無に帰すとも親愛なる君へ   作:12

38 / 40
5-6

「きゃーっ、見てあれ!あれがゲイシャってやつなの?」

「そうなんじゃないか」

「こんな中でも伝統を保っているのはすごいことね。キモノ着てみたいな、レンタルできるお店があるんだったかしら?」

「ギオンの方にな。イレブンがやってるところで――」

「行きましょう、行くしかないわ。ゴージャスなドレスもいいけどこういうのもとってもクールで――」

「俺も行かなきゃいけないのか?」

「当たり前じゃない。キモノなんてエスコートするためにあるようなものだって聞いたわ。歩きにくいんでしょう?」

「知らない……」

カコォン、と鹿威しなるものが鳴る。

オルフェウスは今、見事な日本庭園にいた。

 

「寒い……」

 

――今年初めてだという雪の中で。

 

ミス・エックスはエリア11に到着するなり自分の仕事を済ませ、こちらにも矢継ぎ早に任務の連絡を済ませると、そんなに長くはいられないから!急がなきゃ!などと言い観光に繰り出した。オルフェウスを引っ張って。

エウリアがいてくれたらまだマシだったろうに、「ごめんね、ラクシャータ先生がこんなに時間を取れる日はあんまりないの」と悲しそうに送り出されてしまった。若手のエースであるエウリアの学ぶチャンスをつぶしたくはない。それに近頃体調の悪い不安定な彼女を、こんな極寒に連れ出すなんてやはり気が引ける。

「……出発は明後日だよな。風邪を引きそうなんだが――」

「あっちで温かいもの飲めるみたいね」

聞く耳なし。長い白髪をマフラーにうずめた彼女はオルフェウスの手をしっかと握り、ずんずんと歩いて行く。ロマンチックなものはひとつとしてなく、オルフェウスが逃げるのを阻止するためだった。

 

キョウトブロックは、エリア11でも有数の自治区だ。皇コンツェルンというかつての財閥が占領後すぐさま名誉に下って代表の権利をかっさらうと、そのまま居ついている。名誉企業となった会社の本社はトウキョウにあるようだが、それでもここは、中心地なのに日本と見まがうほどだ。租界とゲットーの境目もトウキョウほど厳重ではなく、地震の為の階層ブロックも存在しなかった。

「あなたたちオフもずっとアジトにいるの?観光に繰り出さなきゃつまらないわよ、愛しのハニーを楽しませなくてどうするの」

「俺たちの自由だろ」

オルフェウスは唇を尖らせた。ぐいぐい引っ張られながらなにか食べ物を売っている屋台へ。

「なにこれ、魚に入ってるのは……えっと……ハァイ、ミスタ。これは何?アンコ?」

「豆を砂糖で煮た甘いクリームさ。うまいぞ、ひとつどうだ?」

「いただこうかしら!」

自分を置いてとんとん話が進んでいき、オルフェウスはため息とともに景色を見渡した。

戦前はもっと美しい場所だったのだろう。今だって見事だが、全盛期の輝きほどではないのだろうと感じさせるものがあった。

連れて来てやりたかったな、と恋人に想いを馳せる。

ちらちら舞う雪は綺麗で、雪、と来ればしかし、忌まわしい日を思い出さずにはいられなかった。

「初めて会った時も雪だったわね」

いつのまにか隣に来ていた彼女がぽつんと呟いた。

「……本当は、出発は明日の方がいいんだろう」

「気づいた?うん、だから全力で向かってね。間に合わなくなると大変だし。それにオズ、あなた、この日は絶対仕事受けないじゃない。絶対断られるのわかってること言わないわよ。まったく、調整大変だったんだから。あっちでズィーに怒られなさい」

「ああ」

「元気そうでよかったわ、エウリア」

「……ああ」

そう見えても、この時期はやはり不安定だ。

彼女も見越しているのだろう。オルフェウスが待っているからと仕事に焦りを生ませないために、わざわざ観光に引っ張ってきたことも察しが付く。いや、自分が楽しむのにちょうどいい荷物持ちが欲しかったのと五分五分だろうか。オルフェウスの腕にかかったのショッパーの数からして、推して然るべきだ。

「はい、オズの分。カスタードらしいわ」

これもそうだ。彼女が奢ってくれることなど珍しい。

「一口ちぎって頂戴。これおいしいけど意外と重いのよ、ひとりで食べたら気持ち悪くなっちゃいそう」

……いや、やはり通常運転だった。

たい焼き、というらしい菓子を頬張りながら、オルフェウスは薄く積もり始めた雪を見つめる。

明日は12月5日。

エウリアが奇跡的に一命をとりとめた日。その命を救ってくれた恩人・ミスエックスと出会った日だ。

そして、エウリアとオルフェウスの間の小さな命が消えた、命日でもある。

吐く白い息が雪と混ざり合い、幻想的な空間だった。

 

 

「マリーベル様、学校をお辞めになるって本当!?」

教室に顔を出した途端、マリーベルは生徒たちに囲まれた。突然のことに目を丸くしてみせる彼女と一緒に、オルドリンも輪の中に入れられてしまう。

「もう噂になってるの?すごいわね――ええ。オルドリンも一緒よ」

涼やかに答えると、食い入るようにこちらを見つめていた女生徒たちから一斉に悲鳴が上がった。

「そんなあ」

「オズの剣さばきがもう見られないなんて……っ」

「次の華会ではマリーベル様に主役をお願いしようと思っていたのに!」

「いつ!?いつお辞めになるんですか!?」

こんな具合に。女生徒は思い思いに口を開き、遠巻きに眺める男子生徒も動揺した様子だ。

「そうね……今月いっぱいかしら。クリスマス休暇に入るときがお別れね。だから今年はパーティ、参加できそうにないわ。ごめんなさいね」

「どうしてこんなに急にお辞めになるのか、お訊きしても?」

「公務に就こうかと思って。前から勧められてはいたのだけど、断っていたから――でも、いい機会かしらと。しばらくは表に出ず、お勉強になると思うわ」

「そうですか……」

まさか皇族を引き止められるなど、誰も思っていない。わけを知ることが出来ただけでも僥倖だ。ましてや母を亡くされたばかり、突然の行動の原因がそこにあるのだということは、誰しもわかっていた。

「今日は顔を出しただけなの。今週はもう来られそうにないから――あ、オルドリンは来るわ。私の分まで構ってあげて。今ならなんでもお願い事を聞いてくれるから」

マリーベルが悪戯っぽくウインクするので、彼女たちはきゃあと弾んでイエスユアハイネス、だなんて言っている。オルドリンはわざと不愉快げな声色を出し、茶化すように返した。

「もう、私のこと便利屋だと思ってない?」

「みんなあなたが憧れなのよ」

「マリーったら調子いい」

「ふふっ」

マリーベルは機嫌良さそうに笑うと、行きましょうとオルドリンの手を取る。教室に来てまだ少しも経っていないけれど、止める者はいなかった。

ご機嫌ようと優雅な一言で廊下に出るマリーベルについて行く。学内とはいえ皇女なのに、ほかに護衛はいなかった。簡単なことだ。オルドリンこそが、マリーベルを守る役目を請け負っているSPなのだから。

 

二人と入れ違いに教師が教室へと入り、授業が始まる。始業ベルが鳴ったあとの、遅刻ぎりぎりを狙ってきたのだ。その方がずるずると長引かずに済む。通常生徒の通ることを許されない教師用の通路に入ると、オルドリンは親友を見た。

「言わなくて良かったの?」

「何を?」

「わかってるくせに」

「だって、極秘だもの。遊学すると言ったら今からエリアじゅうの学校を調べられてしまうし、皇女が二人もいるだなんて公になったりしたら、ルルーシュに迷惑になるでしょう?隠していても漏れるようなことなんだから、言わないくらいがちょうどいいわ。ルルーシュのところでお勉強させてもらうつもりでいるのも本当だし、嘘は言ってないもん」

「それはそうだけど。あれ、二人って……ユーフェミア様、コーネリア殿下のご許可下りたの?」

「そこね。難航中のようだわ。可哀想にルルーシュ、ユフィに何を吹き込んだってとばっちりの通信を飛ばされたみたいよ」

「あ~……」

御気の毒に。

コーネリア殿下はユーフェミア様の留学を即却下、しかしユーフェミア様がそれで引くはずもない。今リ家ではブリザードが吹き荒れているとのことだ。

数度御目通りがかなっただけのオルドリンですら容易に想像できる光景に苦い顔になる。ユーフェミア皇女はオルドリンのように決まった護衛もおらず、それが余計に姉殿下の不安を煽るのだろう。しかしユーフェミア様の力押しが勝ちそうな気がしていて、マリーも同意見らしい。そしておそらくはルルーシュ殿下も。

もうすぐ一学年下のクラスで、今見てきたのとまったく同じ光景が見られるだろう。違うのは、彼女が「ユフィ」と愛称で呼ばれていることだろうか。

貴族でもぎちぎちに階級がある。敬称つきで呼びあうことも珍しくないこの学校で、皇族が皆に親し気に名を呼ばせるなど、マリーたち他の皇族にしてみればずいぶん酔狂なことらしい。逆はあっても、普通は「プリンセス」を付けるものだ。学内で、いいや、皇族以外で「マリー」と呼ぶことを許されているのなんて、オルドリンだけかもしれない。

しかしアッシュフォードにいるうちは皇族の振る舞いは許されないし、偽名の貴族としての階級を持ち出すこともルルーシュ殿下が禁じた。校風に合わないのだそうだ。であれば、とうぜん誰も様付けでは呼ばないだろう。皆に呼び捨てにされる彼女を、どうにも想像しづらかった。

「そのルルーシュに私が怒られたわ。言い出した自分たちでなんとかしろ、だって。コゥお姉様をどうにかするだなんて、それこそユフィにしかできないったら。あの子、どうする気なのかしら。……ところで、オルドリン?」

「ん?」

「本当にいいの?私についてこなくても……」

上目遣いにオルドリンを見る。ちらりと不安げに揺れる光を、自分が見逃すはずもない。

「何言ってるの。私はマリーの騎士だもの。どこへでもついて行くわ」

「まあ。騎士だなんて恐れ多い身分だわ」

マリーベルは微笑んだ。騎士は、副総督かそれに準ずる地位を持つ皇族でなければ持つことができない。皇族であれど、ただの学生である彼女の持てるものではない。

しかし言葉とはうらはらに、彼女が浮かべるものは今日一番の、嬉しそうな微笑だった。

(当たり前じゃない)

オルドリンは雄弁な微笑みに帰すように、大きく頷く。

死の煙に包まれた地獄のような世界から、無事に戻って来たあの日から。

「エリア11はどのくらい寒いのかしら。髪型を変えようかなって思っているの」

両手を頭の後ろにやり、優美なハーフアップを纏めたリボンをいじるマリーベル。

オルドリンは決めたのだ。ずっとずっと前に。

 

その笑顔を守るのだと。

 

 

 

「リフレインだと?あれは既に鎮静化したはずだろう」

スザクの報告に、眉を跳ね上げたのはジェレミアだった。

「そうなのですが……事実、ゲット―では過去最大の蔓延となっているようです」

「ホウ。通じている者がいると、こういった情報は回ってきやすいな」

皮肉が混ぜられたヴィレッタの返事。スザクは気づかないふりで続けた。

昼に扇たちから実態を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだ。

 

麻薬がゲットーに広がっている。

 

治安が悪い地域や劣悪な労働環境を狙って投げ込まれる、たった数本の注射がもたらすものは残酷な夢と中毒だ。苦しい人を選んでつけこむ卑劣なやり方。爆発的な広がり方は尋常ではなく、密かに確実に、この国を蝕んでいる。今まで知らなかったこと自体、由々しさを物語っているというものだ。

(なのに)

あちら側に顔を出す時間のないスザクは、神楽耶を通じて皆に話を伝えた。しかし結果は思わしくないどころか、悪化を招くことにしかならなかった。

薬に手を出すような者が、この日本解放戦線に所属するなど言語道断。

元締めであるキョウトに知れたことが明らかになったとたん、我が部隊からそんな不名誉が出たことを知られてはならぬと、あちこちで中毒者探しが始まって、見つかれば荷物を纏めて出て行けと命じる具合になってきたらしい。たった一日でこれである。その素速さを、もっとほかにどうにかできないものか。

しかしいけない。責任ばかり追及して、肝心のリフレインはどうにもならぬまま。

もちろん手を出したものは咎められるべきだ。でも個々に対する対応と、全体の処置を取り違えてはいけない。

ゲットーは法治国家ではないのだ。取り締まればいいだなんて呑気に言っている場合ではない。

これを見過ごしてどうなるだろうか。自己責任だと言ってどうなるだろうか。ましてや事態の解決に奔走することもなく、手を出したものを追い出しては意味がない!

「違法であるうえ、下の下で動いているものです。我々も知るところではありませんでした。本日ゲットーのグループより聞き、皇からキョウトへ打診してみたものの、動く気はないようで如何ともしがたく。このままでは民は、」

「いや待て。イレブンの問題ではない。警察は何をしている」

「こちらではリフレインを担当していたのは――ブレイク伯だったはず。あの者が謀りをするなど考え難い。もちろん調べる必要はありますが、ジェレミア卿、それより下で何者かが改ざんしていると見るべきです」

「うむ……」

二人は難しい顔を突き合わせ、もうこちらの話など聞いていない。あれやこれやと勝手に意見を述べ合って、やがてスザクにこう言った。

「事態は考えるより深刻だ。慎重に行かねばなるまい。ルルーシュ殿下にもご報告しておく。御苦労だった」

 

(何だって!?)

 

「待ってください!事は一刻を争います。せめて調査部だけでも作ってはいただけませんか」

「警戒されて隠れられてはたまらん。一度潰してこれならば、それだけ根が深いということだ。わからんか」

「しかし!」

「くどいぞ枢木。殿下には私から報告する、いいな。これは命令である」

同じ部隊の同僚である。

そうはいえども、階級はあちらが上。おまけにこちらはテロリスト。

「……わかりました」

なればスザクには、どうしようもないではないか。

ここにL.L.がいれば、彼は、スザクの性格を知っている。どうにか言いくるめて納得させただろう。しかしこちらはまだスザクと出会って日が浅い。問題の重さに気を取られている二人は、政庁を出たスザクが、人波に紛れて携帯を手にしたことを、知る由もなかった。

 

 

「もしもし神楽耶?うん、今話してきたよ。対応する気があるだけこっちよりマシだけど、すぐには動けないらしい。そうだ、しばらくどうにもならない――それで。俺に、考えがあるんだ」

 






やぁっとオルドリンを出せました。マリーはこの世界では髪型がずっと幼少期のころのままだった設定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。