『赤蜻蛉』   作:城元太

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――⑦――

 

 

 六日目の夕方

 

 

 ヘルマンさんの話は、村の連絡網に乗って各戸に伝えられました。まだどこかで生き残っている野良ゾイドに備えるため、急遽夕刻に集会所での寄り合いが開かれました。

「……以上のことだが、皆さんはどう思われますか」

 説明を終えたルイスおじさんが、集まった村のみんなに問いかけました。

「やっぱり軍隊にもう一度来てもらうのが一番いいと思う」

 北組のトリニダットさんだ。太っていて、いつも明るく冗談ばかり言っている人なのに、今日の表情は真剣そのものでした。何人かが頷きます。

「もちろんそれは考えている。しかし、昨日の作戦が、我々の村にどんな被害を齎したか知らぬ者もいないだろう。これは軍を批判する意味で言うのではないが、あの野良ゾイドを倒すには、イグアンのような戦闘ゾイドではなく、もっと小型のものでなければむりだろう」

「うちの作物は全滅だった。畑も吹き飛んで、火薬と油まみれ。全部踏みつぶされた」

 戦闘の中心に近かったデロスさんが、暗い表情で話しました。

「もう一つ問題がある。軍隊は今朝の報道にあったように、もう野良ゾイドを倒したと発表してしまっている。結論を出してしまった軍が、もう一度来てくれるかどうかだ」

「無理だろうね」

 ルイスさんの問いかけに、私の祖母がすぐ答えました。

「軍っていうやつは、妙に威信とか名目に拘るから、それを自分から修正するようなことはないだろう。診療所にいる負傷したゼネバス兵も、だから見捨てられたんだ。出動を要請しても、相手にされないね」

「クリスピンさん、言葉に気を付けないと」

 ルイスさんが祖母を窘めました。

「ただ、クリスピンさんの言うことは充分考えられる。軍の面目は丸つぶれになるからだ。かといって、我々だけで、あのゾイドは倒せないだろう」

 

「フランツさんには頼めないのですか」

 少しの沈黙の後言葉を発したのは、列の後ろの方に座っていた、1年ほど前に入植してきたばかりのシムスさんでした。ほぼ全員が一斉に振り向きます。

「あんたはまだここに来て日も浅いからわからないだろうが、あの変わり者の爺さんに頼むのだったら、うちのスパイカーで戦った方がましだよ」

 広い土地を持つスピアーノさんが半ばあきれ顔で言いました。同様の空々しい笑いが、集会場に広まりました。

「なんだかよくわからないのですが。確か以前フランツさんは野良ゾイド狩りをやっていたと聞きました。だめなのですか」

「だめだよ」

 トリニダットさんと、その他の何人かも同時に答えます。

「あの爺さんときたら、人付き合いを全然しない。今日もここに来ていないのがその証拠さ。第一畑は自分の食べる分しかつくらないから、今度の被害も関係ない。前はあちこちの村で野良ゾイド退治をしていたそうだが、仕事が減って得物も売り払ったらしいぞ。それにあの歳だ。当てになるわけがない」

 ちょっと酷すぎると思いました。あの時あったフランツさんは、怖いけれど悪い人とは思えませんでした。ローバーとロードスキッパーを手なずけた手際の良さも見事でした。でも、私みたいな子どもが出る幕で無い事だけは判っていたので、黙っていました。

「ところで、本当に野良ゾイドは生きているのかだ。当てにならない負傷兵の戯言なんてことはないだろうね」

 東組のイさんの言葉に、何人かが頷きました。

「私も最初は疑った。残骸まで発表されているのだからね。

 それなんだが、クリスピンさんのところのローバーが1台いなくなったのを知っている人はいるかな」

 私はその話を聞いて鼓動が高鳴りました。まさか。

「軍も野良ゾイドの正体が24ゾイドであることは掴んでいるはずだ。しかしあれだけ大規模な作戦をやって、何の成果もなく帰ることもできなかった。そのため、クリスピンさんのところのローバーを代わりに破壊して、野良ゾイドの残骸に仕立てたのではないかと、私は思うのだが、どうだろう」

「うそだ」

 私は立ち上がり叫びました。

「クルンは怖くて逃げただけだよ。壊されてなんかいない。確かにあの残骸はローバーに似ているけれど、兵隊さんが嘘をつくはずない。絶対ない」

「エミリー、よしなさい」

 父が私の肩を押さえて座らせようとしました。でも、私は耐えきれず集会場から出て行きました。外で待っていたラッタナが私を見て1度立ち上がりましたが、私が乗らないのを知るとまた座り込んでしまいます。

 こんなに大人しく、やさしいゾイドなのに、意味もなく殺さされたなんて信じない。あれは別のゾイド、絶対違う。私は頬に熱いものが流れるのに気が付いていました。

 

 今晩も月が二つ出ています。遠くにかすかに見える集会場の灯り以外、人の出す光は見えません。

 暗がりの中、私はさみしくて、唄を口ずさんでいました。

 

 

 夕焼け小焼けの赤とんぼ

 

 負われて見たのはいつの日か

 

 山の畑の桑の実を

 

 小籠に摘んだは幻か

 

 

 机の上の赤とんぼは、このところの騒動で作っていません。

 村は焼かれ、クルンはいなくなって、その上人喰いゾイドがこの村に潜んでいる。4日前に、ロプサンさんの店に持って行ったことが、もう遠い昔のような気がしました。

 

(おかあさん)

 

 母が亡くなったのは、村が初めての豊作に湧いた年のことでした。

 それまでは、金属成分を多く含む土地のため、穀物であれ果樹であれ、何一つ満足な収穫を得たことがありませんでした。

 ですが、その前の年にデルポイからやってきた農業指導員が、微生物を利用した耕作地の土壌改善を行いました。詳しい化学的理由はわかりませんが、とにかく翌年には豊かな実りが村中を覆い、人々は喜びに溢れました。幼かった私も、両親たちの喜ぶ姿に幸せな気持ちで一杯になりました。

 しかし、それが悲しい別れに繋がるとは、村中の誰もが思っていませんでした。

 収穫を終え、出荷作業も一段落し、次の作付けについて新たな想いを描いていた矢先に、村では原因不明の病気で倒れる人が続出しました。病状は高熱が出て、あっというまに死んでしまうのです。それも病気にかかる人はごく一部で、同じ家族でもまったく罹らない人には影響がないというものでした。

 母は、この謎の病気に罹りました。

 1週間ほどだと思います。

 その朝は、前日から寝ずの看病を続けていた父が、私たちが朝起きてきたときに、呆けたような青白く力ない顔で、突然私たちを強く抱きしめたことを覚えています。

 

(エミリー、レメディオ、ごめんな。父さん、お母さんを助けることできなかった)

 

 その言葉が何を意味するかは、幼い私でも直ぐにわかりました。でも弟は理解できずに「なぜ父さんはごめんなさいしているの?」と眠そうな声で聞いてきました。

 やはり徹夜で看病をしていた祖母が、父から弟を抱き上げて、そっと奥へ連れて行きました。

 少しして、生きて母と会えなくなった現実を実感した私は、悲しいという感情がこみ上げる前に、勝手に涙が溢れてきて、頬を熱い滴が止め処なく流れ落ちていることに気付きました。想い出というには、あまりに短い間でした。

 

 母の亡骸は、原因不明の病死のため、開拓局の衛生部に検体として引き取られました。いまにしてみれば、研究材料にされたのだと思います。遺体の無い母の葬儀を、父や祖母はどのように執り行ったかを考えると胸が痛みます。

 結局謎の熱病の原因は不明のままに終わりました。罹病した人は全員死亡してしまったからです。村で死んだのは5人。その中の1人が母でした。

 豊作と引き換えに、幾つかの犠牲を残して、村の営みは軌道に乗り、毎年豊かな実りを残すようになりました。

 

 母との想い出は、この赤とんぼの唄。なぜ母が、この唄を歌っていたかはわかりません。もしかしたら、母自身もわからないかも知れません。ただ、唄いたかったから、伝えたかったから、それだけのことなのかも。

 クルンを失い、いえ、失ったかもしれないと思うと、あの時父に抱きしめられた時の悲しみを思い出してしまって、私は歌っていたのかも。やはりそこに理由などないのです。

 

 

 十五で姐やは嫁に行き

 

 お里の便りも絶え果てた

 

 

(15歳になったら、私も花嫁さんになるのかな。そうしたらおかあさんともお手紙出せないの)

(心配しないで。これは昔むかしの唄。エミリーがそんなに早くお嫁さんになっちゃったら、お母さんだって寂しい。

 可愛い花嫁さんになるまでに、お料理やお裁縫、お花の名前やゾイドの名前を、たくさんたくさん教えてあげる。お嫁に行くのはそれからにしてね)

(ゾイドの名前はいい。だってゾイド怖いんだもん)

(怖くないのよ。ゾイドの気持ちを知れば、怪我しないから。

 ゾイドは、本当はみんなやさしい気持ちをもっているの。

 いつでも人間となかよしになろうとしているの。

 いつでも人間のために働こうとしているの。

 だから時々悲しいの)

(ゾイドは悲しいの?)

(ううん、なんでもない。なんでもないのよ)

 

 長い間忘れていた言葉を、ふと思い出しました。

 あの時母は何を伝えたかったのでしょうか。なぜゾイドは悲しいのでしょうか。

 

 ふと、月明かりが射さない漆黒の暗闇の中、林の木々の根元に青い炎のような燈火が浮かび上がりました。

 ぼんやりとした光が、やがて輝きを強めて、こちらに近づいてきます。

 私は歌うことを止めて、光の方向を凝視しました。まるで瞳のような燈火。こちらを静かに見つめるように光っています。あれは、ゾイドの光?

 ガサガサと、物音を立てることに気を留めないように、その光の持ち主は林の中から姿を現しました。

 月明かりに照らされ、浮かび上がった姿は、紛れもないあのゾイドでした。

 デスピオン。蠍型のゾイド。

 でも、身体のあちこちは土くれで覆われ、背中には苔まで生えています。電磁波発生アームの2つのハサミは、刃先を除き血糊の光沢で淡く縁取られています。

 人喰いゾイドの正体でした。

 ハサミとハサミの間で光るセンサーは、金属生命体独特の無機質な輝きで私を見つめています。そこに殺意は感じられないのですが、それこそが一番恐ろしい。このゾイドは、人を殺す意味がわからない。人を憎んでいない。だから無意味な殺戮も出来るのです。その証拠に、中央のセンサーの下の口吻にあたる部分も、血糊でべったりと汚れています。金属生命体として、人間を食べることもできないのに、人間を戯れに齧っていたのでしょう。

 私は今、人喰いゾイドに見据えられています。動くことも出来ず、ただ青いセンサーの光を見つめることしかできません。

 走って逃げて、逃げられるものではないでしょう。大声を出して、助けを求めても誰かが駆けつける前に引きちぎられてしまうはず。ヘルマンさんの話が正しければ、もう私は助からないとわかりました。

(おかあさんの近くに、もう逝くことになっちゃった)

 

 不思議と冷静でした。

(このゾイドと、何処かで出会っている)

 奇妙な既視感。

 私は死ぬことに戸惑いが無くなっていました。せめて最期の想い出です。

 青いセンサーの光を見つめながら、唄い始めました。

 

 

 夕焼け小焼けの赤とんぼ

 

 負われて見たのはいつの日か

 

 山の畑の桑の実を

 

 小籠に摘んだは幻か

 

 十五で姐やは嫁に行き

 

 お里の便りも絶え果てた

 

 

 ゆっくりとセンサーの光が横を向いていきます。ガサガサという多脚式ゾイド特有の足音をわざと残すように動き出しました。

 デスピオンは、やがて果樹の間に身を潜め、私の前から去っていきました。

 なぜ私を襲わずに去って行ったのかはわかりません。

 月明かりの下、立ち尽くしている私は、遅れて全身の震えが止まらなくなりました。

 遠くで父の呼ぶ声を聞き、力の抜けた私はその場に崩れ落ちるように座り込みました。

 

 

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