無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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声を張り上げ、答えたのはルルーシュではなかった。

今まさに肌を晒し、ルルーシュの服に着替える男だ。胸の真ん中に、禍々しい大きな歪な傷痕がある。古傷にしてはくっきりと赤く、ぷくりと腫れあがった線は、奇妙な紋様のようだ。

 

「誰だ」

「夜分遅くに申し訳ございません、ルルーシュ殿下。セオドア・ドゥリトルでございます。シュナイゼル殿下より、明日の会議についての伝令と、預かりものを持って参りました」

「……誰?」

L.L.が囁く。

「……第5皇子のところの騎士だ。ついこの間、戦で皇子ともども私に恥をかかされたところだよ」

今度は自分が扉の向こうへいらえを返す。

「……伝令に関しては、通信でよいのでは?こんな夜遅くに。明日会うのだから、直接渡せばよかろう」

「今日中にとのお達しでして――」

「……少し待て」

またもL.L.が答える。相手は2人が交互に返事をしているなど気づく様子もない。同じ声だ。

身なりを整えたL.L.。

ルルーシュは下着姿に剥かれ、これ以上ないほど無防備だ。

まるで双子。自分の足で立っていることを除けばルルーシュそのものであるかのような男は、こちらの身体を丸く折り畳み、シーツをかぶせ、枕の位置を動かし、一見人が入っているとはわからないように仕立てた。

「何を」

「死にたくなければ言う通りにしろ。……俺が“痴れ者”と言ったら、これを鳴らして信頼できる部下を呼べ」

「な――L.L.――」

「ルルーシュだ。今はな」

L.L.はにやりと笑った。悪巧みをする子どものような表情だった。

今の今までルルーシュが乗っていた車椅子に乗る。

部屋へ戻ると、「入れ」と告げた。

 

 

入って来たのはセオドア・ドゥリトルらしき男。――と、足音がもうひとつ。ドゥリトルのうめき声と、かちゃりと拳銃を鳴らす音。

 

(なるほど)

ルルーシュは嘆息した。これではこちらが会話を記録に残しても意味がない。考えたものだ。

音だけでじゅうぶんに様子が想像できた。哀れなドゥリトルは、そのもうひとりに銃をつきつけられていた。

「――そちらの兵士の方は?」

L.L.がひどく落ち着いた声色で尋ねる。

「し、知りませぬ。殿下のお部屋に向かおうとしたら……」

「第5皇子は既に他の手の者が向かっている。もちろん彼を殺す気はありませんよ。ルルーシュ殿下、あなたが大人しくしてくれていたらね」

兵士の格好をしているらしい男はご丁寧に、変成器まで使用している。

グルか、そうでないのか。

十中八九前者だ。

わかっていれど、どうすることもできない。

第5皇子は皇妃も後見も大貴族だ。ルルーシュなんか比べ物にならない名門。これがはったりであろうがそうでなかろうが、あとあと面倒なことになるのが目に見えている。

 

「なるほど。彼は脅されていると。賊よ、貴様は何を望む?」

「貴殿の死を」

「不敬を承知で言わせて頂くが、殺して価値があるのは兄上のほうであろう?なぜ私などを狙う」

「エリア8での籠城戦を覚えているか」

 

覚えているはずがない。彼はルルーシュではないのだから。

L.L.は間を置かず、ああと嘯いた。

 

「わたくしの兄はそこであなた様に殺されたのです。あなた様に――いいえ、ゼロ部隊に」

「だから私を殺すと?……いや」

シナリオとしては十分だろう。けれど。

ルルーシュは歯噛みした。一瞬の間があって、ゼロ部隊を知らない様子だったL.L.も、相手の言わんとするところを理解したらしい。肝が冷えた。おそらくハッタリだ。けれどももし本当であれば。

 

「――私と私の部隊を、か」

ナナリーが。

 

「話が早くて助かります。あなたの愛しい妹君のお命を一秒でも永らえさせたいのなら、こちらへ。戦闘を終えられ、今頃さぞリラックスされていることでしょうね。……どうしました?早く来て下さい。私の命令一つで皆が動きます」

「…………」

「ああそうだ、その手の銃は捨てて頂きましょう」

「……私を殺して、その後で妹も殺すんだろう」

「そうなるかもしれませんね。しかしこちらに来ていただかなければ、あなたたちだけでなく、なんの関係もない第5皇子まで。……おっと、人を呼ぶなよ。不審な動きをした瞬間にこの男を撃つ」

「卑怯者ッ」

 

L.L.は声を荒げた。卑怯者ーー二重の意味でだ。

刺客を差し向けられているらしい当の皇子は、今頃紅茶でも飲みながら、部下たちがうまくやっているかやきもきしているところだろう。彼のことは、少なくとも私人としては、嫌いではない。嫌いと思うには、彼は少々自分より低い舞台にいすぎる。言うまでもなく、公人としては害にしかならない馬鹿だ。

ここペンドラゴンは、7年前にそこにどんな背景があろうと、テロ組織を侵入させた過去がある。警備は厳重だ。このような不届き者が潜り込むなど笑止千万。不可能に決まっている。

そう、あの時と同じように――誰かが招き入れでもしない限りは。

ルルーシュ1人ならともかく、第5皇子ともども始末したいと思う派閥はない。2人はあまりにも真逆に過ぎる。どちらにも危害を加えて得をする者などいない。犯人は火を見るより明らかだ。

どこまでが協力者なのかはさすがにルルーシュもわかりかねるが、首謀者は絞られる。

連中はルルーシュが軍での立場を強め、シュナイゼルに重用されるようになったのが気に入らないのだ。それがついこの間の戦いでとんでもない失態を犯したものだから、いよいよルルーシュへお門違いの恨みが爆発したに違いない。

 

L.L.はどう返事をするか。だいたいにして、今繰り広げられている話もあれにはさっぱりのはずだ。

彼の演技はとても上手い。まるでルルーシュ本人、いや、自分を上回るかもしれない。

なぜ自分を助けようとするのか。

何者なのか。それすらわからない謎の男。

 

「わかった。……ナナリーには手を出すな。もちろん兄上にもだ。私がそちらに行く代わり、まずはそれを解放しろ」

それ、とは第五皇子の騎士だろう。

彼の唯一の武器である銃を捨てる音。車椅子の立てるモータ音。

L.L.が敵のもとへ向かうのがわかる。

騎士と交換に、今度は彼が銃をつきつけられたらしい。低い呻き声に、車椅子が蹴り倒される派手な音がした。実際にはL.L.は難なく立つことが出来るが、ここでそれをするとまずいだろう。おそらく苦しい体勢を強いられているはずだ。首だけに腕を回されて、あとはだらりと垂れ下がっているとか。

さあ、どうなる。

緊張するルルーシュを置いて舞台は進行していく。

わかりやすいことにーーそして、ありがたいことに。皇子を捕らえた瞬間に彼らは安心してしまったようだった。

 

「……何だ?まさか貴様ッ」

「そのとおりですよ殿下。彼とエリア8はなんの関係もない。これは我々の仕組んだことです」

「どこまでも下衆な手を……ッ」

 

暗殺に来たのにどうしてそこまで悠長に喋っているのだろうか。

疑問に思うまでもなく、それが首謀者の首謀者たるゆえんだ。黒の皇子が屈服する様を見たかったのだろう。くだらない。

 

「兄上の命かッ」

「そうですよ。殿下はあなたにほとほとお困りでおいでだ」

「ハッ、逆恨みもいいところだ!それで私を殺すと?ボロが出ないわけがなかろう」

「それはどうでしょうかね。あなたが一番よくおわかりでは?」

「……何だと?」

「見捨てられた皇子のあなたが殺されたところで、皇帝陛下はすっきりなさるだけでしょう。我々も軍にちょっかいを出す余計な犬が消えて助かる。捜査などまともにやるわけがない……あの時と同じようにな」

「私だけでなく母上までも愚弄するか!どこまでも虫唾の走る男だな……許されることではないぞ」

「もうすぐそのお母上に会えるのですよ、殿下」

「……腐っていやがる」

「どうとでも。……やれ」

「くそ、くそっ、ナナリー……ッ」

 

乾いた音がした。

 

ご丁寧に静音設計のようで、音はさほど大きくはない。

最後のあがきともがいた後、皇子はずるずると崩れ落ちた。どさり、重い音。

肝が冷える。不死身だと――そう言っていたけれど。

 

……だけど、本当に?

 

「……死んだか?」

「そのようです」

「ふん。……よし、サイラス。録音機器の類がどこかにあるはずだ。探して壊せ」

「は」

「ここに誰も駆けつけてないということは、外と連絡はとっていまい」

容赦なく部屋を漁る音が続く。殺されたばかりのL.L.の身体を、ドゥリトルが悪態をつきながら蹴る。やがて小さく歓声があがった。

「……ありました!」

「よし。……殿下、わたくしです。聞こえますか。任務を遂行致しました。すぐに帰還いたします」

ドゥリトルは第五皇子に連絡を取っている。勝利を確信している、浮ついた声だ。

「念のため隣も調べますか?」

「用心深いな。寝室にそんなもの置くわけがなかろう?いいだろう、見ておけ」

 

(余計なことを!)

冷や汗が伝う。

足音がこちらに向かう。ああ、まずい。

身を固くする。下手に動けば気づかれる。けれども何もせずとも、すぐに見つかるに違いなのだ。

近づいてくる。

がちゃりと扉に手をかけられた、その瞬間。

 

「……“痴れ者“が」

 

静かな声と共に、唐突な銃声がした。続けてもう一発。悲鳴と共に、男二人が崩れ落ちる重い音。

ルルーシュは反射的に警報を鳴らした。

もう1分もせずにここに兵が来るだろう。

こわばっていた体から力が抜けて行く。

……作戦成功だ。L.L.とかいう謎の男、本当に不死身らしい。

 

「な――ッ」

「いくら息絶える寸前とはいえ、銃を奪い取られてそのままにするなんて。気を抜き過ぎでは?まったく」

「お前、なぜ、確かに今っ」

「死んだと?いいえ?――打ちどころがよくて助かった。ナナリーからもらった時計のおかげです」

「な……!?何を言っている、嘘をつくな!確かに私はお前の脈が止まっているのを――その血は――」

「なんのことかわかりませんね。とにかく」

容赦の無い銃声がもう一度。

「答えろ。ナナリーに刺客を差し向けたというのは本当か。であれば、今ここでその命」

「ち、違う!嘘だ!ハッタリだ!」

「真か」

「ほ、ほんとうだ、ほんとうだ……」

ルルーシュはほっと息を吐く。L.Lも扉の向こうで同じことをした。

「――よかった。ああ、命は取りませんよ。いろいろと聞きたい話もあるので。ここであなた方を殺してもこちらが損をするだけだ。今人を呼びましたから、もうしばらくそこで転がって居ろ」

「貴様、どうやって!」

「どうやってと言われても。普通に隠し持ってただけです」

「騙したのか!」

「人聞きの悪いことを言うな!皇子である私を亡き者にしようとしておいて――反吐が出る。沙汰を待てッ」

 

喋りながら、どうにかこうにか足の不自由を演じつつ車椅子に乗ったらしいL.L.が寝室に入って来た。遠くからばたばたばたとかけつけるあ音も聞こえてくる。衛兵たちだろう。

L.L.扉を閉めるなり、立ち上がってこちらへ駆け寄った。ルルーシュもシーツを剥いで飛び起きる。

自分と同じ顔は唇をつり上げ、

 

「よくやった」

「こちらのセリフだ。……まったく、証拠まで取れるとは思わなかったぞ」

「大したことではない」

首を振る。

 

しかし、これは実際、難しいことである。

 

権力のある第5皇子の罪を明らかにするには、己の立場では不利であった。どうにか人を呼んだところで、捕まるのは使い捨てのチンピラひとり。実際にルルーシュを殺そうとした人間は罪に問われず、むしろ被害者としてのうのうと皇族で居続ける。少しでも異母兄を疑うようなことを言えば、後で後ろ指を指されるのはこちらだ。

 

もしも今日この男がおらず一人だったとしても、殺されてやるつもりなどルルーシュにはなかった。それでも彼がいたおかげで、有利なカードを手にできたことは明らかだ。

向こうもここまでうまくいくとは、と思っていただろう。彼らだって、ルルーシュの立場を危うくできればよかったのだ。皇族である自分の命を優先しても、兄の騎士の男を守らなかったことを糾弾される。身分からして明らかにおかしいことなののだが、ここはそういう世界だった。

 

L.L.は頭から幾筋かの血を流していた。頭蓋を撃たれて平気でいるのは確かにおかしいだろう。不死身という言葉は信じるより他なさそうであり、改めてぞっとした。

彼はそれをもともと着ていた白いシャツでぬぐい、今来ている皇子の服を脱ごうか迷う素振りを見せる。ルルーシュはそれを制した。

 

「着替える時間はなさそうだ。問題は、ルルーシュの顔をした男が二人いるのをどう片付けるか――」

「寝室に人を入れないようにするしかないが……」

「……咲世子だけには、最悪説明する。黒髪の日本人だけ入れろ」

「わかった」

 

L.L.が部屋を出ていくのと、衛兵が飛び込んでくるのは同時だった。

 

 

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