六日目の日中
日が昇ると、いつも見ていた景色は一変していました。
果樹林は黒く焼け焦げ、畑のあちこちには爆発による穴が空いていました。踏みつぶされた作物と、荒らされ堰き止められた用水路。水面にはギラギラと虹色に光る油膜が浮かんでいます。他にも、家ごと踏みつぶされた人もいて、戦闘による爪痕は私たちの村に深く刻まれていました。
朝、やはりいつもの様に勇ましい行進曲と共に、テレビでの放送が流れていました。
皇帝陛下の病状経過と、ヴァルハラでの演習の様子、共和国のエウロペ植民の協定違反など、目新しい報せはありません。そして地域情報に切り替わった時にやっと昨日の攻撃作戦の様子が流れました。
画面からは、足元から見上げるイグアンの映像が流れ、美しい菱形の編隊を描いたサイカーチスが飛び去って行きます。幾つかの銃撃による爆発の様子が映った後、映像に被さるようにナレーションがはいりました。
〝度重なる襲撃事件を繰り返していた野良ゾイドですが、昨日昼、軍の戦闘ゾイド部隊によりようやく鎮圧を完了しました。当初の方針では、捕獲もしくは極力破壊を抑えての残骸回収を目的にしていましたが、野良ゾイドが最後まで抵抗し、兵士にも被害者が出たため止むを得ず発砲、コアを含めて完全鎮圧となりました。残骸の多くは四散しましたが、その一部が軍より公開されています〟
映像が切り替わりました。白いシートの上、焼け焦げた残骸が横たわっています。予想に反して、それは小さなものでした。銃撃による破壊のため、機体が引き千切られてしまっているのかとも考えられました。
私は、その残骸に残る青い部分を見つけました。あれは透明装甲。ローバーやメガトプロスの特徴となる部分です。そして残骸の形。引き千切られて小さくなっていたのではなく、輪郭がローバーのものと似ています。
「お父さん、あれ、クルンじゃない」
思わず叫んで、父を映像の前に呼びました。
「確かにローバーのようだが。まさか、信じられない」
父も目を凝らして見ているのですが、言葉の通り信じられない表情を浮かべています。放送は続きます。
〝凶悪な野良ゾイドは、軍の包囲網を突破しようと侵入してきたところを、待ち構えていたイグアン・ゲーター部隊の十字砲火により完全破壊に至りました。破壊の程度が激しく、現在機種の特定を急いでおりますが、軍の発表では未だに不明との見解です〟
絶対おかしい。私だって、父だって、あの透明装甲の破片からクルンと同じローバーだとわかるのに。軍隊が、あれがバトルローバーと呼ばれた機体であることに気付かないはずがない。
クルンが居なくなって、簡単に見分けることの出来る野良ゾイドの残骸が確認できない。私は胸の奥に物が閊えたような、言いようのない気持ちでした。
朝食の前に、父が畑の様子を見に行くといいました。私も気になります。残されたプラマハとラッタナに乗って、私たちは踏み荒らされ、土手の削られた畦道を進んでいきました。
私たちの果樹園は、まだ被害は軽い方でした。砲撃による大穴は無く、一部レーザーに焼かれたような一条の焼け焦げの痕が残る程度で、収穫は出来そうです。それでも、ローバーの視線から見渡す他の耕地の荒れ具合は惨憺たるものでした。
テレビ放送はこの荒らされた耕地を映すことはありません。あたかも軍は無傷で野良ゾイドをやっつけたかのように伝えています。多分、この小さな村の出来事など、興味はないのでしょう。私は村が見捨てられたような気分になって、悔しくて、悲しくて、寂しくなりました。
「何か聞こえる」
父が突然ローバーを停めました。2人で耳を澄まします。
何処からか小さな声が聞こえてくる。これは人の呻き声。ローバーを下りて、果樹の繁みを覗き込みます。
声がだんだん近づいてくる。今にも消えそうなか細い声。
倒されたマルベリーの樹の下、濃紺の軍服を着た兵士が血塗れになって倒れていました。
「すぐにサンテシマさんを呼びにいけ、怪我人だ。出血がひどいから動かせないと言え」
発見と一緒に、父が叫ぶように言いました。
お隣のサンテシマさんの家まで全速力でラッタナを走らせ、そのままサンテシマさんを連れ去るようにさっきの場所に戻りました。
昨日の避難で疲れ切り、漸く起きて朝食を食べ終えたばかりだったため、サンテシマさんはひどく気分が悪そうにしてラッタナの背中に揺られていました。それでも怪我人の前に着くと医者の顔に戻って、冷静に怪我の具合を調べ出しました。
「額が切れているから出血も多く見えるが、大丈夫。頭骨には達していない。足の怪我も打撲の様だ。倒れた時に木の枝が刺さったようだが、消毒をすれば治るだろう。とにかく、私の診療所まで連れて来てくれ。君、立ち上がれるかい」
さっきまで呻き声をあげていたのに、サンテシマさんの言葉に安心したのか、傷ついた兵士はゆっくりと起き上がりました。血塗れの金髪に、軍服には爆風に焦がされた跡が残っています。父の肩を借りて立ち上がり正面を向いた時に、私はあの時私の作った料理を食べていた兵士であることを思い出しました。
「名前は言えるかい」
「自分はヘルマン・フリードリヒ=ブルーメンバッハ。北エウロペ北部分遣隊第512小隊所属……」
「そこまで聞ければ充分だ。クリスピンさん、なるべく揺らさないように運んで下さい。
私もさっきのエミリーちゃんの荒っぽい手綱捌きには参ったからね」
疲れ切ってローバーのシートに凭れ掛かるように座った彼、ヘルマンさんを乗せると、私たちは轍と穴だらけの畦道をゆっくりと進みました。
さっきのサンテシマさんの言葉の所為でしょうか、私は妙に顔が火照っていました。
父が彼を診療所に担ぎ込んだ後、身体のあちこちに食い込んだ木の枝や爆弾の破片などを取り除き、全身を消毒して止血作業を終えるまでにしばらく時間が必要でした。この村には看護師はいないので、サンテシマさんの奥さんのマリアさんが一緒になって手伝います。
治療が終わり、身体の彼方此方に包帯が巻かれた姿でヘルマンさんが現れた時には、既に日も高く上がったころでした。サンテシマさんの言った通り、出血は多かったものの酷い怪我はなかったようです。
午後には半身を起こして会話できるほどになっていました。
「気分の方は如何ですか」
マリアさんが少し血の滲んだ包帯を新しいものに変えながら話しかけました。ヘルマンさんは弱弱しいながらも笑顔を浮かべ、小さくお礼を言いました。
「強く背中を打ったので呼吸が出来ずに気絶していたようです」
もともと透き通るように白い肌なのに、ベッドにいる彼は更に手折れてしまう花の様に儚げでした。
「自分はゲルダーの前方で野良ゾイドの接近を目視する斥候でした。後方には探知機を持った工兵がいて、半径200m圏内に金属があれば危険を察知できるはずでした」
「まるで囮だね」
サンテシマさんが病室に入りざま、呟きました。
「それを考えることは我々兵士にとって意味はありません。何より目標を排除する為には、多少の犠牲はつきものです」
彼の言葉は、冷徹な軍の組織の有り様を示していました。勇ましさの裏返しの無謀さ。個を殺しても全体を生かすこと。それは人の価値の否定だと思いました。
「探知機は正常でした。それでも敵は林の中に身を潜めて、我々が接近してくるのを待っていたのです。奴は、探知機に反応しませんでした」
「ステルス、というものか」
「いいえ、そんなレベルではありません」
間髪を入れず、彼が答えました。
「電波吸収塗料が塗布されている可能性は充分考慮していました。これまで一度として反応しないのは、非常に優れた吸収剤が使用されていると予測できましたから。だから探知機をゾイドに搭載するのではなく、わざわざ我々歩兵に装備させたのです。より地表に近ければ、繊細な反応が得られます。それでも奴は見つからなかったのです」
ベッドの傍らにサンテシマさんが腰を下ろしました。
「君、そんなに話して大丈夫なのかい」
「はい、昨日の夜は一晩中横になっていたので」
サンテシマさんが苦笑しています。彼は話しを続けました。
「奴は自分達が20mほど接近した時に襲いかかりました。
左側を歩いていた仲間が、急に木々の間に呑まれるように消えると、覆い被さるように巨大なハサミが出現しました。
ハサミには、仲間が捕まれていましたが、それが人間の身体にしてはとても小さくなっていたことに気付きました。決して鋭くはないハサミは、低く唸りを上げながら迫ってきます。
電磁波発生アームの威力がどんなものか、目の当たりにしました。仲間は、腰の部分から切断され、悲鳴を上げる間もなく殺されたのです。胴体から紐のように垂れ下がった内臓が、振り回されてはためいていました。
後方にいたゲルダーが、敵の出現を察知して、目視で照準も定めないうちに三連衝撃レーザーを発砲しました。
弾道は逸れて、敵のはるか後方に着弾しました。発砲を確認した右前方のイグアンが、やはり照準を定めずに発砲します。榴弾の穿った爆炎に紛れ、目視は更に困難になります。その内に敵は、我々の小隊のゲルダーに狙いをつけました。
木々の間から、一つ目の蛇のようなものが鎌首をもたげました。先端のパルスビーム砲が、正確にゲルダーのコクピットを貫きました。探知機と連動した精密射撃です。強力な装甲とは裏腹に、最も防御の薄いコクピットを射抜かれ、銃創はコアにまで達し内部から爆発を起こしました。
駐屯軍に増援部隊、開拓局直営部隊の連携は全く取れていませんでした。砲撃の指示が統一出来ず、各部隊が勝手に発砲するので煙と炎で視界がきかなくなり、そこを狙って野良ゾイドが殺戮を重ねました。
歩兵をハサミで掴むと、わざと電磁波を発振させずに盾の様に掲げました。味方が攻撃できないのを見て、賺さず尾部のパルスビームで急所であるコクピットを正確に射抜いてきます。邪魔になると途端に電磁波を発振させ、人質の歩兵を切断し、次の襲撃目標に向けて突進します。
奴は人を殺すのを楽しんでいました。わざと両足を喰いちぎって、逃げることの出来なくなった兵士を弄ぶように放り投げ、ぐったりすると途端に腰から切断しました。
返り血を浴びた機体は、本来白であるはずの複合装甲が、べったりと赤黒く変色していました。
自分は恐怖のあまり立ち竦んでいました。中央に光るセンサーは、機械的な光とは思えないほど、不気味でしたから。
もし背中を見せて逃げていれば、奴は他の歩兵にしたと同じように、自分を弄んだ後、2つに引きちぎっていたでしょう。ところが動けない人間に興味はないのか、奴は思いきり自分をハサミで吹き飛ばしました。
自分の記憶はそこで途切れています」
私たちは彼の話を食い入るように聞いていました。少しの沈黙の後、マリアさんが静寂に耐えられないというように口を開きました。
「でも、今朝のテレビで、野良ゾイドは退治したとありましたよ。きっとそのゾイドも軍隊が倒してくれたのよ」
「本当ですか」
ヘルマンさんの表情が、一瞬明るくなりました。
「なにか、青っぽい色をした、小さな残骸だけど、軍の発表では爆破したから小さくなったといっていたけれど」
私も今朝の映像を思い出しました。
「青い色ですか。あのゾイドには青い装甲板はありません。あれは複合装甲材で、機体も多脚式のもの。機種はデスピオン。旧ゼネバス帝国24部隊スケルトンのものです」
「スケルトン」
私は思わず声を上げました。祖母の言っていた部隊です。
「本来軍人として、指示もなく情報を漏らすことは罪に問われますが、恐らく自分は軍に見捨てられています。部隊が全滅して既に殉職扱いになっているはずですから、構わないでしょう。
助けて頂いたお礼に、真実を言います。この村の皆さんにお伝えください。
野良ゾイドは生きています。ほぼ無傷のまま、どこかで息を潜めています」
表情を硬くしたヘルマンさんは、ベッドから窓の外の景色を睨んでいました。