無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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「……くそっ!」

スザクは拳を振り下ろした。何に向けたわけでもないそれは、空を切って終わる。

ルルーシュ総督が来てからというものの、活動は最悪にうまくいっていない。

突発的に攻撃を仕掛けて援軍が来る前に撤退しても、一週間以内に根城を捕まれて潰される。ならばと拠点自体を移動させ続ければ、すぐさま指名手配の触れが出る。特に総督の親衛隊とかいうゼロ部隊。あれが出てくると、もう絶望的だった。先頭を切るとんでもない動きのナイトメアのパイロットは、副総督のナナリーだという。あの見た目からは想像もつかない大胆で鋭利な動きをする。4人という少ない人数ながらそれぞれの技量がとんでもなく、先日はその日テロを起こしてすらない北海道の大規模なグループが一夜にして壊滅した。総督も同行したというから、あれが現在のブリタニアの実力といっていいはずだ。まるで話にならないというのが所感である。自分たちが直接対峙し、紅蓮を出せばどうなるか。それはまだわからない――。

 

スザクは歯噛みする思いだった。

だいたいにして、どこからテログループの情報を手に入れているのか。アジトの場所。幹部の素性。スパイを放たれているのだとしたら優秀すぎる。

絶対に裏切ることのない、限られた一握りしか知らない情報だってあるのだ。どうやって?

方法のひとつは判明している。

こちらがわかりやすく被害を受けているからだ。

六家の面々から、サイバー攻撃の報告が上がっている。厳重なセキュリティをかいくぐって情報を盗み、ウイルスをまき散らして去ってゆくのだそうだ。そこまでしておいてその痕跡が残されていることがわざとらしく、日本人など目ではないとあざ笑われているようで腸が煮えくりかえった。

だけどそれだけでは辻褄は合わない。ハッキングだって、最も重要な情報の眠るメインコンピューターに忍び込めるほどではなかった。

スザクはいらいらとした気持ちのまま、竹刀を振り下ろす。ルルーシュは今のところ日本人をひどく扱うようなことはしていないが、安心はできない。

「それではいけないな」

「――藤堂さん」

静けさの支配する空間に、突然男の声が響いた。スザクのものではない。

振り返れば、スザクの師であり、現在は部下でもある男が背後に立っていた。胴着を着たスザクとは違い、日本軍の軍服を纏っている。日本解放戦線の拠点にある鍛錬用の道場は、枢木の屋敷にあったあの空間とよく似ていた。

「後ろを取られたことにも気づけないとは」

「すみません」

返す言葉もない。

「ブリタニアの皇子かい。気になっているのは」

「……それ以外ないでしょう」

「神楽耶姫様の機嫌を損ねたとか」

「それは……いつものことです」

スザクはこわばった顔を緩ませた。藤堂がこんなふうに冗談を言うなど、どうやら自分は相当きているように見えたらしい。

「……どうすればいいんでしょうか」

クロヴィスの時と、あまりにも違い過ぎる。キョウトが全国に連携を呼び掛けても、そのキョウトが太刀打ちできないのであればどうしようもない。

いたずらにテロを起こすだけではだめなのだ、もう。

やるなら、戦争。勝利しなければ、ブリタニアをこの国から排除することは不可能だ。サクラダイトがある以上、どうやったってブリタニアはこの国を手放す気はない。

だけどどうやって勝てと言うのだろう?あの強大な国の、有数ともいえる有能な司令官に?

「関東のほうは、どうですか」

総督ルルーシュが就任する半年ほど前から、日本解放戦線を主導して、集まってきたテログループの軍事訓練を行っている。スザクは地元でもある東海地域からのグループを受け持つひとりだ。

そうして集まってきた者たちの中には、既にルルーシュによって指名手配されたものもいる。同じ日本人を裏切るなど、そんな事をするはずがないと思いたくとも、貧窮したイレブンは懸賞金に目がくらんでしまうのだ。おかげでゲットーすらまともに歩けなくなった人間は少なくなかった。実際にブリタニアに突き出されたものもいて――処刑されたことで、キョウトの傘下から離反するグループもいた。

ストレスのたまる生活の中、ブリタニアへの気持ちだけでやっていくことは、難しい。

それはわかる。

けれど、統率のとれた組織を――強い軍隊を作らなければいけない。

数年前からの全国への呼びかけは確かに無駄ではなかった。軍人として育ってきたものも多い。それでも足りないと、今回は頭の固い六家を黙らせ、どんな弱小グループにも声を掛けに行ったのだ。

遅すぎる始動。

スザクの力がなかったがゆえの結果。それでもやるしかないのだ。

スザクの問いかけに、藤堂は唸った。やはりそう簡単にうまくはいかないらしい。もともと軍人でもない一般人だ。ナイトメアがある時代でよかったと、それだけは感謝をしてしまう。これで本当に剣の時代であったなら、道のりは途方もなかっただろう。

「そういえば一人、若い女の子がいるな」

「……ああ、カレンのことですか」

スザクはこともなげに返す。藤堂がおや、と視線を寄越した。

「知っているのか?」

「何言ってるんですか。扇グループ、でしたっけ。あそこに勧誘に行ったの僕ですよ」

スザクが言うと、藤堂は納得したように頷く。

「ハーフなんですよね。見た目はブリタニア人に見えるから、浮くでしょう」

「おまけに大貴族に引き取られているご身分だからな。シュタットフェルト――サクラダイト目当てに日本に来た成金一族だ」

「詳しいですね」

「あの家は戦前から日本に目を付けていたからな」

過去を見るように、目を細めて藤堂が遠くを見やる。聞けば聞くほど、紅月カレンという少女の状況は特殊だった。イレブンとして暮らしている人間から心無い言葉を吐かれることもあるかもしれない。本人も辛いだろう。

「それにへこたれるような子じゃないことが救いだな」

「そんな気性だったら、初めからレジスタンスなんてやりませんよ」

スザクは数か月前に東京で会った少女を思い浮かべた。

強い意志を持った瞳。嫌いではない。むしろ好感を持っている。運動神経も相当に良さそうだったし、磨き方次第できっと化けるだろう。

スザクの考えを見透かしたように、藤堂が続ける。

「KMFのシミュレートをやらせてみたんだが、あれはすごい。スザク君、君にも匹敵するレベルだ」

師にこのように言われるのは少しくすぐったい。が、確かにナイトメアに限ってはスザクの方が上手であるのは事実だ。

「本当ですか。紅蓮の予備パイロットが欲しいと思ってたところなんですが、いけそうでしょうか」

藤堂が言うのなら、かなり期待できる。活発そうなあの少女なら頷ける話だ。

「どうだろうな。一度、きみが見てみたらどうだい。あの機体はまだ実戦経験がないとはいえ、紅蓮のパイロットは君だし」

「そうですね……」

紅蓮は、量産機でないのだから当たり前だが――扱いづらい特殊な機体だ。インドとの話し合いもそろそろまとまりそうで、開発者がもうすぐ密入国する予定だった。ルルーシュは戸籍管理だけでなく、それらに対しても厳しい網を張り始めているので、急いだほうが良さそうだった。

と、少し離れたところに置いていたスザクの荷物の中で、携帯が鳴った。

スザクは藤堂に目配せをしてから、音の発信源へ駆け寄る。神楽耶だった。

「もしもし――」

「スザク!今すぐ私のところに来なさい!」

「……君、今富士にいるんだろう?僕は成田にいるから、今から行くと少し遅くなるけど――」

「かまいません。待っていますから今すぐいらっしゃい。今日はもう仕事はないでしょう?それから成田にいるというなら、そこに藤堂は?」

「いる――っていうか、今一緒だよ」

スザクは藤堂を振り返った。スザクの会話から、相手が誰かわかっているのだろう。

神楽耶様か?視線での、確認するような問いかけに頷く。

「では彼に、明日の夕刻、富士まで来るように伝えなさい。桐原が呼んでいます」

「わかったけど……」

スザクは戸惑いの声を出した。神楽耶がここまで取り乱すなど、そうないことだ。

「何があったの?」

神楽耶は息を詰める。尋常ではない様子だ。これはただごとではない。スザクも知らず緊張する。

愛しい妹は深呼吸ののち、早口に告げた。

「総督ルルーシュから、エリア全土の有力企業にパーティの招待がありました。名誉と純ブリタニアの区別なく」

「それじゃ、」

スザクはごくりと唾を呑んだ。神楽耶がええ、と硬い声を出す。

「……皇コンツェルン代表のわたくしにも、呼び出しがあったということです」

 

 

 

「……行くの?」

「行かないわけにいきますか。相手は総督ですよ?」

「それ、僕も行けるかな」

ところ変わって、富士。スザクはあれからすぐにバイクに飛び乗り、妹のもとまで馳せ参じた。少女は風呂にも入らず待っていてくれた(スザクのほうは、途中で大雨が降ったせいで、ひとまずシャワーを浴びさせてもらったのだが)。

夜着の浴衣を身に纏い、首にはタオルをひっかけたまま。スザクは神楽耶と二人、難しい顔を突き合わせる。

「というよりこれは、あなたも呼び出されていると考えるのが筋でしょうね。パートナーを連れてくることが許可されています」

「……どういうつもりだろう』

「懐柔か、挑発か……わかりません。武器の携帯は当然許可されませんが、スザクなら素手でもわたくしを連れて逃げるくらいはできるしょう?」

「そりゃ銃くらいならね。でも向こうが完全に罠を張ってるなら無理だよ。六家のみんなはなんて?ていうか、他に呼ばれた人は?」

「わたくしだけです。ですから、困ったことになったと言っているのです」

確実に、神楽耶を狙って何かするつもりだということだ。

「ちなみにいつ」

「再来週です」

スザクは唸った。再来週。何が起きようとも、今の戦力からは何も変えることが出来ない時間だ。嫌な想像が頭を駆け巡るが、慌ててそれを振り払う。そんなことは俺がさせない。

「ま、神楽耶がテロ組織に関わってることはばれてないはずだし――俺はともかく――」

「腹をくくるしかなさそうですわね」

結局それだった。呼ばれた段階で、逃げ道はない。

神楽耶が、スザク来るまでに調べ上げた招待リストを見せる。確かにどれも有名企業ばかりだが、名誉ブリタニア人の企業は少ない。一覧をスクロールして見ていくが、皇は浮いていた。それに、経営陣を集めたこのパーティに、実質的な経営者ではない神楽耶を招待するのはおかしい。

(何を考えている、ルルーシュ……)

神楽耶に何かするつもりなら、ただでは済まされない。

スザクが何か不穏なことを考えているのを察知したのか、神楽耶が眉を寄せた。

「何かあれば、あなただけでも逃げるのですよ」

「どうして!」

「わかっているでしょう?旗頭が抜けてどうします。むしろ私に危害が加えられたことで、士気が上がるかもしれませんわ」

「冗談でもそういうこと言うなよ……」

「大丈夫。私は勝利の女神ですから」

「その女神がブリタニア側に囚われてたら意味ないだろ」

スザクはげんなりとため息を吐いた。神楽耶はあら、と虚を突かれた顔をし、それから私ったら嫌ですわところころ笑った。

笑っている場合ではない。

もちろん当事者である彼女が一番にわかってるだろう。年相応の幼さを感じる笑みを引っ込め、少女はすぐに真顔に戻った。スザクは未だパソコンの画面を見ながら、

「これ、会社ごとの資料は?」

「明日の朝には上がってきますわ」

「流石」

「当たり前です」

なら明日またじっくり見ればいいか。

……だが、それにしても。

「援軍は期待できそうにないメンツだね」

「孤立無援ですわ」

まさにその通り。名誉があるかと思えば、そこはご丁寧に、わざわざ皇のライバル社だった。

皇が困ったことになれば、あちらとしては大助かりだろう。味方をするよりも、ブリタニアのトップに跪く方が利のある連中ばかり。

スザクは頷こうとして、しかし、ある名前を見つけた。

読み違いかともう一度確認する。うん、間違ってない。

 

「……シュタットフェルト」

 

スザクの脳裏に浮かんだのは、先ほど藤堂と話したばかりの、紅い髪の少女だった。

 

 

 

 

「――久しいな、ミレイ」

ルルーシュはゆったりと言った。

真向かいに座る少女は、いささか緊張したように微笑んだ。ざっくりと胸元の露出したドレスを着ているが、たった10分の謁見のこの機会に、この服をチョイスしたのは果たして誰なのだろう。ルルーシュとしては、女性がむやみやたらと露出するのは好まないし、そういった意味でナナリーの服はたいてい清楚で禁欲的だ。妹のユーフェミアがそういったドレスを着るのも正直あまり良い顔はできない。そんな自分にこんな格好をぶつけてくるとは、ルルーシュのことを何か勘違いしているに違いなかった。

「殿下におかれましては、ますますご活躍のこと……」

「そういう堅苦しいのはいい。昔馴染みだろう?」

「は……しかし、殿下、」

「ミレイ。昔のように、ルルーシュと呼んでくれて構わない」

「……ルルーシュ様」

「そうだ」

ルルーシュは頷いた。ひじ掛けに両肘を置き、胸の前で両手を絡ませる。

「成長したな。もうすっかり大人の女性だ」

「ありがとうございます。テレビで拝顔しておりましたが、ルルーシュ様こそますますお美しくなられて……」

「男に美人と言ってもな」

ルルーシュはくすりと笑った。

淡い色のドレスが良く似合っている少女。名前はミレイ・アッシュフォード。幼い頃二、三度だけ会ったことのある、アッシュフォード家の一人娘だった。

もちろんルルーシュは忙しい身。旧知のご令嬢とただのお茶会、なんてものはありえない。

「ルーベンから話は聞いているだろう?」

「はい」

「できそうか。いや、やってもらわないと困るがな」

「正直に申し上げますと、やはり容易ではないと思われます。が――必ずや」

「頼もしい」

ルルーシュは二人の前に置かれた書類に目を落とす。時間がなかったので、部屋の隅に突っ立っている露出ゼロの覆面男に作らせたものだ。

 

『私立アッシュフォード学園 名誉ブリタニア人奨学金制度』

 

ルルーシュが次の春から手を付けようとしているものだった。

名誉ブリタニア人の入学が認められていないわけではない。しかしそれなりに学費もかかるし、何より差別問題があり、現在名誉の生徒は一人もいない。

「初めから仲良しこよしになるなどとは思っていない。そんなことなら、世界は今頃もっと平和だろう?数年のうちは多少なりとも辛い思いをしてもらうさ。君が生徒会長なら、私の予想よりかは良い空気になってくれると思うんだが」

総督に就任してすぐ始めたことに、戸籍の整理がある。今までなあなあになっていたイレブンの把握も、これですっきりする。うまいこと逃れていた連中も決断を迫られ、結局名誉ブリタニア人となった者もいる。

「ご期待に添えられるよう、全力を尽くします」

「頼むぞ。なんだか聞いたところによると、妙な祭りを開催しまくっているのだろう?私も一度見てみたいものだな」

巻き込まれるのは御免だが。

ルルーシュは心の中でそう付け加えた。

「愉快な学園じゃないか。ナナリーもこういうところに通ったら、さぞ楽しかっただろうな。入学希望者も圧倒的で、わざわざ本国から留学してくるものもいる。これはきっと、お前の活躍の賜物だぞ」

「恐悦至極に存じます」

ミレイが嬉しそうに顔を綻ばせた。そこからほんの数分、他愛のない雑談をする。やはりミレイは緊張していたが、そのくらいが総督として仕事をやりやすい距離感でもあるのだ。ルルーシュはいくつかミレイに質問をし、学園に対しての理解を深める。

「殿下、そろそろです」

「ああ」

L.L.が声を上げて、ミレイの退出を促す。彼女は貴族の娘としてまったく恥ずかしくない礼儀をもって部屋を出ようとしたが、ルルーシュが最後にそれを呼び止めた。

「ルーベンに言い忘れた。おそらくこの件は、新聞の一面になるだろうからそのつもりでいてくれ」

ミレイはきょとんとする。このニュースは騒がれはしても、そこまで大きくなるほどのことではない。今まで一切入学できなかったならまだしも。

「どなたか話題になるような方が?」

ミレイは理解が早かった。ルルーシュは意味ありげな笑みだけ浮かべ、何も言わない。

今度こそL.L.がミレイを退出させ、すぐに入れ替わりで、今度は役人が入室した。

ミレイは賢い。

ルルーシュが考えているのは、まさにそういうことだった。

 

 




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