『赤蜻蛉』   作:城元太

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 夢、とは違うものかもしれません。
 眠っているのに意識はあって、自分の想っている願いを自由に叶えることができるのだから。
 今の私が、幼いころの記憶にある母と談笑しています。私は、家族のことや畑の作物の育ち具合、ローバーの操作や料理の手順など、思いつく他愛のない出来事を次々と語りました。次に何を聞こうか、何を喋ろうかと、全部考えている自分がいます。
 夢の中の母は、素敵な笑顔を浮かべながら答えてくれます。母の声は聞こえないのに、次々と私は話を続けます。
 何か大事なことを話したくて一生懸命考えるのですが、その大事な何かが思い浮かびません。それでも私は話を続けているのです。自分の目覚めが意識され、少しでも夢の中の母と語っていたい私は、なんとかして眠りを続けようとするのですが、思えば思うほど意識がはっきりしていき、やがて本当の目覚めを迎えるのです。
 悲しくはありません。むしろ楽しい。叶わぬ願いを悔やんでも心が痛いだけ。
 母の夢を見た朝は、いつも気持ちよく目覚めました。

(おはよう、おかあさん)



――②――

 

 二日目

 

 早朝私はクルンと出かけました。

 果樹畑へ行く時は麦わら帽子を被るのですが、町まで行くので今日はヘルメット。

 距離が長いので、到着する頃には髪の毛がヘルメットの形そのままにくせが付くのが悩みです。

 父がよく、私の髪の毛は母親譲りだと言います。幾分緑がかった黒髪は、お気に入りのクリーム色のバレッタで留めました。首に巻いた淡い水色のバンダナは、今の私の精一杯です。

 クルンも、久しぶりの遠出が楽しそうで、日差しの中を快調に走っていきます。

 途中、カマキリ型ゾイドのスパイカーが、森林を切り拓いていました。ローバーの透明装甲が朝日に輝いています。ゾイドは私たちの生活の一部です。互いに寄り添い、協力し、生きていく世界。

 風に朝露が煌めきながら、靡く髪の音は爽快でした。

 

 小高い丘ひとつと、川を3つ越えて、町に着いたのは太陽が真上に差し掛かろうとする頃でした。

 父と母とが、大異変で荒れ果てたデルポイを出て、この西のエウロペに入植したのがだいたい20年前。最初の開拓団が置かれたのがこのブロント平地の中心のブロントシティーです。この辺りでは唯一ガイガロスとチェピンとの空路が開かれているところで、唯一町の賑わいがあるところ。

「ロプサンさん、こんにちは」

 馴染みの店に、私は荷物を抱えて入ります。

「エミリーちゃん、待っていたよ。どうだい、仕上がりの方は」

「まあ、見てください」

 私は「赤とんぼ」を店先に並べて、数量の確認をしてもらいます。私の仕上げた細工品は、このロプサンさんの店からエウロペの民芸品店に送られて、最近多くなったニクスやデルポイの観光客に売られるそうです。木の実の種の細工だから、元手はかかっていないので、私の大きな小遣い収入です。自分で働いたお金を貰うのが楽しくて、こうして月に1度、納品のために町にやってきていました。

「聞いたかい、野良ゾイドのこと」

 町でも噂になっているようです。

「うちでも中古になったゾイドを扱っているから他人事じゃないんだ。昨日も治安員の連中が来て、管理状況を根掘り葉掘り聞かれたよ」

「ロプサンさんのとこで扱っているゾイドって、デルポイからの転売品ですよね」

 手広く取引をおこなっているこの店では、年に何度かやってくる貨物便で、中古のゾイドの取引もやっています。といっても戦闘用のものではなく、主に作業用に武装を無くしたものだけです。共和国製・帝国製にこだわらないのですが、どうしても、生産数が多く装甲の少ない共和国製の旧式ゾイドが取引の中心となっているようです。この町に来る途中で見たスパイカーも、この店が卸したものだと聞いていました。

「逃げ出した機体はいないかって、疑われてね。大切な商品をそんなに簡単に手放すはずがないのにね。

 ごめんごめん、愚痴になってしまったね。セルン村では変わった事は無いのかい」

 私は昨日の夜の事を話し、ついでの要件があることもいいました。

「フランツさんの家までいくんじゃ、だいぶ遠回りだね。ローバーなら心配ないだろうが、若い女の子の1人歩きは危険だ。暗くならないうちに戻った方がいいね」

 私たちが話していた時、突然空から甲高い音が響いてきました。ゆっくりと近づいてきて、丁度町の真上を通りすぎるように。私は何が飛んでいるのか気になって、店の外に飛び出し空を見上げました。

 暗い赤と、くすんだ銀色をした6本足のゾイド。〝サイカーチス〟といっていました。でも、私の赤とんぼとは、全然違う。武骨な、戦闘用ゾイド。軍隊のものです。

「最近多いんだよ」

 ロプサンさんが、顔を顰めます。

「飛行場の様子が賑やかでね。ニクスから駐屯部隊が増援されているようで、兵隊さんの客が多くなっている。商売が増えるのはありがたいのだが、エウロペまで来て戦いを始めるわけじゃないかと冷や冷やしているよ」

「戦争、始まるのですか」

 私はロプサンさんの言葉に不安になりました。

「なあに、皇帝陛下が御存命の間は心配ないさ。この前の戦争と、大異変の酷さを知っているから。軍隊だって、偶然ここに来ているだけだろうさ。ほら、代金だ」

 ロプサンさんは、少しおまけをしてくれた代金を渡してくれたあと、またねと言って見送ってくれました。

 街並みの外れに見える飛行場には、先ほど飛び去って行ったらしいゾイドが数台並んでいます。

 でも、ロプサンさんの言うような、物々しい様子は伺えません。遠くで整備員らしき人が、大きな欠伸をしています。こんな田舎で戦争をしても、誰も儲からないのだから心配ないでしょう。それよりも買出しです。

 少しの間、私は家族へのお土産と祖母に頼まれた買い物をして、荷台が一杯になったローバーに乗り、まだ日が高い間に村へと向かいました。

 

 もう一つ、父からの頼みが残っています。村から離れた、切り立った崖の下に1人で住んでいるフランツという老人に、野良ゾイドのことを伝えるため。

 フランツさんの仕事は、時折頼まれる野生ゾイドの捕獲だと聞いています。でも、最近はあまり悪さをする野生ゾイドもいなくなったので、ほとんど自給自足で暮らしているらしいとのこと。一番近いのが私の家なのですが、それでもルイスさんの家の2倍以上の距離で、町に行く都合が無ければ断っていたぐらいです。

 あまり村人とも関わることも無く、時折食べ物を買う時にだけ、自分のロードスキッパーに乗って村に現れるようです。

 両脇に街路樹の様に植えられた木々の間を通り、手作りと分かるログハウスの前に辿りつきました。

「フランツさん、こんにちは。隣のクリスピンです。お伝えしたいことがあって来ました」

 ドアの前、私は問いかけて少し待ちました。

 やがて、扉が開くと中から見上げるような身長の男性があらわれました。たぶん私の祖母と同じかそれ以上の年齢になっているはずなのに、その筋肉は衰えを見せていません。

 何度か会ってはいますが、しばらく私はその体格に圧倒されて言葉を失っていました。

「要件は」

 フランツさんは、静かに問いかけました。決して恐ろしい声ではないのです。でも、怖い。

「はい。野良ゾイドについてのお知らせです」

 私は父から頼まれた伝言を、一通りフランツさんに伝えました。その間、彼は視線を合わせずに黙って聞いています。私は早々に帰ろうと、説明が早口になるのが分かりました。

 その時です。入り口に繋いだ私のクルンと、フランツさんのところのロードスキッパーが喧嘩をはじめてしまいました。どうもこのゾイド達は相性が悪いようで、事あるごとに喧嘩をします。私は慌ててクルンに駆け寄りましたが、興奮して手が付けられません。手綱を引き千切って駆け出そうとするので、乗り込んで抑えることもできないのです。私はますます焦って、無理やり席に飛び乗ろうとしました。

「無理だ」

 フランツさんが、いつのまにか2匹の間に割り込んで、2匹の手綱を引き寄せました。

 力の加減と迫力でしょうか、2匹はすぐさま大人しくなり、彼の腕の中、ばつが悪そうにうな垂れました。

 ただ、ロードスキッパーの方はまだキーキーと甲高い声をあげていましたが。

「蹴られて怪我をしたら面倒だ」

 ぶっきら棒に言い放つと、フランツさんは私を睨みました。

「ゾイドの気持ちも知らなければ怪我をする」

 いいながら、ロードスキッパーの手綱を引き締めると、漸く叫ぶことをやめました。

 鮮やかなゾイド捌きを見ながら、あっけに取られていた私は、彼の言葉をよくわかろうともしないで、忙しく挨拶をすると、彼の家を後にしました。

 クルンに積んだお土産が、さきほどの喧嘩で崩れかかっています。私は早く家に帰りたくて、クルンの歩調を速めました。

 不思議な人でした。どうしてあんな生活をしているか、わかりません。村の話では、私たちが入植する前から住んでいたという人もいますが、それもよくわかりません。

 太陽が、傾き始めました。家が見える頃、私は先ほどの出来事など忘れ、家路への一本道を進んでいました。

 

 テレビでは、勇ましい行進曲のような調べと、共和国の脅威を煽るような絶叫が聞こえてきます。本国のニクスでは軍隊の再建に一生懸命のようです。たくさんの戦闘用ゾイドが現れて、ヴァルハラ宮殿の広場を横切っています。でも、やはり実感がありません。

 戦争は、遠い昔に終わったことで、それも暗黒大陸ニクスと中央大陸デルポイでの出来事。このエウロペには関わりはないはず。父が見ている映像も、同じ国でありながら別の世界のようでした。

 放送が、地域情報に切り替わりました。明日の天候、風向き、気温変化。一通りの天気概況を終えた後、幾つかのブロント平原での出来事が伝えられます。地域の行事や、ゾイド同士の事故のあと、短く「野良ゾイドに関する警戒」という放送が流れました。

 

〝現在、各コロニーの間で野良ゾイドによる被害が続いています。農作物への被害に加えて、死者が4名となりました。被害者が死亡しているため詳細は不明ですが、目撃者の証言では小型の白いゾイドという情報が入っています。また、現場に残された足跡からは多脚式のゾイドとも視られています。駐屯軍と連携し、捜索及び捕獲作業を展開中ですが、特に地方のコロニーでは、引き続き警戒するよう警備部では呼びかけております〟

 

「まだ捕まってないんだ」

 私は父の隣で呟きました。

「お気の毒にねえ」

 祖母も、弟を膝に抱きながら言いました。

 被害者の出た場所は、ルイスさんの言っていたようにニザム高地から徐々に北上しています。ブロント平原のほぼ中央のシティーを挟んでいるので、西側の私たちのコロニーまではまだまだ距離はあります。あの時見た飛行場もあり、欠伸をしていても軍隊がいるのだから心配はないでしょう。でも、死者がでたことには、私も少し不安になりました。

「爺さんは元気だったか」

「うん、元気元気。あの人何者なの」

 私は少し気になって、話ついでに父に聞いてみました。

「誰もよくわからないらしいんだよな。噂では確か帝国特殊工作……、なんでしたっけ」

「ゼネバス帝国特殊工作部隊スケルトン、別名24部隊」

「そうそれ、ばあちゃんも呆けてないね」

 父は祖母に助けをもとめました。亡くなった祖父はデルポイ大陸旧ゼネバス国出身で、ゼネバス皇帝と共にニクスに脱出してきた家臣の一人だったそうです。ニクスで出会った祖母と、第二次中央大陸戦争の時に一緒になり、家庭を持つことになりました。ですから、ゼネバス国については私たちより詳しく知っています。

「親を馬鹿にするもんじゃない。フランツがスケルトンだったなんて、根も葉もない噂だよ。それにゼネバスが滅んだ時、スケルトンもなくなったのだから。

 お前たちにはわからないだろう、あの戦争がどれほど酷かったか。お爺さんだって戦争さえなければ今頃は……」

 また祖母の戦争話しが始まりそうになったので、私は作業机に、父は納屋で道具の点検をすると言ってその場を離れました。祖母にとっては、戦争はまだ生きた記憶なのでしょう。

 スケルトン、何のことでしょう。がいこつ部隊、でも、フランツさんは骸骨どころか筋肉の塊です。イメージが違いすぎる。あの人なら、素手でもゾイドを倒しそうです。そんなことを思いながら、その日もいつもの様に過ぎていきました。

 

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