無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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3-8(完)

「ラクシャータ・チャウラー、KMF開発に転向した元医療サイバネティクスの権威。特派のロイドやセシルと、同じ大学の研究室だったはずだ」

「それがなぜ日本解放戦線に下っている!」

「さあな。ブリタニアを良しとしない組織に与していたんだろう。勢力の大きさと本拠地から考えて――おそらくはピースマーク。今はインドにいるか、すでに密入国しているか……後者だろうな。ゲフィオンディスターバーを扱えるのは彼女しかいない」

 

撤退し、政庁までの帰り道。ルルーシュは気が狂いそうだった。

なんとか戻ってきたジェレミアたちへの労いの言葉もなく、ルルーシュは車椅子の肘置きを叩いて叫んだ。

「皇神楽耶を捕まえろ!名目はなんでもいい……枢木スザクを呼び出せ!今すぐにだ!」

「ルルーシュ様、」

「イエス以外の返事はいらない、早く呼べ!あいつがこの組織のトップだ!」

なりふり構わず叫び、戦から戻ったばかりのジェレミアに、今どこにいるとも知れぬ枢木スザクを呼び出させた。

 

ナナリーが攫われた。

声明は出ていない。誘拐してこちらを脅すのが目的ならまだいいが、もしも、もしも、もしものことがあったら。ナナリーは戦姫だ。殺してしまえば現在のゼロ部隊は瓦解する。断言できるほど、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの戦力は大きい。皆が知っていることだった。ナナリーに仕事を取られた兵士がどれだけいるか。ルルーシュと同じように、彼女もまた一部の人間にとっては邪魔だった。

実のところナナリーへの暗殺未遂は、ルルーシュのそれよりも多いのだった。

ナナリーを潰せばルルーシュなど、放っておくだけでいい。

自分の足で逃げることもできない非力な皇子。

妹の死に憔悴しきったルルーシュを殺すことなど、赤子の首を捻るより容易い。

そう思われているのだろう。

ルルーシュはナナリーが。

ナナリーはルルーシュが。

ヴィ兄妹のアキレス腱が何かは、あの魍魎渦巻く宮殿の、誰もが知っていた。

その弱点がイレブンの知るところになったって、なにひとつおかしくはないのだ。

顔は真っ青になり、脳は鈍くしか回転しない。

それでもジェレミアからの連絡を待つ間、幸いにもルルーシュにはやることがあった。

あの赤い――グレンとかいう機体。ゲフィオンディスターバーなどという、作戦をひっくり返してしまう恐ろしい技術。

それらを何故、ジュリアスが黙っていたのか。

あのとき指令室にいた、つまりはナナリーの誘拐を知る僅かな兵たちには、突然こちらの知り得ない敵の技術を叫びだした覆面の男に疑念が生まれているようだった。無理もない。ルルーシュは弁解などしてやらなかった。低い声で残れと告げた。

そして尋問のように問い詰める。G1ベースに二人きり。皇族専用の椅子が置かれる場所にはそれはなく、ルルーシュの車椅子が鎮座する。握った拳がぶるぶると震えていた。

地上からナナリーの消えた地下の構造を調べようにも、当然のごとく難航している。

埋まった入口を掘り返し、地下道に侵入しても同じことだった。まるで迷路のように入り組んでいて、ふさがれた道や地上への出口も多く、つまりは追い切れていない。最近作られたものではないということは判明していた。

日本解放戦線は、リスクを冒して広範囲にこの地下道を張り巡らせていたのである。探索班のひとつがかつての地下鉄路線に出たことには、クロヴィスの、そして自分の放置を恨むことしかできない。日本は電車でどこまでも行ける国だった。都市部には地下鉄が張り巡らされている。トウキョウでもテロリストの逃げ場やホームレスの棲み処として問題になっており、早いところ片づけてしまいたい問題でもあったのだ。もっと早くに手を打つべきだった。

初めに逃したのがいけなかったのだ。地の利はあちらにある。なんとしてでも、あのときナナリーを取り戻さねばならなかった。いや、捕まってはいけなかったのだ。

どうにかなってしまいそうだった。

面を外したジュリアス――L.L.は、ひどく青ざめていた。真っ白と言ってもいいその顔色に、少しだけ怒りが静まる。自分と同じくらい、この事態に危機を感じているようだった。

どういうことか説明しろ。詰問すれば静かに答えた。今回現れた新手の正体を開発したのはラクシャータ、彼女だと。その機能までを大まかに説明され、怒りはさらに募った。

そこまで知っていてどうして!

「…グレン。ゲフィオンディスターバー。お前はそのすべてを知っていた。知っていて教えなかった!こうなる可能性があると知りながら!」

口に出すと、その卑怯さが許せなかった。戦場だ。数多の命が潰えること以外に、確かなことなどひとつもない。勝利も敗北も、約束されることはない。万が一のそれをなんとか消し去りたくて、ルルーシュはこれまで必死にやってきたのだ。情報収集だって怠らなかったのだ。

L.L.はそんなルルーシュを知っていた。知っていて、そして宝のような情報を持っていながらもそれを秘した。

「契約破棄も考えねばならないな。言い訳のひとつでもしてみたらどうだ」

ルルーシュが沸騰した冷ややかな声で告げると、L.L.は苦しそうに眉を寄せる。

何も言おうとしないことに我慢ならない。いっそ撃ってしまおうかとすら思った。どうせ死なないのだ。これが苦しみ息絶える姿でも見れば、少しは溜飲が下がるかと思った。

一秒が永遠にも感じる。

時計の針は何周しただろう。そう考えてしまうほど十分すぎる沈黙を置いて、L.L.は重々しく口を開いた。

 

「…………俺は、この世界の人間ではない。こことは異なる世界、異なる時間、異なる摂理からやってきた」

 

何をいまさら。

「知っている」

「言っただろう?未来を知っているというのは嘘ではない。俺はこれから起こりうる事件も、新たに現れる兵器のことも知っている。お前がこの先ガウェインに乗り、どんな使い方をするかも、すべて」

「ならばなぜ!お前なら……お前なら防げたはずだろう!」

悲鳴のような声が出た。ナナリーが今、どんな目にあっているか、それを思うだけで胸が刺されるように痛い。失うかもしれない恐怖に襲われる。

ただひとつ、あの子はルルーシュのすべてだ。

彼女のために、彼女と交わした約束のために、ルルーシュは戦っている。

彼女との明日のために、人殺しとなる道を選んだ。

なのに。

「……だからこそ。未来は不確定だ。俺がお前に教えることで、より悪いほうへと向かわないとも限らない。この世界へと渡る途中、俺は見た。世界を飛び越えたコードユーザーが、その先の世界を破滅に導いてきた数多の過去を。未来を教えることで、教えた本人にも予測できなかった、最悪の未来が待ち受けていたのを」

L.L.は静かに語る。ルルーシュはその雰囲気に、認めたくはないが、気圧され――黙った。

それほどまでにL.L.は悲愴な空気をまとっていた。ここまで彼が本音らしきものを打ち明けるのは初めてだ。

コード――おそらくは彼の持つ能力。不老不死の原因であるらしいそれについて、名を口にするのも同じこと。初めて会ったあの夜に独り言のように言ったっきりで、一度も言葉にすることはなかった。

 

「いい機会だから言っておく。俺はこの今、2017年の段階で、お前とは全く異なる人生を送っていた。何もかもだ。お前が奪う立場として生きてきたなら、俺は奪われる立場だった。生まれは同じでも、すでにブリタニアの皇子などではなかった」

「…………」

「未来どころか今この瞬間すら異なる。俺の知る世界の今ガウェインは完成していたし、実戦投入されていた。ランスロット・モルガンは存在しなかった。だからこそこのもうひとつの世界で、紅蓮弐式とゲフィオンディスターバーも、自分の知るものなのか確証はなかった。不確定事項を話すことで、世界が歪むのを俺は恐れた」

 

ルルーシュと同じ顔の男が、ゆっくりと瞬きをする。皇歴2017年の今日は、何もかも決定的に変わってしまった、あのブラックリベリオンからほんの少し前。そこにはまだ、彼の愛した日常があった。

ルルーシュはそれを知らない。そしてL.L.自身、それを覚えているかは定かではない。だけど彼はその瞬きの間に、彼の『世界』を思い出していた。

L.L.は真摯に話す。

どう言えば伝わるか。ルルーシュを別の世界の自分ではなく、まったくの他人として、丁寧に言葉を選んでいた。

電気の点いた部屋がどうしてか暗く見える。隅々まで明るく照らされていることに、違和感を感じてしまうような空気だった。

「俺は見守ると決めた。ここでは俺は傍観者だ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは二人もいらない。ここはお前の世界で、お前はお前の人生を生きるんだ。だからこれからも俺は、知っていることを教えられない。今日のようにぎりぎりで、どうしようもなくなってから言うかもしれない。それが駄目だと言うのなら、今ここで契約を破棄しよう」

まっすぐ、強い光に射抜かれた。

緊迫した空気は、初めて会った、つい数か月前のあの夜のようだった。

言い終えたL.L.は瞬きもせず、答えを待っている。

ルルーシュは戸惑う。怒りはとうぜん、まだあった。ナナリーが捕まったのは自分のせいだが、情報を先に与えられていれば、まずこんな作戦はとらなかった。

 

だが。

 

……だが。

 

「契約は続行だ」

 

ルルーシュは絞り出した。

「お前の言う“魔女”を見つけるまで。……ここにいろ」

 

紙のように白い顔をしたL.L.。彼には彼なりの苦悩があるのだろう。

『未来を知りたいか?』

あの日の声を反芻する。華麗な入れ替わり劇をした日のことを。

『いたずらに不確定な、お前の大事な人間が死んでいくだけの話を――。』

大事な人が死んだのだと言っていた。

ルルーシュが当たり前に接する面々の中には、彼にとっての死人もいるのかもしれない。

いや、いるだろう。

必ず。一人や二人ではないのだろう。

 

だから――。

 

違う。そう簡単に納得できるものか。

まさかそこまで単純には考えられない。単細胞ではあるまいし。

それでも今はひとまず、この関係を続行することを、ルルーシュは選んだ。

その時耳につけたままのインカムから、ジェレミアからの枢木スザクを確保、政庁へ連行するとの報せが入った。

 

 

 

「……ルルーシュ?」

 

呼ばれたような気がして、少女は振り返った。懐かしく親しい伴の声に。

もちろんそんなような気がしただけだ。現状を鑑みればありえない。

聞きたかったからせめて幻聴を、だなんてまるで夢見る乙女のようではないか。

ふ、と唇の端だけで自嘲を浮かべた。

死なずの魔女とはまったく相いれない響きだ、笑わせる。

くるりと回って向き直ると、着慣れてしまった、軍服にしては可愛すぎるスカートが揺れる。

なかなか着心地がよかったが、これともそろそろお別れだ。それを伝えにここへ来たのだ。

幻などに焦がれなくても、もうすぐ会える。あれがどこにいるかはわかっているのだ。

私はC.C.だから。――と、言うにはいまいちなこの状況。格好がつかない。

少なくともルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの居所なんて誰でも知っている。

エリア11。

久しく聞かない名だった。懐かしい。

そう、懐かしい、と思えるほどの時を、もう。

ルルーシュ、ああ、あいつは大丈夫だろうか。

かつての思い出に塗れた世界で別人を名乗る。気が狂ってやしないか、正直ちょっと心配だ。

だからそのためにも、今しなければならないことは。

少女――C.C.はそのまま目の前の扉を開き、

「レイラ。いるか」

するりと部屋の中へ入っていった。

 

 

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