あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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ホットドッグでも食べながら

 私が秋津(あきつ)(みこと)という男の名を聞いたのは去年の秋口のことだった。しがないルポライターであった私は、知己である某雑誌の編集長からその名前を聞かされたのだ。

 

 彼が言う事には、その男は憲兵隊の重鎮であったらしい。それにも関わらず、情報が殆ど残されていないのだ、とも言った。

 憲兵隊といえば、今は無き海軍組織でも指折りのブラックボックスだった。名前が知られているのは、創設者である今村神州御大と、憲兵の顔として有名な戦艦長門──当然退役した今は異なる名前を使用している──くらいのもので、その内部構造は今でも民間人には秘匿されている。

 底の見えない組織なのだから、裏の実力者が居ても可笑しなことは無いだろう。私としてはそこまで興味をそそられる話では無かったが、ちょうど話の種が尽きていたこともあって、二つ返事で調査を請け負った。

 

 件の編集長が集めたなけなしの資料を鞄に入れた私は、先ず一目散に家へと帰った。時刻はまだ昼頃であったが、手掛かりもなしに、街を歩き回る労力を惜しんだからである。それに、こういうことに詳しそうな人には心当たりもあった。

 

 少々私事になってしまうが、私の家内は元艦娘である。それも横須賀の二大金剛(注釈※1)と呼ばれ、第一線で戦い続けた武勲艦であった。その彼女ならば秋津尊についても何か知っているかもしれない、という期待が私の胸にはあったのだ。

 

 家に帰って、早速家内に聞いてみると、いとも簡単に知っているという答えが返ってきた。

 

「憲兵隊のナンバー2」という看板に偽りは無いらしい。駄目元で連絡が取れないか聞いてみると、自分では無理だと返ってきた。ただ、連絡が取れるかもしれない人物ならば知っていると言う。

 

 教えてくれと頼むと彼女は一言「最近二人で出掛けていないネー」

 

 我が妻ながら抜け目の無い人である。こちらが一段落したら、デートプランも練らなければならないようだ。

 

 

 

 

 

 

 家内が紹介してくれたのは、なんとあの戦艦長門だった。インターフォンを押す時(注釈※2)から柄にもなく緊張してしまい、粗相が無かっただろうかと今になって恐ろしくなってしまう。

 

 当然、彼女には人間としての名前があるのだが、ここではプライバシーの保護も兼ねて、他のメディアでも使われる長門という名前で記させて頂く。

 

 話が本当であれば、秋津尊は彼女よりも高い地位に居たということになる。確かめてみると、まさしくその通りだと頷いてくれた。

 それどころか、長門さんを憲兵隊に呼び入れたのがその秋津尊であるらしい。

 

 自分が最も尊敬する人だ。と彼女は言った。海軍で最も恐れられた艦娘と呼ばれた彼女が尊敬している。秋津尊への興味が否応無しに強まっていった。

 

 秋津尊に連絡が取れないか。家内にしたのと同じ質問をしてみると、長門さんは首を振った。彼女が落ち着いた頃には既に疎遠になってしまったという。憲兵隊のナンバー2ではあったが、表に出る仕事は全て長門さんの領分だったらしい。最も、そうでもなければ例の知己が私に話を振ることもなかったのだろうが。

 

 せっかく近付けたのだが、と心内で残念に思っていると、代わりに他の人間を紹介してくれるという。

 

 もしかしたら、そちらならば連絡が取れるかもしれない。私はさらに期待を強めていた。

 

 

 

 

 

 

 長門さんから紹介された住所を訪ねてみると、私より干支一回り程上の男性(注釈※3)が出迎えてくれた。ここでは名前を仮にEさんとしておく。Eさんは秋津尊の部下であったと教えてくれた。さらに言えば、彼の妻も同じく部下であったという。職場結婚という奴だ。

 それにしては随分年齢が離れているな(注釈※4)と素直な感想を口にすると彼はこっそりと、彼女が元艦娘であると教えてくれた。

 軍人であれば可笑しなことでも無いのだろうが、私の場合、同じように艦娘の妻を娶った人物と話すのは初めてであった為、そこで大幅に話がそれてしまった。

 

 雑談に落ち着きそうになった話をむりやり軌道修正して、秋津尊と連絡が取れないか訪ねてみると、Eさんは首を捻りながら「すぐには難しいかもしれない」と言った。

 連絡手段はあるらしいが、繋がるかどうかは分からないとのことだった。秋津尊という男は、意外にもそういったことにはルーズであるらしい。

 

 ならば、直接会いに行くことはできないかと尋ねてみるとそれもノー。秋津尊は家無しで各地の宿を渡り歩きながら日本中を旅していると言うのである。

 

「今は中国地方辺りに居るんじゃないか」とはEさんの言葉をそのまま著したものであるが、横須賀から太平洋沿いに北上し、ぐるりと一回りして今そこなのだとか。三年を掛けてまだそこだと言うのだから随分と長い旅をしているらしい。

 

 連絡が着いたら教えてほしいと伝えてその場はお暇させて頂いた。

 

 こちらは本筋からは逸れるのだが、Eさんと私の間に奇妙な縁故が存在したので、メモ代わりにここにも記しておく。

 

 帰り際にEさんが私に突然こんなことを聞いてきた。父親とか、叔父とかに同じようにジャーナリストをやっている者は居ないだろうか、と。私は驚きながらも居ると答えた。

 私の叔父がルポライターをやっている。あまり話す訳ではないが、私がこの仕事を選んだ理由に叔父の存在がなかったと言えば嘘になる。

 

 Eさんは私の言葉に満足そうに頷いていた。それがどうしたのか、と聞いてみると、Eさんは「その叔父に会ったことがある」と言ったのだ。興味本位で詳しく話を聞いてみると、衝撃の事実が判明した。

 

 なんとEさんは『ダイアモンド・クルーズ号の悲劇』(注釈※5)の生き残りだったと言うのだ。

 私の叔父は確かに当時ダイアモンド・クルーズ号の事故について調べていたが、その折に話を受けたのだという。

 

 その事故があって軍人を選んだのか。聞くことは憚られたが、Eさんは自分から教えてくれた。むしろあの事故の生き残りで軍人になった人は多いのだと。彼以外にも二人はなっていると言う。

 

 叔父に会ったら元気だと伝えてほしいと言われ、了承した。その日は、彼らのような、悲劇の事故からの生き残りについて書いてみても良いかもしれないと思いながら帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 だいたい一ヶ月程後のことである。Eさんから連絡があり、私は山口のとある港町に来ていた。Eさんから教えられて、私は初めて名前を聞いたような、観光地とはかけ離れた土地であったが、ここで秋津尊と落ち合う約束になっていた。

 

 家内から渡された土産のひよこ饅頭を抱えて待っていると、秋津尊──ここからは敬意を込めて秋津さんと呼ばせていただこう──が橋の向こうからやって来た。前もって話は聞いていたが、会ってみるとその幼さに驚かされる。

 

 妻を紹介しながら土産を渡すと、秋津さんは顔をほころばせた。あのじゃじゃ馬が、と歯に衣着せぬ言い方から、家内との仲は悪くなかったらしい。

 

 ホットドッグでも食べましょうか、と秋津さんは私を路上販売のホットドッグ屋まで案内してくれた。美味しいのだと言うが、元憲兵隊のナンバー2が食べるには安っぽすぎないだろうか、と考えていると、秋津さんは見抜いているかのように笑っていた。

 

 歩きながら食べられるのが良いのです、と彼は言っていた。高級料亭に連れてこられても、私が困るだけだったのでありがたいと言えばありがたい。海沿いに、ホットドッグを食べながら歩いて話をした。こちらの詳細については諸君らの知る通り(注釈※6)であろう。

 

 幾つか話を聞いて最後に私は尋ねた。

 

「憲兵隊という仕事は貴方にとってどうだったのか」

 

 不躾な質問だったが、秋津さんは真剣に答えてくれた。

 

「人生でありました」と。

 

 別れ際、彼の連絡先は貰っておいたが、鳴らす機会があるかは分からない。

 

 こうやって書いている最中にも、秋津さんは何処かを旅しているのだろう。そう、ホットドッグでも食べながら。

 

 

 

 

 

 

注釈※1 二大金剛のどちらであるかは伏しておく

  ※2 警備員の配備された邸宅など初めて訪ねた

  ※3 私が三十路手前なので、四十代くらいである

  ※4 奥さんは私よりも若く見えたので、二十近く離れているだろう

  ※5 2***年○月某日に起こった、豪華客船が深海棲艦に襲われた事故。およそ千六百人の乗客のうち生存者は二十人程度しか居なかった。その内三人が軍人になったというのだから、驚愕に値する

  ※6 6月号に掲載された『海軍を陰で支えた男』を御一読願いたい

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