『赤蜻蛉』   作:城元太

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――④――

 

 四日目

 

 

 

 翌朝、村境のゆるい坂道になった丘の向こう側から、聞きなれないギシギシという重苦しい音が響いてきました。

 それは畦道の幅をいっぱいにとって、道端に植えられた収穫目前の紫色に実った果樹を薙ぎ倒し、踏みつぶしながら進んでいきます。

 やがて特徴的な2本の角を持った銀色と赤のゾイドが姿を現しました。

 軍のゲルダーという小型ゾイドでした。小型と言ってもローバーなどの24ゾイドと比べると遥かに巨大です。低い重心の機体は、周囲を圧倒するように進んできました。

 私は間近で戦闘ゾイドを見るのは初めてです。私たちは脇道に身を寄せ、その巨大な金属の塊が通り過ぎるのを待ちました。

 通り過ぎた畦道の上には、踏みつぶされたマルベリーの果実が、無残な姿となって残されていました。

 

 家に帰ると、ルイスさんが協力をして欲しいとやってきました。

 村の集会場に、先ほどのゾイドと何人かの兵士がやってきていて、食事をわけて欲しいとのことです。増援の到着は聞いていましたが、急な事なので準備が出来ていなかったのでしょう。

 父は快く返事をして、私に食事を包むように言いました。

「エミリー、また頼めるか」

「悪いね、エミリーちゃん。私はこれからサンテシマさんのところにも声を掛けてくる。集会場に届けてくれないか」

 私もあのゾイドには興味もあります。納屋で休んでいたラッタナを起こし、まだ温かい食事を持って、集会場へと向かいました。

 

 集会場の周囲にも、身の丈ほどに生い茂った果樹林があります。

 その奥の敷地の中、私以外にも何人かの村民が来ていて、遠巻きに兵士たちとゲルダーを見ていました。

 兵士たちは、不安そうな村の人々を尻目に、幾つかの仮設の兵舎とテントを設置しています。集会場の正面に『野良ゾイド捕獲部隊・セルン村仮設兵舎』という看板が立て掛けられました。

 

 もどってきたルイスさんが、集まっていた村人にお知らせを配ってくれました。私も、食事の包みを渡したときに2枚貰いました。

 最近出没している野良ゾイドを捕えるために、暫くここの集会場に駐屯軍が数日留まるということが書いてあります。同じように、南からコックス・フロスト・ウォルトンの村々にも駐屯軍が向かっているそうです。

 兵士たちは、私たちが持ってきた食事を美味しそうに食べています。食欲が満たされ緊張が解けたのか、兵士同士で談笑しているのですが、その会話のアクセントの違いに気付きました。

「あの、おいしいですか」

 私は私の作ったお弁当を食べている兵士に、思い切って声をかけてみました。彼は傍らに脱いだヘルメットを置き、ゆっくりと噛みしめるように食事をしています。

「とてもおいしいですよ」

 彼はにっこりとほほ笑んでくれました。私より少し年上でしょうか。テント設営作業のためか、幾分紅潮した肌は北の大地に住む人々の特徴である真っ白な色をしていて、髪の毛もこの辺りでは見かけたことのない銀色に近いブロンドです。男性でありながら、女の私が羨むような、どこか神秘的な雰囲気を伴った青年でした。

「この食事はあなたが作って下さったのですか」

「はい、さっき作って届けたのです。

 よかった、気にいってもらえて。

 ところで兵隊さん、兵隊さんはどこから来たのですか」

 先ほどのアクセントの違いが気になっていました。何の特徴もない、地方の農村では、遠方からの来訪者は滅多にいません。それだけに、独特のイントネーションで会話する彼らへの物珍しさもあったのです。

 彼は少し考えるようなそぶりをして、またにっこりと笑いながら答えました。

「チェピンからです。ここまで随分かかりました。でも、こんな素敵な女性に御馳走していただいて、長旅の苦労も吹き飛びました。ありがとうございます」

 

 淡いグリーンの瞳がほほ笑むと、私の意識は突然跳んでいました。

 

 いままで同年代の異性に〝素敵な女性〟なんて風に呼ばれたことなどなかったから。

 年齢もそれほど変わらないはずなのに、彼は妙に大人びていました。だから〝素敵〟なんてお世辞も言ったのでしょう。でも、少し嬉しいし。

 よくわからず、私は急に鼓動が早鐘を撞く様に騒ぎ出し、耳たぶが熱くなってきました。

 バネ仕掛けの人形のようにお辞儀をすると、ラッタナのところに駆けていきました。

 停まっているゲルダーにぶつかりそうになりながら、慌てて家に戻って行きました。

 

 ルイスさんからもらったお知らせの手紙は、手のひらの中で2枚ともしわくちゃになっていました。

 

 家に帰った時には、家族の食事は終わっていたので、空腹の私だけ掻き込むように朝食を食べながら、集会場の様子を話しました。

「ゲルダーだって」

 祖母が聞き返しました。

「駐屯軍なのかい」

「ううん。チェピンから来たと言っていたけれど」

 祖母は訝しむように、視線を集会場の方向に向けました。

「多分、その兵隊はゼネバス兵だよ」

 ゼネバス兵と聞いて、彼のアクセントの違いに納得しました。あの時は気付かなかったのですが、言われて見れば兵士たちは私たちと種族も違っていました。チェピンは大異変の前の首都で、昔のダークネスのことです。駐屯軍はふつうエウロペ出身の者が兵役に就くのですが、遠く離れたニクスからわざわざやってきていたことには理由がありそうです。

「旧式ゾイドしか与えられず、こんな辺境に送られたのだね」

 祖母は少し悲しそうな眼をしていました。

 

 施設の整備が終わったのか、部隊は昼前から行動を始めました。

 ゲルダーを中心に、周囲に重そうな機関銃を持った兵士と、探知機のような機械を持った兵士が集まって、果樹園から周辺の森林地帯、そして小さな谷間周辺など、野良ゾイドが隠れていそうな場所を辿っていました。

 狭い畦道は、ゲルダーには窮屈で、とても戦えそうにはありません。それにかなりの旧式らしく、歩くたびに間接から悲鳴のような軋む音が響いてきます。ようやくやってきた軍隊ですが、生身よりは幾分ましというだけで、とても村全部を守りきるには無理がありました。それでも兵士たちは、終日村内を巡って、野良ゾイドへの警戒を続けていました。

 日が暮れる頃、集会場から炊煙が上がるのがみえました。野良ゾイドの活動は昼間が多いので、夕餉の小休止に入ったのでしょう。とにかく、今日もセルン村にはなにもありませんでした。このまま何もなく、また1日が終わることを願って、家路につきました。

 

 夕闇が迫るころ、開けっ放しの引き戸の先で祖母が呆然と立っています。

 視線の先には、父がいつも見ているテレビ画面。

 その画面一杯に、紅蓮の炎が映し出されていました。

 

 テレビのナレーションは、現場の生々しい様子を伝えています。

〝映像を御覧の通り、現在も炎の勢いは一向に衰えておりません。関係者によりますと、火の手は揮発性の高い燃料貯蔵庫より発生し、瞬く間に格納庫全体を覆い尽くしたとのことです。

 詳しい調べは終わっていませんが、駐屯軍では貯蔵庫の火気管理は徹底しており、自然に発火することは考えられないとのことです。

 この火災による被害は、定期偵察中の1台を除いて、配備されていたサイカーチス3台が大破。その他各施設に甚大な被害が発生している模様です。

 この火災の影響により、現在野良ゾイド捕獲のため行動中の捜索部隊は、通信施設が破壊され連携した作戦行動ができないため一時中止となります。増援のため、ニクス本国より着陸予定であったホエールカイザーは、滑走路の確保が出来ないため一時ニクシー基地に回航し、鎮火を待って明日の未明に到着の予定となります。

 繰り返しお伝えします。ブロントシティー東部に位置する北エウロペ北部派遣ブロント航空駐屯基地に於いて、現在より約2時間前に爆発事故が発生しました。詳しい原因は不明です。後程新しい情報が入り次第お伝えします〟

 

 その景色に見覚えがあります。ロプサンさんの店から見えた、シティーの外れの軍の飛行場。倉庫のような場所から、連続して火を噴きあげています。爆発に巻き込まれたのか、見覚えのあるゾイドの脚部が炎の中に揺らめいています。あれはサイカーチスの脚。

 町が燃えている。一体なぜ。

 映像を見ながら、私は考えていました。報道では、爆破原因は不明と言っていましたが、私の脳裏を過っていたのは、野良ゾイドによる襲撃でした。

 巡回版に示された野良ゾイド襲撃地点を示す×印を結んだ直進方向にあったのが、ブロントシティーです。

 祖母の予想を裏切って、この町でも大きな被害を出しました。今まで小さな村ばかりで被害があったものが、警戒厳重な軍の基地まで巻き込んだ事件が起きている。時間がたつに連れて、まるで犯罪を学習しているように被害が増えているのです

 もし仮に、この一連の襲撃事件が野良ゾイドの仕業だとしたら、今捜索が行われている野良ゾイドは、何かの目的を持ち、そして高い知能も持っているのではないかと思いました。

 何日もの間、捜索が続けられているのに捕獲されないこと、足跡を初めとして、数多くの証拠を残しながらも未だに正体を掴ませない狡猾さ。そして町を襲う場合は、個人を狙うのではなく軍の施設を破壊して、一度に捜索活動を出来なくするという作戦。どれをとっても、ゾイドだけで考えられることとは思えません。

 ふと、これは野良ゾイドの仕業ではなく、誰か人間がゾイドを操って、次々と事件を起こしているのではないかとも思いました。例えば、祖母がいっていたように、共和国のスパイ活動のようなもの。

 ですが、その考えは直ぐに間違いだと気付きました。なぜなら、最初無差別に農作業をしていた人たちを死傷させた理由がわかりません。破壊工作をするのなら、人殺しなど目立つことをする必要などないから。

 もう一つの理由は、野良ゾイドが襲撃した地点を繋げると、信じられないくらいの直線を描いていることです。これでは簡単に進む方向が判ってしまいます。開拓局や駐屯軍でも、これまで直線を描いていたのはただの偶然で、祖母と同じようにシティーは迂回するものと考えていたのでしょう。でも、今回の火災で、野良ゾイドの進路が直進することがはっきりしました。

 

 夕刻、爆発の原因が特定されました。

〝軍の調査によると、飛行場敷地内の燃料タンクの側面にパルスビーム砲による銃創が確認されました。現在ブロント基地に於いて同種の特殊武装を持つ機体は無く、先ごろから各地で襲撃を繰り返していた野良ゾイドによる攻撃と断定しました。これを受けて軍は、現地の駐屯部隊と連携し、ニクシー基地より中隊規模での増援を要請し、徹底的に鎮圧することを決定しました。進路上にある村には明日の早朝に到着し、探索にあたるとのことです。周辺住民には最大限の協力を要請するとのことです〟

 

 次の目的地は、このセルン村です。私の村が戦場になります。

 

 

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