「よう、別嬪さん。最近外の様子はどうだい? そろそろ目に見えるくらい、この街での異常が増えてきただろう?」
日が射す窓はなく、唯一の出入り口は指紋認証及び遺伝子認証を取り入れた最新の鍵が掛かっている鉄格子の中に、あの男がいた。人権など無視された独房を居心地の良さそうに寛ぎながら、鉄格子の向こう側にいるスーツを着た二十代中盤の女性と、刑務員の男性がいた。
刑務員は独房の中にいる、ろくな身動きも取れない男を監視している。
そして女性の方は、男との会話に専念している。
「確かに、あなたの言うとおり、この暁東区での総合犯罪件数が急激に上昇しているわ。でもまだ、あなたの言う事を信じるに至らないわ」
「そう言ってられるのも今のうちだぜ? まだあの法案が正式に可決されれば、もっと過激な奴らがこの街に現れるぜ? 最も、俺を無罪放免にしてくれるっつーんなら、協力は惜しまねえぜ?」
「だから、あなたをここから釈放するにしても、相当な量の手続きと、禁止区域の暴動についてもっと情報を……」
「駄目だ駄目だ。俺だってそうバカじゃねえ。これ以上話せば俺を釈放する前に暴動を止めて、俺を殺す気だろう? 今、現在、現段階で開示できるこちらの情報は、先日話したとおりだ」
「それだけであなたを超法規的措置を執ってまで、無罪放免で釈放する事は不可能だわ」
「良いさ、まだな。俺は正確に、そしてより確実にここから出るだけだ。ま、なんにせよ、早く決断したほうが、住民のため、国民のためだと思うぜ?」
ヒヒヒ、と不気味な笑い声を放つ男と、男の真意を読めなかった女性がいた。
「これで本当に全部なんでしょうね、ツキ」
二階堂麗華は手にある資料を一通り見て、メイド服に身を包む三つ編みのメイドに問う。年齢は麗華と同じ頃だろうか。
「はい。朝霧海斗という人物についての調査結果は、これだけでした」
「県外の中流家庭の家で育って、憐桜学園ボディガード育成科に入学。入学当初から成績不良、素行不良で教官から目を付けられるものの、大きな問題等は起こさず。一年次は南条薫とルームメイト。出席番号1番、成績は下から数えて3番目。両親共に氏名及び所在不明。自宅も、もちろん不明。そして現在に至る…………どう考えても、情報が少なすぎるわ」
「学園側から、これ以上の情報は開示できないと」
チッ、と麗華は舌を打つ。
麗華の父を警護したこともある佐竹学校長に海斗に関する資料の提供を要求したところ、たったこれだけしか資料が集まらなかった。
最初は興味本位で海斗について調べ始めた麗華だったが、自身の持つ力を最大に使うものの、これ以上の情報を得ることはかなわなかった。
佐竹に直接問いただしたほうがいいのだろうか?
そう麗華は考える。しかし、この段階で自分に対して隠し続けるということは、直接問いただしても結果は見えているだろう。
だとすれば、佐竹と海斗の間柄を検索すれば、自ずと海斗の素性が見えてくるはず。
「そういえば、あの娘はどうしたの?」
「杏子様ですか。また、あの男を探してくる、と屋敷から出ていきました」
「私に許可を得ないで、良い度胸ね。ま、そんなところが気に入ったから私の付き人として雇ったんだけど……それにしても勝手すぎるわ」
麗華は額に手を当て、やれやれと首を左右に振った。
約半年程前、麗華が一人で街を出歩いていた際に性質の悪いナンパをされていた最中に、杏子という女性が現れ、ナンパしていた連中を蹴散らした。その腕と性格を麗華がいたく気に入り、そのまま麗華のボディガードならず付き人としてこの屋敷に招かれた。
「そういえば杏子は、いったい誰を探しているのかしら? 彼女からよく話を聞くけど、名前も話さないし、自分一人で見つけて一発ぶん殴るって張り切ってるし」
「私も存じませんが、一年前まで一緒に住んでいたみたいです」
「そう。私は興味がないから別に良いわ」
まったく、面倒な仕事を押しつけやがって。そう悪態つきながら彼女、倉屋敷和葉は倉屋敷重工が開発した、史上最高峰のアンドロイド、綿織侑祈のメンテナンスを行う。
人造筋肉及び人造骨格共に正常。各種器官異常認められず。反射神経及び運動神経共に通常通り。
ハード面に異常は全くと言っていいほど無いが、問題はそのソフトウェア面だ。
侑祈の記憶と感情は手の平に乗るほど小さいチップに詰まっているのだが、最近物忘れが多くなったり、機能停止する割合が多くなっている。
理由の一つは判明している。侑祈が記憶が多すぎることだ。
侑祈見たもの、聞いたもの全てを記憶しているため、その容量が他の機能を圧迫している。
現段階の処置として、する事は何もない。現在の技術では、侑祈の記憶をどうすることは出来ない。元々侑祈の脳であるプログラムを組んだのは和葉の母である倉屋敷亜希子だが、現在は病気の治療のため入院中だ。
幾ら各分野において天才的一面を発揮する和葉であっても、アンドロイドの、それも最もデリケートな脳の部分に特化して研究してきた亜希子が開発したプログラムを下手にいじるわけにはいかなかった。
そして、実はもう一つ、侑祈の異常の原因の一つが判明していた。
「こいつか、このポンコツを弄んでいるのは」
侑祈が学園で何度かオーバーヒートで機能停止した記録が存在したことから、機能停止直前の映像を侑祈から抽出したところ、そこには一人の青年がいた。
侑祈と同じ憐桜学園を着用し、身長は高く、そこそこなイケメンだった(和葉の感想)。
普通であれば和葉は、この青年に殺意を抱くところだったが、何故かそのような感情を抱かなかった。
「……誰だ、こいつ……なんか見たことがあるような……」
この青年を見ると、どこか懐かしいという気持ちになってしまった。
和葉は記憶を手繰ってみるが、どうにもこの青年について思い出せそうになかった。
思い出せない自分に怒りを覚える。どうにもこの青年を憎むことが出来なかった。
「名前は……カイト、か」
侑祈と青年の会話で、この青年の名がアサギリカイトだと言うことが分かった。
和葉はどうにもこの青年について詳しく調べないと気が済まなくなった。
早速明日学園に行ってこの青年に会おうと決意する和葉だったが、最近研究所に籠もりっぱなしで曜日感覚が無くなっており、明日が土曜日だと言うことを失念していた。
とある極秘回線でのやり取りの一部を抜粋。
『どうだい、食料のほうは?』
『十分だ。次の取引きも予定通りだ』
『どうでも良いことを聞くけど、何で食料や水は補給するのに、重火器は一切要らないんだい? 今アンタらが持ってる装備では、あの作戦も失敗する可能性が高くなるよ?』
『重火器というものを使えば、確かに容易く作戦は進むだろうが、目的は達成されない』
『目的、ねえ。わたしゃあんたの目的とやらが、何度聞いても理解できないね』
『理解しなくて良い。必要なのは銃ではない。恐怖と怒りだ。
銃は確かに恐怖の対象としては重要なものだが、その恐怖の対象は純粋に俺たち、禁止区域の連中に向かなくてはならない。銃を使用することにより、その恐怖の対象が分散されては困るのだ。
あと、銃を使えば沢山人が死ぬ。死んでは駄目なのだ。生きて貰わなくてはならない。一人でも多く、精神的に、肉体的に傷付き、俺たちへ憤りのない怒りを抱き、そして、その傷はいったい誰の所為で負ったものなのかを、考えさせなければ、俺の目的は成就しない』
『そうかい。わたしゃ、あんたの抱く崇高な考えなんざ一つも理解できないがね……例え作戦が成功しようが失敗しようが、わたしゃ全く問題ないからね。その作戦とやらが欠航されれば、私たちの計画がやりやすくなるってもんさ』
『では、所定の日に、いつも通りのものを頼む、マープル』
『ああ。じゃあね、五十嵐』