秋津隊の毒にも薬にもならない話です
「隊長って犬派ですか、猫派ですか」
呼び掛けられて、秋津は読んでいた本から顔を上げた。
憲兵隊の庁舎にある、一つ大きな部屋。此処はいわゆる『秋津隊』と呼ばれる部隊の詰め所になっている。
艦娘の失敗作と呼ばれる秋津という男を筆頭に、憲兵でも指折りの猛者が集うと噂の特殊部隊。その実態は隊長である彼が気に入った面々を引き抜いて出来た遊撃隊である。
秋津や、長門のように事務も兼ねている面々にとっては仕事場の一つだが、秋津に話しかけた彼、遠藤保にとっては時間を潰す為の遊戯室のようなものだろう。実際、カーペットの床に座っていた彼の前には崩れたジェンガがあって、その向かいでプリンツ・オイゲンが頭を抱えている。タイマン勝負は遠藤に軍配が上がったようだ。
「唐突でありますな。それは単純な好みの話でありますか」
「うーん、じゃあ飼うとしたらってことで」
「それなら猫でありますな」
えっ、と遠藤が驚いた声を上げた。
「ちょっと意外っすね。隊長は犬が好きだと思ってました」
犬は忠実、猫は気まぐれとよく言われる。秋津のことだから自分の意に沿って動いてくれる犬の方を選ぶのだと思っていたが。そうでも無いのだろうか。
「実際、どちらも嫌いではないのでありますが」
「じゃあなんで猫なんです?」
「散歩とか手間掛かりそうで。猫の方が勝手に生きてくれそうで楽じゃないですか」
「あー、てっきり猫丸に懐かれてるからかと」
「これは付き纏われていると言うのであります」
机の上で丸くなっている少女を指差しながら秋津は表情を歪めた。気持ち良さそうに寝ているが、この少女のせいで秋津は今日の分の仕事を諦めざるを得なくなったのだ。
「いいじゃないすか、何考えてるのか分からない同士」
「これは何も考えてないだけであります。むしろお前側でありますよ」
「うっわ、さらっとディスられた」
俺だって色々考えているんですよー、と遠藤は不貞腐れる。その動作も三十手前の青年が取る行動にしては幼く見える。
「そもそも、なんでそんな話が?」
「いや、昨日アイオワと話してたんですよ。
「ちなみに私も犬派でーす」
敗北のショックから立ち直ったプリンツが話に混ざってくる。現時点で犬派が二人、猫派が一人である。
「で、他の人にも聞こうと今思い出したんで」
「まさか全員に聞くつもりでありますか」
「全員というか、出会った人にはって感じですね。それとアイオワも犬派って言ってました」
「犬派多過ぎません?」
自分も従えるのなら犬の方が都合は良いけれど。
「軍の犬ってことじゃないですか?」
「遠藤、それは流石に無理があると思う」
憲兵ジョークをプリンツにバッサリと切られて泣き真似をする遠藤は放っておいて、秋津は片隅でふと考える。
長門、は犬派のような気がする。ぐうすかと寝ている猫丸はそんなことを考えたことも無さそうだし、同族ということで猫派で良いだろう。これで四対二だ。他のメンバー的に猫派が優勢になることは有り得るだろうが。
「長月は、猫を可愛がっていたでありますな」
拾った子猫を熱心に育てている部下のことを思い出す。動物を飼うとそちらに好みが傾くと言うし、彼女はきっと猫派だろう。
「そうですね、酒匂も良く一緒に可愛がってたし、二人は猫派だと思いますよー」
一応はこれでトントンか。
「サラトガが分からないでありますなあ」
「どっちも行けそうですよねー」
「いっそハムスター派とかだったり」
「犬と猫の選択ではなかったのでありますか」
他の動物も許せば群雄割拠になってしまう。犬派と猫派のどちらかを聞いているのにそれでは答えにならない。
「でもサラってそんな答え出しそうじゃないすか」
「流石にそこまでは抜けてないでありましょう」
天然が少し入っているのは認める。
「っていうか、隊長丸くなりましたよね」
「話が急旋回したでありますな」
遠心力で墜落しそうな舵の切り方だ。犬と猫は何処へ行ったのだろう。こういうのも天然と言うのだろうか、話の流れが分かってないポンコツにしか見えないが。
「でも隊長って前はこういう話乗ってくれませんでしたよね」
プリンツにまで言われて秋津は眉をひそめる。自分の隊の隊員とはそれなりに関わってきたつもりだ。
「そうでしたっけ?」
「『そんな下らない話をしている暇があるなら、少しでも鍛錬していろ、であります』」
プリンツの全く似ていない物真似に遠藤が吹き出した。似てる、似てる、と心無い賛辞を述べながら腹を抱えて笑い転げている。
「遠藤のその笑い方、結構傷付くんだけど」
「だって今のめっちゃ面白かったんですもん」
「これは久々に
「えー、俺のせいっすかぁ!?」
情けない悲鳴を上げる遠藤にけらけらと笑う残り二人。
「なんだなんだ、楽しそうなことをやっているな」
「あ、長門。もう会議終わったんだ」
「一応はな。隊長、報告書はいつまでに出せば良い?」
「とりあえず明日の朝一までに体裁を整えれば問題ないでありますよ。どうせ私が予想していたのとたいした違いはないでありましょう?」
「まったく予想通りだったよ」
秋津の腹心として地道に実績作りを重ねているビッグセブンはそれでも疲れたと、遠藤やプリンツと同じようにカーペットに座り込んだ。椅子に座っているのは秋津だけだ。会議室にすることもあって椅子が無いわけでは無いのだが、運び出すのが面倒くさいらしい。
「あ、そうだ。長門さんって犬派? 猫派?」
思い出したように遠藤が問い掛けると、長門は即答する。
「猫派」
えっ、と今度は三人の声が重なった。どうやら秋津と同じように他の二人も長門は犬派だと思い込んでいたようだった。
長門もそれは察して顔をしかめる。
「なんだ? 別に猫好きだって構わないだろう。私も時々長月に触らせてもらいに行くぞ?」
「いやー、意外だったから。イメージってアテにならないものね」
「犬派の方が圧倒的だと思ってたら猫派の天下だったでござるの巻」
「そんなに猫派が多いイメージが無いのだが……」
長門的にも犬派が多数派のイメージは強かったらしい。やはり憲兵隊そのものにそういう印象があるのだろうか。犬は群れで生きるものであるし、軍の犬というのもあながち笑えないかもしれない。
「私と、長月と、酒匂。おまけに猫丸。意外に多いか、でも半分いかないくらいじゃないか」
「それが隊長も猫派だったんですよ」
「嘘だろ」
今度は秋津がむっとした。自分がイメージで決めつけていたことは棚に上げているようだった。
「嘘つく必要が何処にあるのでありますか」
「犬派と信じていた二人が猫派だった時の裏切られた気分は凄まじいものでありますぅ」
飛んできたボールペンが額にクリーンヒットして呻いている遠藤は無視することにして。
「これで私と長門、長月、酒匂。おまけに猫丸の五人が猫派。遠藤とプリンツ、それからアイオワの三人が犬派でありますな」
「まだサラトガの答え如何では犬派も競れますね」
「彼女は今日何をしていたでありますかな……」
確か軽い仕事を単独で任せていたような気がする。人事を思い返していると控えめにドアを叩く音が聞こえた。こういうノックをするのはサラトガだ。
なんとタイミングの良いことか。恐るべき速さで復帰した遠藤がドアを開ける。
「サラ、犬派? 猫派?」
「えっなんですかいきなり?」
「良いから」
遠藤に畳み掛けられてさらにが言葉に詰まる。残りのメンバーもまったく予想が出来ず、じっと固唾を呑んでサラトガの答えを待った。
「えー、とカピバラですかね」
ハムスター以上の変化球だった。