久しぶりに学園に行く前、私は母のもとへ行った。
私の母は、現在大病を患っており、現代の医学でも完治するのは難しいもので倉屋敷系列の病院に入院している。
最新の設備を有しており、現代医療の最先端技術が結集した病院でもある。
「久しぶりね、和葉。研究は進んでいるの?」
金髪にショートカットの、とても一児の子を持つ女性に見えないメリハリのあるプロポーションに若々しい顔。私と並んで歩くとご姉妹ですか? と聞かれるほどに母さんは若々しかった。
倉屋敷亜希子《クラヤシキアキコ》。これが私の母さんだ。
「ボチボチだ。今日は少し訊きたいことがある」
「あら、和葉が私に質問だなんて何年ぶりかしら」
ニコニコと笑顔を絶やさない母さん。とても病人には見えないが、私の前だからと無理をしているのだろう。
その体は、病魔に蝕まれているというのに、娘の前だからって気丈に振る舞っている。
「海斗という名前に聞き覚えはないか?」
「海斗? …………ごめん、聞いたことないわ。もしかして、和葉のこれ?」
と母さんは右手の小指を立てる。意味は分かる。全くくだらない質問をする。
「馬鹿なことを言うな。そんなもの、私は興味ない」
「もう興味もあっていい年頃なのに、お母さん残念だなぁ…………で、その子がどうしたの?」
「何となくだ。母さんは何か知ってると思って来たんだが」
実際半分は母さんに会うための口実だ。この年になって、母さんに会いに来ることが少し恥ずかしくなっている。
今はこうして元気だが、一時期死ぬか否かまで容体が悪化したことがある。奇跡的にここまで回復したが、医者の話でも、そう長くはないらしい。
まあ感傷に浸るなんざ私の性に合わないが、たった一人の家族なんだ。感傷に浸りたい時だってある
「ふうん。海斗くんねえ。苗字は分かるの?」
「朝霧だ。朝霧海斗。私が通っている憐桜学園の同い年だ」
「朝霧……」と母さんの表情が一瞬険しくなる。やはり知っているのか?
「その子の写真とかないの?」
「ああ。侑祈の記憶データを読み込んできた」
私は海斗の画像データが映ったタブレットPCを母さんに手渡した。それを見た母さんは、どこか懐かしそうに、そして嬉しそうに微笑んだ。
「そっか。どんな理由か知らないけど、雅樹くんの子、こっちに来てるんだ」
「雅樹くん?」
「あ、気にしないで。ただの独り言。それで、和葉はこの子をどうしたいの?」
「どうもしない。単に興味を持っただけだ」
ふーん、と母さんは意味ありげにこちらを見る。どうも調子が狂う。
「そうねえ。和葉はお父さんの記憶ってある?」
「あるもなにも、母さんがいつの間にか一人で私を生んだんだろ? 父親が誰であるか、誰にも言わないで」
「そうだけど、実は一度だけ、あなたお父さんと会ったことあるのよ」
「へーそうか。でも、それがこいつと何の関係があるんだよ」
「それは、」
ゴクリ、と私は唾を飲む。
やはり、私の仮説は外れていなかったようだ。
「教えなーい」
ガクリ、と私は少しずっこける。相変わらず過ぎて本当に病人なのか分からなくなってしまう。
「これについては私は何も答えられないわ。知りたければ、自分で調べなさい。和葉はそういうのが好きなんでしょ?」
「それは興味持ったものだけだ…………まあ、今日母さんと話した所為で、益々こいつに興味を持ったけど」
朝というものはどうして毎日訪れるのだろう。オレは本を読んでいたいだけなのに、いつの間にか朝となっていた。
一生明けない夜を迎えれば良いのにと真剣に思ってしまう。
オレはふと、扉の向こうに李の気配を感じた。
ギイッ、と扉が開くと、そこにはいつもなら何かしらの暗器を持っているはずの李が、手ぶらで立っていた。
「手ぶらと言っても、手でブラジャーではありませんけどね」
「オレの心を読んで寒いギャグを言うな! オレまで詰まんない奴だと思われるだろ!」
最近気づいたのだが、李は良くギャグを言うが、どれもこれもくだらないものだ。あまりにもくだらなすぎて、一周して笑っちまうぐらい。
「つーか、今日は何でここで何もしないで突っ立ってるんだ?」
「海斗さんの隙を窺っていたのですが、中々隙が無かったので、ここで一夜を過ごしました」
「隙だらけだったろ。本を寝ずに読み明かしてたんだからよぉ」
「最近気づいたのです。海斗様は常に臨戦態勢、というよりどのような状況においても、どのような攻撃に対処できる判断力が備わっています。寝ている時も、食事の時も、風呂で股間をブルンブルン振り回しているときも」
「お前、あれ見てたのか?!」
「冗談です」
というか本当にやっていたのですか? と汚物を見る目つきでオレを見つめる李。
「くっそ、騙された」
「それでは海斗様、お食事にしましょうか」
と李はくるっと正確に回れ右をした。
瞬間、オレは一歩後ろへ後退する。
オレの正面でヒュンッと鋭い音と微かな風が発生した。多分、あのクラウディオとかいう執事が使った強靭な糸と同じものであろう。
李の髪の毛に数本仕込まれており、普通の人であれば顔面が横に綺麗に三等分になっていただろう。
「良くも飽きずに、こう趣向を凝らして暗殺するな」
「クッ、やはり駄目でしたか」
「この前よりは殺気は抑えられてたな。それにしても、お前本気でオレを殺しに来たな」
躊躇することなくオレを殺しに来たのは今回が初めてだ。それだけ李は本気になっている証拠だろう
「本気で無いと、意味ありませんから。これで15回、海斗様は私の暗殺を防いでいます。そしてその内の11回、逆に私が殺されかけました」
「ほう、それでやっと本気になったって訳か。ちょっと遅かったんじゃないか?」
「はい。現場から遠ざかり、九鬼で暗殺をすることなんてそうそうありません。能力的には暗殺者やっていた時より数段上がっていますが、それが原因で暗殺を甘く見ていたのかもしれません」
「そうかい。全く面倒な奴に絡まれちまったもんだ」
そう言ってオレは李に強靭な糸の一本を手渡した。
「?! 一体いつの間に――」
「そんじゃ、飯に行こうぜ。今日の飯は何だったかなぁっと」