『赤蜻蛉』   作:城元太

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 山の畑の桑の実を

 小籠に摘んだは幻か

(桑の実って、何)
(小さいつぶつぶの木の実のこと)
(おいしいの)
(さあ、遠い昔の、遠い星の、遠い国のお話しだからね)

 マルベリーの樹を植えるもともとの目的は、実ではなく葉を収穫して、モルガによく似た小さな生き物に食べさせることだったそうです。
 時折知らずに口ずさんでいます。
 やさしくも物悲しい響きをもつ、この唄が大好きだから。
 





――③――

 

 

 三日目

 

 事件があったのは、南のウォルトン村でした。

 コロニー巡回版に、昨日のことが載っていました。

〝昨日の夕刻、以前より警戒されていた野良ゾイドによる被害が再び発生しました。ブロント平地中部南東に位置するウォルトン村にて、農作業中の入植者6名が、所有する果樹林で襲われました。5名が死亡、1名が現在重体です。

 被害者によると、栽培していた果樹の間から突然現れた巨大なハサミに襲われ、その後走って逃げようとしたところを、樹木を薙ぎ倒しながら高速で接近し、次々に襲撃を繰り返したとの証言です。

 現場に残された足跡より、襲った野良ゾイドは多脚式で、連続する野良ゾイド被害と同じ個体と推測されています。野良ゾイドの機種ですが、これまでの目撃者証言が一致しないことと、果樹の間から突然現れるために確認が難しく、未だに判明していない状況です。

 犠牲者の遺体は捕食された跡があり、特に腰部のみが完全に欠損しています。これまでの野良ゾイドの生態とは著しく異なっており、以上のことから、襲撃を繰り返しているゾイドが極めて凶悪なものであることが推測されます。

 現在開拓局と駐屯軍が連携し、一斉捜索を行っておりますので、周辺にお住いの方も充分警戒に当たって下さい〟

 

 私たちの村でも、軽いパニックに陥りました。まだ事件の起きた場所から遠いとは言え、得体の知れない野良ゾイドが潜んでいるのですから。

 農作業中襲われたということは、この野良ゾイドは白昼堂々と人を襲います。

 多脚式ということは、サイカーチスのような昆虫型でしょうか。

 サイズが大きければ、森や林に潜むことができません。マルベリーやその他の果樹は、全て収穫に便利なように品種改良され、私の身長ほどの高さしかありません。その繁みに潜めるというのなら、ゾイドの高さはせいぜい1.5メートル弱。

 この野良ゾイドは、野獣のような本能だけで人を襲っているのではなく、農作業中などお互いに助けを呼べないか、でなければ助けが来るまで時間がかかる場所で人を襲っています。執拗に追いかけ、巨大なハサミで遺体を引き千切るような残酷な方法で、冷静に人殺しを行うためのずる賢さをもっているのです。

 最も恐ろしいのは、死体を食べる〝人喰いゾイド〟ということ。

 

 ゾイドとは本来穏やかなもので、長いあいだ人とゾイドはいっしょに暮してきました。その温和なゾイドを、戦うための道具に改造し、より多くの破壊を行わせるようになったのも、やはり人間が引き起こした戦争でした。

 人の殺し方を覚えて、人に捨てられたゾイドが、人に復讐するために蘇ったのでしょうか。人を残虐に殺戮するだけの凶悪な人喰いゾイドとして。

 

 記事には、簡単な地図が載っていました。

 野良ゾイドによる襲撃が起こったところと、それを取り囲むように置かれている駐屯軍の配置です。最初に被害が出たのは、今日から丁度1か月前。ニザム高地の北西側から、ブロント平地中央のシティーに向けて、北西方向にまっすぐ進んでいます。進んだあとには被害者数を現す×印が点在し、その隣に被害者数が書いてあります。最初は被害も軽かったのが、コックス村を過ぎたあたりから、重体や死者の数が増えています。

 ウォルトン村の被害場所には、赤い文字で6の数字が書かれ、その延長にシティーと、私たちのセルン村がありました。

 既に軍の配置が済んでいるのが意外でした。ただし、それは私たち農民を守るためのものではなく、シティーの軍事施設であるあの飛行場を守ることと、襲撃を繰り返している野良ゾイドの正体が敵(共和国)の作戦であるかもしれないから、急いで配置したのだろうと、祖母が言っていました。

 それでも、私たちの村は、シティーの後ろに位置するので、軍に守られる形になっています。

「安心はできないね」

 地図を見ながら祖母が言いました。

「もしシティーを厳重に守られれば、そこを迂回して進むのが当然だろう。とすれば次の目標はこのセルン村だよ」

 丁度その時、扉がバタンと閉まる音が鳴り、私は思わず小さく叫んでいました。

「あれ、姉ちゃんどうしたの」

 弟が庭から入ってきただけでした。

「しばらくは農作業を休んで、様子を見るほかないね」

「ばあちゃん、もう収穫が近いんだ。そうもいかないだろう」

「収穫と命とどちらを選ぶ」

 父は言葉に詰まりました。

「外に出ないとしても気休めさ。ゾイドがその気になれば、こんな家なんてぶち破って襲ってくるはずだよ。せめて刺激しないようにするしかないのさ。それまでに軍が何とかしてくれることを願うしかないね」

 確かに、私たちだけでゾイドを倒すことはできません。ただ、こんな小さな村を、果たして軍が守ってくれるでしょうか。

「広報では、本土からの増援を要請していて、明日中にも村の警護に来てくれるそうだ」

 父が話す傍らで、祖母は不平を漏らしていました。最初の襲撃事件から6日が過ぎ、十数人の被害者を出してから漸く動き出す開拓局の動きの遅さについてです。

 それでも、軍が来てくれれば心強くもあります。テレビで何度も見た、あの勇ましい軍隊であれば、野良ゾイドなどたちまちやっつけてくれるでしょう。

 

 その夜は、家の灯りは外に一切漏らさないよう入念に確認しました。野良ゾイドは灯りがある場所に人がいることを知っています。それだって、精密な光学センサーを装備されていたら、何の意味もないのですが、ただ何もしないよりはましだと祖母がいいました。普段は豆電球を燈したままの納屋も、真っ暗な闇の中ローバーたちを休ませました。

 

 風呂上がりの濡れた髪を梳いて床に着き、静かな寝息をたてる弟の脇で、私は真っ暗な天井を見つめながら考えていました。

 たった1匹の野良ゾイドが、この広いブロント平地を混乱に陥れています。戦争が終わり、大異変が収束し、ようやく訪れた平和の日常は、あまりに脆く崩れてしまいました。これがもし、1匹ではなく何匹ものゾイドが一斉に襲撃を始めたとしたら、忽ち今の生活は無くなってしまうのでしょう。

 ゾイドは私たちにとって、無くてはならないもの。でも、一方的に利用するだけでは、今回の様に手痛いしっぺ返しを受けることを、人は忘れていたのではないかと。そして、大量の戦闘ゾイド同士がぶつかり合う戦争になれば、その脅威は遥かに大きくなるのではないかと。

 祖母が、事あるごとに戦争の話をするのもそのためなのかもしれない。

 私は一刻も早く、野良ゾイドがいなくなることを願いつつ、いつの間にか眠りに落ちていました。

(今晩も、おかあさんとお話しできますように)

 

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