『赤蜻蛉』   作:城元太

10 / 14
――⑩――

 

 

 八日目の未明から昼(2)

 

 

 

 私がフランツさんの家に向かった時まで、時間を戻します。

 

 夜通し走って、フランツさんのログハウスに到着したのは、日付が変わった深夜。

「お願いします、お願いします。起きてください。助けてください」

 夢中でドアを叩きました。

 人の気配がして、裏側のかんぬきが外される音が聞こえます。

 淡いランプの灯りの中に、長身のフランツさんの姿が見えました。

 暗がりの中、不機嫌そうな表情だったフランツさんでしたが、私の必死の表情を読み取ってくれたらしく直ぐに家の中に通してくれました。

 呼吸の整わない私に代わって、ヘルマンがルイスおじさんの託した手紙を渡し、的確に状況を説明してくれました。私は、疲れと、安心感と、そして恐怖から、ランプの灯りの下、ぽろぽろと涙を流してしまいました。

「わかった」

 フランツさんが、手紙を一瞥した後立ち上がりました。

「町へ行く。お前達にも手伝ってもらう。直ぐにゾイドの準備をしろ」

「町へですか。村には行ってくれないのですか」

 泣きながら、私は懇願します。フランツさんが背中越しに言いました。

「得物を売り払ってしまったので取り戻す。それにゾイドを倒すための道具も必要だ。その手紙に、支払いは全てルイスが肩代わりするとある。武器を手に入れる」

 嗚咽が止まりません。途切れ途切れに「ありがとうございます」と言うのがやっとでした。

 ヘルマンに支えられ、納屋に入った私たちの前では、相変わらずローバーとロードスキッパーが喧嘩をしています。村の危機にも動じないゾイドの姿を見て、呆れると同時に安心しました。

 町には夜明け前に到着するはず。そして村に戻るのは日が昇るころ。集会場が襲われても、間に合うはずです。もし町から帰る途中に私たちが襲われても、フランツさんと一緒ならばなんとかなるでしょう。デスピオンの活動する時刻まであと7時間ほど。私たちは3台のゾイドで、一路ブロントシティーへ向かいました。

 

 夜も明けきらない町の、シャッターの下りたロプサンさんの店に到着しました。3日前の爆発の跡も生々しく、飛行場には黒焦げの格納庫と立ち入り禁止の立札が残っています。店の裏手に回り、呼び鈴を鳴らし、ドアを思いきり叩いても、中から人の気配はありませんでした。やはり、店に起居してはいないのです。

 一刻を争う事態です。止むを得ず、フランツさんはシャッターを力任せにこじ開け、中のガラス戸を叩き割って店内に侵入しました。途端に鳴り響く警告音。警報装置が作動したのでしょう。耳を劈くような騒音の中、フランツさんは店の奥に入っていきました。厳重に閉ざされた倉庫の扉は容易に開きそうもありません。フランツさんの探している武器は、きっとこの中にあるはず。

「動くな」

 警報装置が鳴って、10分ほどたったでしょうか。背後に懐中電灯を持った2人の警備員が立っていました。ヘルマンと私は必死で状況を説明しましたが、職務と割り切っている警備員には通じません。やがて治安員までやってきて、私たちを店ごと取り囲みました。

 私たちは店の前の道路に座らせられて、無抵抗の態度を取りました。威嚇する警備員も、フランツさんの巨体には圧倒されていました。多分、力ずくで突破することも出来たのでしょうが、肝心の武器が手に入らないので大人しくするほかありませんでした。

 警備員と治安員の間から「すいません」と小さな声で人込みを掻き分けてくる人物がいました。慌てて上着をひっかけてきたような姿の、ロプサンさんでした。

「フランツさん、それにエミリーちゃんまで。一体これは何の騒ぎなんだ」

 驚くロプサンさんに、私とヘルマンは必死で村の様子を説明しました。話の途中までくると、ロプサンさんは直ぐにわかってくれました。

「奥の金庫の鍵を取ってくる。みなさん、お騒がせしました。この人たちは私の客です」

 取り囲んで私たちの話を聞いていた警備員も、納得してくれたようです。ロプサンさんが鍵を取りに自宅から戻ってくるまで少し時間がかかり、爆発した飛行場の方から明るい朝日が昇っていました。夜が明けたのです。デスピオンの活動が始まります。

 倉庫から取り出したのは、巨大な銃でした。いえ、大砲?

 ヘルマンが驚いた表情をしています。銃と、フランツさんの顔を交互に見つめています。

「これは、手持ちのミサイルランチャー。まさか、あなたは」

「余計な詮索は無用だ。貴様軍人だな。ロプサンの親父と一緒にこいつの規格に合ったミサイルを探してこい」

 何かを言いかけたヘルマンの言葉を遮り、フランツさんが指示しました。

「わかりました。私に心当たりがあります。そこのお兄さん、一緒に来てください」

 ロプサンさんはヘルマンを連れて、急ぎ足で町の通りに消えていきました。

「お前はゾイドにこの道具を積み込め。それとお前たちのゾイドにも少し細工をさせてもらう」

「はい、わかりました」

 次々とロプサンさんの店から道具が準備され、私はローバーとロードスキッパーに積み込みました。

 準備を終えたヘルマンたちが帰ってきたのは、太陽が暖かい日差しを投げかけはじめたころ。やはり武器を準備するにも、店が開いていなかったと言います。

「エミリーちゃん、頼んだよ」

 幾分疲れた顔をしたロプサンさんが励ましてくれました。

「私にできることはこんなことしかないからね。フランツさん、まだ何か必要なものはないか」

 フランツさんは、少しロプサンさんと話した後、ロードスキッパーに乗り込みました。

「いくぞ」

 時間がだいぶかかってしまいました。村まで戻るにもまた時間がかかります。私たちは荷物を背負ったローバー達を、必死で走らせました。

 

「お前たちのやることを言っておく」

 徐にフランツさんが言いました。私たちのやること、あのデスピオンと戦うことでしょう。ここまで夢中になって来ましたが、直接自分が対決することを知って、背筋の辺りが緊張して、軽い吐き気の様なものを催しました。

「奴は操作する兵士を失い、ニザム高地で機能を停止してから何十年も経過している。本来守るべき行動原則を忘れ、暴走しているようなものだ。

 ゾイドの持つ本能で動いているだけだから、行動パターンは単純だ。

 俺たちがやることは、奴を怒らせて、罠にかけることだ」

 なぜかフランツさんは、デスピオンについてよく知っていました。

「ゾイドを怒らせるのですか」

「罠ですか」

 私とヘルマンがほぼ同時に聞き返します。

 ゾイドを怒らせる? やったことがありません。

「同じことを聞くな。

 いいか、トラップが積んである。設置の仕方は走りながら覚えろ。気を付けろよ、迂闊に挟まれればお前らの腕一本、脚一本など軽く千切れ飛ぶ代物だ」

 私たちは同時に背中の荷物を振り返ります。鎖に繋がれた黒光りする鋼鉄の罠が何であるか、漸くわかりました。

「そっちのお前は、電磁砲を使ったことはあるか」

「パラライズ効果のある武器ですね。一度だけ、講義で習ったことはありますが」

「引き金を引ければそれでいい。但し中古品だから到達距離はせいぜい5m、目標の動きを止めてから目いっぱい近づかないと効果はない。充電に時間がかかるから、一発しか撃てないと思え。出来るか。自信がなければそっちの女にやらせるだけだ」

 ヘルマンが振り返り、私を見つめます。

 私は私の村を守りたい。これ以上彼に負担をかけるべきではないのかもしれない。私は出来る限りのことはしなければならない。既に決心はついていました。

「女性に引き金を引かせるわけにはいきませんよ、フランツ大尉」

 ヘルマンが答えました。「私がやります」と言った、私の言葉に重なり、掻き消すように。

 フランツさんが、鋭い視線で睨み返しました。

「いい度胸だ。但し言っておく。俺を階級で呼ぶな。捨てた名だ」

 あまりの迫力に、ヘルマンは口を噤みます。

 フランツ大尉? なぜ、フランツさんはその階級を嫌がるのかがわかりません。それになぜそれをヘルマンが知っているのかも。

「そっちの女、お前はできるだけトラップを仕掛けろ。そっちの男より、お前の方が村に詳しい」

「わかりました、フランツさん。あの……」

「なんだ、早く言え」

 口ごもる私は、思い切って、心を込めて言いました。

「ありがとうございます。村を助けてくれて」

 フランツさんは、前を向いたままです。

「礼なら、退治してから言え。もう日も高い。奴が暴れまわっている頃だ」

 そう言うと、ロードスキッパーの歩みを速めて、私たちとは少し距離を開けて行きました。

 改めて気づきました。時間が経過している。日が高い。

 輝く太陽が恨めしく、こうしている間にも村での被害者が出ているのではないかという不安が広がります。

 それにしても、なぜ私たちの村だけを執拗に襲うのでしょうか。他の村は通り過ごしてきたというのに。効果的な作戦が出来なかったとは言え、ヘルマン達の攻撃で少しは傷付いたはず。なぜ自分が被害を受けた場所に留まる理由があるのでしょう。

「自分は思っていました。奴にとっては、無邪気に遊んでいるのではないかと」

 私の考えていた疑問に答えるように、偶然ヘルマンが呟きます。驚いて問い返します。

「遊んでいる?」

「自分たちの攻撃がきっかけとなったのです。子供同士で遊ぶように、ゾイド同士で遊んでいるとでも思っているのではないかと」

「遊び、あれが?」

 私は再度問い直します。

「人も仲間同士、喧嘩をしたり、怪我をしたりして、痛みを知るのです。

 しかし、仲間もいない、痛みもわからない孤独な野良ゾイドが、その破壊力を知らずに使った結果が、今の状況になっているのでは」

「じゃあ、2日前の夜に私を襲わなかったのは、私の唄を、聴いていたから?」

「何のことですか」

「私の唄。赤とんぼの唄を聴いていた。まるで耳を澄ますように」

 

(ゾイドは、いつでも人間となかよしになろうとしているの)

 

 母の言葉を思い出しました。まさか、あのデスピオンは。

 

 これまでのデスピオンの襲撃を「子供の遊び」とすると、確かに辻褄が合ってきます。私はレメディオの幼い頃の事を思い出していました。

 日中にしか活動しないのは、子供は明るい太陽の下で遊ぶのが大好きだから。

 幼い子供は、食べられない物も汚い物も構わずに、何でも口に運びます。戯れに遺体を齧るのも、同じ理由。

 進路を変えず、ひたすら真っ直ぐ進んでいたのも、子供の素直さ、頑迷さをそのまま表した結果。

 林や物陰に潜み、突然襲い掛かることが、子供らしい遊びの「かくれんぼ」にも似ています。

 そして最後に、あの夜、唄を歌っている私を襲わなかったのは、子供が童謡を聞いているのと同じだったから。

 

 全ての謎が「子供の遊び」という糸で1本に繋がれていく。

 それは、無邪気というにはあまりに掛け替えのない代償を支払った遊びでした。

 

 村の何処かから黒煙があがっています。既に犠牲者がでてしまったのかもしれない。集会場まであと少し。でも、ローバーたちゾイドも、酷使したため速度は上がらなくなっています。走っても走っても近づかないもどかしさ。早く、間に合って欲しい。それだけを思って、集会場へと急ぎました。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。