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声を張り上げ、答えたのはルルーシュではなかった。
今まさに肌を晒し、ルルーシュの服に着替える男だ。胸の真ん中に、禍々しい大きな歪な傷痕がある。古傷にしてはくっきりと赤く、ぷくりと腫れあがった線は、奇妙な紋様のようだ。
「誰だ」
「夜分遅くに申し訳ございません、ルルーシュ殿下。セオドア・ドゥリトルでございます。シュナイゼル殿下より、明日の会議についての伝令と、預かりものを持って参りました」
「……誰?」
L.L.が囁く。
「……第5皇子のところの騎士だ。ついこの間、戦で皇子ともども私に恥をかかされたところだよ」
今度は自分が扉の向こうへいらえを返す。
「……伝令に関しては、通信でよいのでは?こんな夜遅くに。明日会うのだから、直接渡せばよかろう」
「今日中にとのお達しでして――」
「……少し待て」
またもL.L.が答える。相手は2人が交互に返事をしているなど気づく様子もない。同じ声だ。
身なりを整えたL.L.。
ルルーシュは下着姿に剥かれ、これ以上ないほど無防備だ。
まるで双子。自分の足で立っていることを除けばルルーシュそのものであるかのような男は、こちらの身体を丸く折り畳み、シーツをかぶせ、枕の位置を動かし、一見人が入っているとはわからないように仕立てた。
「何を」
「死にたくなければ言う通りにしろ。……俺が“痴れ者”と言ったら、これを鳴らして信頼できる部下を呼べ」
「な――L.L.――」
「ルルーシュだ。今はな」
L.L.はにやりと笑った。悪巧みをする子どものような表情だった。
今の今までルルーシュが乗っていた車椅子に乗る。
部屋へ戻ると、「入れ」と告げた。
入って来たのはセオドア・ドゥリトルらしき男。――と、足音がもうひとつ。ドゥリトルのうめき声と、かちゃりと拳銃を鳴らす音。
(なるほど)
ルルーシュは嘆息した。これではこちらが会話を記録に残しても意味がない。考えたものだ。
音だけでじゅうぶんに様子が想像できた。哀れなドゥリトルは、そのもうひとりに銃をつきつけられていた。
「――そちらの兵士の方は?」
L.L.がひどく落ち着いた声色で尋ねる。
「し、知りませぬ。殿下のお部屋に向かおうとしたら……」
「第5皇子は既に他の手の者が向かっている。もちろん彼を殺す気はありませんよ。ルルーシュ殿下、あなたが大人しくしてくれていたらね」
兵士の格好をしているらしい男はご丁寧に、変成器まで使用している。
グルか、そうでないのか。
十中八九前者だ。
わかっていれど、どうすることもできない。
第5皇子は皇妃も後見も大貴族だ。ルルーシュなんか比べ物にならない名門。これがはったりであろうがそうでなかろうが、あとあと面倒なことになるのが目に見えている。
「なるほど。彼は脅されていると。賊よ、貴様は何を望む?」
「貴殿の死を」
「不敬を承知で言わせて頂くが、殺して価値があるのは兄上のほうであろう?なぜ私などを狙う」
「エリア8での籠城戦を覚えているか」
覚えているはずがない。彼はルルーシュではないのだから。
L.L.は間を置かず、ああと嘯いた。
「わたくしの兄はそこであなた様に殺されたのです。あなた様に――いいえ、ゼロ部隊に」
「だから私を殺すと?……いや」
シナリオとしては十分だろう。けれど。
ルルーシュは歯噛みした。一瞬の間があって、ゼロ部隊を知らない様子だったL.L.も、相手の言わんとするところを理解したらしい。肝が冷えた。おそらくハッタリだ。けれどももし本当であれば。
「――私と私の部隊を、か」
ナナリーが。
「話が早くて助かります。あなたの愛しい妹君のお命を一秒でも永らえさせたいのなら、こちらへ。戦闘を終えられ、今頃さぞリラックスされていることでしょうね。……どうしました?早く来て下さい。私の命令一つで皆が動きます」
「…………」
「ああそうだ、その手の銃は捨てて頂きましょう」
「……私を殺して、その後で妹も殺すんだろう」
「そうなるかもしれませんね。しかしこちらに来ていただかなければ、あなたたちだけでなく、なんの関係もない第5皇子まで。……おっと、人を呼ぶなよ。不審な動きをした瞬間にこの男を撃つ」
「卑怯者ッ」
L.L.は声を荒げた。卑怯者ーー二重の意味でだ。
刺客を差し向けられているらしい当の皇子は、今頃紅茶でも飲みながら、部下たちがうまくやっているかやきもきしているところだろう。彼のことは、少なくとも私人としては、嫌いではない。嫌いと思うには、彼は少々自分より低い舞台にいすぎる。言うまでもなく、公人としては害にしかならない馬鹿だ。
ここペンドラゴンは、7年前にそこにどんな背景があろうと、テロ組織を侵入させた過去がある。警備は厳重だ。このような不届き者が潜り込むなど笑止千万。不可能に決まっている。
そう、あの時と同じように――誰かが招き入れでもしない限りは。
ルルーシュ1人ならともかく、第5皇子ともども始末したいと思う派閥はない。2人はあまりにも真逆に過ぎる。どちらにも危害を加えて得をする者などいない。犯人は火を見るより明らかだ。
どこまでが協力者なのかはさすがにルルーシュもわかりかねるが、首謀者は絞られる。
連中はルルーシュが軍での立場を強め、シュナイゼルに重用されるようになったのが気に入らないのだ。それがついこの間の戦いでとんでもない失態を犯したものだから、いよいよルルーシュへお門違いの恨みが爆発したに違いない。
L.L.はどう返事をするか。だいたいにして、今繰り広げられている話もあれにはさっぱりのはずだ。
彼の演技はとても上手い。まるでルルーシュ本人、いや、自分を上回るかもしれない。
なぜ自分を助けようとするのか。
何者なのか。それすらわからない謎の男。
「わかった。……ナナリーには手を出すな。もちろん兄上にもだ。私がそちらに行く代わり、まずはそれを解放しろ」
それ、とは第五皇子の騎士だろう。
彼の唯一の武器である銃を捨てる音。車椅子の立てるモータ音。
L.L.が敵のもとへ向かうのがわかる。
騎士と交換に、今度は彼が銃をつきつけられたらしい。低い呻き声に、車椅子が蹴り倒される派手な音がした。実際にはL.L.は難なく立つことが出来るが、ここでそれをするとまずいだろう。おそらく苦しい体勢を強いられているはずだ。首だけに腕を回されて、あとはだらりと垂れ下がっているとか。
さあ、どうなる。
緊張するルルーシュを置いて舞台は進行していく。
わかりやすいことにーーそして、ありがたいことに。皇子を捕らえた瞬間に彼らは安心してしまったようだった。
「……何だ?まさか貴様ッ」
「そのとおりですよ殿下。彼とエリア8はなんの関係もない。これは我々の仕組んだことです」
「どこまでも下衆な手を……ッ」
暗殺に来たのにどうしてそこまで悠長に喋っているのだろうか。
疑問に思うまでもなく、それが首謀者の首謀者たるゆえんだ。黒の皇子が屈服する様を見たかったのだろう。くだらない。
「兄上の命かッ」
「そうですよ。殿下はあなたにほとほとお困りでおいでだ」
「ハッ、逆恨みもいいところだ!それで私を殺すと?ボロが出ないわけがなかろう」
「それはどうでしょうかね。あなたが一番よくおわかりでは?」
「……何だと?」
「見捨てられた皇子のあなたが殺されたところで、皇帝陛下はすっきりなさるだけでしょう。我々も軍にちょっかいを出す余計な犬が消えて助かる。捜査などまともにやるわけがない……あの時と同じようにな」
「私だけでなく母上までも愚弄するか!どこまでも虫唾の走る男だな……許されることではないぞ」
「もうすぐそのお母上に会えるのですよ、殿下」
「……腐っていやがる」
「どうとでも。……やれ」
「くそ、くそっ、ナナリー……ッ」
乾いた音がした。
ご丁寧に静音設計のようで、音はさほど大きくはない。
最後のあがきともがいた後、皇子はずるずると崩れ落ちた。どさり、重い音。
肝が冷える。不死身だと――そう言っていたけれど。
……だけど、本当に?
「……死んだか?」
「そのようです」
「ふん。……よし、サイラス。録音機器の類がどこかにあるはずだ。探して壊せ」
「は」
「ここに誰も駆けつけてないということは、外と連絡はとっていまい」
容赦なく部屋を漁る音が続く。殺されたばかりのL.L.の身体を、ドゥリトルが悪態をつきながら蹴る。やがて小さく歓声があがった。
「……ありました!」
「よし。……殿下、わたくしです。聞こえますか。任務を遂行致しました。すぐに帰還いたします」
ドゥリトルは第五皇子に連絡を取っている。勝利を確信している、浮ついた声だ。
「念のため隣も調べますか?」
「用心深いな。寝室にそんなもの置くわけがなかろう?いいだろう、見ておけ」
(余計なことを!)
冷や汗が伝う。
足音がこちらに向かう。ああ、まずい。
身を固くする。下手に動けば気づかれる。けれども何もせずとも、すぐに見つかるに違いなのだ。
近づいてくる。
がちゃりと扉に手をかけられた、その瞬間。
「……“痴れ者“が」
静かな声と共に、唐突な銃声がした。続けてもう一発。悲鳴と共に、男二人が崩れ落ちる重い音。
ルルーシュは反射的に警報を鳴らした。
もう1分もせずにここに兵が来るだろう。
こわばっていた体から力が抜けて行く。
……作戦成功だ。L.L.とかいう謎の男、本当に不死身らしい。
「な――ッ」
「いくら息絶える寸前とはいえ、銃を奪い取られてそのままにするなんて。気を抜き過ぎでは?まったく」
「お前、なぜ、確かに今っ」
「死んだと?いいえ?――打ちどころがよくて助かった。ナナリーからもらった時計のおかげです」
「な……!?何を言っている、嘘をつくな!確かに私はお前の脈が止まっているのを――その血は――」
「なんのことかわかりませんね。とにかく」
容赦の無い銃声がもう一度。
「答えろ。ナナリーに刺客を差し向けたというのは本当か。であれば、今ここでその命」
「ち、違う!嘘だ!ハッタリだ!」
「真か」
「ほ、ほんとうだ、ほんとうだ……」
ルルーシュはほっと息を吐く。L.Lも扉の向こうで同じことをした。
「――よかった。ああ、命は取りませんよ。いろいろと聞きたい話もあるので。ここであなた方を殺してもこちらが損をするだけだ。今人を呼びましたから、もうしばらくそこで転がって居ろ」
「貴様、どうやって!」
「どうやってと言われても。普通に隠し持ってただけです」
「騙したのか!」
「人聞きの悪いことを言うな!皇子である私を亡き者にしようとしておいて――反吐が出る。沙汰を待てッ」
喋りながら、どうにかこうにか足の不自由を演じつつ車椅子に乗ったらしいL.L.が寝室に入って来た。遠くからばたばたばたとかけつけるあ音も聞こえてくる。衛兵たちだろう。
L.L.扉を閉めるなり、立ち上がってこちらへ駆け寄った。ルルーシュもシーツを剥いで飛び起きる。
自分と同じ顔は唇をつり上げ、
「よくやった」
「こちらのセリフだ。……まったく、証拠まで取れるとは思わなかったぞ」
「大したことではない」
首を振る。
しかし、これは実際、難しいことである。
権力のある第5皇子の罪を明らかにするには、己の立場では不利であった。どうにか人を呼んだところで、捕まるのは使い捨てのチンピラひとり。実際にルルーシュを殺そうとした人間は罪に問われず、むしろ被害者としてのうのうと皇族で居続ける。少しでも異母兄を疑うようなことを言えば、後で後ろ指を指されるのはこちらだ。
もしも今日この男がおらず一人だったとしても、殺されてやるつもりなどルルーシュにはなかった。それでも彼がいたおかげで、有利なカードを手にできたことは明らかだ。
向こうもここまでうまくいくとは、と思っていただろう。彼らだって、ルルーシュの立場を危うくできればよかったのだ。皇族である自分の命を優先しても、兄の騎士の男を守らなかったことを糾弾される。身分からして明らかにおかしいことなののだが、ここはそういう世界だった。
L.L.は頭から幾筋かの血を流していた。頭蓋を撃たれて平気でいるのは確かにおかしいだろう。不死身という言葉は信じるより他なさそうであり、改めてぞっとした。
彼はそれをもともと着ていた白いシャツでぬぐい、今来ている皇子の服を脱ごうか迷う素振りを見せる。ルルーシュはそれを制した。
「着替える時間はなさそうだ。問題は、ルルーシュの顔をした男が二人いるのをどう片付けるか――」
「寝室に人を入れないようにするしかないが……」
「……咲世子だけには、最悪説明する。黒髪の日本人だけ入れろ」
「わかった」
L.L.が部屋を出ていくのと、衛兵が飛び込んでくるのは同時だった。