IS ―フォルテ・サファイアの日常<偽りの空・外伝>― 作:和泉
フォルテの初登校日、教室に入った彼女と最初に出会ったのは今年の入学生で最も注目されているであろう、ロシアの国家代表、更識楯無だった。学生という身分でありながら自由国籍を有しロシアの代表となる。さらには専用機を自身で組み上げ、入学時の成績も学年トップ、その上容姿端麗というのだからその注目ぶりも当然と言える。
できるだけ面倒事を避けたいと考えるフォルテにとって、彼女は間違いなくその面倒事を運んでくるであろう人間に見えた。
「ウチはあんたと違って目立ちたくないんスよ、主席さん……。だから正直、あんたの近くは勘弁願いたかったッス」
「ふ~ん、それはご愁傷様。でも、それはもう諦めた方がいいんじゃないかしら」
「ん、どういうことッスか?」
「それはね……、あ、ほら」
そう告げる彼女が指し示した先は教室の出入り口。
そこから入ってきたのは、まるでおとぎ話から出てきたようなどこか現実離れをした美しさを醸し出す少女だった。その髪は透き通るような銀色で、スラッとした背丈に細く長い脚。スタイルもまさに理想といえるバランスを保ち、何よりお姫様という例えがしっくりするくらい美しい容姿だった。
「し、失礼します」
彼女は表情はあくまで凛としているのだが、何故か一瞬躊躇した様子で教室に足を踏み入れる。しかし、その瞬間フォルテ以外のクラスメートも全て彼女に目を向け、クラスの雰囲気が一変して一気に静まり返った。その雰囲気に気圧されたのか彼女はやや苦笑いしながら一言だけ残し、自分の机へと向かう。
フォルテは彼女に見覚えがあった、というよりあの特徴的な髪は忘れようがない。その少女は、そこにいる楯無と共に主席として入学時に新入生代表の挨拶をしていたからだ。
そして彼女が向かった先は……フォルテの目の前の席だった。
(そ、そういうことッスか!?)
主席に挟まれる自分の席、という状況を悟ったフォルテはそのまま机に突っ伏し絶望した。
しかし、そんな状況でも入ってきた少女や後ろの楯無への視線の流れ弾を受けているのをフォルテは感じてしまい悶々とすることになる。
「はい、皆さん席についてくださいね。SHRをはじめますよ~」
そんな彼女を救うかのように、教師と思しき女性が教室へと入ってくる。緑色の髪に眼鏡をかけた、どこか幼さが残る女性だ。
しかし、すぐにフォルテは再び精神をすり減らす状況へと追い込まれることになるのだった。
(な、なんスかこの雰囲気は……)
先ほど教室に入ってきた緑髪の女性、山田真耶はこのクラスの副担任である。そんな彼女がまずは生徒たちに自己紹介を促したのだがどうにも反応が鈍く、非常に空気が重い。やや涙目になりながらも出席番号順に自己紹介を進めていく。いずれも無難なもので、淡々と進められてきたがフォルテの前の席、主席の一人の番になった瞬間に空気が一変する。
「
檀上で自己紹介を終えた彼女は、聖母のような微笑みを浮かべながら優雅に一礼する。直後にあがる耳を劈くような黄色い声。先ほどの空気は吹き飛び一転して騒がしくなる。『お姉さま』や『お嫁さんにしたい』など不穏な声も聞こえてくる。
と、同時にフォルテは頭を抱えた。何故なら紫音の次はフォルテの番、つまり彼女はこの空気の中で檀上に上がり自己紹介をしなければならないのだ。
本来であれば場を鎮めなければならない教師である真耶はオロオロするばかり。
(あー、もう勘弁してほしいッス……)
いつまで経っても収まることのない喧噪は、新たに入ってくる女性の一喝によって鎮静化する。
「うるさいぞ、馬鹿ども! 自己紹介すら満足に進めることができんのか、貴様らは! 西園寺、席に戻っていいぞ」
「は、はい。織斑先生」
スーツに身を包み、長い黒髪にキリッとした顔立ち。真耶と違い、いかにも仕事のできる女性といった風貌である。その証拠に先ほどまでの騒がしさは全くなく、教室は静まり返った。
「山田先生、遅れてすまない。さて、諸君。私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。1年間で君たちひよっこを使いものにするのが私の仕事だ。私の言うことは一言一句聞き逃さず理解し、実行しろ。逆らってもいいが相応の覚悟をもって逆らえ、いいな」
しかし、それもわずかの時間だった。すぐに紫音の時と同じくらいの黄色い声と不穏な言葉が飛び交い、より騒がしくなった。その状況に頭を抱える千冬だったが、すぐにフォルテに視線を向けてある意味での死刑宣告をする。
「このままでは自己紹介が進まん。次、フォルテ・サファイア。前に出ろ」
「えっ! この空気でって何のイジメッスか……!」
フォルテは若干の抗議の目を千冬に向けたものの有無を言わせぬ鋭い視線を返され渋々檀上へと向かう。
「え~、フォルテ・サファイアッス。一応、イタリアの代表候補生で専用機持ちッスけどそんなに気張るつもりもないんで適当によろしくッス。あ、日本のアニメとか大好きなんで趣味が合う人いたら仲良くしてほしいッス」
返ってきたのは疎らな拍手。これでは公開処刑である。
本来であれば代表候補生であり、専用機持ちの彼女はもっと注目されてしかるべきである。例年だと専用機持ちは学年に一人~三人程度がせいぜいで、今の二年では一人、三年に至っては専用機持ちはいない。にも関わらずこんな状況になってしまったフォルテは不幸という他ない。
「そもそも、出席番号が主席二人に挟まれてる時点で詰んでるッスよ……」
ボソッと呟く彼女の言葉が示す通り、この後はあの楯無の番である。注目度で言えば紫音を上回り容姿も淡麗で成績も彼女と同じ主席。それが導く結果は考えずともわかる。
「次、更識楯無」
「はいは~い」
千冬に指名された楯無はやや軽い口調で返し軽やかに足を進める。
「ロシア代表の更識楯無よ。近いうちに学園最強の生徒会長になる予定だからサインが欲しい人は今のうちにね。とはいっても皆と同じ一年生だから気軽に接してくれると嬉しいわ。以上!」
紹介の時まで口調は軽いが、内容は割ととんでもなく最強宣言をしたようなものだった。本人はそんなこと気にしないとばかりに、いつの間にか手に取った扇子を広げて微笑んでいた。その扇子にはなぜか『更識楯無』と書かれている。
そして三度となる黄色い声。よくもそれだけ声が出せるものだ、とフォルテは半ば呆れつつもその様子を見守った。
(あ~、なんか大変ッスね、彼女らも。他人事なんでどうでもいいッスけど)
これからの彼女の学園生活での立ち位置を予言するかのようなSHRを経て、フォルテは既に諦めの境地に至ったのだった。
波乱のSHRが終わり、授業が始まる。教壇に立つのは担任の千冬ではなく副担任の真耶。初日ということもあり、皆真面目に聞いているのだが……。
「サファイアさん、ここの部分は分かりますか?」
しかし呼ばれたフォルテからは返事がない。見た目は真面目に教科書を読んでいるように思えるが微動だにしていない。
「サ、サファイアさん……?」
やがて真耶は涙目になりながら再び呼びかける。無視をされたと勘違いしているのだろうか。しかし依然として反応のないフォルテに対して凶刃……ではなく出席簿が振り下ろされた。
「ぅあったぁ……ッス!」
死刑の執行者はもちろん千冬であり、本来出席簿と頭部の接触では鳴るはずのないような音が鳴り響く。対するフォルテは乙女らしからぬ叫び声を上げる。彼女が彼女たるための語尾も忘れずに付けた。
「初日から居眠りとはいい度胸だ」
「い、いや寝てたように見えて実は授業ちゃんと聞いてたッスよ!」
「ほぉ、なら先ほどの問いに答えてみろ。分からないようなら一週間この授業のレポート提出だ」
当然、本当に寝ていたフォルテに答えられるはずがない。そもそも出題の内容すら聞こえていていないのだから。
(だ、誰か! 誰か助けてほしいッス!)
困った彼女は周囲に助けを求めようとするが一斉に目を逸らされる。しかし、神は彼女を見捨てなかった。ふと、こちらを向いていた前の席の主、紫音と目が合う。
(助けてほしいッス、助けてほしいッス、助けてほしいッス)
このチャンスを逃すまいとフォルテは呪詛に近いレベルで念じながら視線を送る。紫音はやや困った表情を浮かべながらも、口の動きでその答えをフォルテに教えた。
結果的に、その答えは合っておりレポートは免除されたものの紫音が助けたことは千冬にバレていたようだ。
(た、助かったッス。紫音は命の恩人ッスね。それにしても出席簿であの攻撃力、さすがはブリュンヒルデ。本気で死ぬかと思ったッス)
その後、フォルテはひたすら紫音に感謝し、昼食を共にすることになり、それに楯無も同行する。その際に紫音と楯無が何やら不穏な空気になったものの、フォルテは昼食に夢中で気付かなかった。しかし、食べ終わるころには穏やかな雰囲気になり、それぞれが名前で呼び合えるほどには仲良くなった。
さらにフォルテの受難は続く。ようやく初日が終わり、帰りのSHRのみということになったのだが……。
「さて、初日がまもなく終わるわけだが、一つ決めなければならないことがある。自薦他薦は問わないが一年間は変更できないから慎重に選べ」
数日後に行われるクラス対抗戦を始めとしたクラス単位での行事などに携わることになるクラス代表の選出だ。他薦可能ということから、当然ながらこのクラスの注目の的である紫音と楯無の名が呼ばれる。そしてその中にフォルテを推薦する声も出たのだ。
結局、その三人のだれを代表にするかは決まらず、楯無が案を出した後日、総当たりの模擬戦を行って選出することが決まった。
(はぁ、面倒ッスねぇ。ま、楯無はともかく、紫音は未知数、どちらにしろ勝てるかどうかは微妙なとこッスね。クラス代表なんてやりたくないし、勝つのが難しいならせいぜい模擬戦を楽しむことにするッスか)
初日から主に精神面で疲労困憊となったフォルテは彼女にとって唯一心の休まる場所であろう自分の部屋へと戻った。そこでクラスメートでありルームメイトでもあるフィーと今日の出来事を話す。きっと彼女なら自分の苦労を分かってくれると信じて。
「さすがにあの状況はないと思うんスよ!」
「あふぅ、でもあの時のフォルテさんは借りてきた猫……というよりはハムスターのような小動物みたいにプルプルしてて可愛かったですよぉ」
「ウチの癒し空間はどこにあるんスか!?」
どうやらフォルテの心休まる場所はこの学園には存在しないのかもしれない。
今回もまだ導入部だったのでやや本編部分と被っているところが多いです。
徐々に本編主人公と別行動が増えてきます。もしくは、別立場からの描写などですね。