『赤蜻蛉』   作:城元太

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――⑨――

 

 

 八日目未明から昼(1)

 

 

 私たちが夜通しローバーを走らせていた頃、村の人々は眠れない夜を過ごしていました。

 デスピオンが夜は活動しないことは誰もが知っています。でも、最も無防備となる睡眠中に襲われることを警戒していて、とてもゆっくりと床に就く気分にはなれなかったのです。むしろ、ローバーを走らせ続けられるだけ、私たちの方が気が紛れていたとも言えます。

 

 村の全員が集会場で夜を過ごしたわけではありませんでした。

 サンテシマさんとマリアさんは、重症のスピアーノさんを診療所に残しておくわけにもいかないので、夜のうちに戻っていきました。

 トリニダットさんは、意気消沈して時折意味不明な絶叫をいるイさんを、自分の家に連れていきました。ハイドッカーに乗せないと、何処に行くかわからないからです。

 シムスさんは奥さんと夫婦2人暮らしなので、家に居ても不安と言うので最初集会場にいましたが、私の父と祖母が戻ろうとすると一緒に行くことを頼んだそうです。祖母は、お互い様だね、というと、快く家に招き入れたそうです。

 ルイスおじさんは集会場に残り、デロスさんたちを初めとして家族全員で避難していた人々と、窮屈な板敷の床で夜を過ごしました。

 身を寄せ合って警戒を続けていた集会場の窓に、鮮やかな朝日が射し込み始めた頃、人々は再びデスピオンの脅威に晒されることを感じていました。

 

 野獣は、一度取り逃した獲物を執拗に追いかけることがあるそうです。日が高くなって、その日最初に襲われたのは、サンテシマさんの診療所でした。

 スピアーノさんは少しでも襲撃の危険性を避けるために、診療所の2階の休憩所に寝かされていました。重症のため身体のあちこちが固定され、包帯だらけになったスピアーノさんは、時折苦痛で呻き声を上げていました。

 部屋には大量の本がありました。もともとその部屋は、今はガイガロスで研修医として勤めている息子のポールさんの部屋だったからです。私も小さい頃、何度か遊びに行ったので部屋の作りは知っていましたから。

 

 炎が昇って、何処かの家が襲われたことを知った人々がやってきたのは、数時間が経過してからの事でした。煙の方向から、襲われたのが診療所ということは判っていました。でも、直ぐに駆けつけて、デスピオンの餌食になるのを恐れた人たちは、炎が鎮火し、周囲にデスピオンの姿が無くなったことを確認してから漸く近づいたのです。

 診療所の半分が焼け落ち、焼け残った大量の本のページの中に埋もれるように、また2つに切断された血塗れの包帯だらけの遺体が無造作に転がっていました。焼け落ちた建物の中からは、真っ黒焦げに炭化した、サンテシマさんの遺体が見つかったそうです。消毒用のアルコールなど、多くの可燃物が入っている棚ごとパルスビーム砲で打ち抜かれ、火だるまになって亡くなったらしいとのことでした。その時の爆風に吹き飛ばされ、奥さんのマリアさんはガラスの破片で傷付いた程度で済みましたが、その間何が起きたのか、記憶が無くなっていました。

 

 ゾイドは無人であっても、本能的に危険を感知します。

 トリニダットさんの家に戻ったハイドッカーは、真正面から近づく小さな赤黒いゾイドを発見したようです。身体の大きさだけで比較すれば、デスピオンは遥かに小さく、尚且つ火器を使わないで接近してきたので、警戒したハイドッカーが勝手に戦いを挑んだようなのです。普段であればコアの作動を停止して、休眠状態にするのですが、緊急事態だったのでトリニダットさんもそのままにしていたのです。

 ハイドッカーは、戦闘ゾイドとして明らかな殺意を持つデスピオンから、忠実に主人を守ろうとして無人で戦いに挑んだようです。ですがデスピオンは遥かに狡猾でした。

 武装を解かれ、作業用ゾイドとなっているハイドッカーに出来るのは、その全重量をもって敵を踏みつぶすことぐらいです。前足を振り上げ、小さな赤黒いゾイドを踏みつけようとしたらしく、敷地には夥しい足跡がつけられていました。しかしそれを上回る多脚式の小型ゾイドの足跡が刻まれ、自分よりも遥かに大きなゾイドを翻弄した様子が残っていました。

 

 惨状の全てが分かったのは、襲撃からまる1日経過してからの事でした。

 トリニダットさんの家では、10人家族全員が虐殺されていました。

 家屋に入った途端、生臭い匂いが充満し、壁には飛び散った肉片がこびり付いていたといいます。血塗れになった10人分の肉体が、無造作に転がっていました。特に黄色い脂肪が付着していたものだけが、太っていたトリニダットさんの遺体と判っただけでした。

 外の敷地には、その家の亡くなった主と同じように、四肢を切断され、頭部をビームで焼かれたハイドッカーが巨体を横たえていました。再生能力に優れた尻尾だけが、切断された後も僅かにその先を身体から伸ばしながら、空しく蒼天に晒されていました。

 どのように危機を逃れたかわからないイさんだけが、奇声を発しながらその場に座り込んでいたそうです。

 

 集会場では各自が持ち込んだ武器で武装をし、周囲の警戒を続けていました。診療所の煙を目にしつつも、ルイスさんは決して行かないようにと指示したそうです。

 大地の恵みをもたらす太陽が、これほど恨めしく感じたことはなかったと、あとでデロスさんが言っていました。

 デスピオンは、集会場に自分の獲物が沢山集まっていることを知っていたようです。私の家の手前にも、多脚式ゾイドの足跡が残っていたのですが、少しの躊躇いを伺わせ、集会場の方向へ向かっていました。より狩りの対象の多い方へ行ったのです。その後にでも、私の家を襲うつもりだったのでしょう。

 

 デスピオンは一直線に集会場に向けて迫ってきたそうです。

 センサーの青い光が、日中でもよく見えたそうです。

 ルイスさんは、ありったけの銃で撃つように言いました。中には何処から手に入れたのか、もし命中すれば確実に倒すことも出来る対ゾイド用のロケットランチャーまであったそうです。

 ですが、一斉射撃を命じた武器の筒先からは、その半分以上が火を噴くことはありませんでした。普段から戦闘訓練をしていない私たちに、武器の整備など行っているはずもなく、整備不良のために暴発したり、炸薬が劣化していたり、レーザーの充電が切れていたりと、とても敵に被害を与えることなどできませんでした。

 唯一期待された対ゾイド用のロケットランチャーでしたが、恐怖のために照準が定まらず、デスピオンの遥か後ろの林に命中して、小さな火事を引き起こしただけでした。

 

 集会所に残っていたのは22人。デスピオンの嗜虐性を満たすには充分な人数です。恐怖に怯え、絶叫する人々を前に、デスピオンは喜びを抑え切れないように甲高い雄叫びを上げました。尻尾のパルスビーム砲が鎌首を擡げ、集会場に照準を定めたようです。

 電磁波発生アームが、低い音を唸らせながら迫ってきました。

 ルイスおじさんは、集会場の前に両手を広げて立ち塞がりました。

「貴様のような野良ゾイド、俺は怖くなんかないぞ!」

 デスピオンは興味がないように、まったく歩みを変えずに迫っていました。

 

 ルイスさんまであと数メートル。

 巨大なハサミを振り上げた時です。

 

 デスピオンが、突然真横に吹き飛びました。

 遅れて激しい爆風が周囲を覆い、ルイスさんも一緒に転がったそうです。

 デスピオンの脚が1本折れて、集会場の壁に突き刺さります。

 煙が晴れると、裏返しになり7本の脚でもがいているデスピオンがいました。

 

「待たせて悪かった」

 

 硝煙の奥、肩に巨大なミサイルランチャーを抱えた人影が立っていました。

 

 

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