「どうだ、海斗? 我の側近として、お前を迎えてやろう」
「そらあ、ありがたい勧誘だが、なんだよ、この手錠に拘束具?」
突然だが、オレこと朝霧海斗は、とある豪邸の一室に監禁されている。
目の前には、歩く合法ロリ少女《九鬼紋白》と、金髪元気ハツラツ系爺執事の《ヒューム》が並んで立っていた。
そしてオレは、頑強な椅子に分厚い拘束具に身を包まれている。
少し力を入れるがビクともしない。例えこの拘束を無理やり壊したとしても、あの執事から逃れることはできないだろう。
「貴様が禁止区域出身だということは調べが付いている。そのような貴様が紋様と会話することなど、本来在ってはならない事だ」
「それで、この姿ねえ」
あまりの待遇で涙が止まらねえな。
さて。とオレは考える。
「海斗、確かにお前は、生まれも言葉遣いも態度も悪い。だが、ボディガードとしての才能は本物だ。どうだ? その才能、九鬼家のために使ってはみないか?」
どうして紋白がオレをボディガードにしようとしているか。
記憶を遡ること、約半日前。オレがあんな選択をしたから、この状況に陥ってしまったのだろう。
「海斗、本当に辞めるのだな」
何度も聞き飽きた台詞を繰り返す佐竹の顔を見据え、改めてオレは答える。
「いい加減にしろ。オレは約束の期限、一年この学校で過ごすことを守った。こっから先は、オレ自身が決める」
「……そうか。なら、これを受け取れ」
そう言いながら佐竹は、懐から分厚く膨らんだ茶色い封筒を取り出した。
「なんだ、それは?」
「なに。ここに一年拘束したせめてものお詫びの金だ」
「金って、んなもん俺はいらねえ」
正直言って、金というものには何の魅力も感じない。確かにあれば越したことには変わりないが、それ自体がオレを満たすわけでもない。
くれるなら何か面白い小説にして欲しい。
「この中に百万入ってる。これからここで過ごそうと、あそこに戻ろうと、これは必要だろ?」
「はっ、何がせめてものお礼だ。なあ、佐竹。どうしてオレをここに連れてきた」
「私は、お前なら立派なボディガードになれると、そう思って、」
「そんな台詞聞き飽きた。オレはお前の心の声を聞きたいんだ。もう一度聞く。なあ、何でオレをここに連れてきた?」
「……」
佐竹の表情は読みにくい。瞳を隠している黒いサングラスの所為で、表情の変化が今一つ読み辛い。
チッ、とオレは舌打ちをついた。
「じゃ、オレは行くぜ」
「海斗、私は……」
オレは数少ない自分の荷物を持って、佐竹の前から姿を消した。
とは言ったものの、オレはこの世界で行く宛も、居場所もない。
「しょうがない。取り敢えず、あそこ行くか」
今のオレには金がない。しかし、あそこなら、本屋でなら暇を潰せるだろう。
そう思い、オレは駅前にある本屋へと足を運んだ。
意外と良く言われるが、オレの趣味は読書だ。
本が好きになった理由の一つとして、オレは一年ほど前まで、禁止区域という法も秩序もない場所で暮らしていた。
その中で、オレにとって唯一の娯楽が本であり、それがこの世界、禁止区域の外を知るための一つだった。
オレは外の世界について、俺は強く惹かれていた。
禁止区域で手に入れられるものは全て手に入れたが、オレは外の世界では何も手に入れられない。
夢も希望も、未来さえもない。ただ一日一日を、欲望の赴くまま生きている。
だから本を読んで、禁止区域にない、夢や希望を、せめて自分の心の中で感じようと、そう思って本を読んだ。
この世界に一年いても、自分一人では何も手に入れられない。だからこうして、オレは本を読み続けている。
「……ん?」
文庫本を立ち読みしていると、突然背後から視線を感じた。
本を自然に棚へ戻し、視線をスライドさせると、そこには一人の少女を、何人もの執事服を着込んだ男性が護衛をしていた。
見る限り、少女がとんでもない金持ちなのだと、オレでも安易に予想が出来た。さっきの視線も、あの執事達のものだろう。
「はあ?」
と、次の瞬間、目を疑う光景を、見てしまった。
黒スーツの見た目まんまマフィア風の男性が十人ほど現れ、先ほどの執事達の近くに来ると、突然執事達に襲いかかった。
それに突然の奇襲に、良く反応した執事達は少女を守りながらマフィア風の男性と戦闘に入る。どちら側も武術に心得があるのか、良い勝負だ。
一人の執事が少女を安全な場所へ誘導しようとしたが、それが罠だった。
一般人に紛れ込んだ男性が、不意に執事の後頭部をハンマーのようなもので数回殴り、執事は倒れ、血溜まりが出来た。残された少女は、その男性の手により、黒い車に乗せられた。車の中には、白いスーツを着たマフィアのボスらしき人物もいた。
戦闘中の執事達も、少女を助けようと必死だったが、対峙するマフィアとの戦闘でいっぱいいっぱいで、とうとう少女は連れ去られてしまった。
突然の出来事で、周囲の人間はただ呆然と彼らを見ていた。誰も警察に連絡をしようとせず、少女を助けることもしなかった。
全員、何かのドラマ撮影か何かだと勘違いしているのかもしれない。しかし、そう思ったのなら間違いだ。
何故ならば実際にそこで執事は、もう死んでいる。打ち所が悪かったんだろう。
そういえば、今思い出した。
小説で、確かこんな感じで始まる小説があった。
その小説では、誘拐されそうな少女を、たまたま居合わせた浮浪者が助けることが切っ掛けとなり、その浮浪者の人生が好転していく物語。
オレは、何故か駆けだしていた。
どうしてか、と問われたらオレは、あの少女を救うため、と答える。
そして、何故? と問われたら、オレはこう答える。
オレは望んでいた。 こんな小説の世界みたいな非日常を。
駆けだしたは良いが、既に少女を乗せた黒い車は走り出した。
黒い車は法廷速度を無視して、猛スピードで誘拐現場から遠ざかろうとする。しかし、オレも負けじとポケットからピッキング用具を取り出し、駅前に駐車されていた普通バイクの鍵穴に差し込んだ。
バイクは直ぐにエンジンが掛かり、黒い車の追跡を開始した。
追跡を初めて約一時間半。車は人通りが少なく、曲がりくねった山道の一本道だったお陰なのか、オレの追跡がバレずにとある倉庫までたどり着いた。
その倉庫は何十年も使われてないのか、建物自体錆び付いており、ツタのような植物が建物の外装を覆っていた。
オレは、倉庫の敷地外から車を観察する。
すると、社内から手錠をされた少女を白いスーツを着た中年男性が無理矢理連れて行く。
倉庫の外に、誰もいなくなったことを確認して、俺は倉庫の外側をじっくりと観察した。
倉庫の敷地内には車が3台。内1台は先ほど少女を連れ去った車。そして倉庫は何十年も使われてないことが明らか。と、なると、あの2台の車は誘拐犯の仲間であることは間違いない。
駅前で執事と戦った他の奴らは、ここには来ないだろう。少女を誘拐した後、何台もの車でここに来ることは危険すぎる。出来るなら1台で来るのが望ましい。
車の台数からして、敵の数は10人前半。それ以上もそれ以下もないだろう。
オレは出来る限り自分の存在感を消して、倉庫へ侵入した。
「ははは! これで俺たちも大金持ちだ!」
少女を誘拐した男達は、浮かれているのか大声でしゃべっている。
「まさか本当に、あのヒュームとクラウディオが不在だなんて、信じて見るもんですね、ボス」
「そうだな。まさか九鬼家従者の最強の男がいないうえ、しかもこの小娘の今日一日のスケジュールが本物とは。あの情報屋は使えるな」
ギャハハハハッ、と下品な笑いの中、一人だけ怒りの表情を露わにしている者がいた。
九鬼紋白だ。
彼女は九鬼家の次女であり、見た目は小学生か中学生ほどの幼い容姿であるが、既に九鬼家のスカウトとして活躍を見せている。
人の才を見極めることに長けたその洞察眼は、ある意味、彼女の才能の一つと言えよう。
彼女は現在、手錠に、口にはガムテープが張られており、身動き一つとれない。
「ん? どうしたのかな、お嬢ちゃん? 怖がらなくても、オジサン達はお金を貰えたら、お嬢ちゃんを解放するよ」
嘘だ、と紋白は悟った。
この手の輩は、取引が成立しても、顔を見た自分を殺すと相場が決まっている。
彼女が生かされているのは、単にお金を巻き上げる九鬼家に、その安否を確かめさせるだけの道具に過ぎない。
悔しさがこみ上げてきた。
彼女の姉、九鬼揚羽は武道の達人であり、かの有名な武神《川神百代》と渡り合え、この程度の連中であれば、軽く捻り潰せる。
しかし、紋白にはそのような力も、技術もない。故に実の姉に出来ることが、自分に出来ないことが、とても悔しかった。
まだ自分は、九鬼家のお荷物に過ぎないことだと、実感していた。
不意に、男達の背後に、一人の男性の姿が見えた、ような気がした。
断定できない。確かに自分の瞳では見えているはずなのに、何故か彼が、そこにいないような錯覚を感じた。
なんだ、この感覚は?
紋白がそう思っていた瞬間、彼の姿がはっきりと認識できるようになった。
どこかの会社に勤めているかのようなフレッシュなスーツ姿の男性で、年齢は自分の兄と同等くらいかそれ以上。青がかった髪に、猛禽類のように鋭い目つきが特徴的だった。
彼は、近くにいた誘拐犯の一人をアッパー気味に殴った。
殴られた誘拐犯は、宙を舞った。まるで、重力がないかのように、高く、高く飛んだ。
「な、誰だてめえは!? ぶっ殺せえ!!」
呆気に取られていた誘拐犯達は、ボスの命令でハッと我に返り、慌ててナイフや鉄パイプを手にした。
しかし、それ以上に速く、彼は次々に誘拐犯達を葬る。
急所という急所を突き、誘拐犯達は倒れていく。彼の構え型に、その戦闘スタイル、どこかで見たような気がした。
十人以上いた誘拐犯が、あっという間にいなくなり、残りは紋白とマフィアのボス、そして紋白をさらった私服の男性のみとなった。
ボスの方はあまりの事態に状況を上手く飲み込めず、放心状態となったが、直ぐに我に返り、懐からあるモノを取り出す。
「こ、この九鬼の犬が! それ以上近づいたらこれでてめえの頭をかち割るぞ!!」
一丁の自動式拳銃が海斗を捉える。これで形勢逆転できたと安堵の笑みを浮かべるボスだが、それに対して海斗もおかしそうに笑みを浮かべた。
「く、くくくっ」
「な、何がおかしい?!」
「いや、すまないな。ついおかしくて。……お前、人殺したこと無いだろ?」
「な、何言ってんだ?! お前、これが目に入らねえのか?」
不気味な得体の知れない恐をボスは感じた。
「ズレてんだよ。お前は人を殺せる力を持っているのに、何故それをオレに向けるだけで、使わない? その女を助けに来た奴は殺した方がいい。オレを生かす理由はどこにある? 分かってんだろ? 自分が人を殺せない小せえ心の持ち主ってことに」
「ズレてんのはてめえだ!! まだそんな戯れ言言ってんのか! 本当に撃つぞ?!」
「本当に撃てよ。最も、そんなに手が震えてんじゃ、俺には当たんねえけどな」
ボスは言われて、目線を男性から自分の手元に下げる。自分の手が震えているのに気が付いた。そして、気が付いた瞬間には、既に彼の手によって意識を失っていた。
「く、来るな! それ以上来たら、こいつを殺すぞ?!」
そう言いながら私服の男性は紋白を左手に、右手にはナイフを握り締めていた。
それに対して彼は、またしてもおかしそうに笑った。
「お前、何か勘違いしてるだろ?」
「か、勘違い? 九鬼の犬が、何をほざいて、」
「そうだ、それが勘違いだ。オレは、九鬼の犬だかなんだか分からねえ輩じゃねえし、オレはそいつを助けるのが目的じゃねえ」
それに、と彼は続ける。
「切り札ってのは他の手札と組み合わせ方や切り方、そして使い方によって、その効果は倍増したり、半減したりする」
「な、なにを、」
「刃物を使うのは確かに正解だ。さっきの奴みたいに銃を構えても、それに動じない人間が多数だ。銃というのはこの世界の住人にとっては幻想の代物。現実的かつその怖さを知っている身近な刃物を使うのは正解だ」
「だったらわかるだろ?! この女がどうなってもいいのか?」
「お前の誤算は、その刃物を恐れない人間もいるということだ」
紋白の顔面とナイフの間に彼の拳が割って入った。彼女を守るように、その拳は一筋の血をまき散らしながら、私服の男性を捉えた。
「助けはしたものの、これ、どうすりゃいいんだ?」
気絶したマフィア全員を倉庫の隅で埃を被っていたロープで縛り上げた。そして拳銃は証拠になるものなので、弾だけを取り出してマフィア達の傍に置いてきた。
額に×の傷が付いた少女を見下ろす。
取り敢えず、手錠が邪魔だな。
オレはピッキング用具を取り出して、手錠の鍵穴に突っ込む。
数秒で、片方の手錠を外し、もう片方も外す。
すると少女は自分の口周りに張られているガムテープを剥がした。ガムテープの跡が残っており、何だか可愛らしく見える。
「フハハハハーーッ! 世話になったな! 我の名前は九鬼紋白。気軽に紋様と呼ぶがいい!」
「気軽に様付けって、すんげー偉そうだな」
「む、我のことを知らぬのか。我は九鬼財閥当主、九鬼帝の娘であるぞ!」
「なに、お前ってすげえ偉いの?」
「わ、我を、九鬼財閥を知らぬのか?!」
紋白は非道く驚いた表情でオレを見る。まるで未確認の珍獣を発見したかのような、そんな表情だ。
「ああ、知らん。なんだ、クキって。サクサクして美味しそうだな」
「クッキーではない! 九つの鬼と書いて九鬼だ!!」
「じゃあ植物の、」
「その茎でもない! なんだ、我を愚弄しているのか?!」
「分かった分かった。九つの鬼で、九鬼だろ。覚えた」
「ふん、分かればいいのだ」
しかし、九鬼家ねえ。聞いたこともないな。
この紋白の態度や、駅前での執事軍団を見る限り、かなりの金持ちだな。
「しかしなんだ、金持ちってのはどうも態度が偉そうだな。その辺のチビガキにしか見えないのに」
「お前も相当偉そうだぞ?!」
「あ、やべ、わざと心の声漏らした」
「わざと?! 今わざとと言ったか?!」
しかしながら、こっからどうすればいい?
オレが乗ってきたバイクはガス欠寸前。マフィアの車はあるが、オレは車の運転をしたことがない。
したことはないが、本で車の運転の仕方は知っている。しかし、それは危ないだろう。
オレとしては、一刻も早くここから離れなければならない。
今のオレは戸籍がないうえに、警察がオレの素性を調べれば、いずれ禁止区域出身だということが分かってしまう。
「じゃ、紋白。オレは急いでいるから」
「待て、一つ聞きたいことがある。お前、名前は何と申す」
面倒くさいな、と思いながらオレは答える。
「オレは昆布豆豆太郎」
「……は?」
「昆布豆豆太郎だ。気軽にお豆さん、豆ちゃん、なんとでも呼んで良いぞ」
「こ、こんぶまめ?」
「お前、今一瞬変な名前だなって思ったろ?」
「は、いや、どうかんがえても偽名、」
「おいおい。偉い奴は変な名前だからって、偽名って決めつけんのか? 偉い奴には分からないだろうが、平民はこういった名前をした奴も一杯いんだよ」
「そ、それは悪かった。そうだな、世界は広いから、豆太郎みたいな名前の奴も、いるのだろうな」
少し納得のいかない表情を浮かべる紋白。
「分かればいい。因みにオレは豆太郎だなんてふざけた名前じゃない。朝霧海斗だ」
「ぐぬぬぬぬっ、どこまで我を弄べば気が済むのだ!!」
紋白は顔を真っ赤にしてオレを睨みつけるが、その幼い容姿と相まって、なんだか可愛らしく見える。
それにしても弄ぶって、なんか誤解されそうな感じの言葉だ。
「名前も名乗ったし、これでサヨナラだ。あとはお前一人で、って、なんだ、ありゃあ」
どこからともなく、軍事用と思われる両脇に銃火器を携えたヘリコプターが空の彼方から現れた。
しかも驚くことに、そのヘリコプターがこちらに向かっているかのように見える。
いや、確実にこちらへ向かっている。
あのヘリコプターに乗っている者の殺気が、オレに突き刺さる。
誰だ? 一体誰があれに乗っている?
ヘリはオレの真上、約500m上空で停滞している。
そして、一つの陰が降ってきた。
その陰は、人の形をしていた。
しかも最近見かけた、そう、この少女と共にいた、あの執事服だ。
執事服とその抑えきれない殺気を身に纏った、人間の形をしたナニカが、降ってきた。
「紋様、ご無事で何よりです」
降ってきたナニカは、顔のシワや声の印象から軽く五十は越えていそうな爺だが、その肉体は完璧と言っていいほど完成されており、行動の一つ一つに隙がない。
そして何より、その隠しきれない殺気が、オレを射抜いている。
「うむ。ご苦労だ、ヒューム。姉上の用事は済んだのか?」
「はい。予定より早く切り上げて参りました。……それで、この男は?」
「朝霧海斗、我の命の恩人だ」
ほう。と、ヒュームと呼ばれた男性は俺をまるで品定めをするかのように観察した。
「ふん、それなりに鍛えているようだな。そこら辺の武道家では歯が立たないほどに。
俺から見れば赤子同然だがな」
主人も偉そうなら、その従僕も偉そうだ。
まあこれで紋白の保護者も来たわけだし、さっさとこっから退散するとしよう。
「ヒューム、早速だが一つ、頼みがある」
「なんなりとお申し付けください」
「海斗を我が九鬼家に迎える準備をしろ」
「畏まりました。早速準備を始めましょう」
そう言うと、ヒュームは懐から小型通信機を取り出し、誰かと交信する。
「いや、ちょっと待て。なに本人の承諾無しに話を進めてんだ」
何の前触れもなく普通に俺を九鬼家に迎えるって、何を考えてるんだ? もしやこいつ、さっきまでイジってたことを恨みに、俺を拷問にかけようとしてんのか?
「承諾か。それは必要ないであろう」
「は? 必要ない、だと?」
「そうだ。我は憐桜学園に今年入学する。それに、朝霧という名で思い出した。朝霧海斗、憐桜学園ボディガード科2年出席番号1番。成績は下から三番目で素行不良者」
淡々とオレの学園での素性を語る紋白。そんなことまで覚えるなんて、暇人なのか、それとも天才なのか。
「確か海斗は、まだ正式な護衛対象者《プリンシパル》がいないであろう」
「いないっつーか、もう学園辞めたし」
「そこで我が特別に、学年は違うが我のボディガードにして、って、辞めた?!」
「ああ、辞めた。辞めて町をブラブラしてたら、偶然お前が誘拐されたのを見て、助けた」
「そうか、辞めたのか。では一つ聞くが、何故ボディガードを辞めたのだ?」
「別に。ただ、オレには合わなかったって、そう悟ったんだよ」
合わない? と紋白が首を傾げる。
そして少し考える素振りを見せて、紋白は口を開いた。
「合う合わないはこの際置いておこう。
海斗、お前には才能がある。ボディガードの、な。
それは我が保証しよう。その才、捨てるには惜しい。
そこで相談なのだが、我のボディガードにならぬか?
金が欲しいのなら、それ相応のを額を用意する」
「いやだ」
「そうであろう、九鬼のボディガードになるなど、全世界のボディーガードの目標でもあるからな。なれて誇らしいであろう―――――――――――――――――って、即答だと?!」
おお、大財閥の少女がノリツッコミか。中々面白いやつだ。
「だいたいオレは金には興味がない。いくら積もうと、オレはボディガードにはならねえよ」
「そうか。それなら我にも考えがある。ヒューム!」
紋白がそういうやいなや、ヒュームはオレに向かって殺気を飛ばす。おいおい、別にオレ、この爺とやり合うつもりは毛頭ない。
仕方ない、適当に相手をして逃げるか、と構えを取ろうとしたが、オレの身体が言うことを聞かない。
「なんだ、これは」
よく見れば、オレの身体の至る所に細い糸のような物が絡み付いていた。
一体誰が、いつの間に仕掛けたんだ?!
「ふん、余計な世話をするな、クラウディオ」
「いえいえ、貴方とこの少年がやり合えば、下手をすればこの少年が死にますよ」
どこからともなく銀髪に眼鏡を掛けたこれまたヒュームと同じくらいの爺が現れた。
それにしても、
「おい、誰が死ぬって言った、オッサン」
一歩、俺は足を踏み出した。
「馬鹿な、その状況で身体を動かせるわけがない。仮に動いても、激痛で気を失ってもおかしくないはず」
「ふ、面白い。俺とやり合おうというのか?」
「誰が死ぬだって? その前にお前等二人とも、オレが殺してやる」
オレはもう一歩、足を踏み出す。身体に絡み付いた糸がオレの肉に食い込む。
確かに体中がイテえ。糸が食い込む部分から血が流れ始める。この糸はオレの想像以上に固く、頑強に絡められている。まるでここでオレを捕えることを予想していたかのような用意周到さだ。オレの力でも、たぶん、これ以上は前に進めない。
「ヒューム、これ以上海斗を傷つけずに捕らえろ」
「承知した」
そう答えると、ヒュームはオレに向かって距離を詰める。
オレは当然身体に絡まった糸の所為で、それに対しての反応が遅れた。
ヒュームはオレの目ですら捉えることが難しい速さで拳を放つ。その拳は容赦なく俺の腹部にめり込み、胃液が喉の奥までこみ上げてきた。口の中は胃液で気持ちの悪い味が広がる。
たった一撃で、オレの足が震え始めた。ダメージが思った以上に重い証だ。
「ぐ、テメエ、ふざけんじゃねえぞっ」
「ほう。まだ動けるか。中々タフな奴だ。だが、次で終わりだ」
そう言うと、腹部にまた衝撃が走り、オレの意識はそこで途切れた。
そして最初の、あの場面に戻る。
紋白は熱心にオレをボディガードになるよう説得するが、オレはそれに首を縦には振らない。
互いに互いの要求を呑まず、平行線な会話が続く。
すると突然、この部屋唯一の出入り口であるドアから、ノックの音が聞こえた。
紋白が「入れ」と一言言うと、ドアノブが回って、ドアが開いた。
「半日振りだな、海斗」
「佐竹、テメエか」
この一年で見慣れたスキンヘッドに瞳の奥を隠す黒いサングラス。こんな奴はこの世に二人といないだろう。
「驚いたぞ、海斗。誘拐された紋白お嬢様を助けたそうだな。ようやくお前も、ボディガードとして自覚を持ち始めたみたいだな」
「んなわけあるか。ただの気まぐれだ」
「ふっ、だが一人の人を助けたという事実に変わりはないだろう? 一年前のお前と比べれば雲泥の差だ」
「……随分と嬉しそうな顔だな」
佐竹が言うことも確かだ。一年前のオレならば、紋白のことは放って置いて、助けに行くはずがないだろう。こっちに長く居た所為で、少しオレも毒されてきたか。
「佐竹、ここに呼び出したのは他でもない。海斗の退学を取り消し、そして我のボディガードに登録を頼む」
「はい。私には異存ありません。紋白様の言うとおり、海斗は非常に優秀なボディガードです。その才能を殺さないですむのなら、喜ばしいことです」
「おい、人を無視して話を進めんな。
とにかくオレはボディガードなんてゴメンだ」
って、ちょっと待て。
「おい佐竹、なんで紋白がオレの素性について知ってんだ」
「それは以前に一度、紋白様に我が校の訓練生の名簿を見せたからに決まってるだろ」
「違う、そっちじゃねえ。オレが禁止区域出身だということだ」
「なんだと。……それは本当ですか、紋白様」
いつもポーカーフェイスの佐竹が、今回ばかりは驚きの表情を隠しきれなかったようだ。
紋白は無い胸を張って、高らかに答える。
「海斗の戸籍情報は、この日本に存在しなかったことは、既に調べについている。我が九鬼家は日本の政界でも権力を有している。このくらい造作もない。
ここに来る間に海斗の身体についても調べた結果、肉を削がれた跡や、人為的に付けられた火傷の跡などが多数確認できた。
以上の条件に当てはまる海斗の正体は、禁止区域出身の者であろう」
「…………」
幾ら世間に疎いオレでも分かった。この九鬼家というものは、オレの想像以上に巨大な権力を有している。佐竹がこんなガキに敬語を使う理由が少し分かったような気がする。
佐竹は頬がひきつり、動揺を隠せないようだった。
「安心しろ、佐竹。我もヒュームも、このことを公にするようなことはしない。お前も、海斗の才能に惚れたのであろう」
「……その通りでございます」
「では佐竹、下がって良いぞ」
「はっ、ありがとうございます」
紋白に言われるがまま、佐竹は部屋から出ていった。
「ではもう一度、海斗に問おう。我のボディガードにならぬか?」
「はん、死んでもやらねえよ」
「ならば、これと引き替えにどうだ?」
ヒュームが小さな小包みを紋白に手渡した。
紋白は梱包を剥がし、その中身をオレに見せる。
その小包みの中身は、
「大久保ブーデの育成方針殺人事件?」
「なんだ、海斗は知らぬのか? 読書が趣味というので、交渉材料になんとなく取り寄せてみたのだが」
「残念だが、そんなんじゃあオレの心は乱せねえよ」
めちゃくちゃ読みてえ!!
え? なんでミステリーの巨匠、大久保ブーデの《育成方針殺人事件》があんだよ?!
あの大久保ブーデがとある事情で発表しなかった幻の作品だぞ?!
どうする? 今からでもやっぱボディガードやりますって言ってもいいかな?
「ではヒューム、この本の処分を頼む」
「よろしいのですか?」
「構わぬ。海斗が要らぬと言うのなら、もう必要のないものだ」
そして、ヒュームは《育成方針殺人事件》を持って、部屋から出て行った。
ああ、《育成方針殺人事件》が……もう一生この目で見れないんだな。惜しいことをした。
「さて、海斗。二人っきりになったな」
「わ、わたし、はじめてだからやさしくしてね」
「何をだ?」
「……いや、何でもない。忘れてくれ」
伝わらないボケほど悲しいものはないな。下ネタに関してはあまり分からないのか?
「改めて言うが、オレはボディガードなんかになるつもりはない」
「何度も聞いたことだが、もう一度聞こう。それはどうしてだ?」
「いや、語弊があったな。オレは、お前みたいな奴の護衛はやらねえ。
理由を聞きたいか? それは、お前が嫌いだからだ。
人の過去を詮索するだけ詮索して、才能があるから自分のボディガードなれだあ?
アホか。お前がオレを雇いたいのは、才能を潰したくないからじゃねえだろ? 嘘吐きが。
分かるんだよ、お前の表情に声色、そして気配でな。
オレを雇いたいのなら、どうしてオレを雇いたいか、その本心を言って見ろっつーんだよ」
「……そうか、海斗は分かっていたのか」
紋白は悲しそうな顔で無理矢理笑おうとしながら、オレを見る。
「確かに、我が海斗を雇いたい理由は、才能を潰したくないのが目的ではない。九鬼家を繁栄するためでもない。
我は、母上に認められたいのだ」
淡々と、紋白は語った。
元々紋白は、九鬼家当主、九鬼帝と妾の子として生まれ、今の母に認められたい。その一心で、自分の出来ることを精一杯、全力を尽くして九鬼家に貢献しているそうだ。
「最も、我はまだまだ九鬼家のお荷物だ。今回のように、な。
だから、一人でも多くスカウトをしなければならない。だから、頼むっ」
紋白は、恥も外聞もなく、オレに向かって土下座をした。
あの偉そうな態度とは対照的な、必死な表情だった。
「我は、ヒュームやクラウディオがいなければ、何も出来ない子供だ。だが、ヒュームもクラウディオも、四六時中我に付くことは無理だ。
だから、海斗。我の、我専属のボディガードになってくれぬかっ」
その姿を見て、オレは何か、心の奥が動いたような気がした。
「はあ、分かった、分かったよ。お前のボディガードになってやる」
「ほ、本当か」
ガバッ、と勢いよく顔を上げる紋白。その顔は嬉しそうに笑っており、若干目が潤んでいた。
「ああ。但し、条件がある」
「わかった。何でも申すがよい。我が出来ることならば、何でもやろう」
「オレが憐桜学園を卒業するまでだ。それまでに、俺以外の優秀なボディガードを見つけろよ」
「卒業まで、か。ま、まあ良いだろう。承知した。それまでに海斗が九鬼の従者になりたいと言わせるようにしてやろう!」
我ながら変な安請け合いをしたと思う。こんな子供の涙に気持ちが動かされるなんてな。
まあ、良いだろう。
この家からは、あのヒュームやクラウディオ以外にも、面白そうな奴の気配がするし、ここで暇を持て余すことはなさそうだ。
ここで二年間、過ごすことになるのか。
「あ、言い忘れていたことがもう一つ。あの大久保ブーデの《育成方針殺人事件》見せてくれ」