秋津は正直困っていた。
直属の上司であり、憲兵隊のトップでもあった今村少将が倒れ、不意に転がり込んできた組織の長としての重責。本人としては表に立つことはごめんだったので、しばらくは少将の意志を汲みながらも、近いうちに部下である長門へ顔をすげ替えようと画策していた。
その中で、長門には任せられない一つの案件を解消する為に彼は鹿屋にやってきたのだが。
「どうしたものでありますかねえ」
鹿屋に入ってから尾行されている。気配を隠すことすらしていないので、たいした追手でも無いのだろうと適当に撒こうとしたのだが、どうにも途切れそうに無い。
相手が何者かはなんとなく分かっている。歩いている最中に偶然目があった重巡娘の三人組。おそらくは鹿屋の何処かの鎮守府に所属している艦娘だろう。見慣れない秋津の姿を見て少し追いかけようと思った、そんな所だろうか。
「どうしてこう、無駄に才能のある奴が混ざっているのでありますか」
敵対勢力でも無さそうだし、尾行の訓練を受けている訳でも無い。それなのにぴったりと張り付いてくるのが気味悪かった。目的地に辿り着くまで着いてきそうな気配に秋津は悩む。一番最悪なパターンは中身だけ知られて逃げられることだ。そうなれば鎮守府ごと取り潰す事態にもなりかねない。
それならば、一度話をしてみることにしよう。邪魔になりそうなら憲兵隊の権限でむりやり遠ざければ良い。
秋津は適当な木の陰に隠れる。ありきたりでバレバレのようにも見えるが、背後を取るだけなら問題無い。
やがて三人の少女の姿が見え、秋津を通り過ぎたところで立ち止まった。奇跡的な偶然ではなく、気配をしっかりと追ってきていた証だ。
「あれ?」
先頭の少女が不思議そうな声を上げる。他の二人は気配よりも、急に立ち止まった先頭に困惑しているようだった。加古、古鷹、衣笠。青葉を加えれば六戦隊の完成だ。目的地に居る青葉の姿を思い浮かべ、もしかしたらこれは数奇な運命なのかもしれないと自嘲気味に声を潜めて笑う。
「加古、見失っちゃったの?」
「うーん、ここら辺にどっか居ると思うんだけどなあ」
「追いかけてたんなら最後までやろうよ。せっかくネタになるかと思ったのに」
脅かしと、練度を見る意味合いを兼ねて、するりと背後に回って声を掛ける。
「誰が何のネタになるのでありますか?」
三人は一斉に身を翻す。加古と衣笠は艤装を持ってきていないが、古鷹だけはすぐに主砲を展開していた。それなりに経験を積んでいる証だ。魔境ブルネイはともかく、日本近海ならば十分に戦力として使い物になるだろう。
「おっと、おっと。危ないものはしまってほしいでありますな」
戦闘を起こすつもりは無いので、わざとらしく両の手を挙げる。二人は艤装を持っていないとはいえ、三人を一人も逃さず仕留めるのはリスクが高い。
「だ、誰ですか貴方は」
少女が問い掛ける。あちら側からすれば、怪しいと追い掛けていればいつの間にか背後を取られていたことになる。警戒するのは当たり前の反応だ。
「それはこちらの台詞なのでありますが。突然尾行してくるわ、撒こうとしてもうまく行かないわ」
それでもまあ、誤解を解くために自己紹介くらいはしておきましょうか、と彼は帽子を取る。さらりと艶のある黒髪が揺れた。
「私、憲兵隊の者であります」
貴官等の所属を伺いたいのですが、と彼は付け加えた。ついでに憲兵である証明書も見せる。
ぐい、と前に出てきたのは、秋津のことをネタになると言った少女、衣笠だった。思うに、三人の中で一番弁が立つのだろうと当たりをつける。
「六番泊地の衣笠よ。こっちは同じ艦隊の加古と古鷹」
「六番泊地でありますか」
余り印象に残る経歴を持った提督ではなかったような気がする。少なくとも即座には思い出せない。
「こちらは業務中なのでありますが、貴官等はいったいどういった理由で追跡を?」
「いやー、興味本位とネタ探し、みたいな」
「さっきから何なのですかそのネタ探しとは」
まるで青葉みたいなことを言う。お前は妹だろうと心の中では思っていたが押し殺した。
衣笠はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに胸を張る。
「衣笠さんはラジオのメインパーソナリティなのでいつでもネタを探す日々なのでっす!」
「ラジオ? ああ、KNSとやらですか」
およそ艦娘の口からは聞けないような単語に秋津は記憶を掘り返す。そういえば、鹿屋だけで放送しているラジオ番組が存在した。鎮守府が運営しているという話くらいは聞いていたが、本当だったのか。
うろ覚えの六番泊地提督に情報を上書きしながら、秋津はさらに考える。
「つまり、ラジオで使う話題集めにうろついていたと?」
「そういうことになるわね。こんな所に憲兵さんなんて滅多に来ないし」
滅多に来ないのではなく気付いていないだけであるが、それは良いとして。
ラジオ局か、と秋津は閉じた口の中で呟く。ここで追い返しても、後々に変に勘ぐられるだけだ。先に言ったように、最悪なのは自力で真相に辿り着かれること。逆に言えば、憲兵側でコントロールさえしてしまえば、別に知られても構わないということ。
「ふむ、それならば特大のネタがあるのですが、乗ってみますか?」
「特大のネタ?」
衣笠が聞き返す。どう聞いても特大の厄ネタにしか聞こえない。憲兵隊が関わることにろくなものが無い。そんなことは建造されたばかりの駆逐艦でも知っている。
「それはラジオのネタに出来るような話なの?」
「さあ? 貴官のラジオとやら、私はまともに聞いたことありませんからなあ。そこまでは保証しかねるであります」
「それで、関わったら後戻りできないんでしょ」
「その減らず口を閉じれば大丈夫かもしれませんなあ」
秋津は嘘を言うことを好まない。その言葉自体大嘘であった。
衣笠はどうするか、秋津が口角を吊り上げる。挑発的な笑みに衣笠は顔をしかめた。
「良いわ、乗ってあげようじゃない」
「ちょ、ちょっと衣笠!?」
「ラジオとかは別にしても、憲兵さんだって私達が着いていくことにメリットがあるんでしょ? だったらWin-Winよ」
「特別メリットがあるという訳でも無いのでありますが」
まあ、それは良いか。秋津は帽子を被り直した。
*
勝手知ったるといった様子で秋津がやってきたのは、傍目には古ぼけた元鎮守府に見えた。中に入ると、ちゃんと掃除されていることから人が住んでいるのだと窺える。
廊下を歩き、広い部屋に入る。おや、と秋津が驚いた声を上げた。
「見知らぬ艦娘、でもありませんな」
「あ、テメエは!?」
秋津の姿を認め、椅子に座っていた摩耶がその椅子を蹴り上げた。主砲を展開、トランプの山が風圧で床に落ちる。
「どうどう、こんな所で撃てば建物自体崩落するでありますよ」
「なんでテメエが此処に居るんだよっ!?」
「その言葉、そのままお返ししましょう」
ばらばらと広がったトランプを拾い上げる。遊んでいたようだが、それが目的では無いはずだ。奥に視線を向けると、遅れて臨戦態勢に入った雪風と、チャンスとばかりにカメラを構えている青葉の姿が見える。
秋津は大きく息を吐いた。
「青葉殿、状況の説明を要求するであります」
「お客さんです。ババ抜きでは雪風さんの五連勝でした」
「そういう話をしているのではなく」
「察しの良い秋津さんならとっくに気が付いているのでは?」
核心を突いた一言に黙り込む。青葉はその頃にはまだ居なかった筈だが。入れ知恵でもされたのか。元々頭の切れる娘であるがために判別がつかない。
「んー、三番泊地の摩耶さんと、雪風ちゃん?」
彼の背後から顔を覗かせた衣笠が二人を見つけた。摩耶もそれに気付いて渋々ながら主砲を下ろす。秋津一人が相手ならばともかく、邪魔者が多過ぎる。
「私としてはそちらのガサと古鷹と加古についてお聞きしたいんですけどねえ、秋津さん」
「これはタダの外野でありますよ」
少なくとも現時点では。いつの間にか結構な人数を巻き込んだ事態になっていることに秋津は頭を抱えたくなる。
「説明なら教授殿が戻ってきてからやってあげますから。教授殿は今どこに?」
「応接室ですねー。もう何時間も話しているんで、そろそろ戻ってきてもおかしくないと思うんですけれど」
「それはもう何時間もかかるかもしれないということでは?」
そろそろ当たるだろうとくじを引き続ける中毒者のような青葉の言葉に苦笑いを浮かべる。
「結局、特ダネって何なのさ」
衣笠の言葉に秋津は帽子のつばを掴む。教授が来てから説明するつもりだが、衣笠にずっと喚かれるのも面倒だ。
「確認として、貴官のラジオとやらはどれ程人気のあるものなのですかな」
「ラジオ? えええ、もしかしてKNSのDJ衣笠!?」
「青葉殿、静かに」
秋津が聞いているのは衣笠に向かってである。青葉に介入されると話が二百七十度はネジ曲がってしまいそうだ。
「どれ程って言われてもねえ。あ、でも時々鹿屋以外の鎮守府からもおたよりが来たりするよ」
「鹿屋以外では流してないのでは?」
「ここでの放送を録音している人達が居るみたい」
「そうすると、別に此処に限定した話でもないのでありますか」
ふむ、と秋津は帽子から手を離す。暇な艦娘の遊びと切って捨てるには、影響力は小さくなさそうだ。
「それならば、教授殿は戻ってきてないでありますが、掴みだけ話しておきましょうか」
衣笠達を完全に巻き込むことを決めた。互いにデメリットは無いだろう。
「まだ机上の話でありますがね」
それは、衣笠達だけではなく、青葉や、部外者である摩耶と雪風にも向けられていた。
「艦娘の人化技術、これを公表しようかと思いまして」