんだよ。艦娘の性格というものは」

「確かに、そうでありますな」

「経験を持たない量産品の記憶と資質。君、これを果たして人間だと言えるのかどうか」

 

 艦娘の記憶は仮初の記憶だと、艦娘の感情は演じているだけに過ぎないと男は主張する。

 

 艦娘として生きてきた存在は確かに生きている。人として、他人に無い経験した者として。

 

「しかし、生まれ落ちたばかりの艦娘は空っぽ。貴官はそれを人とは認めない。そう言いたいのでありますな」

「まさしくそうだ。物分かりが良くて助かるよ。他に疑問は無いのかね?」

「特には」

 

 秋津はポケットから煙草を取り出した。

 

「ここで吸っても?」

「色々と取り扱いの難しいものもある。外で吸ってもらうとありがたいね」

「では失敬」

 

 秋津は立ち上がり、部屋を後にする。帽子をかぶり直し、普段より深く沈める。去り際に秋津は男の方を振り返り、感情の無い声で言い放った。

 

「それと、しばらく監査として残らせてもらうでありますよ」

 

 構わんよ。と男は返した。

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