「ネタが無いわ」
ずらりと並んだスイッチを切って、椅子の背もたれに体を預ける少女がいた。グレイッシュピンク、よりは少し灰色の強い髪、青葉の制服によく似ているが、ショートパンツの代わりにスカートを履いている。一際目を引くのは、照明を浴びて琥珀色に光っているサングラスだろう。
Kanoya Navy Station
通称KNS。鹿屋基地の通信周波数を利用して、一帯に流している軍用ラジオ局。海賊ラジオかと思えば、きっちりと鹿屋の総責任者から許可を得ている合法ラジオだ。
流れる番組は、火曜と金曜の正午からの二つだけ。メインパーソナリティである少女、DJ衣笠が一人で三時間喋り倒すだけだ。最も艦娘が人らしい場所、と呼ばれる鹿屋の鎮守府からは概ね好評で、おたよりも良く届く。今では鹿屋基地に欠かせない名物として存在している。
防音扉を閉めると、古鷹が使っていたテーブルの向かいに衣笠も腰掛ける。目の前にはまだキンキンに冷えている間宮アイスが二つ並んでいた。放送の終わりに合わせて古鷹が用意してくれたものだ。
「お疲れー」
「お疲れー」
今度は間宮アイスのカップをぶつけ合って、今日の無事を労い合う。
「あ、これ。提督の差し入れね」
「えっ、そうなの?」
じゃあ、提督にも感謝しなくっちゃ、と衣笠はスプーンで表面をすくって口に入れる。仄かな甘みがいっぱいに広がった。艦娘用であり、砂糖やバニラが本当に入っているわけではないのだが、優しい味は艦の記憶にあるソレと殆ど変わらない。
「うーん、美味しー」
今一時だけは次の放送なんて溜息が出そうな話題は忘れてしまう。ラジオスタジオ、衣笠と古鷹の制服、アイスを食べて年頃の少女みたく顔を綻ばせる二人。さながら学校の放送部での一場面だ。誰が見たって、軍事施設に居る兵器だとは思わないだろう。
無言のままアイスを味わって、パンと手を鳴らして食べ終わったことを強調する。先に口を開いたのは衣笠だった。
「そろそろおたより募集のネタが尽きてきたんだよね」
「昔に使ってた奴の使いまわしじゃ駄目なの?」
KNSの歴史は意外にも古い。衣笠がふざけて仲間内用に作ってから既に十年前後の時が流れていて、鹿屋全域に放送されるようになってからも五百回を数える長寿番組だ。誰もが忘れてしまっているお題もあるだろう。
「それでも良いっちゃいいんだけど」
クリスマスや正月といった季節ネタを除いて、毎回違うお題を考えてきた衣笠としては、軽率に使いまわしをしたくなかった。
「ねーねー古鷹ー」
「なぁに?」
勿論次回の放送までに思いつかなければ使いまわすことになるのだが。もう少し考えてみよう、と衣笠は決心してアイスの最後の一口を頬張った。
「お昼から何かあったっけ?」
「利根さん達は演習があるけど、私達は何も無いね」
ラジオという無茶を聞いてもらっているので提督には頭が上がらない。演習があったなら潔く諦めようかと思っていたが、幸運にも今日は一日フリーらしい。
「じゃあちょっと散歩しに行こうよっ!」
「散歩? 提督が許可してくれるかなあ?」
「そこは衣笠さんにおまかせあれっ。ちゃんと考えてるよん」
自信満々の衣笠に、彼女の秘策がどんなものか古鷹も少し興味を抱く。
「どんなの?」
「加古をお外に引っ張り出す」
「あぁ……」
それを言われてしまえば古鷹も反論できない。
加古は一言で説明すれば変人だ。潜在能力だけならば他の重巡に追随を許さないとまで言われるのに、本人は全く自分を鍛えるつもりが無い。前線から離れた鹿屋だからと言われればそれまでかもしれないが、彼女はもう一つ変なのだ。
「これで何日布団から出てないっけ?」
「一週間は出てないんじゃないかな」
布団とケッコンカッコカリした艦娘とまで言われる寝太郎なのだ。艤装を装着しなければ燃料は長持ちすると言われるが、加古の場合、補給以外で起きることが滅多にない。
その強情さたるや、初雪や望月ですらドン引きする程である。
「確かに、加古を起こす為なら提督も許可してくれそうだね」
「それに鹿屋の敷地から出なければ大丈夫でしょ。森ガールになる事が新しいネタへの第一歩ってね!」
衣笠はグッ、と拳を握るのだった。
*
「ったくよお、あたしをわざわざ起こして楽しいか?」
「楽しい楽しくないじゃなくて、ちゃんと毎日動かなきゃ体に毒でしょ!」
「艦娘に毒って言われたってねえ」
ふわあ、と加古が大きなあくびをする。提督から許可を得て、衣笠と古鷹の二人掛かりで引き摺り出してきた形だ。加古は叩き起こされて不機嫌そうだが、それ以上に古鷹がガミガミとうるさいので逃げ出せないでいる。この場で逃げれば部屋に帰れなくなる。布団を取り上げて何時間でも説教してくるだろうと、加古は理解していた。
「まあまあ、たまには三人で歩くのも楽しいもんでしょ。青葉は居ないけど私達、六戦隊だし」
「いや、それは関係ないっしょお。衣笠はネタ探しに来てるだけだろ?」
「衣笠さんともなれば一つの散歩にも幾重もの意味を含ませるのさっ」
生真面目な古鷹にも、爛漫な衣笠にも口では勝てず、うー、と唸りながら加古は二人の一歩前を歩く。当然先導している訳ではなく、逃げられないように監視されているだけだ。
「ん?」
しかし、それが功を奏したというべきか。最初に気が付いたのは加古だった。足を止めると、後ろの二人もそれにならう。
「どうしたの?」
「変な奴が居る」
変な奴、と言われて二人も目を凝らす。林の向こうに、見慣れない人影が見えた。
衣笠達とも見た目はそう変わらない少年だ。落ち着かない素振りで帽子を触りながら、明らかに何処かへ向かって歩いている。
「陸軍さん?」
「でも、今は陸軍なんて無いよねえ」
黒い軍服。そんな物を着ているのは改造後のあきつ丸くらいだ。しかし、男の艦娘など見た事もない。
「あっ」
少年がこちらを見た。立ち止まって、じっとこちらを見定めるかのように眺めた後、興味を失って再び歩き出す。
加古が一歩踏み出した。スタスタと少年の後をついていく。
「ちょっと、加古!?」
「面白そうだしついていってみようぜ」
イタズラ小僧の笑みを浮かべる加古に対し、古鷹は心配そうだ。正反対の性格に思える二人の違いがよく分かる。
一対一、衣笠の判断でどちらになるか決まる。
「衣笠さんは加古に賛成で」
「さっすが話が分かるぅ!」
「衣笠!?」
そうと決まれば早くしないと見逃してしまう。勇み足の加古に衣笠が並び、古鷹も慌ててついてくる。
「何かあったら危ないよ」
「何か、ってあたしら艦娘だよ? あたしらに危険があるんだったら、あたしらでどうにかしなきゃ」
暴論のようにも聞こえるが、加古の言い分はもっともだった。通常の手段で艦娘を傷つける事は出来ない。それが出来るのは、指揮官である提督か、深海棲艦だけだ。
提督であったならば、人間の力しか持たないのだから恐れることはない。深海棲艦であったならば、被害が起きる前に止めなければならない。
「そうそう、六戦隊の冒険活劇って奴ですよっ」
「衣笠はラジオのネタになるかもしれないって思ってるだけでしょ」
ジト目で睨まれて衣笠は目を逸らす。
三人で追いかけていたが、そんな話をしている内に少年の姿は見えなくなってしまった。
「ねえ、提督に報告だけしてもう戻ろうよ」
「いーや、あたしゃ敵を見つけるのは得意でね。まだ見失ってないよ」
衣笠と古鷹の足は鈍るが、加古はそんなこと知らぬとばかりにずんずん突き進んでいく。鹿屋の敷地内ではあるが、自分達の鎮守府からは遠のいている。
もし誘い出されていたりしたらどうしようと、心配性の古鷹には悩みの種が尽きない。
「ふっふーん、そう簡単にあたしから逃げられると思うなよぉ?」
「衣笠さんにはお見通しよっ」
スパイごっこに酔っているのか逆に普段よりもテンション高めな加古と衣笠は、古鷹のことを半分忘れたように進んでいく。
「あれ?」
気配が消えた。というよりは、止まったという方が正しいか。動きが止まったようで、しかし姿は見えない。
「加古、見失っちゃったの?」
「うーん、ここら辺にどっか居ると思うんだけどなあ」
「追いかけてたんなら最後までやろうよ。せっかくネタになるかと思ったのに」
「誰が何のネタになるのでありますか?」
少年特有の高い声、しかし艦娘に比べれば低い声が背後から聞こえて三人は一斉に身を翻す。加古と衣笠は艤装を持ってきていないが、古鷹だけはすぐに主砲を展開した。
「おっと、おっと。危ないものはしまってほしいでありますな」
「だ、誰ですか貴方は」
「それはこちらの台詞なのでありますが。突然尾行してくるわ、撒こうとしてもうまく行かないわ」
それでもまあ、誤解を解くために自己紹介くらいはしておきましょうか、と少年は帽子を取る。さらりと艶のある黒髪が揺れた。
「私、憲兵隊の者であります」