『赤蜻蛉』   作:城元太

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――⑧――

 

 七日目

 

 予想通り、軍は動いてはくれませんでした。

 ルイスおじさんの説明では、開拓局を通してもう一度野良ゾイド退治を頼んだのですが、既に解決済みとしか答えてもらえず、取り合ってくれなかったそうです。ルイスさんは、犠牲が出てからでは遅いと、何度も何度も頼んだそうです。ですが、祖母の言ったように、軍は出動する素振りさえ見せませんでした。それどころか、各地域で護衛にあたっていたゾイド達が一斉に引き揚げ、ニクシー基地へと移動を始めたのです。

 野良ゾイドと戦う手段を奪われ、私たちは途方にくれました。もし今のままデスピオンが動き出せば、最悪の事態となるでしょう。

 そして、その最悪の事態は直ぐに訪れたのです。

 

 東組のイさんは5人家族。イさんと奥さん、12歳の姉と4歳の弟、そしてイさんのお婆さん。その日はこの前の戦いで荒らされた畑を戻すため、イおじさんだけが外に出ていたそうです。奥さんは3日前から体調を崩して寝込んでいて、代わりにお婆さんが家で子どもたちの面倒を見ていました。

 

 畑から昼食に戻ったイさんは、家のベランダで疲れて座り込んでいる4歳の息子さんを見つけました。無邪気に遊び過ぎて、陽があたって眩しいにも関わらず眠りこけているようで、遠くから思わず声をかけたそうです。

 息子さんは目を覚ますことなく眠り続けています。やがてイさんが近づいて、やさしく肩をゆらしました。

(こんなところで寝るもんじゃないよ。さあ、早く中へ……)

 その時、イさんは周囲の状況の異常に気付いたのです。

 息子さんは、肩を揺らされた拍子に、そのまま横に倒れ込みました。俯いていた胸の真ん中には、僅かに焼け焦げた血糊がついていて、すでに身体は冷たくなっていたそうです。

 家の中から異臭が漂っています。焦げ臭くて、生臭い匂い。

 イさんは家の引き戸を力任せに開けました。

 

 土間には切り裂かれた肉体が、4つ転がっていました。

 1人は娘さんの、もう1人はお婆さんの。

 家の奥の壁が破られ、向こう側の屋敷森が見透かせていました。

 壁には血塗れの身体を叩きつけたような赤い人型が無数に残り、折られた足を引きずった血だまりが2本の筋の様に残っていました。

 デスピオンは、一度にとどめを差さずに、娘さんとお婆さんとを交互に弄んだ挙句、最後に腰の部分から切断したようです。人の爪の跡が、柱に残っていました。必死でよじ登って逃げようとする2人を、何度も何度も引き摺り下ろしたらしいのです。

 その後、戯れに噛みついた牙の跡が背骨に残り、引き出された内臓が赤い帯となって、突き破られた奥の壁まで伸びていました。

 惨状を目の当たりにしながらも、イさんは奥さんを探しました。

 廊下の突き当たりの部屋に横たわっていた奥さんは、静かな寝顔を浮かべていました。

 ただ、掛けられた布団の真ん中には、丁度デスピオンの脚の太さと同じ大穴が空いていたそうです。

 殺すことに飽きたそれは、7tもの重量を1本の脚にかけて、布団ごと奥さんを突き刺していたのです。

 イさんは家族の全て失いました。

 

「これは私の仕事じゃないよ」

 駆け付けたサンテシマさんと奥さんのマリアさんは、遺体を包んだ布を元の場所に戻すと静かに黙祷を捧げました。騒々しい緊急ゾイドのサイレンが鳴り響き、集まった村の人々が遠巻きに囲む中、辺りの視線に構わず悲痛な慟哭を続けるイさんがいました。

 壁の壊され方と、残された足跡から、襲撃したのがデスピオンであるのは明白でした。でも、開拓局は戦闘ゾイド不足を理由に、護衛部隊の出動を許可してくれません。詰め寄る村の人々を振り切って、開拓局の治安員はシティーに戻って行きました。

「なるべく寄り固まっていることだな。作業ゾイドでいいから、寄せ集めて」

 それだけ言い残して。

 

 私たちは再び集会場に集まり、対策を立てようとしました。夕刻前、まだ太陽が地平線に沈む前のころでした。

 スピアーノさんは、用心のために作業用に改造されたスパイカーに乗って集会場に向かっていました。作業用といってもハイパーサーベルの武装はそのままでした。

 畦道の向こう側、こんもりと繁った村境の林から、突然青い光が伸びて、正確にスパイカーのコアを打ち抜きました。狙い澄ましたパルスビーム砲です。たちまち動きを止めたスパイカーのコクピットで、スピアーノさんは前から物凄い速さで迫ってくるデスピオンを目にしました。

 護身用に装備されていたライフル銃を構えようとしましたが、全身が震えて照準が定まらず、構わず打ち込んだ弾道はデスピオンの装甲に吸い込まれるように消えたそうです。

 デスピオンはまず、動きのとまったスパイカーの4本の脚を1本ずつ電磁波発生アームで切断すると、スパイカーの機体によじ登ってハイパーサーベルも二本とも根元から切断しました。

 モルガのようになったスパイカーを、最後にコクピットを切り落とし、地面にスピアーノさんごと叩きつけました。

 スピアーノさんはキャノピーの破片が突き刺さって血塗れでした。デスピオンは、コクピットをハサミで転がしたそうです。その内キャノピーが割れて、放り出されたスピアーノさんに気付かず、最後にパルスビーム砲でコクピットを撃ち抜くと、また森に戻っていったそうです。

 偶然通りかかったトリニダットさんのハイドッカーが見つけなければ、スピアーノさんはそのまま何が起きたかも知られずに死んでしまったところでした。

 

 立て続けに襲撃事件が2件起きてしまいました。デスピオンは、セルン村に住みついて、私たち村の人間を根こそぎ殺すつもりなのかもしれません。

 

 まだスピアーノさんのことを知らない私たちは、集会場で結論の出ない相談を繰り返していました。

「スピアーノさんところのスパイカーと、トリニダットさんのハイドッカーだけで戦えるはずがないだろう。クリスピンさんのバトルローバーだって、戦闘用じゃなくなっているんだ」

「軍隊が出て来てくれなければ、戦いようもないだろう」

「でも、前みたいに畑を荒らしただけで、役に立つ保証もないぞ」

「あの野良ゾイドの目的は何なんだ」

 大人たちは深刻な顔をしながら、話し合いを続けています。そんな時に届いたのが、サンテシマさんの重症となった事件でした。

 

 ルイスさんを囲んで、全員が頭を抱え込みました。

「やっぱり、フランツさんに頼んでみませんか」

 シムスさんが言いました。

 ですがこの時は、誰も笑ったりはしませんでした。みんなそれを考えていたのかもしれません。

「やってみるか」

 ルイスさんが辺りを見回しました。

「野良ゾイドは、夜は活動を止めるらしい。日が沈んだ今なら大丈夫だろう。誰かフランツの所に使いにいってくれる者はいないか」

 

 でも、その問いかけに答える人はいませんでした。

「シムスさんは、どうなんだい」

「私には面識がありません。ただ、ゾイド狩りをしていたと聞いただけですから。私のような新米より、どなたかいらっしゃらないのですか」

 その呼びかけにも、誰も手を挙げようとはしません。

 大人たちは、フランツさんが怖いのではなく、デスピオンが怖いから行きたがらないです。でも、それを臆病と責めることはできませんでした。みんな家庭を持っていて、家族を守らなければならない。私だって、父が殺されたりしたら、家がどんなことになるかはわかります。ここに集まっている中で、ゾイドが操縦できて、フランツさんを知っていて、後の事を誰かに任せられる人は、今1人しかいません。

 

「私が行きます」

 私は立ち上がりました。

「エミリーちゃん……」

 みんなは驚いて、一斉に振り返りました。

「皆さんはここでの相談が忙しいと思います。

 私なら何度も巡回版を届けてフランツさんに会ったことがあります。女の子なら、フランツさんだって無闇に怒ったりしません。今までの話はよくわかりました。私がラッタナでいってきます。いいでしょ、父さん」

「だめだ、危険すぎる」

 父は即座に否定しました。

「でも、ここにいたって、あの野良ゾイドは突っ込んでくるかも知れないでしょ。危険なのは何処でも一緒だわ。そんなことより直ぐにフランツさんに連絡して、あのゾイドを退治してもらう方がいいと思う」

「エミリー、お転婆もいい加減にしないと」

「クリスピンさん、エミリーちゃんに頼みたいのだが」

 ルイスおじさんが言いました。

「エミリーちゃんの言う通り、何処に居たって危険なのは同じなんだ。増してゾイドに乗っていたって安全でないのならば、ここは娘さんの好意に甘えさせてもらいたいのだか」

 父は黙ってしまいました。

「自分が御一緒します。これでも軍事教練は受けておりますので、幾分かはお役に立てると思うのですが」

 声を上げたのは、ぼろぼろの軍服から繋ぎの作業服に着替えたヘルマンさんでした。所々に治療の跡が残っていますが、元気そうです。隣に座っているサンテシマさん夫婦と一緒に、この集会に参加していました。

「自分にもバトルローバーをお貸しください。エミリーさんの護衛、もしくはデスピオンに襲撃された時の囮ぐらいにはなれるでしょう。斥候には慣れていますので」

「兵隊さんが付いてくれれば心強い」

 祖母が言いました。

「ばあちゃんまで、何を言い出すんだ」

「大丈夫。この兵隊さんはゼネバス兵だ。勇猛果敢なゼネバスの戦士だ」

 今度はヘルマンさんに視線が集まります。彼は赤面しています。

「自分は分子生物学の研究生で、野良ゾイドの生態を分析するため学徒動員されたのです。そんな、勇猛果敢だなんて」

「少なくともあんたは、野良ゾイドと戦っている。これ以上の護衛の人選はないと思うのだがね」

 その祖母の一言が、全てを決定しました。

 

「いってきます」

 ラッタナに私が、プラマハにヘルマンさんが乗って、夜道を無心に駆けだしました。

 まだ明るい月は、私たちの進む道を照らしてくれます。灯りはデスピオンの目標となるかもしれないので、月明かりとゾイドの感覚を頼りに走り抜けるのです。

 さすがにヘルマンさんは軍人でした。初めて乗ったはずのローバーを、見事に乗りこなしています。

「ヘルマンさん、乗り心地はどうですか」

 揺れる座席の上、私は問いかけました。

「ヘルマンで結構ですよ」

「じゃあ、わたしもエミリーでいい。ヘルマン、これはおまじないみたいなもの。私の唄を真似して」

「歌?」

「そう、唄。舌を噛まないように注意してね」

 

 

 夕焼け小焼けの赤とんぼ

 

 負われて見たのはいつの日か

 

 山の畑の桑の実を

 

 小籠に摘んだは幻か

 

 十五で姉やは嫁に行き

 

 お里の便りも絶え果てた

 

 

 揺れるローバーの背中で、リズムの取れない唄が歌われました。あの時デスピオンが襲わなかったのはただの偶然かもしれない。でも、少しだけなら気休めにもなる。私はヘルマンと一緒に、赤とんぼの歌を歌いました。

「優しいような、悲しいような、切ない唄ですね」

「そう、これは亡くなった母との想い出の唄。遠い星の、遠い国の、遠い昔の唄」

「赤とんぼとは、どんな生き物だったんでしょうね」

「それは、赤くて、脚がたくさんあって、尻尾があって……」

 

 その時私は気が付きました。デスピオンを初めて見た時の既視感の正体が。

 

 あれは、まるで私が想像して作った「赤とんぼ」にそっくりでした。羽こそ生えていないとはいえ、赤黒く変色した複合装甲が、炎に照らされればまるで「赤とんぼ」でした。

 あの人喰いゾイドは、私が生み出したもののような気がして、軽い眩暈を感じました。

「エミリー、どうしました」

 ヘルマンの声に我に返り、慌ててラッタナの手綱を締めなおしました。

 夜明け前にはフランツさんの家に着くはず。

 月明かりに照らされたマルベリーの果樹林は、大海の漣のように、白く輝いていました。

 

 

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