無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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「フローラ様が身罷られた」

本国から直接通信を受け取ったルルーシュは、すぐにナナリーを呼んだ。

長く患っていた彼女の死期が近いことは知らされていたし、本当を言えば、総督就任より前、ブリタニアを出るまでもたないかと思ってもいた。それが三か月以上も延びた。芸術肌だった彼女と親しくしていたクロヴィスは、最後にきちんと会うことが出来て良かっただろう。

「……お式は」

「国葬は向こうの時間で明後日だ。マリーベルが段取りを決めると」

皇位継承争いに興味のなかったフローラは、妹姫のユーリアを早くに亡くしたせいもあるのか、娘のマリーベルをそう育てようとはしなかった。学校に通わせ、皇族として恥じぬ振る舞いをせよとだけ言い含んできた。

だからこそ敵も少なかった。もともと大きな貴族の娘でもあり、誰からも非難されない理想的な妃だったのもあるだろう。国内にはフローラの名を冠する植物園があったり、クロヴィスがエリア11に作ったテーマパークにも彼女のデザインしたアトラクションや建物が多くある。国民にも慕われた素晴らしい方だった。ルルーシュたちも、彼女にはよくしてもらった。

なので当然、

「俺は本国に戻って式に参加してくる。お前は副総督としてここに残れ。三日で戻るから」

「わかりました。フローラ様と、マリーベルお姉さまによろしくお伝えください」

ナナリーは心得ていると頷き、

「では私の訓練の予定をキャンセルして、スザクさんと打ち合わせをしておきますね」

「悪いな、アッシュフォードの方は任せる。ランスロットの調整も、早めてついでにやっておいてくれ」

「ロイドさんが喜びますね」

「あれは放っておけ」

ルルーシュは辟易したように顔を顰めた。

くすくす笑うナナリーは、あ、と思い出したように付け足す。

「咲世子さん、いませんから連れて行けませんよね」

咲世子はしばらく密偵中だ。神楽耶にキョウトへ連れて行かせた。

「ああ。護衛は適当にいいのを連れていくけど――どうかした?」

「ジュリアスさんは?」

「……忘れてた。どうしようか」

ルルーシュは唸った。

自分が不在の間代わりにちまちました仕事を裁かせるか、連れて行って適当な仕事を任せるか。本国に戻っても式に出たらすぐに戻ってくるのだから、いてもいなくても変わらない。

「ああでも、マリーベルに会わせておくべきかな……」

彼女は敏い。L.L.には一度、彼女と会話する姿を見せておくべきかもしれない。

マリーベル。

同い年の妹――彼女の勘の良さと賢さは、侮れるものではない。華やかなようでいて棘のある、薔薇のようなと評するに相応しい少女だ。

どこをどうしたってルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである影武者を見破ることなどできようもないが、しかし――。

ルルーシュは再び唸る。

ここ数日、人使いが荒かった自覚はある。あれはルルーシュの部下のふりをしてくれているだけの協力者であり、対等な存在だ。

「ナナリー。ここで大量の仕事を与えるのと、本国の化け物どもの巣に連れて行くの、どっちがいいと思う?」

「あら、ここに残って少ない仕事を任せるという選択肢はないのですか?」

「ジェレミアがあれだけ働いてるのにそれはない」

「じゃあ、お兄様が良いと思う方をお選びになってくださいな。お兄様はL.L.さんで、L.L.さんはお兄様なのですから」

妹はにっこりと笑った。

それでは行ってらっしゃいませと言い残し、もうルルーシュのくだらない問答には付き合ってくれない。

当然だ。仕事は山のようにある。

ルルーシュはもう一度だけ唸ると、内線を手に取った。

 

 

数時間後、ルルーシュは小型艇に乗って空の上にいた。

「それでわざわざ戻らせることにしたわけか」

――L.L.と一緒に。

「ああ」

「嫌がらせかな?」

素顔のままじろりと睨んでくるL.L.は、くるくるとルルーシュから奪ったばかりの白のポーンを弄ぶ。

「やっぱりそう受け取るか」

「違うな。お前が嫌なんだろう?俺は別に、いまさらペンドラゴンに思うところなんてないさ。お前がわざわざ自分の嫌な方を押し付けたことに感激してるんだよ」

「お前も俺なら、フローラ様に挨拶をせねばな」

「都合の良い時ばかり自分扱いするのはやめろ」

ルルーシュは黒のルークを追い詰める。片眉を上げたL.L.は予想通りナイトを仕掛けてきたので、今度はビショップで挑発する。

この男と暇つぶしにチェスをやりながらどうでもいい話をするのは、もはや見慣れた光景だ。

「しかし、マリーベルか」

「彼女がどうかしたか?」

「いや。会うのが楽しみだ。この間の夜会にはいなかったしな」

当たり前だ。死期の近い母を置いて夜会に出るなど、マリーベルにはありえない。

「懐かしい」

L.L.がどこかしみじみと言うので、ルルーシュは首を傾げる。L.L.が感傷めいたものを見せる相手など、ナナリーくらいのものだ。この間の枢木のは、今のところ見ないふりをしてやっている。少し気になって、何かあるのかともう一度尋ねてみた。

L.L.は答える。

「同志みたいなものだ。ちゃんとうまくやれた、な」

予想通り、わけのわからない答えが返ってくる。もうわかりきっていて、ルルーシュはその答えで満足した。

 

 

悪逆皇帝・ルルーシュと違って、ちゃんと死ぬことができた。

かつて黒衣に身を包んだ妹が、出来ることならこの世界では、と。

 

 

 

 衣裳部屋のクローゼットの奥に眠っていたラウンズの黒いマントを引っ張り出させ、ジノ・ヴァインベルグは複雑な気持ちでそれを羽織った。これを実際に身に纏うのは初めてのことであり、できればあまり着たくないものであった。

国葬は三日後。ジノだって本来ならそれに参加するつもりだったのが、そうもいかなくなってしまった。だから出立前にピスケスの離宮に挨拶に行かねばならない。当日までは皇族のみが面会を許されていて、今回はラウンズが唯一の例外だった。

フローラ様は誰にも彼にも慕われていた。それゆえに国全体の沈んだ気配は大きい。皇妃が亡くなるのは五年ぶりのことであり、四度目のことだ。そのすべてが、公にされている事実はどうあれ皇宮内の継承権争いを巡ってのものである。今回の葬儀の扱われ方がそれまでとは異なるものになりそうなのは、原因が病であり、後ろ暗いところのないものだからだ。

皇帝陛下はお顔を出されるのだろうか。近頃めっきり公の場に姿を現さない陛下は、三度目の妻の葬儀、つまりはマリアンヌ妃の式から参加していなかった。

あまりにも深い悲しみととるものもあれば、皇妃たちの存在そのものに興味を無くされたのだととる者もある。ジノには判断つけがたかった。

「遅いわよ」

離宮に近い同行者の邸宅まで行けば、すでに門扉の外で待ち構えている。護衛も部下もなく、運転手を待たせた車を除けば一人の、不機嫌そうなナイトオブイレブンだ。

「遅刻してないと思うけど」

「連絡来てないの?出発が一時間早くなったの」

「ええっ?聞いてないぞ」

「何やってるのよあんたの部下は」

同じように黒いマントを羽織ったアリスは眉間の皺を一本増やし、「行きましょう」と呟く。ジノは黙ってうなずいた。流石に今日ばかりは、くだらない冗談を言い合う気にもなれなかった。

 

水に囲まれた宮は大変芸術的な趣で、離宮の集中するこの区画の中でも最も奥まったところにある。ユーリア姫が亡くなられた後、皇妃の心と体、両方を鑑みてここに移られたのだ。

朝の爽やかさに、庭園にある噴水の音が涼やかだ。中庭の方には見事な薔薇園があって、二人とも訪れたことがある。いや、アリスはラウンズになる前からそれなりに親しい付き合いがあったから、ジノよりずっと多いかもしれない。

車を降りたところで、もう一組の来客があることに気が付いた。

駐車の許可されているもう片方の道に黒い車が停まっていた。二人の男が宮に入ろうとしているところだ。誰であるかは遠くともわかる。シルエットが特徴的すぎるのだ。

「ルルーシュ殿下」

追いついて、アリスが驚いた風に声をかける。エリア11にいたはずだが、葬儀の日取りを思えば戻ってくるのが早い。報を聞いてすぐ飛んできたとしか思えない。

「アリスか」

噂の部下、覆面男のキングスレイに車椅子を押させていたルルーシュが振り返った。

「戻っていらしたのですね」

「フローラ様にはお世話になったからな。ああ、残念ながら、副総督まで留守にするのは出来なかった」

「あ、いえ……そういうことでは」

「ナナリーも会いたがっていたよ」

仄かに赤面したアリスをからかうように言う。そのまま一緒に行く流れとなり、遺体の安置されている一室に案内される。道すがら、ルルーシュがもっともなことを尋ねた。

「ラウンズがどうして?」

面会できるのは皇族のみ。昔は皇族のみで別れを告げる日が設けられていたのが、シャルル帝政下でこのように変わった。単純に皇族の人数が増え過ぎて、これと決めた日に予定を合わせるのが困難になったせいだろう。

「皇帝陛下から特別にご許可が。我々は今日の午後にロシアの方へ向かいますので、式に参列するのはどうしても無理がありまして」

ジノは答える。既に宣戦布告してしまったのだ。ちょっと身内に不幸があったから待って、とは言えない。

「ああ、そうか。ついに始まるんだったな。EUとの開戦も秒読みだし、ラウンズは忙しくなりそうだ」

「そうなりますねー」

ジノは肩を竦めた。「殿下方がいらしたら、もっと早く片付くでしょうに」

「買い被りすぎだぞ。さすがにEU本土は時間がかかるだろう」

「ロシアの方は否定しないんですね」

「まあ、な。――やめようか。フローラ様のいらっしゃるところでする話でもない」

「おっと、これは失礼を」

妃は血生臭い話を好まなかった。事件の影響が大きいだろう。あの7年前の毒ガステロで重傷を負い、さらには娘を亡くされたのだ。おそらく葬儀では、兵士たちが列を作ることはあっても、ナイトメアの登場はないだろう。皇帝陛下の版図拡大の政策をも、よくは思っていなかったのかもしれない。しかし彼女はただ口を閉ざし、離宮で草花や芸術に、たまのお茶会に親しむようになった。ジノが実際に会ったのはほんの2、3度だ。

 

 

ちぐはぐなメンバーだ。ルルーシュはジュリアスに押されながら思う。ジノは貴族としての付き合いだったはずだが、アリスはナナリー同様よくしてもらっていた。思うところは多いだろう。いつもと同じはずの、元気に結い上げた髪が沈んでいるように見える。髪飾りがいつもの赤やピンクではなく、喪に服した黒のリボンだからだろうか。

「マリーベルは?」

ふと案内の侍従に尋ねる。

「お式の打ち合わせに出ていらっしゃいます。戻られるのは夕方ごろかと」

「昨日はちゃんと眠っていたか?」

なるべく平坦に、しかし心配する色を滲ませる。懸念は予想通りだったらしく、ほとんど眠っていないとのことだった。やはりか。

「言っても聞かないだろうからな……でも一応。私が休めと言っていたと伝えてくれ」

今は仕方がない。無理をして、やるべきことで目の前をいっぱいにしなければ、心の方が倒れてしまうのだ。ルルーシュはそれを知っていたから、多くは語らない。

到着したとの侍従の声で、四人とも前を向いた。

 

静かな部屋だった。妃の好んだ雰囲気そのままの穏やかな空間で、彼女は静かに眠っていた。

ルルーシュは自分で棺のもとまで進むと、静かに目を閉じる。

彼女もまた、言ってしまえば、殺すことのできる相手だった。身分に恵まれ、人に恵まれ、だからこそ安寧のなかで生きられた人だった。

だけど、彼女のことを親族だと認識していたし、情もある。美しいと、好ましいと思っていた。

 

身内が去る寂しさは、何度経験しても嫌なものだ。

静かに祈りを捧げる。

別に急いで戻ってこなくてもよかった。ゆっくり顔を見れるうちならいつだって。これもブリタニアに忠誠を誓う、ルルーシュ皇子のパフォーマンスのひとつだ。

今更それを悲しいとは思わない。

けれど、少しだけ煩わしいと思った。

 

 

 

 

「文化祭が終わったっていうのに、どーしてまだこんなに仕事があるんだろ」

「馬術部が馬をイベントテントに突っ込ませたから」

「わかってるけど~」

シャーリーは口をとがらせて鞄を抱え直した。リヴァルのバイクに乗っていけばもっと早く済む用事でも、荷物を乗せるスペースがないのだから仕方ない。サイドカーでもあればは話は別だが。

先日の文化祭でのハプニングにより、生徒会の備品もかなりの被害を受け、買い直したり修理したり。ノートパソコンの修理が終わったから、シャーリーとリヴァルが店まで受け取りに来たのだった。学園まで届けてもらう?ノーだ。予想外の出費に泣く生徒会は、今は数百円が惜しい(会長がニューイヤーイベントをやらないというなら話は別だが)。直接原因である馬術部は、もちろん既に予算を大幅にカットされている。

これから電車とバスで、アッシュフォード前まで戻るのだ。

と、そこに、二人は奇妙な光景を見た。

「……すごい」

何がすごいって、量が。

ピザ屋のテラス席。休日の午後ともなれば店内は満員で、多少風のある今日みたいな日でも外まで埋まることもある。真っ白いパラソルの下で、空になった皿を重ね、さらに目の前にワンホールを広げている少女がいた。かなりの美少女だ。

結い上げた編み込みの緑髪は見たことがないほどに美しく、稀有な色だと一目で知れる。EU系の顔立ちをした彼女は優雅に一枚一枚を食べる――というより吸い込んでいき、向かいに座る少年は呆れ顔で眺めていた。彼は何も食べずにコーラだけ飲んでいた。

カップルだろうか。

「うわぁお。あれ、彼氏が奢らされんのかなあ」

リヴァルがおっかねえ、というように肩を竦めた。

同感だ。だけどそれでも彼女と一緒にいたいと思うのだから、恋ってすごい。

シャーリーはまだ本物の恋というのをしたことがない。してみたいと、ずっと思ってはいるのだ。

「いいなあ……」

「え、何が」

リヴァルがおののくように体を引いた。何か勘違いをされてしまったらしかった。違う。確かに「ここは俺が払うよ」なーんて言われてみたいとは思うけど、シャーリーは折半したい派だ。

「腹減って来た。早く戻ろうぜ」

「はーい」

二人は駅に向かって歩き出す。残されたのは、人々の注目を集めている男女だ。

彼女らはまったくもってカップルなどではなかった。そして彼女のピザの支払いが、ジュリアス・キングスレイで領収書が切られていることを、平和な学生は二人知らない。

もちろんジュリアス本人も、知る由もなかった。

 

「……まだ食べるんですか」

「そうだな、これで最後にしておこうかな。デザートも食べたいし」

「…………」

「しかしあれだな。こっちに来てからどこもそうだったが、この国は特に。懐かしい香りがする」

「……ピザの?」

「違うよ」

少女は最後の一口を終えてコーラを流し込むと、にやりと笑った。

「歴史の歯車が音を立てる香り――。」

 

血と鋼のニオイだ。

 




章タイトル回収。しつちゃん日本上陸していた模様。誰と一緒にいるんでしょうね?

どこかのあとがきで書いてたんですけど(消したかも)4月はお休みです~!!のでしばらく更新ないです~!!!5月が皇道でさえなければ5月も休んでた ハハ りざれく発表も来たし本当に一刻の猶予もなさそう ハハ 

追記 最後ちょっと間違えてるとこあったので直しました 領収書のとこ

今回のプチ
アリスちゃんのラウンズ服
長袖+上半身露出なし+ショーパン+ヒールが少し高め5センチのロングブーツです。上半身モニカやノネットさん、下半身アーニャみたいな組み合わせですね。アーニャと違ってガーターソックスはなし。なのでより肌が見えていて、燕尾服っぽい尾で隠れている後ろから見た時と前から見た時でギャップがあってよい。
ショートブーツのほうがえっちだな~~と思ったんですけどブーツと手袋はカスタムなしが基本のようだったので諦めました(でもヒールをつけてしまった)

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