あきつの空   作:溶けた氷砂糖

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Kanoya Navy Station/5

「クッキー、は艦娘だから食べられないか。それならアイスか最中か。好きな方を用意しよう」

 

 教授は()()()()()()()()()()()()()()()()かのように落ち着いた所作で動き続ける。丁寧に掃除された部屋。自分の為にティーセットも用意して、テーブルに置いていた。

 

「それにしても、他の二人を呼んできても良いのだよ? 無論私が君に対して何か危害を加えることは不可能に近いが、一人で私と相対するよりも、友と居た方が気分は楽だろうに」

「構わないでください。本当は巻き込みたくなかったんです」

 

 座りが悪そうにソファに腰掛けている阿武隈は棘のある言葉で答えた。彼女の制服の襟には通信機がスイッチオンのままになっている。此処での会話は全て彼女達の提督に届くようになっていて、万が一に何かあれば他の二人もすぐに動けるよう準備している。形だけの一人だ。

 

 教授はそれには全く気が付いていない。秋津を幼さにつられて新人だと思っていたような男だ。自分の専門から外れたことにはとことん鈍感なのかもしれない。

 

「そうか。いや、ならば私から言うことは何も無いな。ああ、アイスや最中だけでなく、紅茶も用意出来るけれど」

「そんなことよりも本題に入りませんか」

「君はせっかちだね。ただ、君が望むならそれもやぶさかではない。説明する義務が私にはあるからね」

 

 教授は阿武隈と向かい合うように座る。その隣には、阿武隈よりもさらに居心地悪そうにしている電の姿がある。一対一での話し合いを望んだというのに、どうして彼女が居るのか。阿武隈の疑問は尋ねる前に教授によって解消される。

 

「ああ、彼女のことは気にしないでくれたまえ。これからのことを分かりやすくするために居てもらっているだけだ」

 

 クッキーを齧り、紅茶で胃に流し込む。彼が話を始める前のルーティンみたいなものだ。阿武隈はそれを知らなかったが、教授の雰囲気が少しだけ変わったことは理解した。

 

「さて、聞きたいことは何かな。心当たりが多過ぎてとてもじゃないが絞り切れない」

 

 聞きたいこと。そんなこと、阿武隈にだって決めきれない。胸の奥に染み付いた、油のようなもどかしさをどうにかしたいだけなのだ。八つ当たりのためにやってきたと言っても間違いではなかった。

 

「貴方は、ここで何をしていたんです」

「それは君と初めて話した時にも説明した通りだ。あの頃は第一段階で、今は最終段階。不可能だったことが可能になった。それだけの違いはあるけれどね」

 

 青葉君を見ただろう、と教授は言った。

 

「艦娘を人間にする技術。彼女は初めての成功例だ。もう四年くらいになるのかな。君達艦娘の記憶にある重巡青葉よりも成長しているのは見てもらえれば分かるだろう。そして、此処に居てもらっている電君。彼女もそうだ。まだ百パーセントとはいかないが、高い確率で成功するようになっているよ」

 

 馬鹿馬鹿しい。デタラメを言うな。阿武隈の悲鳴は、電がクッキーを齧る音で霧散する。幻影だが、質量を持った霧は彼女の喉を締め付ける。

 

「まさか、それだけを聞きに来た訳ではないだろう?」

「どうして……」

 

 言葉が出なかった。言いたいことは幾つもある。何故、そんなことをしているのか。その為にどれだけの犠牲を出してきたのか。

 

 奇しくも、と言うべきだろうか。阿武隈が抱えている感情は、ある男がこの男と共に過ごしている間、戦い続けていたのと同じ感情だ。

 

「色々と悩んでいるようだけれどね」

 

 それを知っているからか、教授は呆れた声を出した。

 

「君は私を殺そうとしていない。研究を止めようとはしていない。それが君の出した答えだと考えることはできないかね」

「……どういうことですか」

「君は私を悪だと断じてはいない。何、片棒を担ぐ訳でも無し。いっそ全てを忘れてしまうというのはどうだろう」

「……ふざけるなッ!」

 

 阿武隈が叫びながら掴みかかる。主砲を持ってきていなくて本当に良かった。今この状況であったなら、その引鉄はひどく軽いものへと変貌していただろう。妖怪じみた笑みを浮かべるこの男はとっくに物言わぬ肉塊と化していたに違いない。

 

 騒ぎを聞きつけて摩耶と雪風がやってくるかと思ったが、手が握力を失って教授の筋肉質ではない体をもう一度ソファに叩きつけるまで廊下への足音一つ無かった。

 

 襟首を正して、教授は阿武隈ではなく隣で顔を青褪めさせていた電に話しかけた。

 

「電君。ちょっと冷蔵庫からお茶を持ってきてくれないかな。ペットボトルの冷たい奴がある筈だから」

「は、はいなのです?」

「私のことは気にしなくて良い。ああ、それと艦娘用の紅茶も用意してくれたまえ」

 

 それは、しばらく席を離していてくれ、という頼みだった。電はきっと額面通りにその言葉を受け取っただろうが、それならそれで、少なくとも十数分は戻ってこれない。

 

 電が姿を消すと、訥々と彼は話し始めた。先程までの流暢に過ぎる、舞台役者のような喋り方とはまるで別人のようだった。

 

「君が、不器用な人で良かったと思う」

 

 言葉を間違えた、気を悪くしないでくれ。

 

 そう言っている姿が彼の本質なのだろうか。阿武隈は怒りさえも丸め込まれて、目の前の弱気そうな男に戸惑うことしかできない。

 

「何分、私の周りには察しの良い者しか居なくてね。その上、気持ちの整理も上手いものだ。私は未だ迷っているというのに、すっかり心を落ち着かせている」

「なんですか、それは。意味が分からないんですけど」

「少しばかり、この狂人の話相手になってほしいだけさ」

 

 サクリ、とあまりにも軽い音がした。

 

 

 

 

 

 

「それ、ダウトであります」

「ぬああっ!?」

「いやはや、摩耶殿は分かり易いでありますなあ」

「お前絶対あたしの手札覗いてんだろ!」

「何のことやら」

 

 こめかみに青筋を立てつつも、摩耶がおとなしく中央のトランプの束を回収する。何をやっているのかと問われれば、青葉に秋津、摩耶達二人と衣笠達三人の計七人でダウト、トランプ遊びをしているのだった。

 二十枚近くのカードを抱えた摩耶が不機嫌そうにする隣で、秋津が六の札を宣言して四枚出す。

 

「あ、ダウトだダウト! 残り四枚全部六なんてねえだろ!」

「おや、良いのでありますかな?」

 

 揶揄うような秋津の態度に摩耶が一瞬怯む。しかし、どうせはったりだと摩耶はもう一度ダウトを宣言した。

 

 その結果、摩耶の手札が四枚増えた。

 

「はーい秋津さん二着ー」

「ま、こんな所でありますな」

 

 青葉の力の抜けるような声に、地べたから立ち上がって椅子に座る秋津と、トランプを投げ飛ばしそうな摩耶。しっかり明暗が分かれている。

 

「だぁぁ! やっぱイカサマしてんだろ!」

「イカサマするなら摩耶殿より雪風殿に仕掛けますよ」

 

 ちなみに、一着は当然の如く雪風であった。秋津の観察眼を持ってすれば、本心を隠す訓練のしていない相手などカモでしかないのだが、偽札(ダウト)無しで勝利されては参ったと言うより他にない。

 

「先程も当たり前のように最下位に沈んでいた摩耶殿にそんな凝ったことなどやりません」

「よーし表出ろてめえ」

「吠える前に早く上がってみろ、でありますよ」

「そうそう、次は摩耶さんの番だよー」

 

 いつの間にか一周していたのか、衣笠に急かされて渋々摩耶は神経をダウトに集中させる。

 

「あ、ダウト」

「んなああ!」

 

 ともすれば単なる遊び友達にしか見えないような光景を眺めつつ、秋津は視線を横に滑らせた。見慣れた白衣が見えた。見慣れない金色の髪の少女が見えた。全く予想外の小さな女の子も見えた。少女二人は秋津の姿に驚き、戸惑っているようだった。

 

「おや、珍しいことにお客さんがこんなにも来ているとは。そちらの三人は君の部下かな?」

「違うでありますよ。拾いものというか、野次馬であります」

「おや、あんなに神経質であった君が他人を連れてくるとはね。いや、抜け目のない君のことだから何か考えがあるのかもしれないが」

「ええ、まあ。それはおいおい説明するとして。そちらの方はもうよろしいのでありますかな?」

 

 二人がどんな話をしていたのか秋津は知らない。正直なところ見当もつかない。ただ、互いが互いなりに理解したからこそ、こうして二人共(三人共)で戻ってきたのだろうとは思う。

 

「ああ、待たせてしまって申し訳無いね」

「そうでありますか。では、こちらの本題に入ろうかと思ったのですが」

 

 秋津は視線を戻した。加古が上がって残り四人になっていた。ポーカーフェイス組が抜けて熱気が増している。これを途中で止めさせるのはなかなか骨が折れそうだ。

 

「お疲れでしょうし、これが終わるくらいは待ちましょうか」

「ああ……そうすることとしよう」

 

 少し煙草を吸ってきます、と秋津はその場から出て行った。

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