なお、山無し落ち無しで甘い話は御座いません。
「隊長! バレンタインデーです!」
「今年もこの季節でありますか」
ニコニコ笑顔の酒匂とは対照的に難しい表情の秋津。今日の日付は二月十四日。酒匂が行った通りバレンタインデーだ。いつの頃からかこの製菓会社の陰謀は憲兵隊にも伝染しており、たった今一つ追加された秋津の机には、憲兵隊に所属する艦娘達から渡されたチョコが山を為していた。もちろん、人間が好むチョコは艦娘に毒であるので間宮アイスや伊良湖最中の系譜を継ぐ艦娘用に精錬されたチョコもどきである。
量が多いとはいえ、古株である秋津に渡すのは礼儀といった意味合いがほぼ十割を占めている上、秋津自身がこの手のお祭り騒ぎを好まないことから大抵はごみ捨て場か長門の胃袋行きになるのが関の山なのだが、酒匂を含め秋津隊などの面々は秋津が最近になって穏やかになったことにも気が付いている。
「やっぱり要らないですか?」
「申し訳ないでありますな」
断るのはいつも通り。ただし断り方が昔とは違っていた。
「全て終わるまでは、と誓っていますので」
艦娘が人間になる技術は開発されている。戦争が終わって、自身が人間となるまで、食事をしないことを秋津は決めていた。それに意味があるのか、と問われれば無いだろう。元々資源の無駄であると口にしなかったのだから今までと変わらないとも言える。それでも誓いを立てたのは、あるクッキー好きの研究者の姿が人間らしく思えたからなのだろうか。
「そっかぁ、じゃあ仕方ないですね!」
最初から分かっていたのか、酒匂はめげることも無い。爛漫な笑顔で研究室に行ってきます、と部屋を飛び出していく。入れ替わるようにして入ってきたのはプリンツだった。
「たいちょー、念の為今年も持ってきましたよ」
「以前戦況に変わりなし、であります」
「知ってました」
山のわざわざ頂上にラッピングされたチョコを乗せてバランスゲームを始めるプリンツに溜息を吐く。
「食べたければどうぞ」
「それ目の前で言いますか」
「食べ物で遊んでる者に言われたくないであります。それか、酒匂に続いて研究室に持っていけば喜ばれるかもしれませんな。あそこは酒匂以外男所帯でありますから」
「東さんが糖尿病になるからってお菓子禁止令出てませんでしたっけ」
「あれは不摂生が原因でありますから今日くらいは無礼講にしておいても問題ないであります」
研究室の主任らしからぬ好青年の顔を思い浮かべつつ、艦娘の力であのサバトが緩和されるのなら体調など安いものだろうと秋津は切って捨てる。
「ああ、赤城に食わせるのもありでありましたな」
「これ甲壱部隊まで持っていくんですか?」
二人でチョコの山をしばらく睨みつける。暴力的なまでの糖とカカオの塊はうんともすんとも言わない。やがて根負けしたように秋津が帽子を被り直した。
「長門に任せるのが適任でありますな」
「結局いつも通りですね」
それでは私は長月達にも渡してきますね、とプリンツが部屋を出ていく。チョコをどうにかしなければ執務もままならない、とどうするべきか悩んでいると控えめなノックの音がした。
「Hi! サラです」
「貴官らもすっかり慣れ親しんでいるでありますな」
「せっかくのpartyですから。隊長もどうぞ」
「例年通りの扱いで良ければ、とサラトガ」
山に乗せられたそれを見て秋津が顔をしかめる。
「それは人間用のではありませんか」
「えっ」
本当に気が付いていなかったのかサラトガが慌てて確認する。秋津の気になった通り、
「sorry……間違えました」
「……他の艦娘に渡したりしてないでありましょうな」
「今日渡したのはアイオワと、プリンツと……」
「ああ、その二人なら大丈夫でありましょう」
こんな日にそんな理由で沈んだとあっては笑いものにもならない。ちゃんと他にも注意喚起しておくべきかと頭を悩ませる。その時、サラトガが何かに気づいた。
「隊長、人間用のchocolateがここにも。それに既製品ですね」
「ああ、それは気にしないでいいでありますよ」
恒例行事であります。と、秋津は山に埋もれていた元号由来の成果メーカーから発売されている板チョコを持ち上げて横に除ける。無いとは思うが、長門に押し付けるときに間違って食べてしまっては危険だ。
「分かっててpresentする人がいらっしゃるんですか?」
「ええまあ、恨み節というか、嫌がらせというか。特に気にすることもないであります」
「隊長がそういうのなら良いのですが」
「そんなことよりも、乙弐部隊から、ボーキサイトの収支が合わないと報告が上がったのでありますが」
「それではサラはお暇させて頂きますね」
顔を引きつらせてそそくさと踵を返すサラトガの背中にドスの利いた声でまた後で、と死刑宣告してから、そろそろチョコをどうにかしなければ、と秋津も考え始める。何故だかここ数年でチョコの量が増えてきているし、幾ら長門でもこの量は一人で食べられるものでもないだろう。今年はアイオワにも手伝わせようか。戦艦二人ならば処理もできる。
「おっと、今年はまた一段と埋もれているな、隊長」
「一位殿には構いませんよ」
ちょうどよいタイミングで入ってくる長門に皮肉混じりに返す。有志が意味も無く毎年チョコの総数を測っていて、去年は長門が一番チョコを貰っていた。人間に渡す分は艦娘が味見できない為に敬遠されがちで、手作りに拘る艦娘は同じ艦娘に渡すことが多いのだ。それでも二位に人間がつけているのはやはり男女差か。ちなみに秋津は三位であった。
「はは、しかしこれだけ多くもなると一人で平らげるのは難しそうだ」
「ええ本当に。アイオワも呼んできましょうか」
「それは妙案だ」
長門が放り投げたものをキャッチする。不格好に包装された包みからはカカオ豆とは微妙に異なる香りがする。
「自分の腹に入ると分かっているのに、毎度わざわざ何故手作りするのやら」
「自分の腹に入るのなら良いものにしたいからな。後はまあ、形にしておくのは大事だろう」
「まあ、それもそうかもしれませんが」
「それより、酒々井は今年も人間用か?」
「ええ、相変わらず。まあ自業自得でありますから気にすることは無いでありますよ」
「私は詳しいことは知らないが」
「どうにかするには、私が気付くのか遅すぎたのであります」
貴官の頭を悩ませることではない。そんなことを言われては長門にはもう何も言えなかった。
「さあ、食べるなりアイオワを呼ぶなり早くしてくれであります。このまま机を占拠されては敵わない」
「……そうだな」
積み上がった頂上の包装を剥がして長門は口に含む。誰の作だったか、さっき自分が食べたのと同じ味だ。それも当たり前か、と思いつつ咀嚼していると、またしてもドアが、今度は勢い良く、開く。そこには息を切らしたアイオワが。
「どうしたでありますか」
ただ事では無いと秋津が目を鋭くする。
「エンドーがうっかりサラトガからのチョコを食べちゃったの!」
「……それに何か問題が?」
「もしかして……人間用と艦娘用をまた間違えたのでありますか」
アイオワがこくりと頷く。状況が読み込めない長門と違い、さっきのやり取りからどんな惨劇が起こったか理解した秋津が眉間を押さえた。
「なんであのアホは何か引き起こすのでありますか……」
この日に一番の溜め息だった。
ちなみに、遠藤はそれから三日間寝込んだ。
秋津はたくさん貰えるけど本命は貰えない。
名前だけ出てきた東や酒々井については別の作品で登場する、と思います。