あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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後悔先に立たず/7

「えっと、それじゃあ聞いてもいいかしら」

 

 外からは楽しそうなロシア戦艦の声と、鈴谷の時とも変わらぬ悲鳴が聞こえる。せっかくだから一度ちゃんと見てみたい、ガングートがそう言ってきたのでこれ幸いと今日の指導を任せたのだ。

 聡明に見えて意外と抜けている彼女のことだから、鈴谷の時より容赦が無いだろう。足柄がさらにトラウマを併発しないか心配だ。そんな韜晦をしていた先生は鈴谷の声で現実に引き戻された。

 

「貴方が前に言っていた、ブルネイへの伝手っていうのがガングートってことで良いの?」

 

 昨日こそ夜も遅いからと誤魔化したが、鈴谷が先生とガングートの関係を疑るのは当然のことだろう。

 彼が前に言っていたブルネイの知り合い。誰か提督と繋がりがあるのかと思えばまさかの艦娘、それも超がつくほどの主力艦だ。本当ならば場末の将校でも無さそうな軍人と面識があるはずもない。

 どういう関係なのか、気にするのは当たり前のことだ。

 

「んー、まあ、合っていると言えば合っている」

「歯切れ悪いわね」

 

 何処まで話すべきか。彼は逡巡していた。別に過去に傷があるわけではない。顔合わせの時点で話しても良かった事柄なのだが、鈴谷のある言葉で思い留まったのだ。

 

 しかし、ガングートが来たのならば隠し通せることでもあるまい。それなら行き違いを引き起こしそうなあの戦艦よりも、自分の口で話した方が良いだろう。

 

「ガングートもそうだけど、赤城とか、大和とか、プリンツなんかもそうだね」

「待って、それってブルネイでも古参ばかりじゃない」

「うん、つまりはそういうことだよ」

「そういうことって……」

 

 それではまるで自分が提督だ、とでも言うようではないか。艦娘の異動が禁じられているように、提督もまた鎮守府を変えることはない。あるとすれば中央で元帥クラスの地位に就くか、逆に適正無しだと判断されて左遷されるか。どちらにしても、こんな所には来れない筈だ。当然、目の前の男はどちらにも見えない。

 

「君も()()の話には聞き覚えがあるだろう?」

「あっ」

 

 確かに聞き覚えがあった。鈴谷が建造される前の前、十年近く前にあったという特例のことを。

 

 当時、少将であったと言われるあるご老公が、最前線という言葉を狩場と勘違いしてむりやりに着任してきた事があった。その時、一人の若い提督が代わりに内地へ栄転したらしい。今なら彼と同じくらいの年齢だろう。

 

「……何の功績も無い人間に此処が管理できるわけ無いわよね」

 

 鈴谷が溜め息を吐く。

 

「元々最前線でそれなりに結果出したからね。憲兵もそういうところを見たんだろう」

「道理で初めて顔を合わせたとき、やけにブルネイのことを聞いてくると思った」

「古巣の事情は気になるもんさ。たとえ連絡は取っていたとしても、分からないことは幾つもある」

 

 ガングート以外とも連絡は取っていたが、分かっていたのは、誰か沈んだとか誰がまだ生きているとかそんな話ばかりだ。

 

「ちなみに、君を推薦したのもガングートだよ」

「なんとなくそんな気はしてたわ」

 

 そうでもなければわざわざブルネイに居た自分にお鉢が回ってくる筈もない。

 

 謎が解けて、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。どうして自分が、という困惑がすっかり消えてなくなった。

 

「ねえ先生」

 

 鈴谷が問い掛ける。

 

「一つ聞いてもいいかしら」

 

 一つしこりが無くなって、そうしたら別の疑問が浮かび上がってきた。聞いてみても良いのだろうか、少し躊躇する。だが、好奇心には勝てなかった。

 

「なんだい」

 

 彼は特に気にすることもなく聞き返した。コーヒーには合わなさそうな煎餅の袋を破り、丸型の煎餅を四つに砕く。破片を一つ口に放り込んで、彼女の次の言葉を待った。

 

「どうして提督にならなかったの?」

「いや元提督だって……そんなことを言ってるんじゃないか」

 

 一瞬はぐらかそうとして思い直す。

 

 一度は内地に栄転したが、当の後任は数日で潰れた。そのまま何事も無かったように元の場所へ戻ることは不可能ではなかっただろうし、そうでなくとも新しい鎮守府にまた着任することも出来た筈だ。経験のある提督なんて喉から手が出る程有り難い存在だろう。

 

「なんていうかさ」

 

 唾液で柔らかくなった煎餅の欠片を喉に押し込む。お茶の片手間にする話には少し長くなるかもしれない。

 

「ノリについて行けなかったんだよね」

「ノリ?」

「そう。なんて例えれば良いかな……そう上手いのが出てこないんだけど」

 

 額に折り畳んだ人差し指を当てて考える。言葉に出来ない感覚を説明するのは難しい。

 

「帰りを待つ人間よりも、送り出す側の人間で有りたかったんだよね」

「それは、提督とは違うの?」

「全く違うっていうわけでも無いんだけど、ちょっと違うんだ」

 

 強いて例えるならば、スポーツチームの監督をやるよりも、熱心な一ファンでありたい。そんな感情が最も近いだろうか。

 提督という仕事は彼には少し重く感じられて、もっと無責任に応援していたかった。

 

 ただ、こんな例えをしても誰が理解できるだろう。少なくとも鈴谷には理解されない。彼は言葉に詰まってしまう。

 

「よく分からないけれど」

 

 ああでもない、こうでもない、と悩む先生の姿を見て、鈴谷が率直な感想を述べる。

 

「今の仕事がやりたかった、ってことで良いのかしら」

「うん、結果だけ言えばそんなところだ」

 

 物凄く簡潔にまとめられて思わず笑ってしまう。それらしい言葉で飾るよりも過程をすっ飛ばしてしまった方がいい早い。質問は「何故提督に戻らなかったのか」なのだから、彼女の答えで百点満点だ。

 

「後は、まあ、勿体無いって思ったんだよ」

「勿体無いって、艦娘が?」

「そうそう、気付いていない人も少なくないけど、艦娘って結構個人差が激しいから。既に居るから、って理由だけで解体されるのは実に忍びない」

 

 もしかしたら、有名な艦娘達に比肩する才能を持った艦娘が、そんな下らない理由で埋もれてしまったかもしれない。何か新しい道を模索する者が居たかもしれない。

 

「最初は、鹿屋か岩川にでも行ってゆったりやってようかとも思ったんだけど、憲兵隊に誘われてね」

 

 そうしてアーセナルは出来た。鹿屋基地や岩川基地のような予備戦力ではなく、積極的に艦娘を送り出す再生工場として。

 

「俺の話はこれくらいだけど、他に何かあるかい」

 

 きっと無いだろう、と彼は思っていた。長々と人に語れる程、驚天動地の人生は経験していない。今の分だってかなり水増しした方だ。

 

「そうね」

 

 鈴谷の雰囲気が少しだけ柔らかくなった気がした。

 

「一つだけ分かったことがあるわ」

「というと?」

「私は誰かを鍛えるのには向いてないわ」

 

 何のことだろうか、と先生の思考が一瞬停止する。彼女は彼女なりに悩んでいたのだろう、と気付いて彼は優しい笑みを浮かべた。

 

「それなら今まで通り書類仕事をやってくれれば良いさ」

「そうさせてもらうわ」

 

 鈴谷は机の上に積み重ねられた仕事を取り上げて笑った。




話が膨らみすぎてしまったので此処でこの話は一区切り。
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