「天龍は、人間になったら何がしたい?」
唐突に話題を振られて天龍は顔を上げた。薄い壁紙を貼り付けただけの壁に預けていた背中がぴしりと音を立てた。質問の主である木曾は机に向かって何かを書いている。真面目な話ではないようだ。
随分熱心に書いているが、さてはラブレターか、と天龍は当たりをつけた。木曾がここの提督に
きっと、彼女は人間になったら提督と結ばれるのだろう。カッコカリなどではなく、本当に伴侶として生きていくのだろう。それを微笑ましいとは思ったが、羨ましいとは思わなかった。
「俺は、人間になるつもりは無えよ」
「……なんだって?」
天龍の言葉に木曾は訝しげに振り返った。意外だ。そう思っているかのようだった。それが何だか無性に腹が立った。まるで、艦娘は人間になるのが当たり前だと言われたかのようで、深海棲艦に抱いていたものにも似た殺意が湧いた。ヒステリーを起こして叫び回っても良かったが、そんな気力も絞り出せなくて、固い壁に再び体を預ける。
「提督にも言ったさ。俺は普通の解体にしてもらうって」
「お前、自分で何を言っているのか分かってるのか?」
「おうよ」
普通の解体。艦娘の人間化を否定するその言葉は、言ってしまえば殺処分だ。ぶうぶうと泣いている豚を、肉にすることもなく首を落とす。或いは、人間らしい呼び方をするなら安楽死といっても通じるだろうか。是非は別として、兎にも角にも、彼女という存在をこの世から抹消することであった。
「悪いけど、弱っちい人間になってまで生き続けたくはねえな。楽しみが待ってるわけでもねえし、軍艦は軍艦らしく、平和な海に沈むべきだろ」
「本気か」
「冗談だとでも?」
木曾は天龍の目を見た。不機嫌そうに見えた。しかし、駆逐艦などによくある、人間になることへの恐れは無いように見えた。
彼女はもしかしたら、誰よりも軍艦であったのかもしれない。人を守り、人を愛し、自己の存在が矛盾を孕んでいることを自覚した鉄塊。人を好いていたからこそ、共に生きることを選べなかった。
「お前が……」
居なくなったら、寂しくなるな。そう言おうとしてやめた。自分の勝手な都合だと分かっていた。彼女への侮辱だと分かっていた。天龍は、天龍なりに考えて答えを出したのだと分かっていた。
そして、彼女達の提督が認めた。木曾が敬愛する彼でも動かせなかった決意を、自分が動かすことは不可能なように木曾には思えた。
「なあ、明日にでもちょっと出掛けないか?」
「なんだよ薮から棒に」
「いや、思い出を、作ろうと思ってな」
「思い出?」
天龍が語尾を上げた。
「俺はそんなもの」
「俺が欲しいんだよ」
言葉を遮った。吐いた息の行き場をなくして天龍は空虚に口を動かした。
「お前との思い出が、砲火で焦げ臭い海の上じゃあんまりだ。山でも、海でも、何処でもいい。平和な今に、お前が居たんだと思わせてくれ」
「……ハッ、ロマンチストだな、お前はよ」
「別に良いだろ?」
「待ってろ。提督に明日非番にしてもらえないか聞いてくるわ」
天龍は立ち上がった。明日は出撃の日だったが、見かけばかりの哨戒任務よりも木曾と一日を過ごす方が有意義に思えた。きっと、提督も同じことを思うだろう。
「ああ、そうだ。書き上がったんならそのラブレターも一緒に持ってってやろうか?」
「な、お前、馬鹿」
「冗談だっての。手紙くらい自分で渡せ」
背後から聞こえる甘酸っぱい罵声を聞き流して、天龍は部屋を出た。