「Hey! 秋津は相変わらず細っこいネー!」
「誰かと思えば横須賀のまともな方でありますか」
「その呼び方はあんまりだと思うのヨー」
鹿屋のとある鎮守府。
「確かに山口中将とこの金剛と比較されると劣ると思うけど」
「まともな、と言ったのは性格の方でありますよ。横須賀の二大金剛の片割れを平凡な艦娘だとは思わない」
彼女に捕まったのなら長話になりそうだ。秋津は落としたタバコを踏み潰して火を消した。それから、入口から少し離れた木の幹に身体を寄り掛からせる。
「それもそれで複雑ネー。それに、私はもう艦娘じゃないデース」
「解体を受けたのでありますな」
彼女はかつて伊能中将の隷下にあった金剛だ。歴史を変えたとさえ言われる演習の後、逮捕された中将の代わりとして着任した若い提督と共に、艦隊の練度向上をいの一番に推進した艦隊の母とまで呼ばれる存在。現在は中将となった山口の艦隊に居る金剛と合わせて、横須賀の主要戦力にまで成り上がった強者。
横須賀の二大金剛に呉の足柄。舞鶴の変則姉妹に大湊の
しかし、彼女はもはや人間だった。戦争が終わり、艦娘が次々と解体されて人間へと戻っていく。彼女も既にその一線を越えていた。
「秋津はまだ
艦娘唯一の失敗作。艤装も着けられない男の艦娘。秋津に対して金剛は躊躇うこともなく聞いてくる。横須賀に居たこともあって、二人はそれなりに顔を合わせていた。時には憲兵隊の艦娘達の教練を頼みに行った程だ。お互い変な気を遣わずに会話できるだけの信頼があった。
「私は最後にしてもらう約束を教授と取り付けてありますから。今日は部下を見守りに来ただけでありますよ」
「そうですカー」
「それに、解体を受けたところで、することもない」
これまでずっと仕事一筋で生きてきましたから。そう呟く秋津の顔は明るい。何もすることが思い付かないが、何かをしようと思っている。そんな顔だ。新しいタバコを取り出して火を付ける。何十年も吸い続けていると流石に飽きが来る。たまには別のものも試してみようか。そんなこと思いながら煙を吹かす。
「しかし、貴官、ではないでありますな。貴女まで解体に踏み切るとは。戦争は本当に終わった、ということでありますか」
解体を受けたのは、戦力としては心許ない比較的新しい艦娘からだった。そこから始まって、金剛のような一大戦力にまで辿り着いた。
「もう三年経つし、そう思って良いと思いますヨー。少なくとも、艦娘としての私達はグッバイってことネー。何かあったら新しく建造するでしょ」
「昔程、対応も酷くはないでしょうなあ」
「練度も無かった頃の話をされてもネー」
練度も無く、戦意高揚の為の間宮アイスや伊良湖モナカもない、ただ使い潰すだけだったあの時代を経験している艦娘など、もはや数える程しか居ないだろう。あれだけ轟沈を嫌った山口中将の艦隊でさえ、今なお生き残っているのは半分くらいのものだ。金剛と共に叩きのめされた艦も、今では武蔵しか残っていない。
「一番かつてのことに詳しいのは秋津でしょうネー」
「私もあの頃は言われたことをやるので精一杯でありましたからなあ」
金剛の言葉に秋津は首を捻る。一番古いのはきっと秋津だろう。彼は生まれも育ちも特殊に過ぎて、他の艦娘とは到底比べられない。海にばかり目が向いている中、一人だけ陸に目を凝らしていた彼は確かに誰よりも大局的に物事を見ていたのかもしれないが。
その頃の自分は艦娘も真っ青な機械の一面があった。それこそ山口中将の艦隊を狂信者と嘲笑うことも本来なら許されないような。ただ自分を拾ってくれた彼に報いるだけの機械。
「うーん、いつからか余裕は生まれてましたネー」
「海に出なくとも成長は出来るということでありましょう」
ある出来事をきっかけに彼は自分というものを理解したのだから。
貴女は、これからどうしますか。秋津が唐突に聞いた。彼が出会った艦娘には必ずしている質問だった。
金剛は人差し指を唇に当ててしばらく考え込んだ後、「旅ですかネー」と言った。
「旅に出よう、って答え、多いんですよね」
「提督にバーニンラーヴすることも考えたけど、既に奥さん居るし。私は全国を旅しながら私のラヴを受け止めてくれる素敵な王子様を見つけるのデース」
あ、別に秋津でも良いのですよ。いや流石に勘弁です。そうですカー。
顔を合わせる機会は少ないと言えど、四十年来の知り合いだ。嘘か本当か判断に困るような言葉も平気で言い放ってくる。にべもなく断ったところで気を悪くしたような様子も無い。
「私も、旅に出てみましょうかね」
「それは良いと思いマース! 秋津もしばらく自分の生き方を探して見たら良いデース」
「生き方がそう簡単に見つかるのやら」
「見つからなくたって、その場にあるもので作ればいいんですヨー」
「それもそうでありますな」
全てが終わったら旅に出てみましょう。秋津がうっすらと笑みを浮かべる。
「そう言えば、皆に聞いたって言いましたガどんな答えがあったんですカー?」
「それは守秘義務があるのでねえ」
わざとらしく言葉を濁す。守秘義務も何も憲兵隊にもはや仕事は無い。誰かに抜かれて困るような情報も無い。単に金剛をからかっているだけだ。金剛も分かっていても文句を垂れる。
「秋津のケチー、教えてくれたって良いじゃないですカー」
「そうでありますなあ。とは言っても、そこまで面白い答えは無いでありますよ」
一番多いのは旅に出ようという答え。鎮守府のあった場所の近くで仕事を探そうとする艦娘も居たし、提督とケッコンカッコガチの約束を取り付けている艦娘も居た。駆逐艦なんかでは、養親を見つけて学校に通い始めると答えた者も。戦艦や重巡には大学を目指す変わり種も居たか。
「すっかり平和になったものであります」
「そうネー。そういえば噂で聞いたけど、山口中将の所は皆で旅に出るって言ってたネー」
「へえ、あの狂信者共も独り立ちの時期でありますか。正直意外でありますな。使用人になってでも近くに居ようとするのかと思っていましたが」
「何でも、中将殿が嫌がったらしいネー。言葉には出さなかったとも聞いたけど」
「あの人、優しいようでドライでありますからなあ。狂っていると言っても良いが」
「世の中成功する人間はだいたいサイコパスでしょー」
「否定のしようがないでありますな」
まともな神経の持ち主が、あの時期に練度なんて考えに至る筈も無い。それに感化された艦娘が狂信者になるのも自然といえば自然か。そもそも、自分だって人のことを言えた義理ではない。ずれた帽子を直して誤魔化す。
長門が鎮守府から出て来るのが見えた。いや、
「ああ、部下が出てきた。それでは私はこれで失礼させて頂くでありますよ」
「また会いましょうネー。それと、これからは、あります口調は止めた方が良いですヨー」
金剛の容赦ない言葉に秋津は苦笑いを浮かべながら、善処しますと返した。