ナイトメアの中で30分ほどお荷物よろしく輸送されて、ようやく停止したかと思えば投降を命じられた。第一駆動系以外は動かせるだろうと高圧的に教えられ、確かにその通りで。悔しくも見事な技術力だ。
ここに来るまで、右に左に上に下にとずいぶん入り組んだ道を行っていた。間違いなく地下であり、日本軍がそのような巨大迷路を作り上げているなんて、ルルーシュもナナリーも想像していなかった。完全敗北の文字が瞼の裏で踊る。
これは戦略も戦術も関係ない話――情報ですでに負けていた。戦において最もあってはならないことだ。一番やってはいけない負け方だ。
勝ち目のないこの状況。
しかし屈することは許せず、投降を拒否。そうすれば予想通り、日本人たちはコクピットをこじ開けにかかる。ランスロット・モルガンの装甲は一流だ。端っこをめくるような真似しか出来ず、その隙間から若い男の声が聞こえた。日本語だった。すべてを理解できるわけではないけれど、7つの時からの日本人の咲世子がそばにいたのだ。外国語に日本語を入れない理由はない(もちろんそれだけではなく、極東事変が始まるまでは日本語は学ぶ価値のある言語だった)。長きに渡る語学学習は、初めて聞く咲世子以外のネイティブの発音にもそれなりの成果をあげてくれた。
「やっぱカイテンヤイバトウがないとダメだ。誰かやってくれない?僕のはもうエナジーつきそうだから」
「ならば私が」
「頼むね、ナギサ」
カイテンヤイバトウ。その意味を解読するべく頭の中で単語帳をめくったが、すぐにそれが何か、ナナリーはランスロットの振動で知ることになった。鈍色のナイトメアが伝統的な日本刀を模した剣でコクピットをこじ開ける。引きずりだされたナナリーは一斉に銃を向けられた。
静かに目だけで見渡せば、それなりの規模の広場だ。ナイトメアを十数機は保管できそうな――掘ったままを鉄骨で補強をしただけの簡素な土色のそこで、味方はもちろんいない。全方位から憎々しげに睨まれている。当然だ。
ずっと埃っぽい空気が鼻をむずむずさせ、上半身は同じ姿勢でいたせいで凝っている。
「頭の後ろで手を組め」
モルガンをこじあけたナイトメアから女の声がした。先ほどのナギサという女だろう。ここは従うしかない。そのままワイヤーロープではなく、ナイトメアの手によって地面に降ろされた。緊迫感漂う空間。だけど皇女を捕らえたことに成功した歓喜が漂っているのを、ナナリーは肌で感じていた。慌ただしく動くものもいれば、自分の周りで銃を構える者もいる。それぞれの顔つき。それを見て改めて実感する。
ここはブリタニア軍となんらかわりない、きちんとした組織のようだと。
「追っ手は?」
「余裕はあるが長く留まっていられるほどではない。皇女が発信機を持っている可能性もあある、検査を忘れるなよ――チバ」
「承知」
仲間内の会話は日本語。
こちらが理解しているとは思われていないだろうが、男たちは確信的な言葉をひとつも吐かず、統率のとれた動きで車両やナイトメアに戻り、再びどこかへ発進する。ナナリーは軍用車に押し込められた。窓はすべて格子がつきカーテンが引かれ、外の様子は見えない。左右と一番奥にのみ座席があり、まるで罪人の護送車だ。先ほどまでと同じように、車はすぐ、迷路を進むように曲がった。車は整備されていない地面を走り、がたがたと揺れる。
共に乗車した女兵士は二人だった。
うち一人はナギサ・チバというらしいさっきの女で、ナナリーはすぐさまボディチェックを受けた。真っ黒い小さな検知器をそこかしこに近づけられる。発信機や武器の類を携帯していないことがわかると、二人は通信機でそれを報告し、ナナリーを拘束した。
女二人なら、のしてしまうことはナナリーにはたやすい。だけどここでそんなことをしても無駄だ。余計に立場が悪くなる。
大人しくしていれば、手足を枷に嵌められ、一番奥の座席に座らされて繋がれる。我らがブリタニアの捕虜の扱いからすれば、まだ人道的だ。ここで見知らぬ女二人の前で全裸になって、拘束衣に着替えさせられるくらいのことは覚悟していた。それを思えばかたい座席も、冷たい金属の枷もかわいいものだ。
さて。
これからどうすべきか。
ジュリアス――L.L.が、ナナリーに逃げろと叫んでいた。
己の騎士の危機に、目の前が真っ赤になっていたこと。なんだかわからないが、機体の動きを停止させる武器を日本側が完成させていたこと。この地下迷路の存在を知らず、情報が足りていなかったこと。敗因はいくつもある。
しかし結局は、ナナリー自身に戦場にいる自覚が足りなかったのだ。あのときまっさきに退くべきだったのだ。
アーニャは無事だろうか。きちんと戻れているだろうか。
兄にはきっと叱られるだろう。生きて帰ることができれば、だが。
……私を殺せ、と。
捕虜となっても、それだけは口にすることができない。もはや自分の存在が自軍にとって邪魔だとわかり、かつ兄が暴走しないと確信できるまで、ナナリーはこんなところでおめおめ死んでやることはできない。
それに皇女としての誇りを保つと言うならば、さきほどコクピットの中で舌を噛んで死ぬべきだったのだ。だけどできない。それだけはどうしてもできなかった。
理由は簡単。それも、民の上に立ち責任を持つ存在としては最低なこと。
自分はブリタニア帝国の皇女である前に、ルルーシュの妹。
今死ぬことが、兄にとってどんな影響を及ぼすか。ナナリーにとって、それが最も大切なことだった。
アジトらしきところに車ごと入ったようだった。がたがたとしつこかった振動が失せ、なめらかに進んでいく。とっくに方向感覚なんてものはなく、されるがままだ。
目隠しをされて手を引かれ、次に連れて来られたのは簡素な一室。拘束具がインテリアのように鎮座している点を除けば、いたって普通の部屋だ。異臭のひとつもない。
一般庶民が使うような寝台に、優雅にお茶でもできそうな机と椅子。手洗いはない。もしかして、頼めばそこまで連れて行くつもりなのだろうか。
(こういうのは普通、部屋の隅でしろって言うものじゃないかしら)
なかなかの好待遇だ。ただしもちろん監視カメラはばっちりで、脱走はまず無理だろう。
ここで大人しくしていろ、とナギサが言う。素直に従ってやってもよかったが、ナナリーはここで初めて自ら口を開いた。幼いころから慣れ親しんだ、エンペラーズ・イングリッシュで尋ねる。
「ここのボスには会えるのでしょうか?伝えたいことがあります」
「大人しく待っていろ」
にべもない。
そのまま拘束もなく部屋に残されると、今度こそやることがなくなってしまった。捕虜のくせに拘束衣にも着替えさせないのか。
いや、今の日本解放戦線に拘束衣なんてものはないのかもしれない。
(……っていうか、そんなことどうでもいいですね)
益のないことだ。ぐずぐず考えていても仕方がない。長く息を吐くと、寝台に皇女らしい動きで寝転がった。この待遇と、今まで見てきたこの組織の乱れぬ動きを考えれば、寝ている間に命か尊厳かを奪われるということはないだろう。
疲れていた。
うつぶせになって、おにいさま、と声にならない唇の動き。それだけで緊張がほぐれて、ナナリーはいとも簡単に眠りに落ちた。
「……うわ、寝てる」
大物なんだかバカなんだか……。
「うーん、残念ながら大物なんだろうね」
井上がやれやれと首を振って言った。カレンは監視カメラをものともせず、健やかに眠りにつくナナリー・ヴィ・ブリタニアを見つめた。捕虜になったというのに、まるで臆するそぶりがない。皇族なんて面の皮厚くてナンボだとわかってはいても、敵ながら天晴と思わずにはいられない。それともやはり、こんな状況になってもカレンたちなど取るに足らないということだろうか?それならば腹が立つ。
ここは戦場から約2時間の山中。ブリタニアの施設を装ったアジトだった。カレンは学校が終わってからそのままここへ来て、捕らえられていた皇女を監視カメラ越しに見ることになったのである。上からの計らいで、監視室にいるのは女だけだ。カレンもそのうちのひとりとして任命されている。甘いんだろうなとは思えど、神楽耶様の命では仕方がない。
「ずっとこの調子ですよ。もう四時間」コーヒーを飲んでいた水無瀬がぼやく。
「通信機とかも持ってないみたいだし、あんまりピリピリしなくてもいいってさっき千葉さんが」一番前のモニターのところにいた双葉が伸びをしながらカレンを振り向く。
「わ、それブリタニアの学校の制服?カレンちゃん」
「え、あ、はい」
「外では言えないけど、かわいいね。でもちょっとスカート短いか~?膝上15センチじゃ済まないでしょ、それが規定の長さってスゴイな」
「あ……っと、すみません、着替えてきますね!」
「あっやだ、悪い意味で言ったんじゃないから気にしないで。そんなかしこまらなくていいよォ。ここにはうちらしかいないし」
「でっ、でも、えっと、その……これ動きづらいので!」
カレンだって、こんなものを一秒でも長く着ていたくはない。一度挨拶に顔を出しに来ただけなのだ。慌てて部屋を出ようと扉に急ぐと、
「あ」
視線を彷徨わせていた日向が、間の抜けた声を上げる。全員がそちらを向けば、彼女はそろりそろりとモニターを指さした。
ナナリーが起き上がり、実に御姫様らしく、控えめな伸びをしているところだった。
沈黙。
なんともいえぬ微妙な空気が全員の表情を彩る。
ナナリーは時計も、暇をつぶすものも何もない部屋で何をするかと思えば、長座体前屈やら屈伸やら、体操をし始めた。
『お夕飯、出るのかしら、ここ』
本当に立場をわかっているのか、呑気に呟く。
ナナリーはきょろきょろと、部屋のどのカメラを見るか決めかねているようだったが、すぐにひとつに絞ると、それに向かって語りかけた。
『私が捕まってもう数時間は経っています。ここに時計はありませんが、夜の9時ごろでしょうか?そろそろ総督ルルーシュのほうから動きがあったかと思いますが、如何でしょう?』
カレンたちは答えない。けれどやるべきことはわかっていた。この映像を情報管理室に繋ぐことだ。片瀬や藤堂たちがいるはずの部屋。
「片瀬将軍、藤堂将軍。そちらに通信を繋ぎます」早口に井上が良い、すぐに共有モードに入る。
ナナリーはその間も喋り続けていた。
「そちらから声明は出されたのでしょうか?どちらにせよ、わたくしを害するなどとは一言でも口になさらないことです」
『……それは貴様の気にすることではない』
ややあって、苦々しい片瀬の声が響いた。カレンは学生服というひどく場違いな格好で、しかし顔つきは戦士のものとなってモニターを見ていた。
『本来ならば、すぐに伝えておくべきだったのでしょう。ですがわたくし、どうしても眠かったもので。戦闘の疲れを癒すことにしてしまいましたわ』
ナナリーは片瀬の言葉を綺麗に無視した。
『わたくしは捕虜ということでしょうが、それでも総督には通用しません。今ならまだ禁固刑で済みますよ。長引けばどうなることかわかったものではありません。あなたたちも、兄であるルルーシュがわたくしを溺愛していることくらい知っているでしょう?もし少しでも手を出すようなことがあれば、あなたたち全員、一族郎党あらゆる拷問ののち最も苦しむ方法で死に至るということを忘れないでください』
『貴様に言われる筋合いはないわ!今の自分の立場を考えてみてはどうだ!』
片瀬の荒い声に、ナナリーははてと首を傾げる。
『わたくしがあらゆる尊厳を奪われるとき、あななたちもまた、同じ運命を辿るのですよ。何を恐れることがありますか?わたくしはわたくしの命よりも、総督のお命が大事なのです』
こういうのをイレブンでは、イチレンタクショウ、と、言うのでしたか?
煽っているとしか思えない発言だった。
映像を見ている全員が殺気を揺らめかせる。が、なおもナナリーは続ける。
『わたくしがお兄さまにお願いしたのです。このエリア11ではナンバーズにも良い待遇を、と。そのわたくしがいなくなれば、総督はあななたちのことはすぐに見捨てますよ。総督業はボランティアではありません。効率よく統治することこそが、我々皇族に課せられた使命なのです』
日本をエリア11と呼ぶだけでもいきり立つ者ばかりのここで、その発言はあまりにも支配者然とした傲慢を見せつけるものだった。
とはいえ、とナナリーが破顔する。
『このままここで大人しくしていることに変わりはありません。いくらわたくしでも、銃もナイトメアも取り上げられて、逃げられるだなんて思いませんわ』
いまのは親切心からの忠告です。こてんと首を傾げ、話はそれで終いだとばかりに、ところでお腹が空きましたと言ってのけた。
強盗の国、侵略者の国。ブリタニアの皇女らしい言葉。映像を見ていたおそらく全員が、そう思った。
〇
「アーニャ」
ジュリアスがそっと呼びかけると、少女は「ルル―……」と言いかけ、しかしこちらを見てふっと笑った。
精密検査の途中だが、彼女が疲れ切ってしまったことで一度休息をとることになったのだ。
弱弱しく横になる姿からは、KMFに騎乗する騎士としての猛々しさは感じられない。ジュリアスは部屋の扉の鍵を閉めたのを確認すると車椅子から立ち上って、ベッドのすぐそば、壁に凭れる。そろそろ付き合いも長くなってきた。ルルーシュが見せる表情とジュリアスが見せる表情。その違いを理解し、ジュリアスがジュリアスとしての顔を向ければ、すぐにわかるようにはなっていた。
もちろん影武者として仕事をしている時には彼の演技は完璧で、到底わかりっこない。
「ルルーシュ様かと思った」
「残念。総督はエリア11の今後について、枢木スザクと話し合ってるよ」
「枢木スザク?」
「殿下が捕まえた。咲世子の情報から連絡をとってな」
「そう……」
「首を痛めたと聞いたけど?」
「検査では何もなかった。痛みもだいぶ引いたし……今は、すこし頭が重いだけ」
静かに応えたアーニャ。やがて沈痛な面持ちになって、両手で顔を覆う。
今にも消えそうな震える声で言った。
「ナナリー様が捕まったの、私のせいだ……」
「俺のせいでもある、気に病むな。……アーニャたちには言っていなかったけど、昔ほんの少し、あの機体停止の仕掛けや赤いKMFの開発者と関わりがあった。まさか日本解放戦線に与しているとは思わなかったが――予想できたことだった」
「でも、私、騎士なのに。守れなかった」
いつもと同じ、淡々とした口調のアーニャ。
しかし隠しきれない悲嘆と悔しさが滲んだその声は、かえってジュリアスの心を痛めさせた。
「君がこうして無事であることが、あの方の一番お喜びになることだよ。今回の君に落ち度はない。それでも納得できないのなら、ナナリー様が戻ってきてから叱ってもらえ。俺はルルーシュ様にしこたま怒鳴られてきたところだ」
「…………うん」
アーニャは小さく頷いた。
ぐしゃぐしゃと頭を撫でられ顔をしかめる。いつも括っているふうわりとした髪は、検査のために解かれて膨らんでいた。乱暴な言い方も腹立たしくなるほど雑に頭を撫でるのも、自分を励ますためのものだとわかっているからされるがままだ。
やがて彼は髪をかき回すのをやめると、そうっと優しく手で梳く。ひどく優しく慣れた手つきで、アーニャは不思議に思うのだった。ジュリアスの幼いもの――アーニャが幼いということではなく、彼よりも、という意味だが――に対する振る舞いは、とても堂に入ったものなのだ。年の離れた弟か妹か、そんな存在がいるのではないかと思う。プライベートなことを語らないジュリアス。だから、過去を尋ねたことはないけれど。
ピピピと電子音。アーニャの携帯だ。
起き上がって取ろうとしたので、ベッドサイドのテーブルに置いてあったのをジュリアスが取って渡した。
アーニャはすぐさま開きチェックする。一体何の報せか、画面を見る目が僅かに見開かれたのをジュリアスは見逃さなかった。
「どうかしたか?」
「……ううん。なんでもない」
アーニャが確りと返すので、退かざるを得ない。
そのときジュリアス自身の携帯も鳴り、ヴィレッタからの着信だった。
「まずい。ここに来ることを言ってない」
ジュリアスは途端に焦った顔になり、最後にもう一度「あまり気に病むな」と残すと車椅子に乗り、ルルーシュ総督としての仮面を被って部屋を出ていった。この慌ただしい時に会いに来る時間は本来なかったはずだ。それも影武者の仕事中。わざわざこちらの心中を慮って来てくれたのだろう。わかりやすくはないけれど、ジュリアスはとても優しい男だ。
気遣いがこそばゆい。アーニャはぎゅっと目を瞑って、これ以上ないほど悔いる。長く悔いれば偉いというわけではない。ぐっと唇を噛みしめてから、ゆっくり視界を開く。
くよくよするのはやめだ。ここでひとりでそれをしたところで、何が変わるわけでもない。アーニャはこれから、無事に戻って来たナナリーに叱ってもらうのだ。
今までだって、先に戦線離脱することはあったのだから。
いつもの自分に戻らなければ。
――まだ頭が重い。それでもやるべきことがある。
表示されたメール画面。アーニャに送られてきたのは近況報告の催促だった。なにも今来なくてもいいのに、タイミングが悪すぎる。最悪だ。
しかしこれはアーニャにとって最優先事項のひとつ。紛れもない仕事であり、使命。
強制はされていない。もちろん断る権利もなかったけれど、確かに自分の意志でしていることだ。
青いドレスのすそが、脳裏で優雅に翻った。
年内最終更新です。
たくさんの閲覧、評価、感想ありがとうございました!
追記:これ書かなきゃだめでした よいお年を!