IS ―フォルテ・サファイアの日常<偽りの空・外伝>― 作:和泉
フォルテが立つアリーナの観客席には多くの生徒が訪れていた。もちろん、彼女を見に……ではなくその対戦相手の二人が主な目的だろう。
更識楯無と西園寺紫音、今IS学園で最も有名な二人である。
本来であればクラス代表を決める模擬戦はクラスの人間のみが観戦できるようにする予定だったのだが、話題の新入生の試合ということもあり学園側に要望が殺到。結局、公開の上に試合の模様は学園内のモニターにてLIVE放送されることとなった。
「はぁ、わかっていたッスけど完全アウェイなこの状況……勘弁してほしいッス」
実際、観客席から送られる声援はほとんどが目の前にいる対戦相手の楯無へ向けられたものだ。
『あら、そんなこと気にするなんて可愛いところあるのね』
ふと漏らしたフォルテの呟きに楯無が答える。
「別に、ウチは代表候補生だとかクラス代表だとか、変に期待されるのはお断りなんで別にいいんスよ。ただ、専用機持ちとして他の二人とここまで差があるのはさすがに凹むッスね……とはいえ、やすやすと負けるつもりはないッスよ!」
目の前にいる相手は、ロシアの国家代表。ただの候補生であるフォルテにとっては目指すべき場所。そこに同い年で既に立っている楯無に勝てると思うほどフォルテも楽天家ではない。
だがそれでも、譲れないものはある。いくら面倒なことが嫌いでも、普段は緩んだ生き方を心情としていても、IS操縦者である以上は相手に勝ちたいという気持ちだけは失っていない。
フォルテの専用機である『コールド・ブラッド』。
やや赤みがかった鋭い装甲は一般的なISと同様に四肢と頭部、そして腰回りを覆っているのみだ。 特徴的な背面に従える
小柄な体躯からは闘志が満ち溢れ、その姿も相まって狩りを始める肉食獣を彷彿とさせる。
一方の楯無の専用機、『ミステリアス・レイディ』はフォルテのコールド・ブラッドと同様にその装甲部は全体的に面積は狭く、小さいがそれをカバーするように水のような液状のものが、まるでドレスのようにフィールドを形成している。
また、ミステリアス・レイディにも同様にアンロック・ユニットが存在する。『アクア・クリスタル』と呼ばれるクリスタル状の物体だ。未だ彼女が公の場でそれを使用したことはなく、用途は一部の人間にしか知られていない。
『ふふ、それは楽しみね』
フォルテの気合に対して、悠然と宙で構える楯無。その手には大型のランス状の武装を手にしている。四連装ガトリンガンすらも内蔵している遠近対応型の武装『蒼流旋』だ。
それを見たフォルテは逸る気持ちを抑えつつ自身も浮遊して武器を構える。彼女が手に持つのはカスタムタイプのハンドガン『ルーチェ』。一般的なものと大差ないが、彼女用に微調整が施されたそれを二丁その手に持つ。
やがて試合開始のブザーが鳴り、二つの影が同時にアリーナを舞う。
蒼流旋のガトリングを横薙ぎに撃ちながら牽制する楯無に対して、フォルテはある程度のダメージを覚悟してイグニッション・ブーストで接近を試みる。
被弾しつつもルーチェの射程に入ったフォルテは瞬時に楯無の手元を狙うも、蒼流旋で弾かれる。しかしその動作で一時的に弾幕が止み、その隙にフォルテはさらに踏み込んだ……そこはブラッディ・ファングの射程だ。
「もらったーッス!」
超高速で相手を噛み砕くべく閉じていく四本の牙。しかし、そこにいるはずの喰らうべき相手は既にいない。
「なんとぉ!?」
それだけではない。閉じきった瞬間、四本の牙が閉じた中心に蒼流旋が突き立てられる。1mmのズレもない中心への圧力で、ブラッディファングを再び開くことが叶わない。
「でも、動けないのはそっちも同じッス!」
『えぇ、動くのは私じゃなくてこの子よ』
咄嗟にルーチェを楯無に向けて撃とうとするも、蒼流旋が高速回転を始めてブラッディファングを弾き飛ばしフォルテに突き刺さる。槍先がフォルテに到達したあとも回転は止まらず、それどころかガトリングによる射撃までも加えながら押しやっていく。やがてアリーナの端に到達し大きな衝撃に包まれたころにはフォルテのシールドエネルギーは0になっていた。
『それまで! 勝者、更識!』
わずか数分の出来事。あまりにも圧倒的な力量差。しかし、フォルテはそれに対して卑屈になることはなかった。
「あー、負けたッス。もう少しいい勝負できると思ったんスけどね~」
『ふふ、フォルテちゃんはちょっと直情すぎてわかりやすいのよ。もう少し相手を欺くことも覚えたほうがいいわよ』
「それは楯無みたいに腹黒になれってことッスか?」
『……身をもって教えてあげましょうか?」
「え、遠慮するッス」
いまだひと月に満たない付き合いとはいえ、その片鱗を見せつけられている身としては全力で拒否せざるを得なかった。
「さて、サファイアには酷だろうが連戦になる。30分の休憩後に次は西園寺との対戦だ」
アリーナから戻ったフォルテは、千冬にそう告げられる。元々くじ引きで戦う順番は決められていた。フォルテ対紫音が終わった後、最終戦で楯無と紫音が戦う形だ。その結果でクラス代表が決まる。既に一敗しているフォルテにとって、次の試合は絶対に勝たなければいけないのだが、元々クラス代表に拘りがあるわけではないのでプレッシャーは無い。最も、勝ちたいという気持ちは変わらないのだが。
「ん~、紫音がどれだけやるかわからないッスけど代表候補生としてあまり無様な試合はできないッスね。お偉いさんの逆鱗に触れて強制送還とか勘弁してほしいッス」
彼女も代表候補生として最低限の覚悟、責任感を方向性は微妙とはいえ持っているようだった。
「それが紫音の専用機ッスか」
楯無戦同様に、ルーチェを構えて待っていたフォルテに遅れて対戦相手がアリーナに入場してくる。そこに現れたのは漆黒の装甲に包まれた紫音だった。
『そうですね、月読です。今日はよろしくお願いしますね』
紫音専用機『月読』は一般的なISと比べて薄めではあるものの、ほぼ全身を覆っている。最も特徴的なのは、鱗のようなものが組み合わさって広がる背面のフィン・アーマーだ。
「紫音としては次の楯無戦の方が気になるところだと思うスけど……、楽はさせないッスよ!」
『ふふ、そんなことはないですよ。フォルテさんとの一戦も楽しみにしていました。こちらこそ、全力でいかせていただきます』
楯無戦では全力を出せたとは言えない結果、このままでは終われないとフォルテは先の戦い以上に気合を入れる。しかし、対する紫音は武器を構えることすらなく無手で佇む。フォルテはそれを訝しげに見ていたが、紫音曰くそれが彼女のスタイルらしい。
そして、試合開始のブザーが鳴る。
フォルテは先の失敗を鑑み、射程外で威力は期待できないことを承知で手に持ったルーチェで牽制を試みる。自分がやられたように、相手の行動を制限、誘導するものだ。試合の有利不利をなくすために、対戦していないもう一人は控室で待機し、試合内容を見ることができない。
それを承知しているがゆえに、二番煎じも有効なのだ。
フォルテの予想以上の速さと角度で、しかし思惑通りに紫音はイグニッション・ブーストで急接近をしてくる。想定を超える力量に若干の動揺はしつつも、自分の間合いに持ち込むために牽制を続けるフォルテ、やがてその時はやってくる。
フォルテの正面に向かってのイグニッション・ブースト。楯無戦で対処されたような停止状態からの回避とは違い、既にブラッディ・ファングの間合いで加速状態に入っている紫音に避ける術はない。
……それがISにおける常識だった。
しかし、紫音は月読はどうやら常識の埒外にいたようだ。
突如、別方向へのブーストがかかり牙の外側へと滑るようにスライドする。そのまま体を回転させ、加速と遠心力のついた裏拳をフォルテの後頭部に打ち込んだ。フォルテはその衝撃に顔を顰めつつもすぐさま手元のルーチェを戻して短剣型の武装、『グランフィア』の二刀流に持ち替えて斬りつける。
しかし、紫音は素手で応戦する。密着状態で牙を封じつつも手慣れた様子でグランフィアを捌きつつ的確に打撃を加えていき相手のエネルギーを奪っていく。自身を圧倒的に凌駕する零距離での戦いに業を煮やしたフォルテは、最後の賭けに出る。片手のみルーチェに持ち替え、牽制しながら距離を取り、牙の範囲に距離を取ろうとしたのだ。
しかし、その瞬間試合は決した。フォルテの敗北によって。
気づけばフォルテのエネルギーは0に、目の前の紫音はいつの間にか巨大な刀が握られておりその姿は既に振りぬいた後だった。
……すなわち、一瞬のうちに武装を具現化しつつ斬られていたのだ。
「はぁ、そんなの最後まで隠しとくなんて、紫音も楯無に負けず劣らずの腹黒みたいッスね」
『そ、そんなことないですよ。それに、そんなこと言っていいんですか? 楯無さんに言っちゃいますよ?』
「そ、それは勘弁してほしいッス!」
負けた悔しさはゼロではないが、フォルテはこの戦いに満足はできた……この後もなかなか辛辣な言葉を浴びせてくる友人や教師、クラスメートにフォルテは涙した。もっとも、そのほとんどは悪気のない天然発言だったのだが……。
最終的に、楯無が紫音を降しクラス代表の座を勝ち取る……が、その後なぜか楯無と生徒会長の橘焔との一戦が行われ、楯無が勝利。結果的に楯無が生徒会長になったため、クラス代表を辞退するという話になり、次点の紫音がクラス代表に内定した。もっとも当の本人は楯無戦後に気を失ってその事実を知らないのだが。
一方、フォルテは管制室の片隅でいじけていたところ、皆が試合に集中してもらい誰にも声をかけられずにいた。そして気づけばすべて試合が終わっていてそこには彼女以外誰もいなくなっていた。
「うぅ、みんなひどいッス! 人を推薦するだけ推薦しといて負けたらポイッスか!」
別に本気でそう思っている訳ではないのだが、あまりに理不尽な周りの対応に言わずにはいられなかった。
「こうなったら甘いもので心を癒すしかないッス……」
フォルテの心の癒し、それは甘いもの。中でもプリンは彼女の大好物だった。
「って、無いじゃないッスか! フィーのやつ、また人のプリン食べたッスね!?」
しかし、大事に冷蔵庫に保管してたはずのそれは時折姿を消す。学園の七不思議のひとつ……などではなく単に同居人に奪われているだけだが。
「うぅ……ん? これはフィーのゼリーッスね。いつも人の食べてるんスから、たまにはウチが食べたっていいはずッス!」
そう結論付けた彼女は、迷わずゼリーを持ち去り堪能したのだった。
そして数時間後。
「……私のゼリーを食べたのは誰でしょう?」
何食わぬ顔で過ごしていたフォルテだったが、冷蔵庫を開けたフィオナの一言で凍りついた。いつも言葉の最初に必ずつく擬音のようなものや、語尾の伸びのようなものが消えていた。普通の言葉を発しただけなのに、なぜかそれが言いようのない恐怖をフォルテに与えていた。
普段、彼女がプリンを食べられる度に憤慨するのだが何故かフィオナには強く出れない。そして今のフィオナにはもはや逆らう気すら奪う何かが宿っていた。
「い、いや。わからないッスねぇ。ウチのプリンもよく消えるんスよ、どこに消えてるんスかね?」
食べるときは開き直っていたものの、フィオナのあまりの変貌ぶりに耐え切れないフォルテは誤魔化しに出た。ゆったりと幽鬼のように動きだし、フィオナはフォルテの前に歩み寄る。恐る恐るフォルテはフィオナの方に向き直ると、張り付いたような笑みを浮かべるフィーがいた。
「あふぅ、フォルテさん。私は重大な発見をしたのですよぉ」
「な、なんスか?」
その様子にフォルテは動揺を隠しきれない。
「ふにぃ、私以外の人があのゼリーを食べると……鼻の頭にニキビが出るようですぅ」
「そ、そんなことあるわけ……」
と、言いつつ無意識に鼻の頭に指を這わすフォルテ。その瞬間、時間が止まる。
「うふぅ、確かにそんなことありませんねぇ。でもマヌケは見つかったようですよぉ」
「は、謀ったッスね! しぶいッス、まったくあんたしぶいッス! でも食べたのはお互い様ッスよ、ウチは悪くないッス!?」
もはや退路を断たれたフォルテは、再び開き直るしか手は残っていない。というより、そもそもフォルテのほうが正論ではあるのだが……。
「あはぁ、フォルテさんに日本に伝わるという素晴らしい格言を教えてあげますぅ。『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』、いやはや素晴らしいですねぇ」
「理不尽ッス!」
ジャイアニズム……もとい、フィオニズムの前では正論など無意味なのだった。
突き刺さる蒼流旋
「ひ、ひと思いにそのまま貫いて欲しいッス」
『NO! NO! NO!』
「ガ、ガトリングッスか……?」
『NO! NO! NO!』
「も、もしかして、りょうほうッスかー!?」
『YES! YES! YES!』
「ギャー、OH MY GODッス!」
楯無戦の決着場面で上のような展開が頭に浮かびました。病気かもしれません。
ということで、本編ややシリアス入っている影響こちらははっちゃけます、後悔はしません……多分。本編のほうは大きな変化がありましたが、こちらはこのスタイルで続けます。
本編がああいう展開だからこそ、本編主人公が続けられなかった立場をフォルテ視点が引き継ぎます。ですので、別の展開を期待されていた方にもこちらの作品を読んでいただければと思います。そして、本編もあの流れで面白いと思っていただける作品に仕上げたいと思っていますので気が向いたら覗いてみてください。