無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

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「リフレイン?」

カレンは眉を寄せる。初めて聞く名だ。

「麻薬だよ。それの粗悪品」

電話の向こうの扇が疲れた声を出した。

「過去に戻った気になれるってのが特徴かな」

「売れそうですね。日本人に」

「誰だって懐かしいよ――ブリタニアに占領される前の日本が。日本人を狙い撃ちにした薬だ。解放戦線の末端には、手を染めてるやつもいるって噂」

「まさか、上はわかってて放ってるんですか?」

「そんな余裕はないってさ。幹部はガチガチの軍人の集まりだ。自ら手を出す奴が悪いって考えなんだよ」

「そんな……」

カレンは携帯を強く握る。体調不良を理由に一限で帰宅したカレンは、自分の部屋で紅蓮と無頼のマニュアルを広げている。シュタットフェルトの父が先週からしばらく本国に戻ることになったのをいいことに、カレンは適度に学校をさぼり始めていた。ブリタニアでの居場所を作ることはキョウトからの指示でもあるから、あくまでほどほどにだが――。

「私から、スザクに掛け合ってみます」

翡翠の瞳の同胞を思い浮かべる。カレンたちが独立したグループなら単独で動くこともできただろう。しかし組織に入ることを選んだ以上、そうもいかない。ならばトップに掛け合うしかないではないか。幸いにも、カレンはその地位を手にしている。

「本当か?」

扇の声が明るくなった。

「ええ。ですけど今日のニュース――見ました?スザクも疑われています。名誉として過ごすなら携帯なんて出せないでしょうし、あっちに顔を出すのも難しいみたいですから、しばらく会う機会すらありません。私とスザクの間で話がついても、そこからは……」

「確かにそうだな――わかった。俺達でももう少し探りを入れてみるよ。しばらくは東京に戻ってるから、あっちに連絡をくれ」

「わかりました。扇さんたちも気を付けてくださいね」

通話終了のボタンを押す。カレンはふーっとため息を吐いた。

枢木スザクが総督直属部隊に入ることになり、ナンバーズの生活向上のテストケースとして、新たに作られた奨学金コースでのアッシュフォード学園入学が決まった。

そのニュースを学校で聞いたカレンは、いてもたってもいられず戻ってきてしまったのだ。

(何考えてるのかしら、あのルル―シュとかいう男……)

唇を噛む。ナイトメアのマニュアルのそばにある雑誌を睨み付けた。こういうのも読んでおくべきだ、と神楽耶に勧められた情報誌だ。政治欄ではルルーシュの政策について、好き勝手にそれらしい講評がなされている。皇族に絶対服従のブリタニアのマスコミでも、日陰者皇子と名高い彼に対しては少々なめてかかっている節があった。もちろん、まさか批判が書いてあるわけではない。べた褒めなのだ。それでもどこか侮りは透けて見え、如実に形を成してしまう。

 

「新しいエリアの在り方を追求する――名誉ブリタニア人制度の活性化、ね」

 

見出しはこうだ。そう、それこそがカレンたちレジスタンスを悩ませている理由。

このままナンバーズの生活が安定してしまえば、日本を取り戻したいと思う日本人などほとんどいなくなってしまうだろう。時間が過ぎれば過ぎるほど。ブリタニアのもとでの生活が定着しきれば日本は完全に死ぬ。そのとき戦争だと言ったところで、再び混乱を呼んで大勢が死ぬだけとなる。

もちろん今はまだ大丈夫だ。いきなりブリタニア人が変わるわけもなく、差別も、ひどい労働環境もたいした変化はない。

それでも変化が起き始めているのは確かなのだ。注意深く見ていなければわからないほど、ゆるやかに。

いきなり方向転換しては反発があるからと、ルルーシュが手綱を取っているようで気味が悪い。というよりそれが真実だろう。

すさまじい切れ者だ。

(そもそもなんでそんなことするわけ?わけわかんない――)

ナンバーズは奴隷だ。仕事と言っても超低賃金の使い捨て。それがあるからブリタニアは富を得ることができているというのに、自らそれを変えるなんて、いったいどういうつもりなのか。

おまけに今度はリフレインなとどいう麻薬だ。問題が山積みすぎて頭が痛い。

(……ひとまず)

何か飲み物でも用意して、気を落ち着かせよう。

 

 

「あっ、カレンお嬢様!」

キッチンから戻る途中で玄関ホールの近くを通った時、耳障りな声に呼びとめられた。

意識せずとも、今日一番の不快さを露わにした声が出る。

「何」

呼び止めたのはそこには一人のメイド。……カレンの実の母親だ。

「お友達がいらっしゃっておりますが、どちらに御通ししましょうか?」

「友達?」

カレンは眉を寄せる。

母親の手が示す方向、そこには――。

「会長」

カレンの所属している(させられた)生徒会のボスがいた。なんで。

まだ学校の時間のはずなのに。

「どうしたんですか?」

「ごめんね、急に。体は大丈夫?」

「え、ええ、少し寝たら、落ち着いて」

「そっか。本当はアポ取ってきたかったんだけど、ちょーっと午後から急な予定が詰まっちゃって」

「……枢木スザクの件ですか?」

学校は大騒ぎだった。理事長の孫娘である彼女に面倒ごとが行くのは想像に難くない。

「そんなとこ。詳しいことは言えないけど、私たちも今日情報解禁って知ってたわけじゃなかったから。もーてんやわんや。で、今のうちに渡しておきたいものがあって」

「はあ……」

いつもの気さくな様子に圧されて頷く。すると唐突に、後ろから厭味ったらしい声がかかった。

「あらぁ」

しまった。

内心舌打ちする。

振り向けばホール奥の階段上に面倒な相手がいた。継母だ。

「お友達って言うからてっきり男だと思ったら」

「私の交友関係がどうだろうと、あなたには関係のないことでしょう?」

「偉そうな口を叩くのね。外泊に朝帰り、不登校、ゲットーにも出入りしているらしいじゃない」

「だから……」

「お父様が本国にいるのをいいことに。血は争えないわね」

いらいらする。カレンはキッと睨んで言い返した。よくもそんなことが言えたものだ。

「父の留守を楽しんでいるのはあなたの方でしょう!」

どれほど自由に遊び惚けているか、あの父に教えてやりたいものだ。

やたらと派手で下品なドレスに身を包む女。彼女が顔を歪めて言い返す前に、今度は逆方向から派手な音がした。振り返れば、花瓶を割っておろおろする……母の姿。

いよいよ頭が痛くなり、呆れたままに叫んだ。

「何やってるのあなたは!」

すみません、すみませんと繰り返して、素手で破片を拾おうとする。馬鹿と怒鳴りたいのをこらえて近づけば、今度は水を得た魚とばかりに継母が嗤った。

「本当に使えないわね。女を売るしか能がなくて」

母は言い返すこともない。もちろん、ただのメイドが主人に逆らうなんてあってはならない。当たり前のことなのだけれど、むしょうにイライラする。

そうこうしているうちに別のメイドがやってきて、もういいから、と突き飛ばすようにして彼女を追い出した。カレンをいたぶる興を削がれた継母も引っ込んで、残されたのはカレンとミレイだ。

「えーっと……」

「こっちです」

さすがに困った顔をするミレイ。早くここから離れたくて、カレンは彼女を自室に案内した。

 

 

「なかなか複雑な家庭みたいねえ」

「渡したいものってなんですか?」

キッチンから持って帰る途中だったティーセットが役に立ってしまった。自分用に持ってきたものをそのままミレイに出すことにして、カレンは本題に切り込む。

「うーん、おじいちゃんに頼まれてね」

「理事長に?」

「そうよー。はいこれ、中学からの成績証明書」

テーブルに出された封筒に、茶を用意するカレンの手が止まる。

中学。

中学というのは、それはつまり。

「……バレたってことですね。私がイレブンとブリタニア人のハーフだってこと」

ミレイは微笑むだけだ。真実を知っても、罵ったり蔑んだりしない。彼女はそういう人だ。カレンはティーポットを置いて、ゆっくりため息を吐く。

「……さっきのは継母です。本当の母親は花瓶を倒したドジなメイドの方」

「父親は――シュタットフェルト家のご当主様?」

いまさら隠すことでもない。カレンは素直に頷いた。

「バカなんですあの人は。結局使用人扱いで――大して仕事もできないから、どんなに馬鹿にされてもへらへら笑うしかできない。わざわざこの家に住まなくてもいいのに、いつまでも未練がましくて……。要するに、昔の男に縋ってるんですよ」

「嫌いなんだ、お母さん」

「鬱陶しいだけです」

吐き棄てる。カレンの勧めたクッキーを素直に咀嚼し飲みこんだミレイは、苦笑を維持したままに肩を竦めた。

「ま、ヘビーな話よね。正妻も妾もその娘も、一緒に暮らしてるなんて」

「そうでもないですよ。衣食住に不自由はないし。我慢できないってほどじゃありませんから」

そうだ。ゲットーで暮らしてるみんなのことを思えば、カレンは自分だけぬるま湯につかっているようなもの。この茶や菓子だって、お嬢様が手を付けないと旦那様が心配してああだどうだ、まわりがうるさいから摂っているだけだ。

「そう?……でもね」

ミレイわざと明るく振る舞うような口調を引っ込め、大人びた憂い顔を浮かべた。

「ひとつひとつは我慢できる事でも……積み重なれば。いつか擦り切れてしまうものよ」

 

 

 

 

「二重スパイ……と言っても、どこまでできるかはわかりませんが」

スザクはゲットーのレジスタンスに場所を借りて、幹部たちと通信していた。今は本当の事情を知らぬマスコミに見つかるのが一番恐ろしく、ルルーシュの作戦通りに動くと言ってもひやひやものだ。サングラスで変装はしてきたから、幸い見咎められることはなかったが。

「疑われているのか」

「泳がされています。今日は忙しいのかそんな気配はありませんが、街でも監視がついていることが増えました。大人しくしているしかなさそうです」

「持てる情報はすべて流せ」

「もちろんです」

当たり前だとばかりに頷く。

けれど、逆である。

スザクは持てる情報のすべてをルルーシュに流さなければならない。二重スパイなのは間違いなかった。スザクも、神楽耶も。日本の裏切り者として。

ブリタニアからの監視などいない。日本側とこまめに通信する機会を奪うためにルルーシュが考えたものだ。こう言っておけば、しばらく連絡を絶っても不審には思われない。

(ただの監視ならどれだけよかったか)

少しでもブリタニアを裏切る真似をすれば、神楽耶ともども破滅の道に追い込まれることは明らか。わざわざ面倒なことをしなくたって、既に首輪は付けられている。

「だからあんな作戦には賛同できぬと言ったのです」

不機嫌な声を出すのは草壁。彼は幹部の中でも旧体制の維持を望む保守派だ。

革新を求める神楽耶とスザクには否定的な顔をする。

「二重スパイが好機などと、本当にそうお思いか?中村殿」

「しかし今出来る最大の抵抗はこれしか……派手にテロを起こすわけにもいかない」

「そんな弱腰で、日本人の誇りはどうするのだ!時間はもう限られている!」

草壁の言葉に数人が頷く。

(まーた始まった)

スザクは呆れ果てる。旧体制のお偉方は、頭が固すぎる。

「ピースマークとの協定など、今すぐにでも破棄するべきでは?」

別の保守派が唸る。ごちゃごちゃと交わされる議論。こういう時は、自分が発言すべきタイミングをじっくり観察するしかない。

「EUと中華連邦はどうなっておる」

「中華連邦の天子とルルーシュの婚約、あれはどうなったのだ?枢木よ」

「そんなことまで話すか?ただのパイロットだろう」

「あー……はい。ナナリーと話しているのを聞きました。機密が漏れたおそれがあるから、いったん白紙に戻す、と」

機密が漏れたおそれ――とはすなわち、ルルーシュがスザクをテロリストではないかと疑っていた場合、この情報が良くないところへ流れたことを懸念している――ということだ。

実際は、既に疑うも何もない関係。

そもそも、婚約自体彼らには知りようもないことだ。ルルーシュがわざと情報を流し、彼らが自分で掴んだかのように思い込ませているだけ。テロリストに漏れたとなれば、今まで通りに事が進むはずもない。

シュナイゼルに報告したら白紙になったと、実にあっけらかんと言っていた。つまりは天子と結婚する道を自ら捨てたのだ。それだけ彼がこの計画に抱いている熱量が伝わってくる。

「ならば中華連邦はブリタニア側につくのを未だ迷っているということか」

「いや、もう中華は捨てたほうが良いでしょう。今回のようなことがあれば危険すぎてとても――」

「しかしEUも信用ならんだろう」

「やはりそもそもの方向が間違っているのでは?日本一国でやるべきだ」

話は一向に終わる気配を見せない。それぞれが不安なことを吐露しているだけで、建設的な議論とは言い難い。こうなるともうダメというか、幹部たちに藤堂やキョウトの面々が加わらない限り、だいたいいつもこうだった。まともに話ができるのはほんの数人だ。

切り上げ時を見計らう。スザクも暇ではない。午後から政庁にアッシュフォードの関係者がやってくるのだ――もう一時間もない。それより前に、神楽耶に一度電話をしておきたかった。

頃合いを見計らい離脱する。

機密を扱うからと長い間占領してしまった部屋から出ると、ここの面々が暗い顔をしていた。書き込みの入った地図を広げていて、不穏だと言わざるを得ない。しばらくテロの予定はないはずだ。

「ありがとうございました。……どうかしたんです?」

スザクがわかっていないふりで問いかけると、扇という男が振り返った。ここのリーダーだ。言い淀む様子にさらに突っ込めば、彼は沈んだ調子で口を開く。

「枢木さん。リフレイン、って知ってますか?」

「リフレイン?」

「やっぱりご存知ありませんでしたか」井上――だったはずだ。女が返す。

「ほらな、幹部も幹部、枢木の当主さまがこんな話知ってるわけねーだろうが」

だらしなく汚れたソファーに身体を投げ出している――えーっと名前が思い出せない――男が乱暴に吐き棄てる。

「玉城!」

隣の男が窘めた。えーっと、この人も思い出せない。何百という構成員の、全ての顔と名前を一致させるなんて土台無理だ。

「構いません。最近各地の見回りもできていないのは事実です。で、何ですか?リフレインって」

「麻薬です」別の男が――この人は覚えている。吉田だ。

彼の言葉に驚いたスザクは、サングラスをかけようとしていた手を止めた。

「麻薬?」

ええ、と今度は扇が受ける。

「日本人を狙い撃ちにした薬です。関東を中心に出回ってるんですよ」

「解放戦線の末端の、俺らみたいなクラスの奴も手を出してるって聞いてます。第三師団で突っぱねられましたから、枢木さんのところまで届いてないのも無理はありません」

「そう、ですか――」

ごめん神楽耶、電話はできそうにない――スザクは心の中で謝る。

サングラスをしまい。彼らに一歩近づいた。

 

「詳しく聞きましょう、その話」

 

 

 




ほぼ一か月も更新してなかったようでビックリしています、お久しぶりです。
今回は無に帰すで初(?)の本編に近い展開やシーンでした。
扇さんたちもようやく出せてホッとしてます。オールキャラものの看板が嘘じゃなくなってきましたかね……!?


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