二か月後
ブロント平地に、例年より遅い雪が降りだしたころ、私たちとは離れた場所で、歴史が大きなうねりをたてて動き出していました。
心配されていた皇帝陛下の病状が悪化し、丁度1か月前に逝去されました。その後幼帝ルドルフ陛下が即位し、ギュンタープロイツェン閣下が摂政に就任しました。
惑星大異変以来の磁気異常は完全に収束し、レドラーなどの飛行ゾイドやアイアンコングなどの大型ゾイドの活動が可能になり、そして急激な軍備の増強が始まりました。
ブロント平地の隣のニクシー基地に次々とホエールカイザーが飛来して、大量の戦闘ゾイドを吐き出しては戻ることを繰り返しています。対抗する共和国も、エウロペ北部のロブ基地に兵力を集中しての睨み合いを始めています。
のどかだったエウロペに、暗い戦争の影が落とされていました。
ヘルマンは、何の前触れもなくやってきました。
「クリスピンさん、その節はお世話になりました。エミリー、お元気でしたか」
軍服ではなく、淡いブラウンのコートを着て、幾つかの荷物を携えて。レメディオには小さなゾイドのおもちゃをお土産に渡してくれました。
「おにいちゃん、ありがとう」
「どういたしまして、レメ君」
軽く弟の頭を撫でると、私たちにもそれぞれの土産物を渡してくれました。
私には、バレッタとお揃いのクリーム色のストールです。肌触りがとてもきめ細やかで、今までに出会ったことの無い生地でした。
「これはどこで」
「ウォルトン村で栽培されたマルベリーの葉を利用して作ったものです」
「葉? これが」
植物からつくられたとは到底思えない肌触りです。
「失礼しました。説明が足りませんでしたね。これは絹(シルク)といって、葉を食べた虫が吐いた糸を紡いで織られた布なのです」
少し頬からストールを離してしまいました。虫の糸?
「モルガによく似た蚕という虫が飼育されていて、そのコクーンを利用するのです」
「え、それは、赤とんぼの歌詞にある桑のことですか」
「その通りです。実は現在軍務を離れ、主に遺伝子工学を応用した各種の生態培養研究を行っているのです。
みなさんは、かつて巨大な宇宙移民船が、デルポイに不時着したことを御存知ですか」
その話は、母から聞いてはいましたが、詳しい事まではわかりません。
ヘルマンは説明を続けます。どうも彼は、自分の研究になると説明に夢中になる癖があるようです。
「その移民船の中には、様々な種の遺伝子が保存されており、到着した移民星で栽培や飼育が可能な生物の培養技術を伴っていたのです。
この星に漂着し、ゾイドの改造ばかりに目が向けられていましたが、生化学の分野でも非常に高度な科学技術も伝えられたのです。
このブロント平地の土地改良のために、農業技術員が来ています。微生物を利用し、窒素同化を行って、耕作地の有機化を行い農業生産性の向上を成功させました。それらは全て、移民船の技術の応用だったのです」
彼の話は延々と続いたので、多少辟易しましたが、確かに彼の興奮するのもわかりました。
戦争が続いている間は武器の技術ばかりが注目されましたが、それ以外の技術が伝わらないはずもありません。今、豊かな実りをもたらしている果樹も、もともとは異星の植物です。それを栽培する農業技術が伴うのは当然です。今手にしているシルクの肌触りは、違った意味でのテクノロジーとも言えるでしょう。
「ところでエミリー、自分とお付き合いしてくれませんか」
「!」
突然の告白に、私の心臓が早鐘の様に高鳴りました。
「あ、すいません、また言葉が足りませんでした。フランツさんの自宅まで、自分とお付き合いしてくれませんか」
彼は、意外と失礼な男性ということを知りました。
フランツさんの家までの道すがら、2人ともローバーの背中に乗りながら、私はヘルマンと話しました。
あれからの村の復興の事、犠牲者の追悼、耕作地の再生。
彼は軍に戻ってからの待遇、戦死者登録からの復帰、そしてデスピオンの処遇。
「あのデスピオンは、あのままガイロス帝国技術開発局に送られました。幼いとはいえ、自立活動を行い積極的に〝遊ぶ〟という行動をとる変異種のゾイドとして研究されるそうです。現在エウロペで発掘されたオーガノイドシステムを搭載するゾイドの機種選定を行っているのですが、あのデスピオンのサンプルが送られたので、どうやら大型のサソリ型ゾイドが開発されるようですよ」
あのゾイドは、殺されることはありませんでした。しかし、私の母の遺体と同じように、研究材料となったのです。それが幸せだったのかはわかりませんが、再び生まれ変わってくる巨大サソリ型ゾイドが、果たして人間に制御できるのか疑問でした。
「なぜフランツさんのところに」
その質問に、彼は硬い表情になりました。
「あの時のお礼を言いたいことがあります。ですが、あの人に幾つか聞きたいことが残っているのです」
ヘルマンは顔をあげ、こちらを向きなおしました。
「自分の推測が正しければ、あの人は自分と同じゼネバス軍人のはずです。そして、あのデスピオンとも、何処かで繋がりを持っているはず。それを確かめたかった」
それから少し、彼は口を噤んでいました。
「あの時はできなかったのですが、やはりお話ししておくべきと思います」
プラマハの背に揺られながら、彼は視線を前に向けたまま言いました。
「まず、行方不明のローバーの件ですが」
クルンのこと。まだ見つからない。
「やはり、あの残骸が、そうでした」
「わかっていました。諦めていました」
私は、言葉に出した以上の感情は無く、彼を責める気持ちもありませんでした。時間が解決してしまっていた、といえばクルンが可哀想ですが、それ以上の犠牲を目にしてきて、悲しみの感覚が鈍ってしまったのかもしれませんでした。
(ごめんねクルン)
「それともう1つ。急病で亡くなられた、エミリーのお母様たちについてです」
彼とは何の接点もないはずの、私の母の話です。
唐突さに聞き返しました。
「母がどうかしましたか。もう亡くなって随分たっていますよ」
私は勉めて明るく答えました。
「研究員になって偶然知った事実です。
記録によると、この村を含めて、劇症性の高熱で亡くなった方々が何人もいました。原因は不明という診断だったはずです」
「はい。でも、それと軍とは関係無いと思うのですが」
次第に自分が無口になることがわかります。ヘルマンは少しだけ私を見て、また正面を向きながら続けます。
「無関係ではなかったのです。先ほど説明した、土地の有機化の事を覚えていますか」
「難しくて、わからないところは沢山ありましたが、だいたいは」
「微生物を利用した土地改良は、多種多様な細菌を培養して行われました。本来毒性のない、全て無害な細菌しか使用しないはずだったのですが、その一部の遺伝子が変異して毒性の強いものになってしまったのです」
私は頷くこともしないで、ただ黙って彼の話を聞いていました。
「入念な検査体制をすり抜けたのは、その細菌が全ての人に感染するものではなかったから。
一部の遺伝子情報を保持している者、異星からやってきた人間の特徴を、より濃く残している者にのみに感染する細菌だったからです」
異星からの特徴。母は、赤とんぼの唄を知っていた。つまり、間違いなく異星からの訪問者の血を濃く引いていたはずです。
「当時の培養を担当した研究者達にとっても予想外だったようです。培養された蛋白質は、ゾイドを代表とする金属生命体を構成する微小な金属分子を核として結合しました。
発症には様々な限定要因があります。農作業に従事していること、ゾイドなどの金属生命体に頻繁に接触していること、異星からの移民船の子孫の遺伝子を有していることです」
母は、いつも丁寧にゾイドの世話をしていました。優しく、語りかけるように。
ただ、それは母がゾイドだけが好きだったという理由ではなく、私たちを含めた全ての命に対する愛情だったと思います。
やさしいおかあさん。
その優しさが、感染原因の一つでもあったのです。
「エミリーやレメ君が発病しなかったのは、それだけ血が薄まっていたから。しかし、お母様のような、まだ世代を重ねる数が少ない人間には劇的な感染作用だったのです。稀に残っていた異星の血の優性遺伝子が、微弱な病原菌の発病を促進させてしまいました」
ゾイドを利用し争いを拡大させた人々。それを私は僅かながらに恨んでもいました。
しかし、彼の言葉が私の胸を突きました。
私は、母の子。紛れもなく、異星人の血を引いているということに。
「農業改善員の派遣の背景には、農業生産を拡大させ、国力を増強しようとする帝国政府、及び軍の首脳がついていました。
劇症性の感染症の原因は隠蔽されました。帝国は、国民を騙していたのです」
彼は拳で軽くプラマハの透明装甲を叩きました。プラマハは少し驚き、しかしそのまま歩いていきます。
「様々な種を培養し、更に大地を豊かにするために、軍務に復帰したのに、最近ではオーガノイドシステムという得体の知れない研究ばかり。
自分はガイロスに絶望仕掛けています」
オーガノイドシステム。一体何のことかわかりません。こんな時にも、彼の癖が出ていました。
「これ以上のことは、あなたにも迷惑がかかるので言えませんが、伝えられることは、デスザウラーに関わっているということです」
そのゾイドの名前聞いて、私も身を固くしていました。
「空き家になっている」
到着したログハウスは、扉が開け放たれ、荷物が整理され、無人となっていました。納屋に繋がれたロードスキッパーの姿もなく、自給していた畑も雪に覆われていました。
無人になってから時間が経過しているようで、雪を避けて入り込んだ小動物が慌てて逃げて行きました。
「フランツさん」
巡回版も農閑期には止まるため、私も訪れることがありませんでした。村の人達も、亡くなってしまった人の分まで働かなければならなかったので、事件以降ここに来なかったのでしょう。
「フランツさん」
呼んでも、答えが無いことは知っています。でも、その名を呼ばずにはいられませんでした。
「フランツさん!」
大声を出しても、同じでした。
ヘルマンも、私と同様に、呆然と部屋の中に立ち尽くすしかありませんでした。