ザーザーの砂嵐の音がする。キュルキュルとダイヤルを回す音がする。所々で音を拾っていたラジオはある周波数の所で明瞭な音声を届かせた。
『それでは皆様お待たせしましたぁ! Kanoya Navy Station全国版! たとえ大本営に利用されようと、パーソナリティは変わらずDJ衣笠さんっでお送りしまぁす!』
その放送は全ての鎮守府に流れていた。普段は戦ってばかりいるブルネイの艦娘ですら、その時だけは手を止めてただ聞いていたという。
『今日のテーマは既にご存知の方も多いですかねぇ。まあ色んな方々が汗水垂らして宣伝してくれたので知らない人はちょっとやばいかも? なーんて。もちろん予告したとおり、
元々公表するつもりだった新解体技術。秋津の提案によって、それは彼女、衣笠のラジオに乗せて届けることになった。もちろん、公式な通達は格式張った書類になって届いていることであろうが、こうした娯楽的なやり方を取ることが艦娘に好影響を与えるのではないか、またラジオに乗せて
『普段ならオープニングナンバーを流すところですがっ、今回は衣笠さんも初の試み! ちょぉっと楽しみにしてた人にはごめんなさいだけど今回はカットで!』
それを聞いた衣笠は更に一つ付け加えた。今まで誰かをゲストに呼んだことは無い。だからこそ、彼女は自分の首を締めるようなお願いをすることが出来た。
『さっそく本題! それではゲストをお呼びしましょう!』
『どもども、恐縮です、青葉です!』
聞き慣れている人であれば、青葉の声が記憶よりも大人びていることが分かっただろう。何より他の青葉達が嘘偽りなきことを理解しているだろう。
『さっきも言った青葉さん! そして!』
『よ、よろしくお願いします』
青葉とは違う
『鹿屋基地三番泊地の阿武隈さんをお呼びしておりますっ』
衣笠の声が明るく響く。実験から逃げ出した艦娘。普通に考えればその存在は悪手であった。彼女は言うなれば人間化に置ける負の象徴であり、教授の発明を前代未聞の異形から、或いは本来あるべき姿の、悪辣なマッドサイエンスへと貶めることさえあり得るアキレスの踵であった。昔の秋津であったならば、けして許可することは無かっただろう。
『ではでは、先ずは青葉さんからお話をお聞きしましょう。人間になったということですが、やっぱり変わったことはありますか!』
『そうですねぇ、艦娘特有の感覚ってのがやっぱり無くなりましたかね』
『というと?』
『ほら、艤装を付ければ動かし方はなんとなく分かるじゃないですか。でも人間になって艤装を付けると重くてまともに動かせませんし、使い方もさっぱり分からなくなっちゃったんですよね』
『あー、建造されたてでも動かし方までは分かりますからね。それすら分からなくなったと』
『ええもう、しばらくは違和感凄いんですよ。うっかり艤装付けようとして「あっそうだ私もう人間だった」って何度なったことか』
『それは、経験のある人程やっちゃいそうですねえ』
『足に落としたら痛いなんてものじゃすみませんよ』
『うっわぁ、想像しただけで痛くなってきた』
『まあやったこと無いんですけどね』
『無いんかーい』
からからと笑い声が聞こえる。重苦しい話を出来るだけ簡潔に、明るく、分かりやすく。ラジオという媒体は最善の答えだったのかもしれない。
「全部、想定通りというわけかね?」
「何のことだかさっぱりでありますな」
机の上に置かれたラジオの音量を上げた。伸びた灰を皿に落として再びニコチンを摂取する。横須賀鎮守府のとある一室。ここには秋津ともう一人の他には誰も居ない。
「そろそろ控えた方が良いのではありませんか? 山口中将ともあろうものがいつぽっくり逝くのか分からないのでは何処も気が気でないでありましょうな」
「それはまた今村の言いそうな小言だ。キレが増しているな」
「悪口雑言のキレを評価されても勲章にはならないでありますな」
昔であれば、山口の言葉に舌打ちの一つでもしていただろう。秋津はそんなことを思いながら再びゴールデンバットを口元へと運ぶ。
「あの阿武隈のところの提督。まさか後ろ盾が貴官だと知ったときは頭を抱えました。お飾りや勘違いの者どもであれば簡単に抱き込めたのでしょうが」
「そう苦手意識を持つこともない。私はそれ程厄介狸の顔はしていないつもりだよ」
「どうやら狸を図鑑で調べる必要がありそうですな。少々齟齬があるらしい」
山口大河。黎明期から提督業を勤め上げた名将であり、横須賀の二大金剛の片割れを抱える重役。そして使い捨てだった頃の艦娘に
その山口とラジオを肴に談笑している。それはつまり、物事に全て片が着いたことを意味する。
「とはいえ殆ど偶然でね。彼女の保護に私は何一つとして関与していない。なるようになった、としか言いようが無いな」
「人情家で助かったでありますなあ」
ラジオの話題はいつの間にか青葉から阿武隈へと移っていた。元の影響か喋りなれた青葉と違い、明らかに緊張した声は震え、舌も満足に回っていない。阿武隈の言葉はそれ故にストレートに人々の心に届く。
『あたしは、人間化の研究から逃げ出した艦娘です』
最初に放り投げられた爆弾。丁寧に導火線を切っていなければ、この時点でゲームオーバーだろう。
『
「今村の容態はどうだ」
「復帰は難しいでありましょうな。日常生活を送る分には問題無いようですが」
「まあ歳だからな。私もそうだが、寄る年波には勝てんか」
『艦娘の中にはもう何十年も戦い続けてきた子達も居るでしょう。仲間達を救えなかった人も居るでしょう。あたしの知らない、研究の為に居なくなった子達のことをどうか、憐れまないでください』
「長い、長い戦いだった」
「まだ終わってないでありますよ」
「だが終わりは見えた。三十年前を見てみたまえ。あの時代はあまりに重苦しかった」
「死ぬまで突撃。あの時代に産まれた艦娘は何を考えて玉砕していったのでしょうな」
消耗品であった艦娘を、存在から変えた男の言葉は重い。
『あたし達は、兵器です。でも、戦争が終われば兵器では居られなくなります。その時、人間として歩む道を選べるのは、みんなのお陰なんです。理不尽だと思うかもしれません。だけど、どうか
「演説家だな」
「激情家でありますな」
あれだけ恐れ怒っていた阿武隈と同じとは思えない。秋津は短くなった煙草を灰皿に押し付ける。彼女もまた、人間になるという欲に負けたのだろう。教授という存在の、胡散臭い立ち居振る舞いに似合わない純さにほだされたのだろう。
「さて、私はそろそろお暇させていただきましょう」
「最後まで聞かなくて良いのかね?」
「ええ、アレは私の立ち入ることが出来る世界でもないので、聞くだけ毒でありますよ」
秋津は席を立ち、帽子を被り直すと視線をラジオに向けた。そして、僅かに笑みを浮かべると部屋の外へと踵を返す。
その後ろ背中には、阿武隈の言葉が最後まで届いていた。
*
『あたし達は、未来を生きていくことを、バトンを託されたんです』
当時はもう少し膨らませるつもりだったのかも分からない